89 違う招待者
いつ言えばいいのよ……。
朝起きた途端悩みだす私に、部屋付きの侍女が言った。
「本日、ルクレシア様には特別な予定があります」
朝食後、案内されたのは豪華絢爛な応接間。
ソファには足を組んでゆったりと座る王太子殿下、その横で緊張した表情のアルード様がいた。
「王太子殿下、アルード様、朝の挨拶を申し上げます」
私は深々と一礼した。
「座ってほしい」
そう言ったのはアルード様。
本来、着席の許可を出すのはこの場にいる最上位者の王太子殿下。
でも、何も言わない。
そこで次位の権利を持つアルード様が自分の要望として着席をうながした。
私は王太子殿下のほうに顔を向けるけれど、何も言わない。
「寛大なご配慮に感謝いたします」
そう言っておけば、やはりダメだとは言いにくい。
保険としての言葉を使ったあと、私は着席した。
「ずっと会って話をしたいと思っていた」
アルード様とは魔法学院で会っている。
クラスメイトなので、会わないわけにはいかない。
でも、挨拶程度。
一回、昼食に誘われたけれど、断ったあとは一度も誘われていない。
アルード様のことはアヤナから聞くだけだった。
「ルクレシアを婚約者候補からはずしたため、交流するなと父上から言われた。でなければ示しがつかないと」
「そうでしたか」
「誤解されないように伝えておきたかった。私が婚約者候補からはずしてほしいと父上に言ったわけではない。父上はルクレシアの病気を気にしていた。私の相手には健康な女性がいいと思っているからだ」
アルード様は王太子殿下のほうをちらりと視線を向けた。
「兄上にも相談した。病気はすでに完治している。魔力持ちであれば何かがきっかけでかかりそうな病気だ。その程度のことで婚約者候補からはずれるのはおかしいと話した。兄上は湖に落ちたことを知っている。ルクレシアが水を怖がらなかったこともすでに話していた」
アルード様は別館に残って王太子殿下と話をすると言っていた。
たぶん、その時に話したのだと思った。
「ルクレシアが婚約者候補になったのは、コランダム公爵家の長女で魔力が豊富なこともあるが、あの事故が起きたからという理由が大きい。水を克服した以上は責任を感じる必要はない。健康上に問題があるということであれば、再検討になるのは仕方がないということだった」
私もそう思う。
アルード様に水を克服したと話した時も、婚約者候補からはずれるかもしれないことは覚悟していた。
「突然の発表で驚いたはずだ。私も驚いた。父上からは何も聞いていなかった、もし、父上の決定に不服であれば言ってほしい。私の方から婚約者候補に戻れるように頼んでみる。ルクレシアの気持ちを教えてくれないか?」
私の答えは決まっていた。
「寛大で慈悲深いお言葉に感謝いたします。ですが、国王陛下の決定を受け入れます。ご存じかと思いますが、アヤナの後見はコランダム公爵家です。コランダム公爵家が二人の候補者を推すわけにはいきません」
ゆっくりと身を起こした王太子殿下がアルード様の肩に手をかけ、話しかけた。
でも、声は聞こえない。
魔法で音を消している。
「わかっています」
アルード様がそう言うと、王太子殿下が立ち上がる。
すかさず私もアルード様も立った。
王太子殿下はドアではなくバルコニーに続くガラス扉を開けると、空に浮かんで行ってしまった。
深い息を吐いたのはアルード様のほう。
魔力操作でガラス扉を閉めると、すぐに結界を張った。
「緊張した」
同じです!
「本当は私とルクレシアだけで会うつもりだったが、兄上は私の保護者だ。同席すると言われた」
「そうでしたか」
「体調はどうだ? アヤナから聞いたところ、元気にしていると言っていた」
「魔力放出症のほうでしたら大丈夫です。完治しています」
「グループを解散した。本当に良かったのか?」
「はい。勉強に専念できます。アヤナが一緒にいてくれるので、一人になることもありません。ご存じかと思いますが、イアン、レアン、カーライト様、ベルサス様にもお気遣いいただいています。交代で私とアヤナと一緒にランチを食べてくれます」
「私が交代制にした。全員いないと私が一人だ」
アルード様のグループメンバーは多い。
でも、心を許せる友人は限られているということ。
「私もルクレシアとランチを一緒に食べたいと思った。好みに合わせたデザートを持ってきてくれると聞いた。チョコプリンの話も聞いた」
やっぱりアルード様の耳に入っていた。
「またピクニックランチをするのもいいと思ったが、レベッカのグループが多い。そのせいで食堂の席を確保するのに苦労している者が多く、毎日確保していないとグループの席の確保に影響が出ると言われてしまった」
「なるほど」
私が思っているより、食堂の席取り合戦は激しいのかもしれない。
「レベッカとは仲良くしているのか?」
「残念ながら疎遠になってしまいました。グループのほうで忙しいらしいです」
レベッカは同じクラスだけど、グループの話し合いがあるということで休み時間はほとんど教室にいない。
エリザベートやマルゴットに睨まれているのがわかっているので、居心地が悪そうだった。
「勉強に悪影響が出ている。期末テストの順位が下がった。ルクレシアたちとの点数差もかなりあった」
「私たちの点数が良かったのは、ベルサス様の家で勉強会をしたからです。苦手なところの攻略方法について丁寧に教えてくれました」
「ビビに会いに行っていると聞いた」
「私と同じ病気でずっと苦しんでいるので、励ましてほしいと言われました」
「ビビは見違えるほど回復したと聞いた。有効な治療方法を考えたのはルクレシアだ」
「ちょっとした思いつきです。効果があるかどうかはわかりませんでした」
「効果があった。白魔法学会も魔法医学会もルクレシアが考えた治療法に注目している。回復魔法などの治癒系魔法に頼るばかりではなく、身体強化の魔法や浮遊魔法も治療に活用していく方針を固めた」
「そうでしたか」
「ルクレシアの考えた方法は老若男女に活用できる。治療が進みやすくなり、短期間で治る者が増えるかもしれない。この治療方法で多くの患者の早期治癒が可能になったということが実証されれば、貢献を称える勲章を与えられるかもしれない」
そんなにすごいことだとは思わなかった。
「父上は判断を誤った。些細なことを気にしてしまい、本当に優秀で才能あふれる女性を私の婚約者候補からはずしてしまった」
アルード様は私をまっすぐに見つめた。
「国王の間違いを指摘するのは難しい。だが、私は王子だ。息子でもある。父である国王の判断が早急だったことに怒りを感じている。そこでルクレシアを推すことにした」
わたしを………推す???
「ルクレシアが国王の決定を受け入れると言った以上、婚約者候補に戻れとは言わない。だが、ルクレシアが王子妃にふさわしい女性であることを示すことで父上に後悔させ、反省させたい。ルクレシア、もっと勉強しろ。そのために王家の担当者ではなく私が離宮に招待するための手配をした」
国王の命令で離宮に招待される女性は婚約者候補の四人と魔法学院で女子の総合順位が高い者だった。
でも、一位が私だった。
離宮への招待は婚約者候補になれそうな女性により多くの勉強をする機会を与えるためにしている。
すでに婚約者候補からはずした私は招待者からもはずれ、六位のイーラが選ばれた。
でも、アルード様が王太子殿下に頼み、追加の招待状で私を呼んだことがわかった。
「移動魔法はどうなった?」
「全然できません。発動する気配もありません」
「浮遊魔法もまだまだ練習中だと聞いた。ひょろひょろしているということだった」
「そうですね」
誰がひょろひょろなんて言ったのか気になるけれど。
「私が教える。移動魔法も浮遊魔法も、夏休み中にそれなりに使えるようになるのを目指す!」
教えてくれるのは嬉しいけれど、かなり高い目標が設定された気がしてならない。
「水泳の授業にも参加しろ。婚約者候補からはずれた以上、水への恐怖を克服したことを隠しても意味がない。泳げるようになれ。講師にも絶対に泳げるように指導するよう伝えておく」
アルード様のやる気は満々。
熱い夏になりそうな予感がした。




