表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
有明のジェミリオン〜バカで不細工な放蕩皇子と駆け落ちしたら、世界を救うことになった〜  作者: 豊平ののか
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/21

14 兄妹

 ララネと合流した街から北西に向かうと、三角錐の巨大な建造物が見えてくる。


 〈千夜の陵墓〉――皇族の墓地。


 陵墓の周辺に近付くにつれて、真っ暗な夜空が広がった。


 雲で太陽が覆われているわけでもないのに、昼間でもその辺りだけずっと夜だ。


 星が煌めき、月がぼんやりと浮かんでいる。


 まるで、闇が月を抱き締めて離さないように。


「綺麗です……本当に、不思議な場所ですね!」


 時を待つのではなく、自ら夜の中へ入っていく感覚。


 ララネは飛び跳ねながら感激していた。


 陵墓の周辺には結界が張られていないが、魔物は入ってこないようだ。


「闇の魔力が強い場所なんだ。昼という概念もここにはない。こんな場所だけど、約束の地と言われてるんだよ。魔物も逃げるくらい、神秘的な場所なんだ」


「約束の地って、カナンの別名ですよね。それがよりによって、お墓なんですか?」


「月の女神と闇天将は、ここで来世の再会を誓ったんだ。皇族たちもそれにあやかって、転生を祈ってここに眠る……そんな風習なのさ」


「それを踏まえると、一気にロマンチックになりますね」


 ユオはララネの疑問に、懐かしむようにして答えた。


 真上の空には星々が輝いていて、少し離れたところでは真昼の青空が広がっている。


 何とも言えぬ光景に、アリィもどこか郷愁を感じた。


(私、この場所を知ってるみたい。伝承と合致するし、前世の記憶なのかしら。それなら、女神と恋をした闇天将様は……)


 砂漠なのに過酷さはない。


 落ち着いた空気と、夜なのに過ごしやすい温度に包まれた場所。


 いつか一緒にここに来たような感覚がして――彼を見上げた。


 ユオに恋人がいるという説も勘違いで、今の二人は婚約者だ。


 好きになるのは、罪ではない――そう改めて認識した瞬間に、視線が合った。


「懐かしいね」


 まるでユオは全てを見抜いているかのように、静かに笑った。


 アリィの髪飾りに揺れている宝石。


 それと同じ色の瞳が、いつもよりも近くにいるように感じてしまう。


「えっ……?」


 アリィはまだ、もう一人の自分と対話したことを隠している。


 意図したものというよりは、ただ恥ずかしかっただけなのだが――それすら、ユオには見抜かれているような気がしたのだ。



 アリィの肩に乗っていた鴉が、その疑問をかき消すように飛び上がる。


 その黒い鳥は案内するように低空飛行し、ゆっくりと前に進んで行くのだった。


「シノが近くにいるんだろうね」


 三角錐の建造物は、等間隔に三基並んでいる。


 真ん中にあるのは、初代皇帝――すなわち、この地を守った闇天将が眠る陵墓。


 大和はその付近を目指していく。


 ユオはそれをゆっくりと追い、アリィやララネも不思議そうに顔を見合わせて続いた。


 夜に紛れるような黒い鳥は、月を背にしてふわりと飛び上がる。


 目指す先は、真ん中の陵墓の近くにある、名も無き岩の上だ。


「大和、ご苦労だった」


 そこに腰かけて空を見上げていた青年の肩に、大和は止まった。


 彼が落ち着いた声で撫でると、鴉は頭を擦り寄せる。


「お兄様……」


 アリィはそのシルエットが、間違いなく自身の兄のものだと悟って、静かに呼んだ。


 艶のある、氷を紡いだような銀の髪。


 後ろで一本の三つ編みに束ねたそれは、静かに風に舞っている。


 分厚い睫毛の束の間には、幾色にも光るオーロラ色の瞳が輝いていた。


 アリィと同じ瞳の色だ。


 詰め襟のような服に羽織を纏い、風に靡かせる。


 刀ではなく剣を背負うのは、武士ではなく王族の証であった。


 芸術品のように美しい青年は、アリィに気付くなり優雅に飛び降りて――三人の目の前に姿を現した。


 出鶴ノ宮東雲、通称シノ。


 誰もが納得するほどの、美貌の持ち主だった。


「アリィ……」


 彼の表情は乏しいが、妹の姿を見るなり僅かに瞳を揺らす。


 もはや彼の視界には、妹しか入っていない。


 すぐにでも妹のもとに駆け寄りたいのに、それでいて躊躇うように佇んでいた。


(どうすべきかしら)


 アリィも駆け寄るか悩んだ。


 兄に対して素直に甘えることに、まだ少しの怖さがあったからだ。


「行っておいで。きっと彼は喜ぶから」


「そうですよ! 私ももし、姉様が生きていたら……きっと嬉しいと思いますもん」


 迷っていると、ユオやララネの言葉に背中を押される。


「うん……ありがとう」


 信頼している二人に言われると、アリィも自信になる。


 それからはゆっくりと、互いに距離を詰めた。



 待ち侘びていた、兄との再会。


 もともと兄の方が大きかったが、六年前とは身長差がぐんと開いてしまった。


 もう追いつくことなんてできないが、色んな思いが込み上げてくる。


「アリィ、すまなかった。俺や両親を恨むなら、それでもいい……でも、一度は会って謝りたかった」


 懐かしいはずの声は、落ち着いた低い声に変わっている。


 最後に会った時はまだ、変声期の途中くらいだったのに。


 兄は昔から不器用な人で、言葉も足りていない。


 表情もほとんどない。


 ヨグトスのことも含め――色んな人に裏切られてきたから、心を閉ざしてしまったのだ。


 それでも、家族にはとても優しい人。


 シノが変わっていないことを、アリィは改めて知った。


「お兄様、ユオシェム様から聞いたわ。両親とお兄様が、私を閉じ込めた理由……ずっと寂しかったけど、納得したの。私はもう、前を向くことにしたわ」


 兄妹であることから、アリィはシノの胸に飛び付いた。


 幼い頃もよくそうしていたが、兄だけが大きくなっているのがよく分かる。


 シノからすれば、アリィは十二歳の頃から背丈もほとんど伸びておらず、あの頃とあまり変わっていない。


 顔つきだけは少し大人びているものの、まだ可愛い妹なのだ。


「アリィ、すまなかった……」


 シノは成長した腕で、か弱い妹をぎゅっと抱きしめる。


 他の言葉は出てこないようだった。


 その瞬間だけは、彼はただの兄になり、王太子という立場は捨てる。


 星々が祝福するように煌めく空の下で、暫しの沈黙が流れた。



 兄妹の再会を見届け、ユオが静かに歩み寄る。


「やぁ、シノ。宝石箱では伝えなかったけど……そっちが遣わせた侍女は、お姫様を虐待してたんだ。あえて幻術をかけて、逃しておいたからね」


 出会い頭、ユオは真面目に喜代古のことを話す。


 いつも微笑んでいるのだが、それについては彼もよほど許せなかったのだろう。


 珍しく真顔だった。


 アリィは自ら克明に語ってはいないものの、ユオはその辺りもしっかりと見抜いていたのである。


 あの場で殺さなかったのは、外国の侍女だったから。


 加えて、制裁は出鶴の王家が下すべきだと判断した。


 それに同調していたカナンの侍女だけを、ユオはその場で始末したに過ぎない。


「これは……?」


 最後にゆっくり歩み寄ったララネは、夜空から何かが降ってくるのを見上げる。


 冷たい結晶だった。


 南国出身の彼女は、それが雪であると気付くのに少し時間がかかったのだ。


 途端――温暖な地域であるにも関わらず、激しい吹雪が吹き荒れる。


「侍女風情が、何を思ってアリィを虐待したと……?」


 逆立つ銀の髪に、無表情も相まって、シノは魔物より怖い何かになっていた。


 この場は墓だからいいが、生きている一般人がいたら凍えてしまうくらいの勢いだ。


(あ、やっちゃった……)


 ユオは少し反省した。


 この稀代の美青年とも言える王太子は、実はとてつもないシスコンなのだ。


 もちろん、妹を性的に見ているわけではないが――生まれてからの人生を、ほぼ妹の幸せのために費やしてきたのである。


 シノは激昂すると魔力が高まり、気温に関わらず雪を降らせてしまう特性があるのだ。


「シノ、急に言ってごめ……」


「侍女を探さねば。連れ帰り、打ち首の刑だ」


 狂戦士状態になってしまったシノは、こうなったら誰にも止められない。


 ユオはアリィに視線を送って、助けを求めた。


「お兄様……これはお兄様の力なの? 寒いわ」


 アリィが心配そうに言うと、シノは激情を鎮める。


 ぴたりと雪は止まり、また穏やかな夜空が広がった。


「喜代古なら、私がいなくなった責任を取りたくないだろうから……どこかに逃げたんじゃないかしら。帝都から遠くには行ってないかも。少し歩くだけで疲れる人だからね」


 嫌いな相手だが、六年も一緒にいたので行動パターンは分かる。


 今はもう、アリィにとってはどうでもいい存在でしかない。


「そうか。虐待した侍女を捕らえるように、父上に手紙を出そう。大和、頼んだぞ」


 無表情のままシノは鴉にそう伝え、その場で即座に手紙を書く。


 大和は困惑することもなく、主人の命令を受け入れてひと鳴きした。


 そして、足に手紙を括り付けられ、すぐに東の方へと飛んで行ってしまう。


「お、お兄様、そんなことをして大丈夫?」


 一連の流れを止める前に実行してしまったので、アリィは恐る恐る問いかける。


 すると、シノは怒りを収めて、ほんの少しだけ柔らかい表情になった。


「ここに来る少し前から、ヨグトスの監視がなくなった。だから俺も早めにここまで来られた。今なら父上が温めてきた、忍部隊を有効活用できる筈だ」


「忍部隊? 戦前までいたけれど、世界政府に解散させられたものよね?」


「ヨグトスは母上や俺をメインに監視していたので、父上が隙を見て改めて結成していた。アリィを閉じ込めざるを得ない状況にした奴らに対し、父上も怒っているからな」


 シノだけならず、父である国王もどうやら本気のようだ。


 アリィは改めて、愛されていたことを実感する。


「お兄様、もう怒らなくていいわ。ヨグトスはユオシェム様がかなり追い詰めてくれたのよ。私のことも、彼はずっと大事にしてくれたわ」


 アリィはシノの腕の中で頬ずりして甘えた後、ユオを振り向いて微笑んだ。


「ユオ、アリィを守ってくれて感謝する。婚約者として妹を頼む」


 普通に戻ったシノはアリィを離し、深々と友人に頭を下げる。


「お姫様のことなら任せて。ここに神秘の器(アルカナ)が眠ってるみたいだから、このまま探しに行こうよ」


 雰囲気を和らげるように、ユオはシノの頭をわしゃわしゃと撫でた。


「そうだな。アリィが場所を知っているようで助かった」


 シノは髪が乱れたまま頭を上げると、アリィを見下ろして彼女の頭を撫でる。


 今は十八歳だということも忘れ、まだ小さな子どものように扱うのだ。


(ユオシェム様とお兄様は、宝石箱で情報を共有してたのね)


 アリィは撫でられるのも嫌な気はせず、その様子を見て冷静に状況を悟る。


「その髪飾り、ユオが?」


「えぇ、頂いたの。婚約者だからって」


「そうか。アリィ、君の気持ちも確かめず、何もかも急に決めて悪かった」


「いいの。ユオシェム様がいたから、私は生きていられたもの」


 いくらシノが天然でも、髪飾りの意味くらいは分かっている。


 そこまで用意していたことは知らず、彼はユオをちらりと見た。


 牽制でなく、妹を大切にしてくれる感謝の意を視線に込めて。


 アリィがユオのことを語る表情が、すごく幸せそうに見えたからだった。



 すると――シノはイレギュラーな存在である、ララネに気付く。


「ユオ、あの人は……?」


 太陽のような瞳を焼付けた後、自ら挨拶をするかと思いきや、ユオに話を振った。


 シノは母や妹があまりに美人なので、並大抵の女性には靡かないのだが――この時、彼は初めて異性に目を奪われたのだ。


「そうだ、言ってなかったね。ネシアのララネ王女だよ。僕の従妹なんだ」


「噂には聞いたことがある。南国の真珠、淑女の手本だと」


「あはは、それはどうかなぁ。ララネちゃん、彼がシノだよ」


 邪魔にならないように少し後ろにいたララネは、ようやく挨拶しようとシノに近寄った。


(優しいお兄様のようですね。それでも私は他人なので、礼儀は払わなければ……)


 彼女の髪は金髪でありながら、暗い部分に桃色を帯びた美しい色合いだ。


 洋梨のような、上品な香りがふわりと漂う。


 いい香りまで感じて、シノは咄嗟に後退りする。


(なんだ、この人は。美しすぎる。香りも良くて、近付いたら鼓動が速くなってきた。怪しい力でもあるのかも知れない)


 その間もシノはずっと無表情だった。


 内心では見たことのないような美人が寄ってきたことに、ぐらぐらと揺らいでいたのだ。


 基本的にはユオが言ったとおりボケているので、変な風に警戒してしまう。


(何この人! 確かにすごく美形ですが、失礼ですね!)


 後ずさるようなシノの態度に、思わず苛立つララネ。


 それでも兄妹の再会に水を差さないよう、大人になることにした。


「ソアレ・ララネ・オセ・ネシアでございます、東雲王太子殿下。旅の仲間ですし、ララネとお呼びくださいな」


 淑女としての気品を織り交ぜて、ララネは丁寧に自己紹介する。


 シノはララネをちらりと見た。


「……では、東雲丸とお呼び下さい」


 それだけ言って顔を背けた。


 出鶴では未婚の貴族男性に対し、最後に「丸」を付けて呼ぶことが多い。


 距離感としては、愛称と正式名の中間くらいだ。


(ララネ姫か、危険な人だな……アリィやユオは大丈夫なのだろうか)


(東雲丸さん、ですか。ここが公務の場ではないとは言え、無愛想すぎるんですけど)


 互いに印象はそこまで悪くないものの、変な風に反発してしまう。


 アリィのために、その場では互いに口を噤むのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ