「私、ヒロインだったの?」
「――ねぇ、あなた、旦那様にちょっかいをかけているのでしょう?」
「え?」
私の名前はエラ。
孤児院育ちのイーブルク公爵家に侍女として仕えている身である。一生懸命働いていたのだけど、想定外の言葉をかけられてしまい目をぱちくりさせてしまった。
だって、こんなことを言われるなんて思ってもいなかった。
私は真面目に仕事をしていただけだったのに。それに確かに旦那様は綺麗な方だけれども、奥様が居る方に何かしようなんて思うはずがない。
それなのにどうして私が旦那様にちょっかいをかけていると思われてしまっているのだろうか。信じられない気持ちでいっぱいになる。
「えっと、どういうことですか?」
「しらじらしい。エラ様からお聞きしたの。全く、エラ様と同じ名前だからといって調子にのらないことね!」
私の問いかけには応えてくれなかった。
なんともまぁ、困ったことだ。
ちなみにエラという名前はこの世界ではよく名付けられる名前だ。同じ孤児院内にエラが私も含めて三人もいた。そのうちの私以外の二人は公爵家に嫁がれる前の奥様に引き取られており、一人は名前を改名していると聞いている。
目の前の侍女の言うエラ様というのは、奥様付きの侍女であるエラのことだろう。
奥様はなぜかエラという名前の少女を二人、幼い頃に引き取った。私は条件に当てはまらなかったらしく、孤児院に残った。
片方のエラはエニーナという名前をいただいたらしい。理由は不明だけど、奥様から大変気に入られているということは知っている。
私は選ばれなかった方のエラである。
だから名前を呼ばれることも少ない。だって、エラは私の名前ではあるけれど……この屋敷ではもう一人のエラを表す言葉だ。
「そのような事実はありませんが……」
否定をしても納得をしてもらなかった。
正直言って理解不能であった。
だって私は貴族である旦那様に恋慕を抱くなどという恐れ多いことを考えたことなんてなかった。
そもそも恋愛感情を抱いたとしてもそういう仲になろうとはまずしない。
そんなことをしたらどんな目に遭うか考えただけでも恐ろしいから。
普通に考えれば平民が奥方の居る貴族の方に自分からお近づきになろうなんてしないのだ。
余程自分に自信があるとか、貴族側から声をかけられたりするのならば別だろうけれども……。
なのに、私が旦那様にそう言う感情を抱いて動いていると思われているなんて謎だった。
それにそれが奥様付きの侍女であるエラから伝えられた意味も分からない。それは奥様がそう思っているということなのかもしれない。
旦那様と奥様の仲は決して良いものではない。
私は下っ端の使用人だったので、実際のところは分からない。だけど奥様には悪い噂があるらしい。それもあって旦那様との仲が冷え切っていたりするのだって。
だけれども使用人達の中では、奥様の評判はとても高いらしいと聞いている。だから、本当によく分からなかった。
私にとって奥様は、貴族らしい貴族だ。
たまに見かけた際に、とても美しい人だなと思った。そんな奥様の傍に控えているのがエラとエニーナである。
美しい金髪の髪を持つ二人は、平民だというのにも関わらず奥様の傍に居ても引けを取らないぐらいに目立つ。
私の地味なこげ茶色の髪とは大違い。思えば孤児院に居た頃から、他のエラたちの方が目立っていて私は忘れ去れられることも多かった。
それはこの屋敷でもそうだ。
……それにしてもどうしてそんな目立たない立場である私が旦那様を狙っていると思われているのはなぜ?
これまでも奥様の隣のエラと比べられることはあったけれど……。
私はそんなことを考えながらも、このまま変な噂が広がらないようにと否定はした。
だけれどもどれだけ否定をしてもなぜだかその噂は広まっていった。奥様が、そのことを嘆いているらしいとか。
私は奥様と話した記憶もない。
旦那様ともそうだ。
会話を交わした事実もないのにどうしてだか、私が旦那様をそういう意味で狙っているのではないかと思われていることは不思議だった。
侍女長なんかも、「馬鹿な真似はしないように」などと言ってくる。
私が幾らそんな事実はないと言っても信じていない様子だった。そうなるとどうしたらいいかさっぱり分からなかった。
だって全く以ってそんな事実はないのだから。
どうしたらいいか分からなくて、頭を悩ませていて……そんな状況の中で、ある異変が起きた。
真夜中に、熱くて仕方がなくて目覚めたら私の腕に鱗が生えていた。
……そしてそれと同時に、私は前世の記憶というのを思い出したのである。
「私、ヒロインだったの?」
鏡の中に映る私の髪は、一部が金色に変化していた。それと同時に思い出したのは、「ただの侍女だったはずなのに」というタイトルのライトノベルのヒロインが私だということだった。




