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有明のジェミリオン  作者: 豊平ののか
第一部

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17/25

17 ユオ、唯一の弱点

 陵墓を出て数日。


 朝日を背にして広い砂漠を北西に向かうと、だんだんと緑のグラデーションが見えてくる。


 そこからさらに進むと、平坦な草原に踏み出した。


 砂漠のイメージがあるカナンとは、打って変わった景色が広がってくる。


 一行は北のジナビア王国――ユオが生まれた場所を目指し、国境の街で仲間と合流する予定だ。


「ジナビアにも仲間がいるのね。ラニ様が仰っていた、末の王子様のことかしら」


「うん、エレンっていうんだ。僕の手下だよ」


「手下って、王子様でしょうに」


 あれからアリィは色々と考え、ユオとの距離を少しずつ詰めていた。


 自分の心に従うなら、彼ともっと仲良くなりたい。


 近づきたいという気持ちは変わらなかった。


 それでもまだ、恋人になるという段階には入っていないのだ。


(前世だけに囚われずに、今の彼を見ていきたいわ)


 前世は神として崇拝されたのかも知れないが、今は人として生きる二人。


 きっと、価値観も少し変わっている。


 二千年前の前世で過ごしていた時とは、完全に別物ではなくとも、少し違うはずなのだ。


「そう言えば、ユオシェム兄様はどうして魔物に避けられるんでしょう?」


 アリィが普通に受け入れてきた事象を、ずっと不思議に思っていたララネが提起する。


「さぁ、何でだろうね?」


 ユオは口裏を合わせるかのようにアリィに振った。


(ユオシェム様は闇天将様。つまり、元は魔族なのよね。それなら有り得るわ。でも、しばらくは二人だけの秘密だから……)


 理由は薄々感じられていたが、先日の約束をアリィは守る方向で考える。


 魔物は魔力の残滓だが、かつて存在した魔族たちは、それを使役していたという。


 どちらにしろ、ユオが自分から開示しない限り、アリィから話すことではないのだ。


「うーん、ユオシェム様が強いからじゃないかしら」


 そうやって、ララネの疑問を有耶無耶にしてしまった。


「普通、ありえないでしょう!?」


 ララネは箱入り娘というほどでもなく、それなりに世界を知っているからか、騙せなかった。


 魔物が特定の人を避けることは、どんな理由があっても皆無なのだ。


 駆除を欠かさないのは、誰かがそこで被害に遭うのを防ぐためだ。


 彼女は今や逃避行中の身だが、王族としての責務は忘れてはいない。


「東雲丸さんはどう思いますか?」


 自然と近付いていくユオとアリィとは裏腹に、よそよそしい関係の二人。


 それでもララネは仲間になろうとしていて、シノに話を振った。


「僕が強いからだよ?」


 割り込むようにユオが答える。


「そんなわけ……」


「ユオの言うとおりかも知れません。魔物についての生態は、分かっていない部分も多い。感情と僅かな知能があると仮定すれば、強者を恐れるのも有り得なくはありません」


 シノそれだけ言って、特に会話を広げようとしない。


 ララネに対しては他人行儀で、ずっと敬語のままだ。


 付き合いがそれなりに長いし、シノはヨグトスの目を盗んで、少しだけユオと旅をしたこともある。



 その中で、興味から聞いたことはあった。


 だが、ユオの言葉を何でも信じてしまうのだ。


 それほどまでに、シノのユオへの信頼は厚かった。


(東雲丸さんって学者肌のくせに、ユオシェム兄様の言葉を鵜呑みにしすぎでは? 天然なせいでしょうか)


 男同士の信頼関係は垣間見えるものの、ララネは少し心配になってくる。


 ひとまず、ララネの疑問には誰も肩入れしなかった。


「シノは相変わらず無愛想だね。ララネちゃんにやられたことを根に持ってるのかい?」


 ユオが話題を変えるように、シノに話しかける。


 シノは基本的に無口ではあるものの、ユオやアリィとはよく話しているのだ。


「えっ、何かしましたっけ……」


 陵墓での事件には自覚がなく、ララネは焦る。


 今でこそ常識人を気取っているが、ミイラで発狂していた彼女は素を出して暴れていた。


 本人はそれすら、パニックになりすぎて意識の中にないのだ。


「いや、あれは不可抗力だ。俺は特に気にしていないが、興味深くはあった」


「ララネちゃんはミイラを怖がって、完璧な淑女なのを忘れて、暴言を吐きまくってたよ。止めようとしたシノを殴りつけて、変態ミイラ! 天然! とか言ってたなぁ」


「最後のは言われていない気がするが」


 シノはあえて本人には言わないようにしていたが、ユオが遮るように脚色を加える。


 すると、ララネはみるみるうちに青ざめていった。


「そんな……ご、ごめんなさい! 私ったら、王太子様にとても失礼なことを……!」


 慌てるようにして、深々と頭を下げるララネ。


 長い金髪が一気に垂れ下がり、本気で詫びているのが、傍から見ても伝わってきた。


(ユオシェム兄様ならともかく、他の人には嫌われても無理はないですね……私がアリィのような淑女なら、どんなによかったことか)


 祖国で味方がほとんどいなかったララネ。


 いたとしても使用人や騎士などの階級で、権力差は歴然だ。


 叔父一家に対して、従順に従うしかなかった。


 本来のお転婆な性格を隠し、男が求める理想の淑女を演じてきた。


 社交界で味方を付けて、殺されないようにするために。


 そんなララネに、好意を向けてくる男がいた。


“ララネ様と一緒にいたいです”


 甘い言葉を信じた少女は、付き合う前に本来の自分を出した。


“淑女だと思って付き合ったのに、そんなに下品な女だったとは!”


 そうすると手のひらを返し、あっさりと捨てられたのだ。


 シノとはそんな関係ではないが、嫌われたら気まずくなるだろう。


 せっかくできた居場所だったのに、また居心地が悪くなるのかと不安になる。


「いや……俺も、あの時は急に触れて申し訳ありません」


 シノはララネに何があったかも知らず、淡々と言った。


 切羽詰まるように謝るので心配していたのだが、無表情ゆえに伝わらない。


「ありがとうございます。ごめんなさい、本当に……」


 ララネは顔を上げて再度の謝罪をしたが、まともに相手の顔を見られずに線を引こうとした。


 自身を捨てた男の引き攣った顔が、蘇ってくるかのようで――。


「もう少ししたら村があるみたいだから、今日はそこで泊まれるといいわね」


 少し気まずい空気が流れたのを見て、アリィはララネの手を取って話題を変えた。


「そうですね。トランの洗浄機能はありますが、それはそれとして、お風呂に入りたいです!」


 ララネはアリィの気遣いに癒され、女の子同士で話しながら、男たちを置いて前を歩いていく。


(ララァはやっぱり、完璧であるように強要されてきたのね。私も喜代古に似たようなことをされたから、気持ちが分かる)


 アリィの兄は、悪人どころか清廉潔白だ。


 ゆえに率直すぎて、女性の扱いが下手すぎる。


 その本質を知っているので、アリィはすかさずララネの心を守ることに決めたのだった。



 一方で、アリィとララネの後ろ姿を眺めながら、ユオは遠くにいる魔物たちに威圧する。


 彼が睨みつけるだけで魔物は怯んだ。


 闇の魔法で追い詰めると、弾けて消えていくのだった。


「ララネちゃんは、ずっと前に家族を失ったんだ。だからなのかな。居場所が欲しかったんだと思う」


 事情をほとんど知らないシノに、ユオは女の子たちに聞こえないよう静かに語った。


 アリィが少し距離を取ったのも、何とかしてほしいサインだと気付いたからだ。


「気の毒だな。力になれればいいとは思うが、ネシアの現政権は話が通じない奴らだ。俺たち王族も外交以外のことはできないしな」


 シノもズレてはいるが、ララネの境遇を知って心を痛めるような思いやりは持っている。


 むしろ、本質はとても優しい男だ。


 ただ、彼も女性に対してトラウマがあり、異性というだけで線を引いていた。


 何よりシノにとって、ララネはあまりに未知の存在だったのだ。


「それでいいけど、あからさまに避けるのはやめてあげてね。僕の従妹だからさ」


 この数日、ララネからシノに話しかけることはあれど、対応がいつも冷たかった。


 本人にはそのつもりはないのだろうが、ユオやアリィへの対応とは違う。


 ララネの方は少しばかり疎外感があったのだと――ユオやアリィは気付いていた。


「君の従妹だと分かっているし、アリィの友人だ。アリィを尊重しているところから、決して嫌な女性ではない」


「好感はあるんだね」


「あぁ。しかし、どうにも危険な気がする。こんなのは初めてなので、警戒しているに過ぎない」


 シノは真顔で淡々と、彼が思っている事実を述べた。


 実際のところ、シノはララネに悪印象を持っていない。


 むしろアリィと仲良くしている点も含め、印象はいいのだ。


 殴られたことも、怖がったゆえの事故だと認識していて、気にしてはいなかった。


「えっと、何が危険だと思ったんだい?」


 ユオは呆れ気味に問いかけた。


 ララネは少し気が強いだけで、普通の女の子だ。


 危険予知に鋭いユオから見ても、何の害もないのである。


「まず、あまりに美し過ぎる。アリィや母上と並んで遜色ない人は初めて見た。それに、近付いたり視線が合ったりすると、俺の脈が乱れる。君の従妹だが、何か怪しい力があるのかと推測してしまう。実際に生物学の世界では、あまりに美しいものと遭遇すると体調に異変を……」


 普段は無口なくせに、シノは学者的に事実と事象を並べて饒舌にまくし立てる。


 特に考察が入ると、いつもそうして理屈ばかりを語るのだ。


「あーね、はいはい。とりあえず分かったよ。それは大丈夫さ。そんなことで異常を来していたら、君の妹と出会った男は皆死んでるからね」


 話が長くなりそうなので、ユオは適当なところで落ち着かせる。


(要は一目惚れしたけど、その自覚がなくて動揺してるってことかぁ……)


 客観的に見て、結論はそうだ。


 ユオはあえてそこには触れず、問題ないということだけを伝える。


「確かにそうか。俺の気のせいなら、彼女を避けなくてもいいかも知れない」


 バカみたいな話をしているが、シノは至って真面目だった。


「そうそう。ララネちゃんは素直だから、ちゃんと褒めてあげたら喜ぶと思うしね」


「分かった。以後そうする」


 男同士の話は、ユオが状況を察知することで完結した。



 ☾



 その日の昼過ぎに、カナンの国内でもかなり田舎の草原の村に辿り着いた。


 かろうじて結界は動いているが、ほとんど魔法技術が使われていない、最果ての村のようだ。


 長閑な田畑が広がり、家畜たちを飼育し、人々が自給自足で暮らしているのが窺える。


 移民の姿もなく、昔からの人々が命を紡いできた痕跡が残っていた。


 だからこそ難なく村には入れたが、よそ者を警戒するような素振りは多大にあった。


「なんだ? 玄民族じゃねぇだろうな?」


 ここでは他よりも、玄民族への警戒心は強いようだ。


 皆でじろじろと四人の旅人を見て、女や子どもを遠ざける。


(一部が問題を起こして、それを放置している弊害ね……彼らが警戒する理由も分かる。だけど、まずいわね。改めて顔を見られたら、お兄様なんて特に目立つだろうし)


 アリィが俯いていると、ユオは少しも間を置かずにフードを脱いだ。


「まさか。僕はカナン人です。今日はここで泊まるところを探していまして」


 微笑み、一瞬にして警戒心を取り除くユオ。


「えっ、あの顔を出したら目立ちませんか? 身内ですけど、かなり美形で目立つと思うんですが」


「そうよね……」


 ララネとアリィはこそこそと話した。


「ユオは用意周到だ。こういう時のために、仕掛けをしているんだと思う」


 状況を察したのか、シノもユオを信用し、安全を示すように先にフードを脱ぐ。


 彼が顔を出しても、村人たちは何の反応も示さない。


(あのお兄様が見向きもされていないわ。ユオシェム様が大丈夫なようにしてくれてるみたいね)


 幼い頃から、シノは行く先々で老若問わず女性たちが寄り付いていたものだ。


 原理は分からないものの、兄の言葉が信頼に足り、アリィもフードを脱ぐ。


 ララネも半信半疑ながら、それに続いた。


 村人たちはひとまず安心したようだ。


「そうだなぁ、ちょうど収穫中なんだ。ここには宿はねぇから、手伝ってくれたらタダで泊めてやるよ。娘たちの部屋があるからな」


 村の男たちの中でも、一際大きな男が話しかけてくる。


 この国の人に多くいる特徴で、褐色の肌に、茶色の髪と目をした中年男性だ。


 その隣には妻なのか、同じ年頃の女性が一行を優しく見つめている。


 男は気さくな様子で、トウモロコシ畑の方を親指で示した。


「ぜひ、やらせてください。トウモロコシの収穫は得意なので!」


 アリィは手を上げて名乗り出る。何だかんだで農作業が好きなのだ。


「あぁ、気のいい姉ちゃんだな。俺はナヒドってんだ。こっちは妻のジャナ。よろしくな」


 何の気なしにナヒドは笑って自己紹介をする。


「キャリルと申します。こちらは妻のバドゥラ。僕の友人のカーディと、妻の友人のギネヴィアです」


 ここに来る前に設定と偽名は考えていて、ユオはアリィの肩を抱き寄せて自然に名乗った。


 今はもうユオの傍にいることが当たり前で、抱き寄せられたら笑顔になってしまう。


 幸せそうな夫婦に見せるのに、何の不自然さもなかった。


「収穫後はこっそり、私の魔法で土を肥やしましょう。次のための土台を作ってあげるのです!」


「とってもいい考えね!」


 ララネもやる気で、アリィと二人で道具を借り、畑に足を踏み入れる。


「俺も手伝います」


 シノもまた出鶴の王族だ。


 外套や羽織を脱いで、彼女たちに続く。


「じゃ、頑張ってね」


 そう言って他人事のように手を振るユオに、シノが振り向いた。


「君も手伝うといい」


「えぇ? 僕、そんなのやったことないよ?」


 その提案に、土なんていじったことすらないユオは困惑する。


 何とか回避しようとする彼に、アリィとララネが男性陣に手を振った。


「貴方も一緒に収穫しましょう?」


「そうですよ! たくさんあって重たいので、運んでください!」


 二人の姫ですら、手足を泥で汚していることに抵抗がない。


 谷底でも、ユオは農作業に携わったことはなかった。


 それでラニに叱られていて――苦くも大切な思い出が蘇る。


「分かった、僕もやるよ」


 アリィが喜ぶなら苦手なこともやってのけようと、ユオは畑に足を入れた。


 足元で蠢くのは、にょろりと長いミミズだ。


(うっ……)


 笑顔のまま青ざめたのだが――アリィの前で無様は晒せず、腹を括るしかなかった。

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