1 ブタの貯金箱と犬
異世界に転移して約1時間後、僕、千葉唯斗は城から追放された。
「なんでこんな目に……」
なすすべもなく地面に座り込んでいた。
──それは突然のことだった。
英語の授業中、一瞬で視界が真っ白に染まったんだ。
そして――。
目を開けると見知らぬ、白い天井が視界に飛び込んできた。
慌てて身体を起こし、周囲を見回す。
建物内は海外の城のような重厚感がある。
大理石の床には、複雑な幾何学模様が描かれた巨大なサークル。
僕は、その中にいた。
教室には生徒が30名いたはずなのに、そこにいたのは7名。
僕――千葉唯斗。
藤崎英二。
佐川義彦。
今村翔子。
そして翔子の取り巻きの女子3名。
「ここどこ!? 誘拐!?」
真っ先に叫んだのは翔子だった。
サークルの外には十数人の男女。
その中心にいたのは、
長い金髪。
大きな青い目。
――映画俳優のような美少女だった。
少女は美しい声で語り始めた。
「驚かれたと思います。ここは、あなた方の世界とは別の世界。あなた方は選ばれたのです」
不思議だった。
彼女の異世界語が、なぜか理解できる。
「おおっ! 異世界転移ってやつ!? 俺ら勇者なのか!」
興奮した声を上げたのは佐川義彦だった。
いつも偉そうで、嫌なヤツ。
「やだ……帰りたい」
翔子が半泣きで呟く。
だが金髪の少女は容赦なかった。
「それは無理です!」
「なんでよぉ!」
義彦も祥子も全く馴染みのない異世界語を話している。
多分僕も話せる。
仕組みは分からないが、異世界人と会話が可能なのは助かる。
少女は自らをラリアと名乗った。
ノクティルム王国の王女。
そして、僕たちを召喚した責任者らしい。
「勇者様方には、高難易度ダンジョンを封鎖していただきたいのです。そのために召喚させていただきました」
勇者。
ダンジョン。
召喚。
ゲームみたいな単語が次々と飛び出してくる。
現実感なんてまるでない。だけど、夢じゃない。
「引き受けてもいいけどよ。当然、タダじゃねえよな?」
こんな状況でも真っ先に交渉を始める佐川義彦は頼もしかった。
ラリア王女は優雅に微笑んだ。
「高難易度のダンジョンを、すべて封鎖してくだされば、お望みの物を差し上げます。もちろん、元の世界へお戻しすることもお約束いたします」
僕はほっと胸をなで下ろした。
帰れるんだ。
報酬ももらえるなら――金塊とか欲しいな。
そんな呑気なことまで考えていた。
この時の僕はまだ何も分かっていなかった。
異世界がどれほど理不尽な場所なのか。
そして、自分がどれほど絶望することになるのかを。
皆の警戒心が少し和らぐと、真っ白なローブをまとった老人が進み出た。
「それでは、勇者様方、鑑定させて頂きます」
鑑定は順調に進んでいく。
佐川義彦は「魔法剣」。
今村翔子は「治癒魔法」。
その他三人も、弓術や魔法、支援系のスキルなど次々と授かっていた。
誰もが当たりスキルばかりだ。
そして――僕の番が来た。
「彼は『貯金箱』ですな。こんなスキルは聞いたことがない」
貯金箱?
それってスキルなのか?
翔子たち女子グループが吹き出した。
「ぷっ、なにそれ!」
「貯金箱?」
「見たい、見たい!」
するとラリア王女まで身を乗り出した。
「スキルを唱えてみてください」
断れる空気じゃない。
僕は観念して小さく呟いた。
「……貯金箱」
ぽんっ!
僕の手に現れたのは、可愛らしいピンク色のブタの……
本当に貯金箱だった!
「マジかよ!」
「なにそれ~」
大爆笑が起きる。
すると義彦が、僕の手から貯金箱をひったくった。
「笑える。これで小銭を集めるのかよ?」
そう言うなり、
ガシャーーン!
床に思い切り叩きつけた。
「あっ……!」
瀬戸物のブタは無残に砕け散った。
──ひどい!
「あーあ。もう使えねぇな」
周囲からクスクスと笑い声が聞こえる。
ラリア王女はプイッと横を向いて、もう僕には関心がない態度。
悔しかった。
でも、
僕はこういう時に、反論できる人間じゃない。
義彦は普段からこんな性格だし、相手にする必要もない。
貯金箱の破片は、あっという間に綺麗に消えてしまった。
そして、後方では突然、老人が驚いた声を上げる。
「な、なんと……!」
その場の視線が一斉に集まる。
最後に鑑定されていたのは藤崎英二だった。
クールで成績優秀。
容姿端麗、運動神経も抜群。
男女問わず、人気ナンバーワン。
そんな彼のスキル。
「……『犬』……ですな」
場が静まり返った。
「マジで?」
「うそぉぉぉおお!?」
女子たちが悲鳴を上げる。
僕だって信じられない。
──犬?
犬を召喚するスキルなのか?
藤崎英二は肩をすくめて、
「面白そうじゃん。へへっ」って笑った。
読んでいただいて、ありがとうございました。




