12 孤独な女の子
路地裏は表の街とはうって変わり、雑多でゴミが散乱していた。
そこにいる人々は浮浪者ばかりだ。
男装した少女は、なけなしのパンを彼らに配っていた。
「君さ、勝手に谷底から出て行くし、目立った行動は慎むべきじゃない? あんなの、警備隊が見てたら牢獄行きだよ?」
ユオは軽い口調でありながら、叱るように行動を咎める。
「ごめんなさい。黙っていられなくて……でも、早めに合流できてよかったです。近くの宿でお話しませんか?」
落ち着いた声は、どう聞いても少女のそれだった。
巨漢たちを張り倒したような行動とは裏腹に、所作からも淑やかさが垣間見える。
(どういう関係なのかしら)
よく分からないものの、アリィは二人の様子を観察する。
その間に甘い雰囲気は一切なく、アリィは自身と兄のような空気を感じた。
いや、もっとさっぱりとしているかも知れない。
「まぁ、いいよ。行こうか」
二つ返事で了承したユオは、裏路地を出て近くの宿を探し始めた。
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近くの宿を借り、三人で個室に入る。
彼女はようやく帽子を脱いで、その美しい髪を露わにした。
ゆるくカールした流れるようなブロンドは、影の部分がピンク色に落ちた幻想的な金髪だ。
その髪は腰まで長く伸びていて、前髪は真ん中で分けて額を出している。
少しウェーブがかかっているのも、横髪が顔の輪郭に沿っているのも、また美しさに拍車をかけていた。
絶世の美少女と名高いアリィに比肩する――そう言って過言ではない容貌だ。
「ラニ様……?」
その髪と瞳、顔つきには、アリィはとても見覚えがあった。
ラニよりは若いし、別人だと分かっていても、そう呟いてしまうほどに似ているのだ。
その名を口走ると、少女は食い付くようにアリィを見た。
「私、ラニ叔母様にそっくりでしょう?」
彼女がアリィを見る瞳は輝いており、太陽のように燦々と明るい印象だ。
「ということは……貴女はユオシェム様の、従妹の方ですか?」
アリィは同年代の少女と仲良くなったことがない。
そんな風に見られるのに慣れておらず、戸惑った。
「えぇ。私はソアレ・ララネ・オセ・ネシアと申します。シドゥル皇太子に嫁がされそうになったところを、ユオシェム兄様に助けてもらいました」
朗らかに微笑む、美しい金髪の少女。
彼女こそがシャロやロナとの会話に出てきた人なのだと、アリィは察する。
(そうよね、ラニ様の姪御様だから、ネシアの王女様よね。聞いたことがあるわ。とても美人で、見習うべき完璧な淑女だって……)
喜代古はよくアリィを貶めるために、よその貴族や王族の女性を引き合いに出していた。
ララネ自身は出鶴と関わりがあるわけではないが、それなりに名の通った王女なのだ。
「よろしくお願いします。私は出鶴ノ宮有明と申します」
どう対応していいか悩みながらも、面白みのない自己紹介になってしまう。
(私には面白い話もできないわ。ユオシェム様のご家族に、嫌われたくはないけど……)
不安でも胸を張れたのは、ラニがそうしていいと教えてくれたからだ。
だが、ララネは依然として、アリィをキラキラとした目で見つめている。
「噂どおりの美しい方ですね! あの鬼畜皇太子が求めるはずです。嫌だったでしょう? 私もすっごく嫌だったんです! 親と変わらない年の男ですもん!」
さらりと毒を吐きながら、ララネはアリィにぐいぐいと近付く。
首を傾けた時に肩から溢れる金髪が、蜂蜜のようだった。
「はい、とても……嫌でした」
本音で話していいのか悩みつつも、アリィはつい正直に答えてしまう。
(社交の場では本心を隠すのが主流なのに、変だと思われたらどうしよう……)
とにかくアリィは、余計なことばかり考えてしまっていたのだ。
「僕らの母上は、双子の姉妹なんだよ。お姫様の母君と、三人で友達だったんだ」
ユオがアリィの顔色が悪いのを察してか、遮るように付け加える。
(ララネ様のお母様は、ネシアの先代女王陛下よね。そう言えば、カナン訪問中に女王夫妻と王太女様も亡くなったとか……)
ネシアの先代女王が亡くなったのは、かなり昔の話だ。
当時のアリィはまだ八歳。
関係は知らなかったが、母が悲しんでいたのを子どもながらに覚えている。
「もっとも、兄様と会ったのはつい半年前……助けてくれた時ですけどね。それまで会いに来てもくれなかった、ひどい兄様なんです」
アリィに愚痴るように、ララネは薄紅色の唇で笑みながらユオを茶化した。
「ネシアは遠いもん。ララネちゃんは社交界の華って聞いてたし、うまくやってるんだろうって思っててさ」
「泳いでこれたでしょう?」
「あはは、さすがに厳しいなぁ」
ユオはララネにたじたじだ。
実弟のティファや従弟の三つ子たちには頼れる兄だっただけあり、その対比がアリィには面白く感じてしまう。
(ララネ様は強い人だわ。いい意味で印象が違うけど。ユオシェム様のことと言い、噂はあてにならないわね)
アリィは戸惑いながらも、ララネに興味を持ち始める。
快活で、とても素敵な女の子だ。
できることなら、友達になってみたいくらいに。
「それと、素敵でした。リボンを魔法で強化されているのですね」
少しだけ勇気を出し、アリィは別の話を振る。
不快にさせないようにと、慎重に。
「はい! あれでも、ユオシェム兄様に習ったばかりなんですよ。有明姫様に褒めていただけるなんて!」
不快どころか、ララネは嬉しそうだ。
ぱっと花が開くように笑うのが、とても愛らしかった。
「私はまだ学習中で……魔法を学ぶことは許されていませんでしたから」
「世界政府は魔法を使うことにいい顔をしませんからね。まぁ、私の場合は叔父一家のせいもありましたが」
「現国王、ですか? 確か、十年前くらいに即位したという……ララネ様も苦労なされたのでしょう」
「そうなんです。有明姫様はお優しいですね!」
少しだけ話が弾む。
同年代の女の子相手と仲良くできたのは、アリィも初めてだった。
「それで、抜け出したのって……ご両親とお姉さんが、この辺りで亡くなったからかな?」
核心を突くように、ユオは言った。
ララネが谷底を勝手に出て行ったので、従兄としてずっと心配していてのことだ。
「はい……両親は遺体が見つかりましたが、姉様だけ見つかっていないのです。もしかしたら、砂漠に骨だけでも落ちていないかと……」
「無茶したね。もう十年も前の話で、見つかるわけがないのに」
「だけど、姉様が不憫ですもん。まともに捜索もされず……きっと、世界政府にやられたんですよ。ネシアの政権を叔父一家に握らせたかったばかりに……いつかあいつらを地獄に落としてやるんです!」
冷静だったララネは、家族のことを思い出して感情的になる。
涙目になり、淑女というよりも年頃の少女の顔が前面に出ていた。
「ララネ様、お気持ちはお察しします……私だって、同じようにお兄様がいなくなって、自分に身を守る術があれば、きっと探しに行きますよ」
アリィは泣きそうな彼女を放っておけず、そっと手を握った。
ララネには嫌われてしまうかも知れないが、そんな恐怖よりも先に動いていたのだ。
「有明姫様、失望されましたよね……私、淑女なんかじゃないんです。姉のような淑女を演じてきただけで、口も悪くて乱暴なんですよ」
少し冷静になったララネは、後ろめたさから苦笑いをした。
彼女もまた、アリィに嫌われる恐怖を抱いたのだ。
「えっ、どうしてですか? 素敵ですよ? 社交界での顔だなんて、皆が形式的な所作や言葉を表現しているに過ぎません。素の人格なんて、それぞれですし」
「えっ、そうですか? でも、私ったらあんなことを……」
「私も嫌いな侍女がいます。地獄に落ちてほしいと思うのは、悪いことではありませんよ」
アリィはララネが淑女でもお転婆でも、どちらでもよかった。
二人は境遇は違えど、孤独なのだ。
不安がる気持ちが分かって、喜代古のことを思い浮かべて共感する。
アリィはもう、喜代古のことがほとんど怖くなくなってきている。
だから無意識に微笑んでいたが、ララネはその笑顔に救われていた。
頬を赤くし、アリィをじっと見つめた。
「本当に……?」
確認するかのように、ララネは手の力を少し強める。
もはやユオの存在は無視しており、アリィにばかり集中していた。
「えぇ、もちろんです」
社交辞令ではなく、アリィは本心からそう言った。
すると、ララネはぱっと顔を明るくする。
「お姫様、ララネちゃんを連れて行ってもいいかな? 皇太子との結婚から逃げたから、亡命王女みたいな感じなんだ」
ユオは改めて、アリィに意思を確認する。
(この旅はユオシェム様のものなのに、私の意思を確認してくれるなんて)
もちろん、アリィはララネが嫌ではない。
それとは別に、ユオの気遣いが嬉しかった。
「当然よ。ユオシェム様のご家族だし、このまま一人にしておけないもの」
まだララネに手をぎゅっと握られたまま、アリィは頷いた。
断ることは最初から考えていなかったが、ララネにはどこか親近感が湧いたのだ。
しかも、アリィが閉じ込められるよりも前に――彼女は家族の愛情を失っている。
(淑女であるのも、この様子だと……嫁入りのために押し付けられたものなのかも。ララネ様はずっと、一人だったんだわ)
当主が代わり、親の違う娘が冷遇されることは、貴族にはよくあることだ。
特に女の子は家を繋ぐ道具にされることも多く、そのために教育を施される。
ララネは深いところまで言わないが、アリィはそんな背景を察して憂いた。
「ね、ララネちゃん。お姫様はとってもいい子だろう?」
ユオはララネにも事前に話をしていたのか、アリィのことをそんな風に言った。
「えぇ、とても! ユオシェム兄様には勿体ないくらいです!」
「あはは、言うねぇ」
「では、私たち三人の旅の始まりですね!」
ララネも大概だった。
アリィに見とれており、目を輝かせて同調している。
(どうしてララネ様は、こんなに私に好意的なのかしら?)
少し話しただけだと本人は思っており、ララネに懐かれる理由にあまり心当たりがない。
何より、これまでになかった反応だ。
同年代の少女たちとは、仲良くなった試しがない。
アリィは困惑しつつも、雰囲気を悪くしないよう笑顔を向けた。
「もうすぐ四人になるよ。これからはシノ……お姫様のお兄さんだね。彼と合流して、陵墓に寄って、それからジナビアに行くつもりだからね」
ユオはアリィの兄を愛称で呼ぶと、これからの予定を話す。
最初に言っていた仲間と合流というのは、ララネを含むその面子のようだ。
「東雲王太子殿下ですね。私は出鶴と交流したことはありませんが、稀代の美青年と言われています。きっと、有明姫様と似ていらっしゃるのでしょう」
ララネはアリィと兄の関係を、ユオから聞いてそれとなく知っている様子だ。
そうだからか、気を遣って見た目のことにしか触れなかった。
「有明姫様。せっかくなので、お友達になっていただけませんか? ただの同行者ではなく、仲良くなりたいのです!」
ララネはアリィへの関心がピークに達し、目を輝かせてそのようなお願いをした。
(ど、どうしましょう。特に楽しい話もできないし、友達になっても幻滅させてしまうかも……)
嬉しいことだったが、悩んでしまう。
“姫様と話していても楽しくないから、皆が逃げてしまうのですよ。お友達は諦めた方がいいでしょう”
こんな時に、喜代古の言葉を思い出した。
期待と同時に不安を膨らませ、目を泳がせる。
「二人は友達になれるさ」
トラウマで迷っているアリィの背中を、ユオがそっと押すように言った。
(そうよね。喜代古の言葉なんて、従う必要のないものだわ)
それでようやく決断できたアリィは、深呼吸してララネを見上げる。
「ぜひ、お願いします。実は、私も友達が欲しかったのです」
口に出すと照れくさくなるが、初めて友達ができたことの嬉しさの方が勝った。
そんなアリィのいじらしい様子がこたえたのか――ララネはまた一層に目をキラキラとさせた。
「わぁ、勇気を出して言ってみてよかったです! アリィとお呼びしても? 私のことはララァと……あ、ユオシェム兄様と同じように喋っていただけたら……!」
ララネは本気で喜んでおり、感激して黄色い声を上げる。
「わ、分かったわ、ララァ」
少し圧倒されながらも、アリィは嬉しくなってそう言った。
(か、可愛いです!)
(ララァ、可愛い子だわ)
ララネは身悶えし、アリィの手を握ったまま内心で叫ぶ。
アリィもそんなララネが可愛くて、彼女のことをもっと知りたくなっていた。
お互いに、印象はとても良かったのだ。
「この宿は大浴場があるそうですよ。行きませんか?」
「そうね。行ってみたいかも」
「決まりですね。あ、ユオシェム兄様はそこでお留守番しておいてくださいね!」
アリィの手を掴んだまま独占し、ユオを部屋に放置すると、ララネは大浴場の方に行ってしまうのだった。
「あー、行っちゃった。まぁいいか、トランが一緒だしね」
残されたユオは交換日記を広げ、アリィの丁寧な筆跡を指でなぞる。
(ララネちゃんの存在は、アリィが自信を完全に取り戻すきっかけになるだろうね)
今までユオは、アリィの心を癒やすために尽力してきた。
それでも、同性の友達でしか得られないものがあるのも承知だ。
どんな魔法よりも、ララネはアリィのためになる存在だと確信していた。




