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有明のジェミリオン  作者: 豊平ののか
第一部

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18/25

18 闇と氷の邂逅

 農作業を終えて、一行は収穫物をナヒドの家に運ぶ。


 黄昏が草原をオレンジ色に染めて、穏やかな春の風が吹いていた。


「そう言えば、ユオシェム様とお兄様はいつ出会ったの?」


 ずっと気になっていたアリィは、落ち着いた日常の雰囲気に身を委ねる。


 ようやくそれを問いかける余裕が出てきていた。


「あれは……五年前の、今くらいの季節だった」


 シノはオーロラ色の瞳にオレンジの空を映し、長い銀髪の三つ編みを揺らしながら、その時の記憶を辿る。


 自分たちの意思で何も決められない国。


 カナンからの、度重なる結婚の圧力。


 それらを憂いたシノは、ある日の朝に妹の手を引いて、離れの古城に幽閉した。


“お兄様、どうして閉じ込めるの? 私のことが嫌いになったの? わがままを言ったから……?”


 妹の涙声で続けられる問いが、六年経っても未だ耳から離れない。


 全て否定したくても、否定した時点で決意が全て無駄になるからだった。


 親友とも呼べる男に出会わなければ、きっと絶望的な未来が訪れていただろう――。



 ☾



 六年前――十二歳だったアリィは、当時三十手前の皇太子に執着されるようになった。


 外交の場にて、酔った皇太子がアリィに抱きついていたのを、シノが払い除けたことから始まった。


 それが気に入らなかったのだろう。


 以降、外交上の圧力や嫌がらせが異常なまでに続いた。


 世界政府も便乗し、“多様な結婚”だとか綺麗事を並べ、幼いアリィの結婚を推し進めようとし始める。


 アリィを物理的に閉じ込め、病気だと偽ることで、何とか縁談を避けるしかなかった。


 それを皮切りに、シノや両親は世界に逆らうと決めた。


 逆らうと決めたならなおのこと、アリィが微塵も関わっていないことを証明しなければならない。


 アリィを二重の意味で守るため、手紙のやり取りすら断絶した。


 彼女が寂しい思いをするのは承知でも、嫌われても、安全に生きていてくれればそれでよかったのだ。


 アリィの世話係に選ばれた喜代古は、母に仕えていた女官だ。


 母が信頼している人だったので、高額の報酬を与え、アリィが不自由しないようにと頼んだ。


 彼女はアリィの様子を報告していたし、その報告書からも愛情を注いでいるものだと思っていた。


 家族と会えなくても、少しでも寂しさを紛らわせてくれていたら。


 女官たちもアリィを可愛がっていたように思えていたから、信用してしまっていた。



 そして、妹を閉じ込めた翌年――シノはカナンで開催される、世界会議への出席の任務を受けた。


 普段なら宰相が指名されるのに、まだ成人もしていない王太子が指名されたのだ。


 その時点できな臭さはあったが、欠席という選択肢はない。


(早く終わらせて帰ろう)


 世界会議と言えど、出鶴に発言権はないに等しかった。


 開催国の代表は、それぞれの国の代表をもてなすしきたりがある。


 その時のカナンの代表は、まさにシドゥル皇太子だった。


 迎えを寄越すと言って、皇太子はシノを砂漠の真ん中に呼びつけた。


 だが、約束の時間になっても現れない。


 途中まで一緒にいた宮殿の使用人たちにも、置いてけぼりにされた。


 かと言って、格下の国の王太子が何の連絡もなく帰るのはマナー違反だ。


(帰ったとして、難癖をつけられる)


 連れてきていた大和を通して、カナン側と連絡を取るか迷ったが――彼らが大和を殺すかも知れない。


 仕方なく、砂漠で夜を明かすことにした。


(この状況も誰かに監視されているなら、離れた時点できっと非難される。俺が失態を犯せば、アリィが無理やり連れて行かれる口実になるかも知れない……ここまでするのか)


 彼らは何かしら出鶴側が失敗するのを狙っている。


 その時に理由をつけ、アリィを連れ出す目論見なのだろうと考えた。


 完全に嫌がらせなのは、目に見えていたのだが――。



 岩陰に隠れ、昼の暑さは何とか耐えたが、魔物の襲撃で大和が怪我をした。


 夜になるとだんだんと寒くなり、シノも大和も弱っていった。


 魔法の使い方すら知らない、十五歳の少年。


 さすがに心細くなってくるが、泣くことはなかった。


(俺は死ぬのか? アリィを守れてもいないのに……)


 絶望が押し寄せてきて、諦めたくもないのに、諦めるしかない状態に追いやられる。



 そんな中で見た光は――救いの神のようだった。


 闇をランプで照らしたという、闇天将を想起させる。


 幻覚かと思ったが、それは次第に近付いてきた。


「いくらなんでも、他国の王太子をこんな目に遭わせるなんてね」


 ラクダに乗って砂漠を徘徊するのは、淡い黄金の髪をした、同い年くらいの少年だ。


 現地人なのか、肌は少しばかり暗い色をしている。


 その少年はシノを探していたかのようだ。


 上着を持ってきており、それを着せた。


 そして、怪我をして死にそうな大和を優しく抱き上げた。


「君は……?」


 朦朧としていたシノは、少年の顔を見上げる。


 孔雀色の瞳が、魔法道具(アーティファクト)の明かりに照らされて、美しく輝いていた。


「僕はユオシェム・オル・カナン。ユオでいいよ。水と食料と……この鳥が食べられそうなものもある。君を監視する世界政府の職員も、今は皇后と晩餐会みたいだから」


 その名を聞いたシノは、すぐに評判の悪い皇子だと見当がつく。


(印象が違うな……)


 女遊びを覚え、皇族の責務も果たさず遊び歩いているとされる、放蕩皇子の名前だったからだ。


 この頃は既に、カナンで生き残っている皇子は、皇太子を除けばユオだけだった。


「ありがとう。どうして俺を……?」


 ぼんやりしながらも水を飲み、残った体力でラクダの背中に跨る。


 どうしてか、敬語や作法も忘れ、対等に話してしまっていた。


「皇太子たちが話してたのを聞いたんだ。出鶴の王太子を呼び付けて、砂漠に放置してきたってね。相手の立場が弱いのをいいことに、こういう嫌がらせをする奴らなんだよ」


「君は……いいのか? 皇太子の権力は強い。逆らえば殺されるだろう」


「僕はバカのふりをして生き延びてきたんだ。策はあるから大丈夫さ」


 重い状況のはずなのに、ユオは大和を手当しながら和ませた。


(この皇子、本当は策士なのでは……?)


 いざ話してみると、確かに軽い印象は残すものの、ユオは計算で動いている。


 シノはひしひしとそう感じ取った。


 それから二人はラクダに乗り、帝都の方に向かう。



 だが――着いた先は、出鶴で言うところの遊郭、つまり娼館であった。


 きらびやかな光に包まれた、夜の街。


 妖しく艶めかしい香りが漂い、美しい女性たちが肌を露出したドレスで踊っている。


「俺は入らない」


 そこが何なのか、さすがに鈍いシノでも分かって拒否した。


 年頃なのに興味はなく、むしろ不快感の方が強く出る。


「恋人や好きな人でもいるのかい?」


「そんなものはいないが」


「ならいいじゃん、行くよ」


「行かない」


 そう言ってシノはラクダにしがみついたが――ユオの腕力はすごく、彼と大和を抱えてそのまま店の中に入っていった。



 店の中は思春期の少年には耐え難い雰囲気で、シノはなるべく何も見ないようにして目を閉じる。


 そんな彼の姿が見えないように、ユオはフードを被せていた。


「これはこれは、ユオシェム皇子殿下! そちらの方は?」


「たった今、友人になった子だよ。いつものとこに案内してよ」


「かしこまりました、いい夜を」


 店主と何やら親しげに会話をしたユオは、シノや大和を抱えたまま、店の奥に入っていく。


「見ろよ、また放蕩皇子が来てるぞ。誰だあれ?」


「遊び仲間だろ。皇族様にしかできない遊びでもするんだろうよ」


 客であろう男たちからもユオは認知されているようで、からかうような声が飛び交う。


 シノは絶対に目に入れないよう、目を閉じたままユオに抗議した。


「君はこんなところに入って、恥だと思わないのか」


「堅物だねぇ、動物が戯れてるだけじゃん」


「俺は何もしないからな」


「はいはーい」


 ユオはシノの小言を受け流す。


 そのまま奥まで辿り着くと、ユオは抱えていたシノを下ろした。


 少し回復してきた大和に、干し肉をやり始める。


「大丈夫だよ、目を開けても」


 静かなところでユオの声だけを聞き、恐る恐る目を開けてみるシノだったが――そういう接待どころか、机と椅子くらいしかないような、質素な部屋にいたのだった。


「この店の店主は、元は宝飾品の職人だった。娘を皇太子に献上させられて……玉の輿だと喜んだけど、七日後には訃報が届いた。遺体も戻ってこなかったんだって」


 ユオは椅子に腰掛け、大和に餌をやりながら、落ち着いた声で話をする。


 これには床にへたり込むシノも、そのまま聞き入るしかなかった。


「こういう店には、資金も情報も集まるからね。裏では僕に流してくれてる。協力者はここだけじゃなくて、他にもいるよ。娘を皇太子に殺された親たちが、いつかの復讐を夢見てね」


 つまり、ユオは皇太子に殺された娘の親を探し、復讐の機会を与えて駒にしていたのだ。


 皇太子の愚行を噂だけで聞いていたシノだが、近くで見ている者の話を聞いて、ハッキリと現実が見えてくる。


(アリィを閉じ込めたのは、やっぱり正解だった。もし嫁がせていたら、今頃は……相手はそのような愚行を、隠蔽するまでの力がある。俺たちに倒せるとは、思えない)


 ただ、仮に自分や父が殺されてしまったとしたら――アリィの有罪は避けられても、守り切ることは不可能に近い。


「ユオ……俺や両親は、殺される可能性がある。その上で、もし妹が皇太子に嫁がされたら、守ってやってくれないか。難しい願いだし、君にメリットはないのも承知しているが……」


 王族という名ばかりの身に生まれ、守るべき民には罵倒されることが多く、異国には蹂躙される。


 妹が幸せならば耐えられたのに、今やそれすら奪われようとしているのだ。


 絶望に苛まれたシノは、切実に――床に額を押し付けてまで、会ったばかりの皇子に妹の命乞いをした。


「いいからさ、顔を上げてよ。そうだなぁ……君の妹、有明姫を僕の妻にしたい。大事にするからさ」


 ユオの軽い口調での要求は、シノの予想から大きく外れるもので――ぱっと顔を上げてしまう。


「妹には……アリィには幸せになってもらいたい。アリィが好きになった相手で、アリィを大切にすると約束するなら、俺は反対しない。だが、それを測れるほど、俺は君を知らない……」


「バカ正直だなぁ。そこは適当に頷いて、僕を利用しとけばいいのに」


「本気じゃなかったのか……?」


「どうだろうね。ともかく、僕は国境を超えた仲間を作ろうと思ってる。情報を共有して、自国のために世界政府と戦う同盟だよ」


 ユオはすぐにはぐらかし、話題を変えた。


 アリィに対しての求婚。


 本気なのかそうでないのか、シノには判断がつかなかったが――それよりも世界政府と戦うという点には、反応せざるを得なかった。


「本当か? 出鶴も仲間に入れてくれ。役に立ってみせる。だから、俺や両親に何かあった時は……アリィを頼む」


 シノはもう一度、深々と頭を下げた。


 王太子としてではなく、兄としての願いだ。


 もし何もなく暮らせていたなら、ずっと監視されていても、世界政府に抗おうとは思わなかっただろう。


 ただ、アリィだけは幸せになってもらえれば――本当に、それでよかったのだ。


「妹が大切なんだね。分かったよ。定期的に集まって話をするから、影武者でも立てて来るといい。僕なら世界政府の目を盗んで、皆をここに呼び寄せることができるんだ」


 そう言うと、ユオは黒くて小さな宝石箱を差し出した。


 大和は元気になっていて、ユオの肩で頬を寄せている。


 悪いものには懐かない大和が、親しげにしていることからも、シノは彼を信用した。


「他にも……仲間がいるんだな」


「仲間とは言っても、東大陸内の二ヶ国だけだよ。その宝石箱を開けると、この部屋に転送されるようになってる」


「しかし、俺はヨグトスという奴に監視されているんだ」


「厄介だね…病気を偽って、影武者でも立てて引き篭もらせておけばいいさ。部屋にいると思わせれば、監視も緩くなるはずだから」


「分かった。原理は分からないが、君を信じよう」


 ユオに宝石箱を授かったシノは、ただただ感謝してそれを受け取った。


 当の本人は特に感謝される謂れもないと言わんばかりに、世界政府のことについて淡々と情報共有した。



 その後、夜が明けて――ユオはシノと大和を連れ、宮殿に向かった。


 ちょうど世界会議の開催中に、会議室に乗り込む所業だ。


「こんにちは! 会議だぁ、楽しそうですね!」


 警備をすり抜けて、世界会議に乱入したユオ――第一声がもう、目も当てられないバカ皇子そのものだった。


 皇太子のシドゥルはシノを見て激昂しそうになったから、ユオが先手を打って大声を出したのだ。


 ものすごい殺気すら、跳ね返すかのように。


「あはは、この子が砂漠にいたので拾いました! 女の子だったらよかったのになぁ」


 実際に嘘は言っていないが、本気でバカのふりをしているのだと、シノは傍目に見て驚きを隠せない。


「なぜ、東雲王太子殿下は砂漠にいらしたのですかな? 会議の主催がお迎えするのでは?」


 参加していたジナビアの国王が鋭く切り込む。


 ユオが仲間だと言っていた人だ。


 体面上、幼稚な嫌がらせがあったことが公然と知られると、恥をかくのは皇太子に他ならない。


「遣わして下さった護衛が魔物に襲われ、途中で皆が死にました。私は方向が分からなかったので……通りがかったユオシェム殿下に助けて頂きました。これも兄君である皇太子殿下が、弟君を教育されている賜物でしょう。ありがとうございます」


 シノは怒りで震えるシドゥルを半ば皮肉で立て、この場を収めようとした。


 もちろん、護衛の件は嘘だし、相手もそれを承知しているのだが。


 あのまま砂漠でシノを死なせて、後日そのように発表するつもりだったのだろう。


 そうユオから聞かされていたが、どうやら図星だったようだ。


「そ、そうだな。よくやった、ユオシェム。東雲王太子よ、ご苦労であった」


 何とか面子を保たれたシドゥルは、嫌々ながらにユオを褒め、シノを歓迎するしかなくなる。


 謝ることは絶対になかったが、見え透いた嫌がらせも少し減った。


 それでも、依然としてアリィを狙う動きは止まらず――時を経て、双方の計画は動き出したのだった。

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