01 国境へ
村の外に出て数日、草原の魔物を倒しながら北へと進む。
虫に似た巨大な魔物が現れるが、それらもまたユオを見ては一目散に逃げて行くのだ。
(そうそう、虫は大きくないと。小さくてゴチャゴチャしてるから気持ち悪いんだよ)
大きな虫の形態は平気なのか、ユオは追撃するようにして粉砕した。
ララネもまた、別の個体を強化したリボンで捕らえる。
それをシノが剣でとどめを刺した。
「やっぱり、おかしいです。普通、魔物は人間を見て逃げませんってば。ねぇねぇ、東雲丸さん。冷静に分析してくださいな」
ララネはまたその話題を出して、シノの肩をつつく。
少し親しくなった感覚で、前よりも気軽に彼に接していた。
「確かに少し異常な現象だが、やはり目の前で起きていることは否定できない。魔物の生体も不明瞭な点が多いからな。解剖しようにも、死んだら灰になるので、なかなか実験ができない」
しかし、彼は天然という面ではアリィ以上の逸材だ。
ララネの感覚による不信を、科学で証明しようとしている。
「ついては、ララネ姫がそのリボンで魔物を縛っておいてもらえたら、数日かけて死なないよう解剖するという選択もあるが」
ユオへの信頼はともかく、シノ自身も研究者として興味があるようだった。
しかしながら、ララネは引いてしまう。
解剖したいのではなく、ただ共感してほしかっただけなのだ。
「もういいです。東雲丸さんも天然ですね」
「俺は天然じゃない。きちんと物理法則や魔法科学に基づいて考えている」
「本物ほど否定するんですよ!」
興醒めしたララネはため息をつき、その話題を出しても無駄なのだと悟る。
実害がないので良しとするが、もやもやとしたものは残ってしまった。
「でも、東雲丸さんの武器は素敵ですよね」
一応、ララネが武器に興味があるのは嘘でもなく、古今東西の武具や防具について広く知っている。
シノが持っているのは、西方の文化に近い剣だったのだ。
「ずっと思っていたけど、お兄様の剣は約束の聖剣に似ているの。禁書で見た神秘の器とそっくりなのよ」
アリィはシノがいつも背負っている剣を見て、改めて確信した。
「これはその模造品らしい。出鶴の歴代国王が使っていたものだ」
シノは剣を上に向けて日に翳しながら、アリィやララネにそれがよく見えるようにしてやった。
ユオが前に使っていた長い剣と違い、刀身はそこまで長くも短くもなく、バランスのいい形態をしている。
持ち手についた青い宝石も、透き通るような刀身も、全て禁書で見た代物だ。
非常によく作られた贋作だった。
(約束の聖剣は氷天将のものよ。お兄様は氷属性のようだから、きっと……)
アリィは薄々それに気付きながらも、今は黙っていた。
氷天将は、十二天将の中で最も美しい男。
母から神話を聞いた時に、アリィは氷天将と兄を重ねたことがある。
「神秘の器は九つの地に、一つずつ散らばっているんでしたよね。二つは既に、アリィとユオシェム兄様が解放済みと。あれ、計算が合いません。残りの三つはどこに?」
「解放に条件があったりするの。約束の聖剣はまさに、その一つなのよね……」
「それだけ重要なものなのかも知れませんね。今から行くところのものは?」
「ジナビアに眠るのは冥契の指環というもので、それを解放したら別のものも解放できる見込みなの」
「なるほど、楽しみですね!」
ララネもよほど本物が見てみたいのか、二人の話は盛り上がる。
先は長いが、少女たちは宝探しに胸を躍らせていた。
「神秘の器もそうだけど、国によってはガチガチに世界政府の幹部が常駐してたりするんだよねぇ……ジナビアはそこまでじゃないけど、遭遇する可能性があるから気を付けて行こう」
ユオが何気なく近寄ってきたら、途端にアリィは心臓が高鳴るのを感じた。
深呼吸して、その気持ちが快いものだと噛み締める。
(近いわ……でも、嬉しい)
自覚したら好きな気持ちが高まってきていて、反応が顕著になるのだ。
「国によっては監視されないの?」
「世界政府に従ってる国は、監視も緩やかだね。これから行くジナビアや、カナンにも常駐はしてないよ」
「ヨグトスは私たちを追ってきただけだものね。常駐じゃない幹部は、世界政府の本部にいるのかしら」
「うん。グローサ共和国に本部があるから、そこにいるみたいだね」
旅を共にする中で、必要な情報の共有だ。
彼に対する感情は芽生えていても、アリィは切り替えることも出来ていた。
それでも大事な話が終わると、また意識してしまうし、もっと近付きたいと思ってしまうのだ。
☾
草原を更に北上すること数日――ようやく国境地点の町に着いた。
大きな山々を国の境にし、山と山との間に巨大な門がそびえ立っている。
その門の周辺を切り拓き、町が円形に広がっていて、結界がドーム状に構築されていた。
石造りの砂漠の街とは違い、この辺りは西や北の方の国の文化を取り入れている。
レンガ造りの、お洒落な町並みだ。
「本で読んだような町だわ。同じカナンの国内でも、国境付近は雰囲気が違うのね」
初めて見るような景色に、アリィは心を踊らせる。
もはや、命を絶とうとしていた少女はそこにいなかった。
「アリィ、ジナビアに行くと、タルトという甘味があるようですよ」
「そうなの? 食べてみたいわ。苺は使われているかしら」
「きっと苺のタルトもありますよ。楽しみですね!」
ララネとアリィは、国境を超えた先にあるお菓子を楽しみにしていた。
二人とも国外に行ったことがなかったので、西方の文化には特に憧れがあるのだ。
「ここは電気が通っているのね。やっぱり、皇帝陛下が魔力でインフラを担っているの?」
今や何でも気になっているアリィは、ユオを振り向いて問いかけた。
魔物から守るための結界。
その魔力供給については、どこの王族も昔から担っている。
それとは別に、電力などを供給するための動力はどうしても不足しがちだ。
出鶴の王はそれを国内全土にわたって担っている。
「まさか。そこまでしてるのは、出鶴とメルヒェンくらいだよ。メルヒェンは旧貴族が分担してるらしいから、国王が一人で回してるのは出鶴くらいかな」
ユオはアリィに優しく説明する。
「確かに、文明レベルが違いすぎるの。出鶴には高いビルがいくつも建っていて、そこに映像が流れてるのよ。鉄道も通っていて、飛行船も飛んでるわ。全てお父様の魔力で……」
王家は文化と伝統を尊重し、慎ましく暮らしていた。
それでも城の外に一歩でも踏み出すと、都会の喧騒に包まれてしまう。
出鶴に比べるとカナンは何世紀も前の文明に感じるが、アリィは長閑なこの場所の方がお気に入りだ。
「王家は民の生活に貢献しているのに、出鶴では王族が大切にされていないと聞きます。どうしてでしょう」
ララネはシノの肩をつついた。
「危険視するか、感情的なものか、供給不要にするくらい危険な科学を発展させたいか……どれかだな」
「そんな、誰が魔物から守ってると思ってるんでしょうか! まったく、酷い人ばかりですね!」
「それでも、俺たちは守らなければならないんだ」
「そうまでされて、守る必要なんて……」
「それが王族の義務だ、仕方ない」
感情的に擁護しようとするララネに、シノは至って冷静に自身の役割を話す。
二人の会話を黙って聞いていたアリィとユオは、顔を見合わせて離れさせた。
「ララァ、怒ってくれてありがとう。私も理不尽だと思ってるのよ」
アリィはララネの腕をそっと組み、彼女の感情に寄り添う。
本心から怒ってくれる友達は貴重で、嬉しかったのだ。
一方で、ユオはシノの肩を叩く。
「シノはララネちゃんと喧嘩したいの?」
「いや、仲良くなりたいのだが……どうにも怒らせてしまう」
「君は正論ばかり言うからね。ララネちゃんは君たち兄妹のために怒ってくれたのに」
「どう返せばよかったんだろうか」
シノはとにかく真面目だった。
王太子としての責務は外せないが、同時にララネと上手く付き合う方法も素直に模索している。
「ぶつかりながら答えを見つければいいさ。僕だって最初はよく怒らせてたから」
ユオは遠い昔を思いながら答えるが、具体的にそれがいつの話なのかは言わない。
シノはそれがアリィのことだと、かろうじて分かった。
「アリィを怒らせていたのか? あまり怒る子ではないぞ。よほどのことを言ったのか? 君が?」
二人が出会ったのは、ついひと月ほど前の話だ。
ユオはシノと出会った頃から成熟していた印象なので、イメージに合わなかった。
「それより、国境警備が普段より手厚いね」
都合が悪いのか、ユオは話題を変える。
皇子という身分を利用して国を行き来していたが、普段は開かれた門も今日に限っては閉じられているようだ。
警備の数も倍以上はいるようで、街の中にも兵士たちがちらほらと見えた。
「追っ手は来るだろうか?」
「対策はしてる。エスティに頼んで、フランチェスカのあたりで僕の姿を見たって噂を流してもらったから。捜索の手も南部に集中してると思う」
「そうか。しばらくは大丈夫だな」
エスティというのは、ユオやシノと密かに同盟を結んだ仲間だ。
今はフランチェスカの国王で、多忙の中でも連絡を密に取り合っている。
二人はアリィとララネを見守りつつ、新聞屋の少年から新聞を買うが、欲しい情報は得られなかった。
「情報も統制されているようだ。父上がアリィの結婚について声明を出すと言っていたが、カナンでは報道されていない」
シノはここに来る前、父ともよく話をしてきた。
アリィの結婚はカナンとの国婚。
相手が皇族ならば、それは契約として有効に機能する。
まさか皇太子側もユオに奪われると思っておらず、よく見ないで署名を交わしたものだ。
「想定内だよ。都合の悪い話は伝えないのが、皇后のやり方だしね」
そんな話をする二人に、アリィが振り返って微笑んだ。
「わぁ、可愛い」
あどけない顔立ちでありながらも、女らしさが垣間見える笑顔。
ユオは素直な感想を残した。
「そう言えば、交換日誌は文交わしのようなものだそうだな。文交わしから始めるのは健全で評価できる。アリィのことを大切にしてくれているんだな」
アリィ本人に聞こえないのをいいことに、思い出したかのようにシノは聞いた。
かなり単刀直入だが、認めているようだ。
「うん、すごく大切だよ。シノにはまだ早いかな」
普段ならはぐらかしそうだが、この時のユオはストレートに語った。
「そうか。アリィが嬉しそうなので続けてやってくれ」
ロマンスとは遠縁の王太子は、ユオの言っていることを理解はできても、本当の意味で飲み込めていない。
それでも彼は二人の関係を受け入れていた。
街には指名手配の張り紙がたくさん貼られているが、そんなのもお構いなく、一行は国境での手続き場を目指す。
仲間とこの街で合流する予定だったが、ユオはその前に確認したいことがあったのだ。
「第三皇子って、こんなに不細工なの?」
「見たことあるぞ。いやらしい店を渡り歩いてた」
「そう言えば、砂漠で遭難していた有明姫の兄君を助けたとか……」
「めちゃくちゃバカだから、それで勘違いして姫に無理やり乱暴したって話よ」
指名手配書はインパクトがあるようで、色んな噂が飛び交っている。
古今東西、男女のいざこざは民衆の心を掴むようだ。
そういう意味でも、衝撃的な内容で関心を引くのは、皇后も考えたものだった。
ユオ本人はそれを聞いて笑っていたが、アリィは不愉快な気持ちになる。
(ユオシェム様はそんな人じゃないのに)
すぐそばに本人がいるのに、皆に真実を教えてあげられないのがもどかしかった。
☾
一行は役所にて、出国申請に並んでいた。
そこでは出国においての身分証のようなものを取得できるが、一日に発行できる数は限られている。
申請する気はないが、窓口で確かめたいことがあり、並ぶことにしたのだ。
列は役所の外まで連なっており、中に到達するまで一時間はかかりそうだった。
すると、後からやってきた玄民族の女たちが、列を抜かして前に進んでいく。
「ちょっと、皆さん並んでるんですけどー! 聞こえませんか?」
気の強いララネはそれが許せず、つい言ってしまった。
別の街でもそうだったが、彼女は悪事がまかり通ることをひどく嫌っているのである。
「はいはい、差別だわ!」
女たちは反論できないから、雑にそんな返しをしていた。
「順番を抜かしたのが悪いのですよ。同族の方は真面目に並んでいるでしょう? 仲間の印象を悪くしてどうするのですか」
ララネも負けじと言い返すが、口調は優しい。
後ろで並んでいる同族たちは、嫌そうに女たちを見ていたから、彼らのために言っていたのだ。
「あーあ、私たちはいつまで虐げられなきゃいけないのかね」
女たちは話をすり替える。
マナー違反を注意しただけなのに、勝手に規模を大きくしていた。
「そういえば、出鶴の姫が指名手配されてるみたいだけど、あの女は元からビッチなのよ。病気のふりして公務にも出ず、男を連れ込んでるの〜」
それだけで止まればよかったが、今度は指名手配書が目に付いたからか、アリィに関しての明らかなデマを触れ回る。
周囲もざわめいた。
その出処も確認できないのに、早くもヒソヒソと話し始める。
「もう、頭にきました!」
ララネは口の悪さを発揮し、拳を握りしめて震えていた。
(私、そんな風に思われていたのかしら……)
真面目にしてきたつもりのアリィは、少し俯いてしまう。
いくら何でも、根も葉もない噂話だ。
シノの表情は凍る。
ユオからも笑顔が消えた。
先に雪が降り始めた。
どんどん深くなり、極寒の地に飛ばされたような肌を刺すような寒さがやってくる。
(あ、これ……東雲丸さんですね)
慣れつつあったララネは察し、何が起こるかとヒヤヒヤしていた。
かと思えば――今度は辺りが真っ暗な闇に包まれてしまう。
「なんだ!?」
人々が騒然とする中、女たちの断末魔のような叫び声が響き渡る――。




