第九十七話 帰れない人々
故郷は。
残っていなかった。
◇
戦争が終われば、
人は帰る。
誰もが、
そう思っていた。
◇
だが。
帰る場所そのものが、
消えていた。
◇
東部旧農村地帯。
レイン・ヴァルト
は、
難民輸送隊と共に現地へ来ていた。
◇
元住民達を、
故郷へ戻すためだった。
◇
馬車から降りた人々が、
前を見る。
◇
そして。
誰も動けなくなった。
◇
村が無い。
◇
家屋は焼失。
井戸は崩落。
畑は、
灰色の泥へ変わっている。
◇
魔力汚染で、
地面が脈動していた。
◇
異形植物。
腐臭。
灰霧。
◇
もはや、
人が住める場所ではない。
◇
一人の老人が、
呆然と呟く。
◇
「……ここが、
俺の村……?」
◇
返事は無い。
◇
子供が、
母親の服を引っ張る。
◇
「おうち、
どこ?」
◇
母親は、
答えられない。
◇
帰還不能区域。
◇
世界中で、
同じ問題が起き始めていた。
◇
焼失地帯。
汚染区域。
結界崩壊地域。
魔獣発生域。
◇
地図の上から、
“生活圏”が消えていく。
◇
帰れない。
戻れない。
もう住めない。
◇
それは。
戦後難民の始まりだった。
◇
仮設居住区。
夜。
焚き火の周囲に、
人々が座っている。
◇
誰も、
故郷の話をしない。
◇
話した瞬間。
もう戻れない事実を、
認めることになるからだ。
◇
ノア
が、
配給帳簿を閉じながら小さく言う。
◇
「……みんな、
どこ行くんだろうな」
◇
レインは、
少し黙る。
◇
昔なら。
国家が受け入れた。
村が再建した。
土地へ戻れた。
◇
だが今。
国家は壊れ。
土地も死んでいる。
◇
故郷という概念そのものが、
崩れ始めていた。
◇
その時。
一人の少女が、
レインへ尋ねる。
◇
「ねぇ」
「わたしたち、
どこへ帰ればいいの?」
◇
幼い声。
◇
だが。
誰も答えられなかった問い。
◇
レインは、
少女を見る。
◇
汚れた外套。
痩せた顔。
それでも、
必死に不安を隠している。
◇
彼は、
ゆっくり周囲を見回した。
◇
仮設天幕。
炊き出し。
修理中の水道。
臨時学校。
◇
まだ、
不完全だ。
故郷とは呼べない。
◇
それでも。
人が生きる場所には、
なっている。
◇
レインは、
静かに答えた。
◇
「帰る場所が無いなら」
◇
「作るしかない」
◇
少女は、
少しだけ目を丸くする。
◇
遠くで、
輸送列車の汽笛が鳴った。
◇
世界は壊れた。
もう戻らない。
◇
だから。
人は、
新しい居場所を作るしかないのだ。




