06.念力少女が宙を舞う
──今日の実験では...これを、こう──
──結果は、仮定通りでしたか?
──どうしてこの結果になったのか、グループで話し合ってみましょう──
──ではここを、こう変えるとどうなるか...今度は予想できますか──
───
──
─
「──ええ皆さん、グループワークお疲れ様でし...た」
じゃかましいチャイムの鳴った後、いそいそと教室に入り語る初老の教師。
そのおばさん先生は、授業の用意を乱雑に教壇に置いた。
俺のクラスの地理の教師である。
「ええ皆さんお疲れかと思いますが...」
「まあ最後にね、この6時間目だけやりきって終わりましょう、ねっ」
...生徒一同 乗り気でない様子だ。イベント後に授業をねじ込むのは止めるべきではないか。
「まあ今日はね、第2章の導入ということで...」
「皆さんもよく知ってる部分から始まるのでね、気楽に聞いてください」
カリカリカリ...
そこまで言うと教師は、黒板に大•中•小の3つの円柱を重ねた図を書く。
「えーこのようにね、この世界は」
「上層・中層・下層から成る、三層のホールケーキのような構造をしています。ご存知ねっ」
ご存知。下層より外には、ひたすら海が広がっているというのがこの惑星である。
「あ、もちろんねえ概略図ですよ?あちこちにね、山やら川やらもありますから...」
「...こ〜やって書き足すと...ほらっ、イチゴのケーキみたいでしょ?お〜い〜し〜そ〜」
彼女の緩い語り口で、教室がなごやかな雰囲気に包まれる。
「ハハハ...でーね、層と層ってめちゃくちゃ高さの差があってねー」
「先生見たことないんだけど、境目に行くとーもう底が見えないほどの崖になってるわけ」
...ふと後ろを気にすると、後方窓際の席でダイキが眠気と格闘しているのが見えた。
俺も眠気を思い出す。
グループワークなどと言って...全く初対面の奴らと、いきなり話し合いなどさせられたものだから。
...実験そのものは、興味深いものであったが。
「...だからその分、自然環境にも違いが出るわけですが...」
「一番大きな違いが、魔素の濃度ですよね!」
「皆さんが体内で魔力に変換してるあの魔素です」
教師は小回りして背を向けて、黒板に描かれた三つの層の下に向かって矢印を引く。引きながら話す。
「その魔素の平均濃度がね、層の下に行くほど濃くなっているんだけどー」
「魔素っていうのがね〜これ酸素とかと同じで、身体に適する濃度じゃないと毒なわけ」
「だから人間は上層、中層では問題なく生活できますけどー」
「下層に行くと『ウッ!濃すぎ!ムリっ』てなっちゃうの」
...俺は眠気を抑えるがため首を振り、そのついでにリントの方を見る。
教室中央の席で姿勢を正し、彼女はお堅く授業を受けてみせていた。
そんな姿勢で臨む授業だろうか。
「それで、魔族...は人間とは逆でね...魔族は魔素の濃い方に適応しているので、下層と中層では生きられますがー」
「上層では『ウ、薄すぎ、むりー』となるわけね」
ここ上層で、人間が平和そうに暮らせている理由である。
「そのためね...以前は上層で人間が、下層では魔族が暮らし」
「そして中層ではその両方が共生していました」
「...」
「はい、以前の話ですよ」
「971年に、まあ今から約30年前ですね...」
「先生が10歳くらいの時ですよ?」
俺が生まれるよりずっと前から、両者は争い合っていたのだという。
「人間への差別問題が発展。人間は中層から追いやられ、人と魔族の対立が深まり戦争へ...」
教師は教文を流し読むような態度ではなく、実感を持った暗い言節で語った。
...戦争が始まった当時の温度感を、一市民として味わった身であるからだろう。
教師はすぐに生徒向けの、弾みを持った声に直す。
「ええそして、この不当な差別と戦うため...人間の国家は有力なギルドの団員を、戦に駆り出す事を決めました」
「それが国営ギルド...ノルムでは大範がそれにあたりますね」
「...」
「ああ、やっぱり眠い?ごめんなさいね」
「「...」」
クラスの人らは意識なく頭を縦に振り、中には堂々と机に顔を埋める者もいた。
「まあじゃあ、歴史の話は置いといて...一応地理なんでね」
「先生 今日、中層の映像資料を用意してきたから...後の時間はそれ見ましょうか」
「!?」「「え!」」
机に突っ伏していた者どもが、一斉に面を上げる。
「「がち!?」」「「見たい!」」
確かに興味は惹かれるな。もしかしたら、俺の行ったことのある場所も出るかも......いや、ないか。
別に俺、それほど中層のこと知らないし──
─
──
───
ガヤ...
ガヤ......
「「あー終わったー」」
「「マジ疲れたわ...」」
ようやく最後の授業が終わり、皆続々と動き出した。
「じゃあね」「ん」
俺の隣のホシという名の男が、軽い挨拶して教室を去る。
「ヒール、帰る?」
足元の荷物を整えていると、リントが席を訪ねて言う。
「少し残る」
「そっか、じゃあね!」
「うん」
リントも颯爽と出ていった。彼女には、きつい門限があるらしい。たまに一緒に帰る時も、若干早歩きになりがちだ。
...さて、俺は荷物を置いたまま席を立つ。扉の下の出っ張りに気をつけて、部屋を出て白い廊下を歩く。
辺りの話し声や駆ける音は、雑音として耳から弾かれる。
そして長い廊下を歩いていく。
...それにしても。
......人と魔族の戦争ね。リントもそんな事を言っていたっけか。
意味は伝わるが、微妙に引っかかる言い方をするのだな...
...突き当たりの階段を軽く登り、すぐに見える扉に手をかける。
音を立てずにそっと開けたその先には、木とインクの薄い匂いが広がる空間。
色取西高校の図書室。
以前 ダイキと校内を見て回った時、最も興味を惹かれたのがこれだ。多様性などと言って掲げるに十分の書物が、系に区分され丁寧に棚に並べられている。
嗅ぎ慣れた木と紙の褪せた香りは、心を自然と落ち着かせる。
更に気に入ったのは ここの静けさだ。室内は徹底して静音を心がけており、ダイキですら声を控える。
むしろ初めてのときは、俺が少しうるさくしてしまった程だ。
「...」
俺はひとまず『生物』の棚から、上層の動物に関する本をひとつ取った。
それを持って長机の端の硬い椅子に座り、目を落としてじっと耽りだす。
簡素な薄い本なので、そのまますぐ読み終えてしまった。
本を元の場所へと戻して見れば...棚ひとつぶん先の通路に、別れたはずのホシが立っていた。
彼もまた視線に気がつくと、穏和な笑みを浮かべて去る。片手にずしりと本を抱えて。
ホシは穏やかながらも知識には貪欲で活発な読書好きであり、こうして視線を交えることがよくある。そしてここでは規律に基づいて、何事もなく互いの道に戻るのだ。
人間ながら彼には、親波心のようなものをふと感じてしまう。
「...」
本の整列を確認すると、次を探してふらりと歩く──
──時間を考えることなく漁った。どれだけ経ったろうと考えたのは、部屋を出てからのことである。
重みの増した鞄を持って、静けさの増した廊下を歩く。
...俺は結局、2冊の本を借り入れた。
1つは夜空に関する、そしてもう1つはその更に上...宇宙に関する本である。やはり空と、空の向こうには、誰しも興味を持つものだろう。
俺の転移魔法なら宇宙に行くだけなら可能だが、きっと体が保たないだろう。なにせ宇宙には酸素や重力が──
「──ねえっ」
「...?」
廊下を歩く足を止める。
その声は、窓の外から聞こえた気がした。4階の窓の外側から──
「──ウワサのヒールって、もしかして、キミ?」
「じゃない?」
「!?」
窓の外に、確かに人がいた。そして俺に語りかけていたのだ。
「...俺がヒールだが、何か」
訝しく、彼女を凝視して返事を起こす。
彼女は、浮いていた。
文字通り...窓の外の空に浮かんでいた。
夕焼け時の空であった。
「あったりい!」
彼女は俺の返答を確かめると、フワリと窓に更に近づいた。
「...!」
そして驚いた事に...閉まっていた窓の内鍵が、ひとりでに回り出したのだ。
そうしてカラリと空いた窓から、彼女は廊下へぬるりと着地する。
「ねえ、」
それから長い髪をたなびかせ、駆け寄り距離を詰めてくる──
「──私を転移させてみてよ!!」
「...は?!」
そう頼み込んだ彼女の瞳は、好奇の模様で満ちていた──
パッ...
...とした瞬間の後、2名の服が床に散らされた。
そして学校の屋上に、裸体の男女が現れた。
「──うっはあ!!!」
「ホントに一瞬じゃん!!」
彼女は夕日に体を向けながら、期待大な笑顔をこちらに振りまく。
「...満足したか」
「うん、大満足!さんきゅさんきゅっ」
「ヒール君の魔法を聞いたときから、一度体験してみたいと思ってたんだ──」
彼女はひとりでに激しくうなづいて言う。
「──じゃあ、戻るぞ」
俺はまた彼女の手に触れようとしたのだが...
「わっと」
そいつは身軽に避けられた。
「んねえ、もうちょっと待ってよ」
「せっかく良い景色なんだしさ」
彼女は俺に背を向けて...ぴたぴたと素足で端に寄り、落下防止の柵で腕を支える。
「...」
──私を転移させてみてよ!!
共に転移をする前に、俺は彼女に確認をとった。
──分かっているのか、俺の魔法を──
──聞いたよ、触った人を転移させる魔法でしょ!
──あっでも服は置き去りになるんだっけ?んんじゃ廊下はやめて教室でやった方がいいかな!
──そこまで知っているのか...
彼女は服が脱げるのも承知の上だった。リントは服を着ないのを恥と言っていたが、どうなっているのだ。
彼女は飛び跳ねるように廊下を走り、近くの空いた教室に入る。
俺も警戒して続いたが、他の人が居る様子はなかった。
俺が教室の半ばまで歩くと、またひとりでに扉が閉まる。
彼女は教室の奥で向かい立つ。
──いいんだな
──俺に触る必要がある──
──はいっ
──じゃあ、お願いね
差し出した手に彼女は恐れなく近寄り、その手でもって直に触れた。
俺はもう何も言えなかった...
「...」
「うーん、風も気持ちい〜...」
山からビル群へと吹き続く風が、地肌をなぞって抜けていく。
俺は彼女の骨盤の方に目が行く。
「...お前は抵抗がないんだな、裸になることに」
「これも新鮮な体験じゃん?」
「そーいうの好きなんだ、私」
彼女は呆気裸貫として答えた。
「そうかい」
「これだって中々ないでしょ、夕方に屋上!...なんて」
「そもそも屋上の扉って鍵かかってて、ホントは来ちゃいけないんだよ〜?」
「は」
「...いいのかよ、それ」
知らなかった。直接ここまで転移してきたから...
「っは、でもそれって落ちたら危険だからだし...私らだったら心配ないよね!」
そう言うと、彼女は柵に身を乗せて──
──跳び越えた。
「!」
「おいっ」
俺は柵の手前に駆け寄って、落下する彼女を目で追った。
「──ッハハ!心配ないって!」
「!」
すると彼女は空中で垂直にターンし...
「だって私は自由だから!」
...柵の数メートル上で頂点を迎えた。
「...なんだって?」
「自己紹介がまだだったね」
その空で留まりこちらを向いて、腰に手を当てて胸を張る──
「私は『白雲さやか』!」
「クラスは違うみたいけど、君と同じ2年生!」
彼女は声高に名乗りをあげて、俺の目の前に降り立った。
「どう?」
「どうって...」
距離が近く 前が見えない。彼女の背は俺より大きく見えた。
「こんなこともできるんだよ」
彼女は軽い口調で言うとまた柵に寄り、校庭の木々に目を向ける。
その木の元の落ち葉がひとつ、自然と不自然に浮き上がる。
それは右へ左へと宙を舞い...俺たちの頭の少し上で踊る。
遅れて 細い折れ枝が、素早く地面から屋上へ飛び上がる。
その尖った先は 回り舞う浮き葉へと向き──
葉の脈の中心に突き刺さった。
「!」
「んーんんーっ」
彼女はその枝葉をコマのようにして、立てた指先で器用に回す...
...いや、彼女の魔法でバランスをとっているのか。
「念力...か?」
「そ...私の見える範囲で、自由に力をかけれるの」
それが彼女の魔法であると。
「それは驚いた!」
テレパシー、パイロキネシスに続いて、サイコキネシスまで現れるとは。
「ふひっ」
さやかは粗い笑みを浮かべる。
「...でも、私ゃヒールの魔法が羨ましいよ」
そうしてコマをポイと捨てると、両手で背に後ろ手を組んだ。
「そうかな」
「そっちの方が便利に思えるが───」
「──だって、テレポートだよ!?」
組んだ手を力強く離す。
「どこでも行けるんだよ!なんでもしたいじゃん!」
「...!」
ずずいっと顔を近づけられる。肩に両手を置かれようとするのを、転移で避けて後ろに立つ。
「そう、なんでも!」
彼女はぎゅるりと振り返ると、興奮した様子で歩き回る。
「海とかパフェとか山の中とか!」
「外国とか塔とかブリュレとか!」
「それは...」
「──てか一瞬だけなら、中層とか下層にも行けんじゃないの!?」
「...そうだな」
「うっひゃあやりたい放題じゃん!!」
「じゃあさ、やっぱ名所巡りとかしまくってんでしょ?」
彼女がまたも興奮して迫るのを、またもまた転移で死角に動く。
「していない」
「えんっなんで!?」
首を振りすぐさま俺を目で捉えて言う。
「俺も目的のため、各地を巡りたいところでいるが」
「...問題があるんだ」
俺はリントと初めて会った日の、彼女の狼狽え様をよぎらせる。
「転移では服を連れていけない」
「ところが裸で町を歩くと、どうしてか...処罰の対象となってしまう」
「あーそっか、うーんそっか」
「...それは面倒ね」
さやかの声色が落ち、口先に指を当てて考え込む。
...今はまだ、生活の基盤を整えるのに力を注いでいるが。
俺の目的は 人を調べて人への認識を改める事...
そのためには彼女の言うように、狭い範囲に留まらず各地を見て回るのが必要だ。
それは転移で容易に叶うと踏んでいたが、リント曰く裸体とは痴態であると。単にリントの主観というわけでもなく、ラースやダイキが身をもって証明し...また法律も、確かにそれを間接的に禁じていたのだった。
そんな厄介な制約に、改めて頭を悩ませていると──
「──んあ!」
突然彼女が唇から指を離して、素っ頓狂な声で叫ぶ。
「イイこと思いついた!」
「法の目を潰す方法か」
「だから、こうするのはどう──」
さやかは笑みを浮かべて語った。
転移により服を失ってしまう問題、その明快な解決法を───
──
─
「...!」
それは俺には、到底思い至らないものだった。
「...なるほど」
「そんな事ができるなら、可能...だが」
「でしょっ?」
彼女は俺の反応を見て、鼻を高くして声を弾ませる。
「そんなに都合のいい者がいるのか?」
彼女の語った計画の、その最大の問題を怪しむ。
「...私にアテがある、そこは任せて」
「分かった」
「じゃあじゃあ、どこ行く、どこ?」
ぺたぺたと素足を踊らし近寄った後、腰を丸めて目線を合わせる。
「お前のアテによるだろう」
「気にしないで、好きなとこ言って!」
「...アイツらどこにでもいるからッ」
彼女はそう吐き捨てるように言った。
「そうか...」
自由に動けるとしたら、どうだろう。
足では行けないほど遠く、また多種多様多数の人が集まる場所...
「...市外の役所や、学校巡りか」
「やだよ、つまんない」
「真面目に言っているんだぞ」
「マジメにそれ?!」
「アンタそれ楽しいの?」
「楽しいかどうかはどうでもいい」
「はあ〜?!そこがイチバン大事でしょうが!?」
「お出かけなんだからさー、アンタも私も楽しまないと!」
「しかしなあ...」
しかし遠出が可能な限られた機会なのだ。遊んでいる場合ではない。
...あれ?
「...お前も着いてくるのか」
「あったりまえでしょー!」
...そうか、考えれば当然か。
彼女は俺に『場』を貸すのだから、彼女も利を求めて然るべき。
「だ・か・ら、楽しいとこね、ゼッタイ」
「楽しい所だなんて、分からないよ」
「はーアンタ、趣味とかないの?」
「趣味...」
...といえば昔から読書になるが。それは図書室で十分と思っている。
まだ足を運んだことはないが、近くにより大きな図書館があることも分かっている。
...待て、俺はなぜそんなことをしているんだ?
俺は遊んでいる場合ではない──遊んでいい筈がないのに。
「──ッ!」
そうだ、だいたい俺はどうして本なんか借りたんだ。ボケた連中にあてられて気が緩んだのか?
空いた教室に置き去りとなった鞄を、離れたここでも重く感じる。
早く 人を好きにならなければ。
でなければ、俺は、何の為にここに来た。
早く 人を好きにならなければ。
でなければ、俺は、きっと、永遠に──
「──な〜んでそんなマジな目してんのか知んないけどさ」
「!」
発作を抑え ふと現実を見ると...
3歩前でさやかが、首を傾げて薄く笑っていた。
「そんな力があるんだから、楽しまなきゃ損じゃん?」
「だが俺にはやるべき事がある」
「それが何より優先されるんだ」
「それって、何?」
「吹聴するような事ではない」
「あっそ」
彼女が顔を引く。
「〜んでもそれってさ、楽しみながらできないの?」
「なんだと」
「世の中魔法みたいにさ、何が起きるか分からないでしょ」
「楽し〜に任せて色々やってみた方が、新しい発見もあるんじゃなーい?」
...どうにも彼女は俺なんかより、はるかに行動力があるようだ。
「一理ある、が...」
「『がー』とか『でも』とか、さっきから!!」
「!?」
「ホントは行きたいトコあるんでしょ、言ってみ!」
彼女はうなだれる俺を撃破するように言う。
「...」
...もし、俺が意図して目的を傍に置いて。自分の楽しみなんてものを優先するのなら。
「...科学館は、どうだろうか」
図書室の、科学雑誌に載っていた。
それが少し気になっていたんだ──
「──あっ!ハクスラ市に新しくできたってやつ!?」
「知っているのか」
「いいじゃん行こ!!」
そしてあっさり 意見は承諾された。
「...うん」
「決まりね!ハクスラだったら行けるハズだから!」
「ああ...」
「その時は、頼むよ」
「うん、まず連絡とってみなきゃ!」
「そうか」
俺がそう言い切ると、さやかは微笑を飛ばしてどことなく外を見る。
...数瞬の、妙に穏やかな沈黙が流れた。
「...なあ そろそろ戻ろう」
「...ああ、そだね」
さやかは夕日の沈む屋上からの光景を、まだ惜しむように見えつつも納得し、
「ん」
こちらに右手を差し出した。
それに右手を重ね テレポート。
屋上の影は消え去った。
「──わ、着替えるのはやっ」
まだ下着姿のさやかは、既に完了した俺を見て驚く。
「慣れたもんだよ」
極めた俺にかかれば、1秒もかからずに服を着れる。
「んしょ...」
彼女も下から本格的に着替え始めた。
「...じゃあ、今日はもう帰っていいよな」
「あ〜...うん!」
「ありがとね、付き合ってくれて!」
慌ただしくボタンを止めながら答える。
「向こうと話ついたら、また伝えに行くから!」
「ああ」
そして鞄を持って扉を開き、また長い廊下を歩き始めた。
「...」
窓枠で切り取られた夕日を見て、俺はつと深い息を吐く。
...とんだ1日となった。本を借りに行っただけだというのに。
俺は目的の為だけに、決意して人の町に来たはずなんだ。
しかし俺は平然と本を借り、思い切り趣味に嵌っている。
その矛盾は彼女...白雲さやかによって顕在するところとなった。
どれほど意識の高い振りをしても、結局俺の中身は変わらないんだ。
「...クソッ」
どうか、こんな俺に何か 変化が...
道を逸れた先での新しい発見は、俺に何か 変わりを与えるだろうか──
───
──
─
「──あ」
時間が経ち 着替えを済ませ、1人空き教室を去ろうとするさやか。
そこで少女は落とし物に気づく。
それは使いかけの太い絆創膏。
彼女は首を回して後背を確認して、それから小さく呟いた。
「...これ、私のか」
「そっかあ、生物だけって聞いてたけど」
「タトゥーは落ちないんだね」
こそこそ独り言を言いながら、彼女は念力で絆創膏を引き上げる。
「おもしろーっ」
そして服の裾をつまむと、それを骨盤に貼り直した。
そうして隠した肌辺には...奇怪な網目の紋様に、『7』という数字が彫られていた。
気に入っていただけたら幸いです。
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