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有明のジェミリオン  作者: 豊平ののか
第一部

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19/25

19 二人だけの秘密

 二人が出会った頃の話を聞き、アリィとララネはそれぞれ思いを馳せる。


(お兄様には、幸せになってもらいたいわ。これ以上、私のために人生を費さなくていいように)


 アリィとシノの関係は、ただ健全な兄弟愛でしかない。


 変に束縛をすることも互いになく、家族として大事にしているだけだ。


 だからこそ、アリィは兄の幸せを改めて願う。


(家族は存命でも、王太子としては孤独だったのですね。頼れる人がいないのは、とても辛いですから)


 ララネはただ、過去の自分と重ねて胸を痛めた。



 一行はナヒドの家に上がらせてもらい、部屋に通された。


 そこは二台のベッドが置かれている子ども部屋で、四人で何とか眠れそうなくらいの広さは確保されている。


「お子さんは遠くへ行かれたのですか?」


 何の気なしにララネが問いかけると、ナヒドの表情は曇る。


「実は……二年前、娘たちは宮殿に憧れて奉公に出たんだ。俺らは反対したんだがな……それから一年後に、訃報が届いた。病気で死んだと。感染症だからって、遺体も返してもらえなかったんだ」


 気さくなナヒドも、その話をする時は拳を握りしめ、悔しそうに口を歪める。


「ごめんなさい、軽々しく聞いてしまいましたね」


 申し訳なくなってきて、ララネは頭を下げた。


「いや、気を遣わせてすまねぇな。仕方ねぇんだ、こればっかりは……まぁ、ゆっくりしてくれよ。夕飯は家内が腕を振るうぞ!」


 空元気のように笑うと、ナヒドは部屋を後にする。



 しばし重い空気が流れるが、彼が去った後にユオが口を開いた。


「感染症なんて、本当はなかったんだよ。皇后はそう言って、去年くらいに気に入らない人たちを一気に粛清した。何人かは助けたけど、全員は救えなかったんだ。その子たちも、きっと巻き込まれたんだろうね」


 内情を知る彼は、悔しそうに語る。


 その傍で、アリィは部屋に飾ってある写真を見つけた。


 既視感のある女の子たちの顔に、思わず立ち上がる。


「ねぇ、その子たち……生きてるわ!」


 家族四人で並んだ写真。


 あの谷底で出会った、シャロとロナが写っているのだ。


 今より少し幼いが、顔立ちがどう見ても本人たちだった。


「あ、シャロとロナじゃないか。ここの家の子だったんだね。でも、生存者は家族にも内密にしてるからなぁ……」


「こっそり教えてあげることはできないかしら? 場所は言わなくても、せめて生きてるってだけでも……」


「仕方ないね。ここを出る前に伝えてあげようか」


 普段のユオなら、気付いても当事者には言わないことだ。


 あの場で生き延びて暮らす人たちは、外が安全になるまで――ユオが皇位につくまで、家族とも会えないという暗黙の掟がある。


(まぁ、それとなく伝えるならいいかな)


 それでもアリィが悲しそうにするので、ユオは柔軟性を見せた。


「私の叔父一家もなかなかのゲスですが、そこまで使用人を殺しはしませんよ。マザー・エイプリルとも言われた皇后なのに、悪評が立つことを心配しないのでしょうか」


「ネシアとは人口規模も違う……言い方は悪いけど、皇后にとって人は駒でしかないからね。皇后は世界政府や教団が全面的に支えてるから、隠蔽工作も上手い。宮殿内部の情報は漏れないんだ。それでも漏洩する懸念を潰すために、たまにそうやって粛清してる」


「もどかしいですね。罪のない人たちが酷い目に遭わされて……」


 ララネは当然のようにベッドを占領し、そこに寝転がる。


 金の髪が、蜂蜜のようにシーツいっぱいに広がった。


 世界のことは、考えるだけでパンクしそうだし、怒りばかりが湧いてくるのだ。


「それでも、人々の小さな違和感や不安は少しずつ募る。いつかはそれらが大きなうねりになると思うよ。そのための旅なんだしさ」


 床に腰を落としたユオは、じっと子どもたちの写真を眺めた。


 今でこそ、写真と同じく無邪気に笑う姉妹だが――皇后に殺されかけた時は、しばらく口が聞けなかった。


(シャロとロナも、救い出した時はすごく怯えてたな。食事すら受け付けなかった。まだあんな子どもなのに)


 ユオはシャロとロナのことを思い出しながら、皇后に対する憎悪を隠した。



 ☾



 それから美味しい夕食を食べ、久し振りに入浴した後、アリィは交換日記を広げて書いていた。


「合流してからずっと思っていたが、それは何なんだ?」


 シノが交換日記に興味を持ち、アリィに問いかける。


 妹が男と文を交わしている――というところにまでシノは至らず、ただ二人で何かを書いているという現状だけを受け止めていた。


「交換日記なの」


 アリィは嬉しそうに、今日はシャロとロナの両親と会えたことを書き綴っていた。


(これ、アリィはまた東雲丸さんを誘うのでは? そして、この天然男が受け入れたら……アリィの恋の邪魔になるのでは!?)


 アリィはララネと出会った時も、何の気なしに交換日記を勧めたことがあるのだ。


 状況を察したララネは断ったものの、シノは空気を読める人ではない。


 思わず、彼女はぱっと立ち上がった。


「そうでした! ちょっと、東雲丸さん! 刀を見せていただけませんか? 私、刀に興味があるんです。ぜひ色々と教えてください! さぁさぁ!」


「刀は侍の持ち物なので、持っていません。王家は古来から剣を……」


「なら、剣でいいですから! 外で教えてくださいね!」


 かと思うと、急に大声でシノを呼び、彼の手を無理やり引いて外に行ってしまった。


 ぎこちない関係だったのに、ララネはアリィのためなら、苦手な人を誘うことも厭わなかったのだ。


「ララァ、そんなに武器に興味があるのね。はしゃいでいて可愛かったわ」


 ララネが強制的にシノを連れ出した後、残されたアリィは日記を閉じてぽつりと言った。


 ララネが加わってから、もうかれこれ半月が経っている。


 とても楽しい旅だったが、ユオと二人きりになるのは久し振りなのだ。


 交換日記の中では二人きりの世界なのに、いざ現実でそうなると、どこか照れくさくなってくる。


「ララネちゃんは活発だからね」


 床に腰掛けるユオは、窓の外からララネとシノを見守っていた。


 とはいえ、真っ暗なのでほとんど見えないのだが。


 アリィも同じものが見たくなって、静かに隣に歩み寄り、腰を下ろす。


「お兄様は女性を嫌がっていたのに、ララァのことは嫌じゃないみたいなの。王族だから、敬意を払っているのかしらね」


 ユオの傍で膝をつき、アリィは外にいる二人の影を眺めて言った。


 よそよそしいが、妹から見ても兄がララネを嫌っているようには見えないのだ。


 すると、ユオは声を出して笑った。


 何がおかしいのかアリィには分からず、きょとんとした顔で見上げる。


 ただ、横顔を見たかっただけだったのに――孔雀色の瞳と視線がかち合う。


 瞬間、アリィは自分の顔が熱くなってくるのを感じた。


「君は本当に……天然だね」


 ユオにしては、少し意地悪な返答だ。


 それでも優しい微笑みはいつもと変わらず、アリィは心地よくなってくる。


 彼の傍にいることが、もう当たり前になってきているのだ。


「私、天然じゃないわ」


「シノもそう言うんだ。本物ほど否定するよね」


「お兄様は天然よ。私は違うもの」


 少しむっとしてしまうアリィだが、からかわれることすら嫌ではない。


(もう、きっとわざと言ってるんだわ)


 自分のことは天然だと思っていないので、本気でそう考えていた。


(どっちもそうなんだけどなぁ……)


 ユオは頬を膨らませるようなアリィの反応に、思わずまた笑っていた。


「谷底の人たちと交流して、ララァと友達になって、お兄様とも再会して……ユオシェム様に会ってから、毎日がとても楽しいの」


 無邪気にアリィは感謝を伝え、今度は満面の笑顔で彼を見上げる。


 いつも余裕そうなユオだが、今回ばかりは余裕もなさそうに、その笑顔を見つめるのだった。


「僕も楽しいよ。ずっと、君に会いたかったからね」


 ユオは理性が揺らぎ、少し切なげに本音を吐露する。


 そんな弱さを見せるような彼の姿を、アリィは困惑しながらも受け止めようとした。


「私、まだ半信半疑なの。自分が女神様の生まれ変わりだなんて。だけど、嬉しいのよ。この力でたくさんの人を救えるかもしれないでしょう?」


 ペンダントになり、豊満な胸の上に乗っている神秘の器(アルカナ)に触れ、アリィは穏やかに語る。


 ユオは思わず視線を彼女の手に向けたが、慌ててすぐに逸らした。


「それは無闇に使わないでね。君を守るためなんだ」


 少し恥ずかしそうにしながらも、忠告するようにユオは言った。


「そうよね。私が倒れたら、迷惑をかけてしまうもの」


 アリィはまだ、自虐思考から完全には抜けきれていない。


 自身の安全そのものよりも、周りへの影響ばかりを考えてしまっていた。


 それも、当たり前であるかのように。


「違う。君を失いたくないからなんだよ。このままだと、また……」


 ユオは俯き、何かを思い出しながら震えた。


「ユオシェム様……?」


 完全無欠のようだと思っていた人が、目の前の人を失う恐怖に怯えている。


 少なくとも、アリィにはそう見えた。


(やっぱり、この人は……強いばかりではないのね)


 いくら恋愛未経験でも、さすがに分かる。


 最初からとてつもなく深く、ユオがアリィに愛を注いでいることが。


 まだうまく答えを返せていないのは、アリィ自身が伝説と現実を結びきれていないからだ。


 それでも、アリィにはユオが辛そうに見えたから――彼の手にそっと触れた。


 気が付くと、自分からそうしていたのだ。


 すると、彼も優しく握り返す。


「ごめん……君にはもっと、自分を大切にして欲しいんだ。僕のことよりもまず、自分を愛してあげて。初めて会った時の君は、消えてしまいそうなくらい儚くて……本当はすごく怖かった」


 落ち着いたユオは真剣にそう言うと、取り乱してしまったことを反省して、そっと手を離した。


 そして、照れくさそうに弱い心情を吐露する。


 そればかりは軽口でないというのも、アリィは理解していた。


 同時に、そこまで大切にされてきたことに、胸が高鳴ってくる。


 自然と見つめ合い、名残惜しさから彼の手を指で追ってしまっていた。


 無意識な欲求に気付いて、手を引っ込める。


(もっと触れていたかった……なんて、はしたないわよね)


 みるみるうちに顔が真っ赤になり、アリィは目をそらした。


 体温がまだ、残っているような気がしてくる。


「あの時、軽率に死にたいだなんて言ってごめんなさい。今は生きていたいわ。だ、だから……手を握ったことは、内緒にしておいてね」


 それをララネやシノに知られるのは、まだ少し恥ずかしかった。


「あ……」


 必死だったユオもつい先ほどの触れ合いを思い返し、悪戯っぽい笑顔に戻る。


「砂漠で親切心から手を差し出した時は、はしたないって言われたのになぁ。まさか自分から握ってくるなんて……」


「あ、あの時は、初対面だったからよ」


「じゃあ、初対面じゃなかったら……男の手を握るのかい?」


 ペースを取り戻したユオの尋問は、甘く、そして意地悪だった。


「ち、違うわ! そんなこと、絶対に嫌よ。ユオシェム様だから、きっと……よかったの」


 もじもじと目を泳がせながら弁明するが、アリィは自分でも明確な理由を言えなかった。


「そっか。二人だけの秘密が増えたね」


 彼はまたわざと彼女の小さな鼻をつつくと、その白い肌を赤くさせて面白がっていた。



 ちょうどそんな時に、慌てるようにしてシノとララネが帰ってくる。


 ララネはイチャイチャしていた痕跡に気付いて、はっとした顔をした。


 微笑ましげにしながらも、タイミングを間違えたことを内省したのだ。


「宮殿の兵士らしき集団が、村に入ってきたようだ」


 戻るなり、シノはぶっきらぼうに言った。


 ララネに何かを吹き込まれたのだが、具体的に何を話したかは、ユオやアリィに知る由もない。


 それよりも、シノは外の状況を伝えることに集中していた。



 窓の外にぼんやりと灯りが映り、それが増えていく。


 人影が光に照らされて揺れる景色からも、それなりの数の集団がいるのだと窺えた。


 都心部では魔法で制御されたランプが使われるが、農村ではまずそんなことはない。


 ここでは魔法道具(アーティファクト)は庶民が持つには高価なものなので、夜は松明を持って出かけるのがほとんどだ。


 対し、彼らが持っているのは、手提げランプの魔法道具(アーティファクト)


 それを持っている時点で、村人ではないのも明白だ。


「慌てて逃げてきましたが、怪しまれるでしょうか」


 ララネが不安げに言った。


 アリィのために外に出たとは言え、自身の軽率さに嫌気が差す。


「大丈夫さ。恐らく皇太子が宮殿で当たり散らしてるから、見かねた皇后が僕らを探させてるんだろう」


 通常、逃げるとなると国境を目指すものだ。


 現にこの一行も、目標を外国に定めている。


 追手たちもそう分析するのは自然なので、追いかけてくるのは時間の問題だった。


 ユオは遠くに灯る明かりを睨みつつも、既に乗り切る方法を考えていた。

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