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有明のジェミリオン〜バカで不細工な放蕩皇子と駆け落ちしたら、世界を救うことになった〜  作者: 豊平ののか
第一部

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12/15

12 孤独な女の子

 路地裏は表の街とはうって変わり、雑多でゴミが散乱していた。


 そこにいる人々は浮浪者ばかりだ。


 男装した少女は、なけなしのパンを彼らに配っていた。


「君さ、勝手に谷底から出て行くし、目立った行動は慎むべきじゃない? あんなの、警備隊が見てたら牢獄行きだよ?」


 ユオは軽い口調でありながら、叱るように行動を咎める。


「ごめんなさい。黙っていられなくて……でも、早めに合流できてよかったです。近くの宿でお話しませんか?」


 落ち着いた声は、どう聞いても少女のそれだった。


 巨漢たちを張り倒したような行動とは裏腹に、所作からも淑やかさが垣間見える。


(どういう関係なのかしら)


 よく分からないものの、アリィは二人の様子を観察する。


 その間に甘い雰囲気は一切なく、アリィは自身と兄のような空気を感じた。


 いや、もっとさっぱりとしているかも知れない。


「まぁ、いいよ。行こうか」


 二つ返事で了承したユオは、裏路地を出て近くの宿を探し始めた。



 ☾



 近くの宿を借り、三人で個室に入る。


 彼女はようやく帽子を脱いで、その美しい髪を露わにした。


 ゆるくカールした流れるようなブロンドは、影の部分がピンク色に落ちた幻想的な金髪だ。


 その髪は腰まで長く伸びていて、前髪は真ん中で分けて額を出している。


 少しウェーブがかかっているのも、横髪が顔の輪郭に沿っているのも、また美しさに拍車をかけていた。


 絶世の美少女と名高いアリィに比肩する――そう言って過言ではない容貌だ。


「ラニ様……?」


 その髪と瞳、顔つきには、アリィはとても見覚えがあった。


 ラニよりは若いし、別人だと分かっていても、そう呟いてしまうほどに似ているのだ。


 その名を口走ると、少女は食い付くようにアリィを見た。


「私、ラニ叔母様にそっくりでしょう?」


 彼女がアリィを見る瞳は輝いており、太陽のように燦々と明るい印象だ。


「ということは……貴女はユオシェム様の、従妹の方ですか?」


 アリィは同年代の少女と仲良くなったことがない。


 そんな風に見られるのに慣れておらず、戸惑った。


「えぇ。私はソアレ・ララネ・オセ・ネシアと申します。シドゥル皇太子に嫁がされそうになったところを、ユオシェム兄様に助けてもらいました」


 朗らかに微笑む、美しい金髪の少女。


 彼女こそがシャロやロナとの会話に出てきた人なのだと、アリィは察する。


(そうよね、ラニ様の姪御様だから、ネシアの王女様よね。聞いたことがあるわ。とても美人で、見習うべき完璧な淑女だって……)


 喜代古はよくアリィを貶めるために、よその貴族や王族の女性を引き合いに出していた。


 ララネ自身は出鶴と関わりがあるわけではないが、それなりに名の通った王女なのだ。


「よろしくお願いします。私は出鶴ノ宮有明と申します」


 どう対応していいか悩みながらも、面白みのない自己紹介になってしまう。


(私には面白い話もできないわ。ユオシェム様のご家族に、嫌われたくはないけど……)


 不安でも胸を張れたのは、ラニがそうしていいと教えてくれたからだ。


 だが、ララネは依然として、アリィをキラキラとした目で見つめている。


「噂どおりの美しい方ですね! あの鬼畜皇太子が求めるはずです。嫌だったでしょう? 私もすっごく嫌だったんです! 親と変わらない年の男ですもん!」


 さらりと毒を吐きながら、ララネはアリィにぐいぐいと近付く。


 首を傾けた時に肩から溢れる金髪が、蜂蜜のようだった。


「はい、とても……嫌でした」


 本音で話していいのか悩みつつも、アリィはつい正直に答えてしまう。


(社交の場では本心を隠すのが主流なのに、変だと思われたらどうしよう……)


 とにかくアリィは、余計なことばかり考えてしまっていたのだ。


「僕らの母上は、双子の姉妹なんだよ。お姫様の母君と、三人で友達だったんだ」


 ユオがアリィの顔色が悪いのを察してか、遮るように付け加える。


(ララネ様のお母様は、ネシアの先代女王陛下よね。そう言えば、カナン訪問中に女王夫妻と王太女様も亡くなったとか……)


 ネシアの先代女王が亡くなったのは、かなり昔の話だ。


 当時のアリィはまだ八歳。


 関係は知らなかったが、母が悲しんでいたのを子どもながらに覚えている。


「もっとも、兄様と会ったのはつい半年前……助けてくれた時ですけどね。それまで会いに来てもくれなかった、ひどい兄様なんです」


 アリィに愚痴るように、ララネは薄紅色の唇で笑みながらユオを茶化した。


「ネシアは遠いもん。ララネちゃんは社交界の華って聞いてたし、うまくやってるんだろうって思っててさ」


「泳いでこれたでしょう?」


「あはは、さすがに厳しいなぁ」


 ユオはララネにたじたじだ。


 実弟のティファや従弟の三つ子たちには頼れる兄だっただけあり、その対比がアリィには面白く感じてしまう。


(ララネ様は強い人だわ。いい意味で印象が違うけど。ユオシェム様のことと言い、噂はあてにならないわね)


 アリィは戸惑いながらも、ララネに興味を持ち始める。


 快活で、とても素敵な女の子だ。


 できることなら、友達になってみたいくらいに。


「それと、素敵でした。リボンを魔法で強化されているのですね」


 少しだけ勇気を出し、アリィは別の話を振る。


 不快にさせないようにと、慎重に。


「はい! あれでも、ユオシェム兄様に習ったばかりなんですよ。有明姫様に褒めていただけるなんて!」


 不快どころか、ララネは嬉しそうだ。


 ぱっと花が開くように笑うのが、とても愛らしかった。


「私はまだ学習中で……魔法を学ぶことは許されていませんでしたから」


「世界政府は魔法を使うことにいい顔をしませんからね。まぁ、私の場合は叔父一家のせいもありましたが」


「現国王、ですか? 確か、十年前くらいに即位したという……ララネ様も苦労なされたのでしょう」


「そうなんです。有明姫様はお優しいですね!」


 少しだけ話が弾む。


 同年代の女の子相手と仲良くできたのは、アリィも初めてだった。


「それで、抜け出したのって……ご両親とお姉さんが、この辺りで亡くなったからかな?」


 核心を突くように、ユオは言った。


 ララネが谷底を勝手に出て行ったので、従兄としてずっと心配していてのことだ。


「はい……両親は遺体が見つかりましたが、姉様だけ見つかっていないのです。もしかしたら、砂漠に骨だけでも落ちていないかと……」


「無茶したね。もう十年も前の話で、見つかるわけがないのに」


「だけど、姉様が不憫ですもん。まともに捜索もされず……きっと、世界政府にやられたんですよ。ネシアの政権を叔父一家に握らせたかったばかりに……いつかあいつらを地獄に落としてやるんです!」


 冷静だったララネは、家族のことを思い出して感情的になる。


 涙目になり、淑女というよりも年頃の少女の顔が前面に出ていた。


「ララネ様、お気持ちはお察しします……私だって、同じようにお兄様がいなくなって、自分に身を守る術があれば、きっと探しに行きますよ」


 アリィは泣きそうな彼女を放っておけず、そっと手を握った。


 ララネには嫌われてしまうかも知れないが、そんな恐怖よりも先に動いていたのだ。


「有明姫様、失望されましたよね……私、淑女なんかじゃないんです。姉のような淑女を演じてきただけで、口も悪くて乱暴なんですよ」


 少し冷静になったララネは、後ろめたさから苦笑いをした。


 彼女もまた、アリィに嫌われる恐怖を抱いたのだ。


「えっ、どうしてですか? 素敵ですよ? 社交界での顔だなんて、皆が形式的な所作や言葉を表現しているに過ぎません。素の人格なんて、それぞれですし」


「えっ、そうですか? でも、私ったらあんなことを……」


「私も嫌いな侍女がいます。地獄に落ちてほしいと思うのは、悪いことではありませんよ」


 アリィはララネが淑女でもお転婆でも、どちらでもよかった。


 二人は境遇は違えど、孤独なのだ。


 不安がる気持ちが分かって、喜代古のことを思い浮かべて共感する。


 アリィはもう、喜代古のことがほとんど怖くなくなってきている。


 だから無意識に微笑んでいたが、ララネはその笑顔に救われていた。


 頬を赤くし、アリィをじっと見つめた。


「本当に……?」


 確認するかのように、ララネは手の力を少し強める。


 もはやユオの存在は無視しており、アリィにばかり集中していた。


「えぇ、もちろんです」


 社交辞令ではなく、アリィは本心からそう言った。


 すると、ララネはぱっと顔を明るくする。


「お姫様、ララネちゃんを連れて行ってもいいかな? 皇太子との結婚から逃げたから、亡命王女みたいな感じなんだ」


 ユオは改めて、アリィに意思を確認する。


(この旅はユオシェム様のものなのに、私の意思を確認してくれるなんて)


 もちろん、アリィはララネが嫌ではない。


 それとは別に、ユオの気遣いが嬉しかった。


「当然よ。ユオシェム様のご家族だし、このまま一人にしておけないもの」


 まだララネに手をぎゅっと握られたまま、アリィは頷いた。


 断ることは最初から考えていなかったが、ララネにはどこか親近感が湧いたのだ。


 しかも、アリィが閉じ込められるよりも前に――彼女は家族の愛情を失っている。


(淑女であるのも、この様子だと……嫁入りのために押し付けられたものなのかも。ララネ様はずっと、一人だったんだわ)


 当主が代わり、親の違う娘が冷遇されることは、貴族にはよくあることだ。


 特に女の子は家を繋ぐ道具にされることも多く、そのために教育を施される。


 ララネは深いところまで言わないが、アリィはそんな背景を察して憂いた。


「ね、ララネちゃん。お姫様はとってもいい子だろう?」


 ユオはララネにも事前に話をしていたのか、アリィのことをそんな風に言った。


「えぇ、とても! ユオシェム兄様には勿体ないくらいです!」


「あはは、言うねぇ」


「では、私たち三人の旅の始まりですね!」


 ララネも大概だった。


 アリィに見とれており、目を輝かせて同調している。


(どうしてララネ様は、こんなに私に好意的なのかしら?)


 少し話しただけだと本人は思っており、ララネに懐かれる理由にあまり心当たりがない。


 何より、これまでになかった反応だ。


 同年代の少女たちとは、仲良くなった試しがない。


 アリィは困惑しつつも、雰囲気を悪くしないよう笑顔を向けた。


「もうすぐ四人になるよ。これからはシノ……お姫様のお兄さんだね。彼と合流して、陵墓に寄って、それからジナビアに行くつもりだからね」


 ユオはアリィの兄を愛称で呼ぶと、これからの予定を話す。


 最初に言っていた仲間と合流というのは、ララネを含むその面子のようだ。


「東雲王太子殿下ですね。私は出鶴と交流したことはありませんが、稀代の美青年と言われています。きっと、有明姫様と似ていらっしゃるのでしょう」


 ララネはアリィと兄の関係を、ユオから聞いてそれとなく知っている様子だ。


 そうだからか、気を遣って見た目のことにしか触れなかった。


「有明姫様。せっかくなので、お友達になっていただけませんか? ただの同行者ではなく、仲良くなりたいのです!」


 ララネはアリィへの関心がピークに達し、目を輝かせてそのようなお願いをした。


(ど、どうしましょう。特に楽しい話もできないし、友達になっても幻滅させてしまうかも……)


 嬉しいことだったが、悩んでしまう。


“姫様と話していても楽しくないから、皆が逃げてしまうのですよ。お友達は諦めた方がいいでしょう”


 こんな時に、喜代古の言葉を思い出した。


 期待と同時に不安を膨らませ、目を泳がせる。


「二人は友達になれるさ」


 トラウマで迷っているアリィの背中を、ユオがそっと押すように言った。


(そうよね。喜代古の言葉なんて、従う必要のないものだわ)


 それでようやく決断できたアリィは、深呼吸してララネを見上げる。


「ぜひ、お願いします。実は、私も友達が欲しかったのです」


 口に出すと照れくさくなるが、初めて友達ができたことの嬉しさの方が勝った。


 そんなアリィのいじらしい様子がこたえたのか――ララネはまた一層に目をキラキラとさせた。


「わぁ、勇気を出して言ってみてよかったです! アリィとお呼びしても? 私のことはララァと……あ、ユオシェム兄様と同じように喋っていただけたら……!」


 ララネは本気で喜んでおり、感激して黄色い声を上げる。


「わ、分かったわ、ララァ」


 少し圧倒されながらも、アリィは嬉しくなってそう言った。


(か、可愛いです!)


(ララァ、可愛い子だわ)


 ララネは身悶えし、アリィの手を握ったまま内心で叫ぶ。


 アリィもそんなララネが可愛くて、彼女のことをもっと知りたくなっていた。


 お互いに、印象はとても良かったのだ。


「この宿は大浴場があるそうですよ。行きませんか?」


「そうね。行ってみたいかも」


「決まりですね。あ、ユオシェム兄様はそこでお留守番しておいてくださいね!」


 アリィの手を掴んだまま独占し、ユオを部屋に放置すると、ララネは大浴場の方に行ってしまうのだった。



「あー、行っちゃった。まぁいいか、トランが一緒だしね」


 残されたユオは交換日記を広げ、アリィの丁寧な筆跡を指でなぞる。


(ララネちゃんの存在は、アリィが自信を完全に取り戻すきっかけになるだろうね)


 今までユオは、アリィの心を癒やすために尽力してきた。


 それでも、同性の友達でしか得られないものがあるのも承知だ。


 どんな魔法よりも、ララネはアリィのためになる存在だと確信していた。

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