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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
最終章 遥かなる旅路
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予感の到来

 世界をひっくり返してしまうのではないかと思うほどの轟音が響き渡り、フェノムは西の大地を見つめた。

 目もくらむような光が弾けたあと、そこには空を焼く巨大な光の柱ができている。


 それを見て、フェノムはついに自身の目的が果たされたことを知った。


 遅れて大きな地震が起き、城の穴から暴風が吹き込んでくる。

 光の柱は少しずつ小さくなり、そのあと、もくもくと黒いキノコ雲が空に出来上がっていく。


 ソラが起動した圧倒的な破壊魔法の余韻は、見る者の心に絶望と不安を掻き立てるだけの力強さを持っていた。

 想像していた以上の威力だ。たとえリルパといえども、あの攻撃をくらえばひとたまりもないだろう。


「……さよならだ、リルパ」


 フェノムは一人呟いてから、辺りを見渡した。

 荒れ果てたエントランスには、ギデオンとペリドラの死体があり、大地に無数の黒い剣が転がっている。


 見た目ほど容易い戦いではなかった。

 実際のところ、賢者の石を使ってマナの座を開くことは、フェノムの戦術にとって大きなリスクがあったのである。


 それはマナが溢れる空間では、ミスリルにマナを蓄積しておけなくなること。

 膨大なマナを吸ったミスリルは、すぐに黒化してしまうのだ。


 黒化したミスリルは、ただミスリルを吸って吐くだけの物質。敵の魔法を無効化するだけならば有効だろうが、フェノムは自分の戦術として使う場合、ミスリルにはマナを貯蓄する役割も持たせていたため、やはり黒化したあとでは使い勝手が悪くなる。


 現に、マナの座を開いてから使っていた魔法は、全てフェノム自身のマナを消費することで引き起こされた。


 ゆえにギデオンがあと少し粘り強ければ、フェノムはマナ切れに陥っていたかもしれない。そうなれば、結果はまったく違ったものになっていたはずだ。


「ぼくをここまでてこずらせたのは、君が初めてだ、ギデオン。まさか最後の最後で、このような強敵に恵まれるとはね……」


 そう言って、フェノムはくるりと踵を返した。


 戦いは終わった。

 リルパは死に、自分の前に立ちふさがる敵は全て退けた。


 これでようやく、フルールへと会いに行くことができる……。

 感慨深いようであり、物足りなさを感じるようでもある。とはいえ、こういうとき、実感はあとからついてくるものだ。


 十年以上見ていなかったフルールの顔を思いだし、フェノムは背筋を伸ばした。


 彼女に、何と声をかければいいだろうか?


 フルールは、きっと大いに傷つくだろう。怒るかもしれない。過程はどうあれ、彼女の忠実な友人であったペリドラを手にかけたのは、この自分なのだから……。


 とはいえ、これからは自分がフルールのそばにいる。

 そしていつの日か、彼女の身に降りかかる理不尽な呪いさえも打ち砕き、またともにダンジョンに潜るのだ。


 あの輝いていた日々を、もう一度取り戻す。そのためならば、神だろうと世界だろうと相手取って戦うことに、何の迷いもない。


 そんなことを考えながら、フェノムは二階に続く階段に、足を踏み出した――そのときだった。



 背後で、シャン、と金属の触れ合う音が聞こえた。



 ぎょっとして振り向く。


 見ると、地面に転がる剣の一本が、小さく振動していた。


 どうやらギデオンの身体に突き刺さっていた剣が抜け落ち、地面の剣と触れ合ったらしい。落ちた剣はしばらく振動していたが、それもピタリと止まる。


「……驚いた。抜け落ちただけか」


 そう言う間に、またギデオンの身体から一本剣が抜け落ちて、シャン、という音を響かせる。

 それから、剣は立て続けに抜けていく。まるで、盛り上がる身体が突き刺さる剣を押し返しているように……。


 剣でハリネズミのようになっていたギデオンの身体が、少しずつ露わになる。

 そこに現れた光景に、フェノムは思わず目を剥いた。



 ――ギデオンの身体に、赤い紋様が浮かび上がっている。



 その紋様を、フェノムはよく知っていた。それこそたったいま死んだリルパが、マナの座を開く際に身につけていたもの……。


怒りの紋様(ラグナ・カムイ)……なぜギデオンの身体に……」


「救いに行かなければ……」


 死んでいるはずのギデオンがぽつりと呟き、フェノムはまた驚くことになった。

 ゆっくりと顔を上げた男の瞳は暗く、何の感情も読み取れない。


「馬鹿な……まだ生きているのか……それだけの傷を受けて、なお……」


 意識はないのかもしれない。少なくとも、先ほどまでは完全に意識はなかったはずだ。


 だが、意識がないのならばなおさらおかしい。無意識下では、身体を再生させる魔法を使うことさえできないだろう。

 それとも身体を再生させるために、この男は魔法に頼っていないのか……?


 混乱するフェノムは、ギデオンの身体から放たれる圧倒的な力を感じ取り、無意識のうちに後ずさりしていた。


 そこには、明らかにマナの座が開かれている。


 生まれながらの神でもなく。

 神に繋がるルールを実行したわけでもなく。

 そして、賢者の石を使ったわけでもなく。


 突如として現れた無秩序なマナの流出点に、フェノムはひたすら戦慄していた。


「ギデオン、君はいったい……?」

「俺は誓った……彼女を守ると……彼女をこの世界の住民ゴブリンたちから、奪わせてはならないと……」


 ギデオンの身体から、全ての剣が抜け落ちる。

 その身に刻まれた赤い紋様が、ひときわ強く光り輝いた。


 ギデオンの瞳に、光が戻る。そこには力強い勇気が満ち満ちていた。


「残念ながら、リルパは死んだ。いまさら君が何をしようと無駄だよ」

「――いや、リルパは生きている。あれしきの爆発で、彼女が死ぬとは思えない」

「何だと……?」


「リルパを殺すには、力が足りていない。流石のあんたにも、見込み違いというやつがあったんだ。その証拠に、見ろ。俺はまだ生きている。盤外の戦いですら、あんたはまだ制することができていない」


 ギデオンがゆっくりと一歩を踏み出す。

 そのときフェノムは、初めてギデオンを見たときに感じた興奮と焦燥感を思い出した。



「……なるほど、ギデオン。やはりリルパではなく、君だったんだ」



 言いながら、フェノムはまったく同じ感情が、再び自分の心に沸き立つのを感じていた。


 果てしない強敵を追い求めること。

 それこそが、遥か昔からフェノムの中に存在し続けた闘争本能だった。


「ぼくは君を見たときから、いつか君がリルパを超える敵として、ぼくの前に立ちふさがるんじゃないかと思っていた。もちろんそれはそのとき、たんなる願望だったのかもしれない。ぼくは、ずっと戦いを求めていた。圧倒的な敵との、血沸き肉躍る戦いをね」


 フェノムはミスリルの剣を二本作りだし、両の手で握った。


 ミスリルは空間に溢れるマナに侵食されてすぐに黒化してしまうが、それはもはやどうでもいい。

 剣さえあればいい。騎士として生きたフェノムにとって、いまそれ以上のものは必要ない。


 フェノムは迫りくる脅威に向け、微笑んでみせた。

 自力で・・・この世界に大穴を開け、不遜にも神の座に手を伸ばした男に。



「すばらしい、ギデオン。やはり君は――リルパに届き得た」


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