13 新たな縁
それから毎夜、アリィはユオとの逢瀬を重ねていた。
月の魔力を感じながら、魔力を制御する練習も含めて。
アリィが降らせた光は、さほど話題にはならなかったようだったのだが。
「女神の魔法は人を癒やし、魔族を衰退させたと言うわ。貴方は昔から特別だったのかしら」
ユオは元魔族。
今は人間に転生しているが、前世ではどこまで通用していたのだろうか。
恋人になって、ようやく過去を問う距離になれた。
今後のためにも、知っておかないといけない気がして。
「どうしてだろうね。二千年前から、君の魔法がダメージになることはなかったよ」
少しずつ前世の話を教えながら、彼はアリィの膝の上にごろんと寝転がった。
アリィの香りと体温を感じられるから、そこが最も好きなのだ。
「それならよかったわ。あっ、でも……今思うと、ヨグトスも人間になってるのに、月の魔法が効いていたわよね」
甘えてくるユオのことが愛おしい。
髪を優しく撫でながら、アリィはふと思い出した。
「この際だから、アリィには言っておかないとね」
甘えた顔をしていたユオだが、急に真面目な顔になってそのまま空を見上げた。
「今は僕を含めて十三体。中には眷属を持つ奴もいる。人間の体に寄生しないと現界できないんだ。僕以外はね」
「じゃあ、寄生された人間は、魔族の特性になるのね……」
「そういうこと。ヨグトスもしばらくはまだ復活できないと思う。
かと思えば、アリィを見ては表情を溶かす。
少しだけ考えて整理すれば、アリィも状況を飲み込める。
それはアリィも薄々、気づいていた。
(思えば、ヨグトスはユオに戻ってこいと言っていた……ナイアラト、だったかしら。発音しにくい名前で呼んでいたわね)
これまでの疑問が、ようやく腑に落ちていく。
「エミールは……人格を乗っ取られたのよね。彼は、助かるの?」
世界政府の職員として出鶴に戻ってくるまで、彼は生物について造詣のある人だった。
普通の少年だったし、元から魔族ではなかったように思う。
「いや……難しいかな」
アリィはユオの髪を撫でる手を止めた。
知っている限り、シノはエミールといつか仲直りをしようとしていたのだ。
途中で閉じ込められたから、詳しくは分からないが――兄の気持ちは恐らく変わっていない。
「魔族たちは封印されてたし、かなり弱っていたはずだよ。それを移植してるってことは、人間が魔族に協力してる可能性が高い」
ユオは淡々と言った。
人を踏み躙ってばかりの者たちに、アリィは怒りがふつふつと湧いてくる。
「そう……誰かが封印を解いたから、ひいおじい様は神秘の器を各地に散らしたのね」
人間でも魔族でも、もはや関係ないのかも知れない。
敵は属性ではなく、きっと悪意を持った個体たちだと。
「そうだと思う。神秘の器はね、それぞれ封印できる魔族が決まってるんだ」
アリィが頬を撫でると、嬉しそうにユオは目を細めた。
「……魔族だって知られて、嫌われる可能性も考えてたんだけどね」
少し、寂しそうにぽつりと呟く。
「むしろ好きになったわ」
アリィは何を聞いても、愛情が揺らぐことはなかった。
その髪に手を触れ、優しく撫でる。
ふわふわとした金髪は、月の光に溶けていくようだった。
「……やっぱり、アリィはいいね」
ユオはアリィの手をそっと取って、指先を自分の唇に持っていく。
許されるギリギリのラインで、深い愛を表現するのだ。
「こんなに可愛い魔族さんは、他にいないもの」
叱る気にもなれず、アリィはくすぐったい指先をそのまま委ねた。
「え、僕が可愛い? 男として見てないってこと?」
「ふふ、違うわ。ユオはとっても素敵よ」
「うーん、アリィが言うならいっか」
ユオは膝の上で喉を鳴らす猫のようで、アリィも何だかおかしくなってくる。
くすっ、と笑った。
「いい子ね」
二人は指を絡め合って、静かに存在を確かめる。
空には二つの流れ星が駆けていった。
「あ、流れ星だわ……幸運だわ」
アリィは消えていった星を見て、笑顔になる。
「そうだね。僕はとても幸運だと思う」
双丘で遮られてユオは何も見えなかったが、アリィが喜ぶ姿だけで幸せだ。
ジナビアの王城に来て、一週間は経った。
ゆったりとした生活に慣れてきたアリィは、最初の頃よりかなり自信と幸せに満ち溢れている。
絶望していたのが嘘みたいに、平穏な日々が流れていたのだ。
☾
王太子夫妻が国に戻ってきて、白夜祭がひと月後に迫る。
「アリィの髪飾り、どんな場所にも使えますよね。白夜祭でも問題なさそうです。指輪も素敵ですし。ドレスはどうするんです?」
アリィはその日、ララネと一緒に中庭を散歩していた。
衣装はほとんど王太子妃のイルタが貸してくれたもので、二人は優雅な客人として過ごす。
「ドレスはね、ユオがオーダーでプレゼントしてくれるの」
「もう、すっごく愛されてるじゃないですか。アリィが幸せだと、また積もらない雪が降りそうです!」
「あれは偶々だったのよ。気を付けないとね……」
「大丈夫ですよ。アリィの正体は、私たちだけの秘密ですからね」
ララネはアリィの惚気を聞くのが楽しく、光を降らせてしまった時の話を楽しそうにしている。
二人が仲睦まじく歩いていると、後ろから女性の声がした。
「初めまして。有明殿下、ララネ殿下」
振り向くと、優雅な女性がいる。
エレンを小柄にして、性別を変えたような人だ。
黒髪にオレンジのメッシュが入り、髪を編み込んでいる。
つり目で小さめの金瞳は鋭い印象だが、それを武器にした派手目な化粧がとても似合っている。
「貴女は……エルザ殿下、でしょうか。初めまして」
国王夫妻との茶会の際に、名前だけ出てきた人だ。
エレンより一つ上で、婚約者がいると言う。
アリィとララネは一礼した。
身分は同等なので、頭を下げすぎない程度に。
「弟のエレンがお世話になっています。お父様ったら、私の名前を勝手に出したでしょう? 有明殿下はご不快でしたでしょうに」
エルザはエレンに似てハキハキとしていて、初対面だが少しフランクだ。
けれども不快にならないラインはきちんと守っており、身分相応の振る舞いを見せる。
「アリィとお呼び下さい。不快だなんて、とんでもございません。陛下は試されただけですよ。私が動揺したり、うまく答えられなかったりすれば、彼の婚約者には相応しくないのですから」
アリィは外に出てから、しばらくは社交の場に出るのが億劫だった。
ララネに対してすら、最初は嫌われることを恐れていたくらいに。
けれども、今は本来の自信を取り戻してきている。
元の教養が存分に発揮された、優雅な貴婦人でいられた。
「では、アリィ様。ご寛大なのですね。お二人とも、私のことはエルザとお呼び下さい。よければ一緒にお散歩しませんか?」
アリィの振る舞いには一切の動揺がなく、エルザは感心していた。
(ユオシェム殿下は昔から知ってるけど、あんな恐ろしい男、絶対に嫌よ! 私には可愛い婚約者がいるんだから! 何より、こんなに可愛い方を試そうとしただなんて……お父様のバカ!)
上品な笑みを浮かべながらも、エルザの内心はこの場にいない父王への不満を心で吐いた。
紅一点なので可愛がられてきた分、父との距離感も他の兄弟より近い。
「ぜひ、ご一緒しましょう!」
「えぇ、ジナビアのことをたくさんご教授ください」
ララネとアリィは顔を見合わせ、嬉しそうに承諾した。
ジナビアでの貴婦人を見かけることは多々あっても、こうした交流は初めてなのだ。
「わぁ、嬉しいです! 実は、白夜祭の前にお茶会を開く予定なのですよ。よろしければご参加されませんか?」
それは二人にとって、願ってもいない申し出だった。
異国のお茶会で友達を作るのが、祖国で閉塞感を持っていたアリィとララネの夢だったから。
「ぜひ、参加させてください!」
アリィとララネはすぐに返事をする。
はしゃぎながらも、品性は欠かさなかった。
「では、お二人の部屋に招待状を手配しますね! 楽しみです! お二人はすぐに馴染めるでしょうからね」
笑顔の仮面の下で、エルザは二人への可愛さを浴びてはしゃぐ。
(王城にいらしたと聞いてから、仲良くしたいと思っていたのよ!)
どうやって話しかけるかを模索していたエルザは、願いがかなったことに上機嫌だ。
「お恥ずかしながら、私はあまりそういった交流をしたことがないのです。皆さん、どういう話題に関心があるのでしょうか?」
アリィは恥だと思いながらも、素直に問いかけた。
出鶴ではデビュタントとは言わないが、成人前の子どもたちが集まるような場はあった。
そこでも、友達を作ることはできなかったからだ。
「それはもちろん、恋愛の話ですね! アリィ様は話題の中心になること必至です。もちろん、ララネ様の恋愛事情も気になっておりますよ」
落ち着いた振る舞いを心がけていたが、エルザはつい舞い上がってしまう。
それほどまでに、アリィやララネと話すのが楽しみだったのだ。
そう言うエルザにも、左手の薬指には婚約指輪が光っている。
「不慣れですが、聞いているだけでも楽しそうです」
「私は大した経験はありませんが、皆さんの話を聞きたいです!」
アリィとララネは、より楽しみになってきていた。
政治の話だと緊張が走るばかりだが、年頃の少女の集まりだと知れば安心する。
何より主催のエルザがとても好意的なので、余計な心配はなかったのだ。
三人で和やかに歩いていると、廊下の方が騒がしくなってきていた。
「ちょっと、あんた! 王太子の婚約者とその友人が来たといっているでしょう! 王太子を連れてきてってのがどうして分からないの! 招待されたから来たのに!」
遠い昔に聞き覚えのある怒声が聞こえ、アリィは足を止めた。
(あの声は……)
克服したと思っていたのに、過去のトラウマが襲ってくる。
初めてのお茶会、浴びる罵声、同調する侍女たち。
気がつくと、アリィはひどい動悸と冷や汗に見舞われていた。
ララネやエルザが呼ぶ声が、遠くなっていく。




