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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
最終章 遥かなる旅路
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戦いの結末

 小鬼たちに病院近くの広場に連れて行かれたメニオールは、そこでミレニアの姿を見つけて、ほっと安堵の息を吐いた。


 先ほど突如として西の空が燃え盛ったことを見ても、この世界に起こっている危機はいまだ予断を許さない。

 しかしこれでひとまずのところは、落ち着いて今後のことを考えられるというものだろう。


 ミレニアは、傷ついた奴隷や小鬼たちの手当てをして回っている。


「ミレニア」


 メニオールが声をかけると、ミレニアはハッと振り向き、瞳にじわりと涙を溜めた。


「メニオール……よかった……」

「夜通し探し回ったんだぞ。あまり心配をかけさせるな」

「……心配したのは、私も同じですから」


 そう言って、ミレニアはメニオールの胸に飛び込んでくる。

 ハウルとゴスペルがじっとこちらを見ているのに気づいて、気まずくなったメニオールは、強引にミレニアを引きはがした。


「……怪我はないか?」

「はい」

「ならいい。あれから、どうしてた?」


 メニオールはそれからしばらくの間、ミレニアの言葉に耳を傾けた。

 ラスティと合流し、病院に向かったこと。そこで、ギデオンに会ったこと。

 ギデオンはフェノムの名前を聞いて血相を変え、フルールの城へと行ったという話だった。


「ギデオンはフェノムのところに向かったんだな?」

「そうです。いま自分のやるべきことが、はっきりわかったって」

「まさかあの馬鹿、フェノムとやり合う気か……?」

「相手が誰だろうと、ギデオンは負けねえよ。負けるはずがねえ」


 ハウルが口をはさんだ。


「ずっと石化してたくせに、随分と訳知り顔じゃねえか」

「昨日の晩、本気になったあいつを見たんだ。あれはもう、強いとかそういう次元じゃねえ。あいつの前に立っているだけで消耗しちまうのさ。認めたくはねえが、満月で変身した俺を遥かに上回る怪物だった」

「怪物……怪物か……」

「いいえ、ギデオンは人間です」


 ミレニアがたしなめるように言う。


「たとえの話さ。あいつが本当に怪物なら、俺だっていまこうして生きちゃいねえさ。あいつにはちゃんと理性がある。どんな状態になっても、ギデオンはギデオンだよ。しょーもない植物の話を、ペラペラとしてやがったしな」

「植物……? まさか」


 メニオールは、ちらりと都市に生えた巨木に目をやる。


「そうさ。あれはもともと、ギデオンのやつが背負ってた『森』だ。背中から飛び出たあの森を支えながら、あいつは身体に赤い紋様を浮かべてやがった」


 それを聞いて、メニオールは困惑することとなった。


「赤い紋様だと……? そいつはまさか、怒りの紋様(ラグナ・カムイ)か?」

「知らねえよ。とにかく、あいつには誰も敵いっこねえって話さ。あのプレッシャーを浴びちまったら、敵対しようって気持ち自体をへし折られちまうはずだ」

「……確かにあいつは、見る度にそれまでの想定を超えてくる。まるで、力に限度がないみてえにな」

「まったく、世界は広いぜ。あいつを見てると、自分がくだらねえことで悩んでたって、そんな気にさせられるよ」


 そう言ってから、ハウルは不平っぽく唇を尖らせ、ぷいとそっぽを向いてしまった。



 ※



 城のエントラスで繰り広げられているのは、壮絶な戦い――。

 フェノムは先ほどまでよりもさらにギアを上げ、ギデオンをまるで寄せ付けなかった。


 ギデオンの攻撃が空振りしたかと思うと、フェノムはすでに遥か先に移動してしまっている――かと思うと、一気に間合いを詰め、二本の剣で攻撃を仕掛けてくる。


 いまのギデオンは、フェノムの攻撃を防ぐことで精いっぱいだった。


「くっ……!!」

「君という敵に出会えたことを、幸運に思うよ! いまならぼくは、かつてない力を出せる! 自分の限界をどこまでも押し上げて行けそうだ!」


 フェノムの気迫は、ギデオンを完全に呑みこんでいた。


 咄嗟に植物を伸ばし、フェノムの動きを制限しようとする。

 しかしフェノムは目の前に現れた全ての障害を切り刻み、ひとときも動きを止めない。


 彼我にあるスピードの差を目の当たりにし、ギデオンは、自分の動きがスローモーションになってしまったのではないかとさえ思った。ツリーフォーク症を患った人間のように、周りの時間に取り残されているのではないか、と。


 それほどいまのフェノムの動きは速く、洗練されている。


 まさに、鬼神の如き強さ……!

 ギデオンはもはや視覚に頼ろうとせず、攻撃を受けた瞬間、その方向に向かって蹴りを繰り出した。しかし、やはりそのときにはすでにフェノムはいない。


 身体に受けた傷は、ヴェイリックスが即座に修復するものの、次第に焦燥と歯がゆさを感じ始めた。


 身体から力は溢れてくる。それも、途方もない力が。

 しかし、それすらもフェノムは上手くいなしながら、ただ一方的な攻撃を加えてくる。


 袈裟懸けに繰り出された剣撃をまともに受け、ギデオンは赤い血をまき散らしながら一歩後退した。


 この機を逃さじとばかりに、フェノムはその一歩の距離を詰めてくる。完全に懐に入り込んでから、彼はさらなる攻撃を繰り出した。ひたすら切り裂き続け、刃こぼれが起きれば放り出し、新しい剣を作って攻撃を加えてくる。



 ――しかしある瞬間で、ギデオンはふと気がついた。


 

 いつの間にか、フェノムの攻撃にはまるで力がなくなっている。攻撃を受け続けているにもかかわらず、ギデオンの身体には傷一つつかなくなっているのだ。


「ふ、なんてことだろうね……」


 フェノムが苦笑いするのと、ギデオンが右手を前に突き出したのはほとんど同時だった。



 ギデオンの拳は、目の前で急に動きを鈍らせた男の胸を、容易く貫いた。



 青い血が吹き出し、フェノムはだらりと両腕を下ろす。


「……ようやく捉えたぞ。あんたにしては、らしくない隙を見せたな」

「らしくない、か……どうやらぼくは、君に随分と高く評価されたようだ……」


 ギデオンが腕を引き抜くと、フェノムは力なく大地に膝をついた。


「どうした? 隙だらけだぞ、フェノム」

「……ふっふ、君には、まだそういう言葉を口にする余裕があるんだね……」


 フェノムは咳き込み、ゴボリと青い血を吐き出す。

 それを見て、ギデオンは眉をひそめた。


「あんたは不死身なはずだ。それくらいの傷は、すぐに治せるだろ?」

「魔法が使えればね……だが、どうやらそのマナすら、もう残っていないようだ……」


 弱々しく笑うフェノムが、よろりとよろめく。大地に身体を投げ出すと、彼はそこからギデオンの方をじっと見上げてくる。


「君は強いな、ギデオン……ぼくの負けだ……」

「負け? 何を言ってる? 俺はあんたの動きをまるで捉えられていなかった。まだ戦えるはずだ、フェノム。俺を騙そうとしているのか?」

「そんな情けないことはしないよ……たとえ死んでも、そんな恥ずべき戦い方はしない……君がぼくよりも強かった。ただ、それだけの話だ……」


 フェノムは苦しげに言葉を発し、ギデオンは困惑してしまった。確かに、彼の表情はとても演技のようには見えない……。


「賢者の石を使ってマナの座を開いたときから、ぼくはずっと自分のマナだけを使って戦わざるを得なくなっていた……君との決着は、どちらかのマナ切れによってしか起こりえないと思っていたんだ……だからこれも、戦いの結果だよ……」

「しかし……」

「君は甘い男だ。ぼくが君の立場なら、きちんと敵に止めを刺すだろう……なにせ、少し目を離せばすぐに身体を再生してしまうような相手だ……お互いにね」


 ギデオンはその場に腰を下ろし、フェノムの身体に手を当てた。


「……何のつもりだい?」

「治療する。勝ち逃げは許さん」

「だから君の勝ちだと言ったじゃないか……それに、ぼくの身体は生物の枠組みを外れてしまっている。何をしても、受けつけやしない。ぼくの魔法以外はね」


 ギデオンはフェノムの言葉を無視し、植物から作り出した魔法薬を彼の傷口に塗り込んだ。しかし、まるで効果は現れない……。


「……見たまえ、ぼくの言った通りだろう?」


 それを聞き、ギデオンは奥歯を噛みしめた。


 これで終わりだと? 冗談じゃない!

 あれだけ一方的にやられていて、いきなりこんな状況になって「はいそうですか」と簡単に物事を受け入れられるわけがない。


 勝ったのではなく、勝ちを譲られた気分だった。

 怒りを何に向けて言いかわからず、ギデオンはフェノムをジロリと見つめた。


「……どうしてマナ切れを起こすまで戦った? あんたほどの力量があれば、俺から逃げ切ることだってできたはずだ。あんた自身が言ったんだぞ。これは盤外の戦いだと」

「盤外の戦いだからこそだよ……何も憂慮することなく、ただひたすら戦うことができた。打算もなく、先々のことも考えず、ね……そんな戦いに身を置いたとき……お互いの誇りと覚悟をかけて戦うとき、逃げるなんて選択肢はなくなるものだ……」


 フェノムは晴れ晴れとした顔で笑っていた。


「……君は強かった、ギデオン。いまの戦いは、間違いなくぼくの生涯でもっとも力を発した瞬間だろう。君には少し、物足りなかったかもしれなかったが……」

「フェノム……」

「……実を言うと、少しほっとしているんだ……どういう顔で、フルールに会えばいいのかわからなかったから……もちろん、手を抜いたわけじゃない……でもぼくは、ひょっとしたら、心のどこかで敗北を望んでいたのかもしれない……」


 フェノムは苦しげに胸に手をやり、そこにある象牙のペンダントを握った。

 彼は弱々しい動きで、それをギデオンの方に差し出す。


「約束だ……これを持っていってくれ」


 ギデオンは戸惑いながらも、ペンダントをフェノムの手ごと握り締めた。

 そして、ハッと息を呑む。フェノムの身体は、すでに信じられないほど冷たかった。


「……最後に、フルールに伝言を頼まれてくれないか……?」

「何と?」

「……愛していたと。実は、伝えたことがないんだ……こう見えて、ぼくは奥手でね……」

「……わかった」


 フェノムはまた大きく咳き込むと、ギデオンを見つめて苦しげに微笑んだ。


「……リルパが生きているといいね、ギデオン……」

「なぜ? あんたはあんなに、彼女を殺したがっていたのに……」

「勝ったのは君だ……そして叶うのは、勝者の願いであるべきだ……」


 フェノムは微笑んだまま、静かに目を閉じた。


 そうして神にすら反旗を翻したペッカトリア最強の囚人、千剣のフェノムは、ギデオンに見とられるまま息を引き取った。


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