07 十三星団
「今日、あのじいさんを預けてきましたよね」
それを説明したのは、エレンだった。
「看護婦が夜の見回りをしてた時、じいさんの部屋に不審者がいるのを見たようなんです」
「えっ……紳士様はどうなったの?」
「所持品は全て盗まれてて。じいさんは消えてたから、川に捨てられた可能性があるって……」
アリィたちが三人を部屋に入れ、エレンが泣きそうな顔をしながら告げる。
最も図体が大きいのに、顔に出やすいようで。
昼間、エレンの護衛たちはその様子を見守っていたのもあり、福祉施設の騒ぎを聞いて報告を上げたのだ。
「そんな、酷いわ……」
「福祉施設を襲うなんて、最低ですね……」
アリィとララネはそれを聞き、つい昼間まで元気だったあの老紳士を思い出す。
お茶目で、空想の中に生きていて――少しの間しか過ごしていないが、大切な旅の思い出の一つだったのに。
ショックで泣きそうになるアリィに、ララネも悲しそうに寄り添った。
「すみません、寝る前に聞かせる話じゃなかったですね……」
言いに行くか迷ったものの、エレンは告げたことに少し後悔する。
(何でだろうな、姫様を悲しませたらいけないって気になる……)
泣いてしまいそうな彼女を見ると、守護本能のようなものが働いた。
ユオがアリィを想う感情でも、シノがアリィを想う感情でも、どちらでもない気がする。
「ううん。置き去りにされる方が嫌だもの」
アリィは涙を拭った。
「犯人はどんな人なのかしら」
気丈に微笑んで、首を傾げる。
「……実は、近かったのもあって、それを聞いて現場に行ってみたんだよね」
そんなアリィを気遣うように、ユオが前に出る。
「そこに残っていた水魔法の痕跡や証言から、どうにも十三星団の可能性があってね」
真剣な様子で、彼は言った。
十三星団、という名が出てきて、アリィはヨグトスを思い出して震え上がる。
シノやエレンも、目を見開いた。
「おい、さっきはそんなこと言ってなかっただろ!」
一緒に見に行った時は、ユオは一言も十三星団の話をしなかったのだ。
抗議するように、エレンは大声を出す。
「それって、砂漠でお二人を襲ったという……どうして彼らの痕跡などが分かるのですか? 王族でも、存在すら知らない組織ですのに」
ララネは有耶無耶にされていたユオの不審な点に、今夜こそ核心を突くように問いかける。
彼女も十三星団という存在だけは、ユオから教えられていたのだ。
「そんな気配はなかったぞ、ユオ」
同じ場所にいたシノは、真顔で言った。
「昔、僕は十三星団にいたことがある……これは、ここにいる皆には話したね」
ただ、それぞれが理解している深度は違うが――ユオはそこに触れない。
「十三星団は外禍力という、魔法とも違う特殊能力を使う。その能力の残滓を、僕は感じられるんだ」
ユオの説明は、確かに理に適っている。
ただ正直のところ、誰もそれを鵜呑みにはできていない。
(神話時代の魔族は、魔法とも違う力を使っていたという。あまり知られていないが……今これを確認したら、皆に不信感を植え付ける。言うべきでないな)
真っ先に思考したのはシノだった。
彼は人の感情を除けば、かなり鋭いところがある。
違和感に気付きながらも、あえて何も言わなかった。
(十三星団という上位組織が、魔族だとしたら。それなら、ユオシェム様がそこにいたというのも、納得できる)
既にヒントを持つアリィもまた、シノと同じ答えに到達する。
ただ、同じく言わない選択を取ったのだ。
(よく分かんねぇけど、ユオが十三星団にいたってのは……俺が知る限りじゃ、有り得ないんだよな。ただ、情報は嘘じゃないだろうし、十歳頃から急に大人びたのと関係ありそうだ)
幼馴染のエレンは、幼い頃のユオの違和感を知る。
とはいえ口に出すことはなく、これまでも彼の言葉を受け入れてきた。
鵜呑みにはせずとも、信頼はあったからだ。
(ユオシェム兄様は、何か隠していますよね。他の皆さんも、何か心当たりがある様子……無闇に詮索しない方がいいのでしょうか)
ララネは兄妹ほど知識が豊富ではないし、エレンほど長く一緒にいたわけでもない。
社交界のように観察して、空気を読むしかなかった。
ユオを全く信用していないわけではない。
少なくとも仲間を裏切って、世界政府に寝返ることはないだろう、と。
だからあえて呑み込み、ため息をついた。
「……分かりました、今はそれで受け入れましょう。しかし、その十三星団なるものが、あの紳士様を害したとして……どうしてでしょう?」
「それが不可解なんだ。彼らの大義において、おじいさんをわざわざ殺す必要はないから。何かを見られたのか、あるいは……」
「考えても埒が明きませんね。世界政府と星慧教団の考えていることは、よく分かりません」
ララネはそれ以上の追及を避け、話を続けた。
「色んな利権は絡んでるけど、彼らが考えてることは単純だよ。偽善を口にしても、大義なんてないから」
カーテンの隙間から、ユオは赤い星を見る。
「あの赤い星……赤の魔王を、どうしても目覚めさせたいだけ。甘い汁を与えて、一部の権力者を動かしているんだ」
ちょうど北西の方に浮かぶ赤い星は、不気味に煌めいていた。
「人の心を乱して、そのエネルギーで目覚めさせるのよね。だから女神様が邪魔で……百年前の戦争も、そのためのものだったのかしら」
アリィは谷底で聞いたことを復唱しつつ、疑問を口にする。
「そう。その戦争で敗けた出鶴は、女神様の国だからね。本当は百年前に、出鶴を滅ぼしたかったんだろうけど」
カーテンを閉じて、ユオはアリィを見つめる。
「派手な争いは、かえって出鶴の人々を覚醒させた。だから、今は腑抜けにさせている。魔法を奪い、便利さだけを与えて」
シノが付け加えるように言った。
自国が蹂躙された悔しさを知りながらも、王太子として彼は何もできていない。
そんな理由で貶められていたと知った時は、怒りで震えたものだ。
今ですら、思い出しただけでも室内が冷えるほどに。
(感情を抑えなければ……)
シノは表情にこそ出さないが、内面はかなり燃え滾ってきる。
それが魔力として放出されてしまうのだが、自分でなかなか制御ができない。
「ネシアは、出鶴への恩を忘れていませんよ。とは言え、小国なので出鶴の力にはなれなかったですけどね」
その説明で妙に腑に落ちたララネは、改めて深く出鶴に感謝する。
微笑む彼女と視線が合い、シノは咄嗟に逸らす。
(ララネ姫は、本当にいい人だ)
同時に寒さは緩み、室内の温度調節が正常に動き始めた。
彼女の言葉で、シノの心が落ち着いたのは確かだった。
「ラニ様も同じことを言ってくれたわ。お兄様、私たちは誇りを持ちましょう。悪かったことは反省しないといけないけれど……真実は分からないもの」
ユオの目標はブレていないと、アリィは確信した。
「まぁ、そんな感じかな。世界政府との正面衝突も近い……シノとエレンは毎晩訓練しようね」
「はぁ!? 今からか?」
「ユオの言うとおりだ。俺たちはまだ対抗しきれないからな」
急に訓練の話になって、重い話が嘘のように飛んでいく。
皆、老人の話をそれ以上しようとはしない。
窓は反射し、外の景色は見えにくくなる。
「夜中に長々とごめんね。僕らは少し体を動かしてくるよ。おやすみ」
ユオはシノやエレンを連れ、早々に部屋を出て行った。
「紳士様、可哀想だわ」
「そうですね……」
残されたアリィとララネは、何とか眠ろうとするが、眠れなかった。
明かりを消して、せめてあの老人が苦しくないようにと――手を合わせて祈りを捧げた。
ララネもそれと同じ仕草をして、二人で一緒に祈るのだった。
☾
翌日には国境の街を発つ。
少し憂鬱な空気が流れたが、三日もすれば一行はジナビアの王都に辿り着いた。
自然と人間が創った世界が、見事に調和した大都市。
青々とした空と緑、それに清潔な白を基調とした建物がコントラストを描いている。
どんな絵にしても、映えそうな風景だ。
ここでも王子が乗る馬車は歓迎されていた。
王城までの道のりに、人々は寄ってたかって手を振っている。
末の王子でこれなのだから、王太子の時はもっと凄まじいのだろう。
そんな王都もまた、治安悪化の片鱗は見え隠れした。
王族見たさに広場にやってきた人を、玄民族たちがいきなり殴る姿が散見されたのだ。
すぐに警備隊が駆け付けて、殴られた人を助けていた。
「まーたやってら。難民か移民か知らねぇけど、入れ過ぎなんだよな。ま、父上の戦略なのはそうなんだけどな」
エレンもまた、その様子を見て眉を顰める。
暴れる個人が目立つせいで、民族をひと括りにして嫌う国民も増えてきていて。
そのせいで、隅っこで縮こまる玄民族の子どもがいる。
(政治的戦略とはいえ、可哀想だわ。でも、ジナビアの国王陛下としては、自国民を最優先に守るための手段なのよね……)
いい国だと思われるジナビアにおいても、問題は顕著なのだと――アリィもその子どもを見て、胸を痛めた。
(あの民族は、おそらく……だけど、確証がない。分かるのは、世界政府のやり方は汚いってことだけだね)
ユオは世界政府の思惑を知り、玄民族に対しても何らかの疑惑は持っている。
けれども、それはまだアリィにすら言わなかった。
「ジナビアは民意を汲んで、彼らを帰らせるように動いてるんだよね」
「まぁな。ただ、正式に入ってきた人たちもいるしな。ここで基盤を作って、真面目に働いてる」
「線引きが難しいよね。まぁ、そうやって分断させるのが、世界政府のやり方だし」
玄民族の話はデリケートだ。
現行制度に問題があるからこそ、過激に排斥しようとする人と、それを過剰に守ろうとする人に分かれる。
少しでも口にしたら過激派に攻撃される話題でもあり、議論もできない空気もあって――。
「そうだ、着いたら父上と母上がすぐに会ってくれるみたいだぜ」
世界政府の話は胸糞悪くなるからと、エレンは話題を変えた。
「国王陛下との拝謁……緊張するわね。海外に行くことはなかったし、子どもだったから正式な挨拶などは省略されてたもの」
国王などが王子たちを連れて、国交行事に参加することはある。
成人していない子どもたちは、正式な場に出ることは少ない。
大体は別室で過ごすか、会場に出てもあまり公式的な振る舞いは強制されないのだ。
(六年前に皇太子に会った時、私はまだ子どもだったから、ただ会場にいただけなのよね……お兄様は違うけど)
かつてのことを思い出しながら、アリィは窓の外を見る。
幼い頃から王太子であったシノは例外で、小さな頃から正式な外交を任されていた。
出鶴の国内で王族は蔑まれているとは言え、形式的には王族がトップだ。
世界会議に呼ばれるのも、宰相ではなく王族の方だ。
「私も外国の社交界は初めてなんです。西方式のマナーは分かっていますが、不安ですね。ジナビアって特に保守的と言いますし」
ララネは不安を共有するかのように、アリィに寄り添った。
「ん、ララネ姫は社交界の華ではなかったか。南国の真珠だと聞いたぞ。場慣れしていそうだが」
そんなララネをじっと見て、シノは口を開いた。
無意識だが、ララネのことに興味がある証拠だ。
「確かに、努力はしました。ですが、それは叔父が流したものです……私はこのとおり、大したものでもないですよ」
南国の真珠、なんて言われるたびに、ララネは実態との不整合さに自嘲してしまう。
あれはただ、叔父が邪魔なララネを嫁にやるため、大袈裟に触れ回っただけに過ぎない。
仲間の前では戯けることができるから、それを自ら笑いににしようとしたのだ。
「そうか? 君は社交的だし、相応しいと思うが」
しかし、シノは真顔で思ったとおりのことを言う。
それでいて、ララネと視線が合うとすぐに逸らした。
「そ、そういうお世辞はいいですから! さぁ、陛下との謁見のことを考えましょう!」
「お世辞ではないが」
「その話は終わりです!」
面と向かって言われると照れてしまい、ララネは突っぱねるように話題を変える。
(シノが女性を褒めることがあるなんてな……)
これにはエレンも驚いた。
今までシノに女性が寄っていくのはたくさん見たものの、相手にしていたことは一度もなかったからだ。
「まぁ、母上は特にお二人を気に入ると思いますし、気楽にしてもらって大丈夫なんで……あ、そろそろですね」
馬車は減速する。
城へと繋がる門が開き、庭の中に入って行った。




