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断罪された令嬢は、架空の人物です。貴女は一体誰ですか?〜侯爵令嬢の不在証明〜  作者: メアリー=ドゥ
【裏】

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10/13

淡く滲んで、恋心。【1】


 ルフト・フェリクスは、この国の第一王女として生を受けた。

 けれど、その事実は秘匿され、ルフトは男子として公表され、育てられることになった。


 王国は男子以外の王位継承を認めておらず、生みの親である先代王妃はルフトとラヴィナを産み落とした後に体調を崩し、子どもを産めなかったからだ。


 ―――ラヴィナ。


 同じ母から・・・・・同じ日に生まれた・・・・・・・・彼女は、けれど何もかもがルフトとは違った。


 王族の誰とも似ていない、紫紺の黒髪黒目。

 生まれた時から今まで、ルフトは彼女を美しくないと感じたことが一切なかった。


 ラヴィナは聡明だった。


 勉強も、魔術も、礼儀作法も、何もかもルフトより早く覚えて、それを丁寧に教えてくれた。

 昔から、まるで全てを見透かしているかのような態度で、様々なものを観察していた。


『ねぇ、知っている? ルフト』


 それが、ラヴィナの口癖だった。

 微笑みと共に語られる言葉は、後から考えれば全て非常に重要なことだった。


『『剣が折れた日に生まれた黒髪黒目の子どもは、魔性の子』なのですって。わたくしのことね』


 ラヴィナは、何故か『王女』ではなかった。


 ずっとルフトと一緒に居たけれど、そう扱われることはなかった。

 けれど、使用人でもなかった。

 

 ―――ルフトの影。


 そんな言葉が、ピッタリだったような気がする。


 ルフトと同じように教育を受け、ルフトと同じように食事を取り、ルフトと同じように生活する。

 けれど、ルフトと違って表には一切出ず、王族の服を着る時もあれば使用人のお仕着せを着る時もあり、使用人服を着ている時だけ王女宮の外に出た。


 周りの皆も、それを自然なこととして受け入れていた。

 ルフトの影であれば、一緒に居ても誰も気にも留めないし、その影が朝日や夕日を受けて長く王女宮の外に伸びても誰も気にしない……そういう表現がピッタリ来るような存在。


 ルフトは彼女を、双子の妹だと思ったことがない。

 誰かにそう問われたのも、ダーレストが初めてだった。


『え? ラヴィナは、魔性の子なの?』


 ルフトは10歳の頃、ラヴィナに告げられたその言葉に首を傾げた。


 彼女に、何らかの害を与えられた覚えもなければ、何かの騒動を起こしたという話も聞いたことがなかったのだ。

 悪い子だというのなら、もっと色々問題が起こっていてもおかしくないのに。


『剣が折れた日、というのが何なのか、調べてみたのだけれど』


 ラヴィナが言うには、ルフトとラヴィナが生まれた日に、ある一人の男が死んだのだという。


 父王の護衛であった、近衛騎士だ。


 彼は一人の貴族が起こした内乱の征伐に向かった父王を、不意に現れた伏兵から庇い、命を落としたのだという。

 お父様とその近衛騎士は、ルフトと近衛騎士見習いとして側にいたドゥアと似た関係だったそうだ。


『お父様の『剣』が、折れたのよ。無事に征伐を終えられたけれど、お父様は大切な友人を失ったのね』

『そうなんだ……もしドゥアが死んじゃったら、僕も悲しいなぁ……』

『ルフトは、悲しいのね』

『ラヴィナは悲しくないの?』

『そうね……よく分からない、というのが、正しいかしら。嫌ではあるかもしれないわね。わたくしが魔性の子なのなら、お母様が死んでしまったのも、もしかしたら、そのせいなのかもしれないわ』

『そんなことないよ。だってお母様が死んだのは流行り病だもの。誰も悪くないよ』

『ふふ、そうかしら。そうならいいわね』


 ラヴィナは少し変わっていた。


 ルフトが頼ったりすると嬉しそうな顔をして、ルフトが怒っても笑っていて、ルフトが悲しんでいたら微笑みながら慰めてくれる、そんな子だった。

 絶対に怒らなかったし、嬉しいや楽しいは分かるけど、許せないとか悲しいとかは分からない、っていうのは変わらなかった。


 なのに、人の悪意や敵意には、誰よりも敏感だった。


 12歳の頃も、こんな会話をした。


『ねぇ、知っている? ルフト。今の王妃殿下は、お父様を恨んでいるみたいだわ』

『王妃殿下が?』


 ラヴィナにある日告げられた言葉は、寝耳に水だった。


『ええ。それに、王女殿下にも秘密があるみたいね』

『インフィーが、側付き見習いのパラザと双子っていう話でしょ?』


 それは前に聞いたよね、と首を傾げていると、ラヴィナはおかしげにクスクスと笑う。


『いいえ、もっと違う話よ。王女殿下がたは、国王陛下の子ではないようだわ』

『……嘘だろう?』

『真実だと思うわ。だから、貴女のことも王妃殿下はよく思っていないのでしょうし、王妃殿下は、我が子に王位継承をさせようとしているのでしょう。国王陛下の子ではない子が玉座を継ぐなら、それは最上の意趣返しというところね』


 もしそうだとしたら、由々しき話である。


 ルフトは、玉座がインフィーの手に渡ることそのものには、あまり関心がなかった。

 異母姉妹である彼女らとは公の場以外ではあまり交流がないけど、それは先代王妃と今代王妃の子であることから、何か大人の事情があるのだろうと思っていたからだ。


 勿論、関心がないというのは、玉座に座るのが嫌だという話ではない。

 インフィーは王妃殿下の実子だし、父上がそちらを望むのなら仕方がない、というくらいの気持ちだったのだ。


 けれど王位継承に正当性がないというのなら、それは看過できない話になる。


 ―――でも、それは僕もだよね……。


 ルフトも『男子である』と、周りを偽っているのだ。


 女子の玉座継承という意味では、自分にも正当性はない。

 そんな風に我が身を振り返って俯いていると、ラヴィナがルフトの両手を握ってくれた。


『ふふ。心配しなくても大丈夫よ、ルフト。愛しい貴女の処遇を、あちら側に決めさせたりはしないから』

『え?』

『だって、インフィー殿下が玉座を継ぐ為には、法の改正が不可欠ですもの。それは、ルフトにとっても都合がいい話ではないかしら?』

『あ……』


 言われてみれば、その通りである。


 もし男子と偽ったまま玉座を継いでも、今度は『正妃をどうするのか』という問題が浮上する。

 褥を共にすることは勿論出来ないし、逆に事情を知る人を密やかに夫にしてルフトが子を産むにしても、正妃の問題は解決しないのだ。


 けれど、インフィーの為の法改正は、ルフト自身にとっても有益なのである。

 性別を偽ったことについては非難されるかもしれないけど、それが行われれば大手を振って『女王』になれるのである。


『ラヴィナは、やっぱり賢いね』

『そうかしら。そうならいいわね』

『でも……王妃殿下は、何で父上を恨んでいるんだろう?』


 インフィー達が父上の子でないことと、何か関係があるのだろうか。


『そこまでは分からないわね。でも、しばらく放っておくのがいいのではないかしら』

『また内緒にするの? 僕たちにも秘密が多いね、ラヴィナ』

『あら、女はミステリアスな方が素敵だって、殿方も仰るわよ?』

『……ドゥアも、そうかな?』


 ルフトがポツリとそう口にすると、ラヴィナが首を傾げる。


『あら、やっぱりルフトはドゥアが好きなのね?』

『そそ、そういうわけじゃないけど!』


 慌てて否定するのに、ラヴィナはますます笑みを深める。


『わたくし達の間で隠し事だなんて、傷ついてしまうわ』

『いや、そうじゃなくて……その、自分でもよく分からないから……』


 ルフトはドゥアを、凄く素敵だと思う。


 飾らないし、ルフトに親身に接してくれる数少ない人で、剣の修練をしないといけない時も、最近は率先して付き合ってくれる。

 他の人が相手をして怪我をしないように、と、気遣ってくれているのだ。


 彼は、ルフトの秘密を知っていた。


 ラヴィナが、『ドゥアは信頼出来るから、明かしておいた方がいい』って言っていたのだ。


 だから、勇気を出して教えると、彼は凄くビックリしたみたいだった。

 でも、それで態度が変わることはなくて、それが分かった時に凄くホッとした。


『自分のことなのに、よく分からないの?』

『ラヴィナだってそうでしょ? 許せないとか悲しいとか、そういう感情は分からないって言ってたじゃない』

『そういえばそうね』


 ルフトの返しに、ラヴィナが感心したような顔をしたので、ふふん、と胸を張る。

 彼女にそういう顔をさせられることはあまりないので、ちょっと『してやった』感があった。


『珍しく僕の勝ちだね』

『ええ、貴女はとっても素晴らしいわ』


 言い返すでもなく、ムッとするでもなく、ぱちぱちと軽く手を叩かれる。


 勝ったと思ったけど、やっぱりなんだか軽くいなされているような気になった。

 ラヴィナには敵わないなぁ、と思った。


 そうして16歳、貴族学校入学の時……ラヴィナは、出ていってしまった。

 

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