85 奇跡と希望
次の週末もビビに会いに行くことにした。
もちろん、約束の手土産を持って。
「よく来てくれた」
「歓迎するわ」
なんと、ジーヴル公爵夫妻が出迎えてくれた。
「今週も来てくれるとわかり、ビビはとても楽しみにしていた」
「ルクレシアに会えたことをとても喜んでいたのよ。こんなに早くまた来てくれるなんて思わなかったわ」
「ジーヴル公爵夫妻にお目にかかれて光栄です。コランダム公爵家で後見をしているアヤナ・スピネールを紹介させていただきます」
私は身分的に宰相であるジーヴル公爵夫妻に会ったことがあると思うけれど、アヤナは絶対にない。
初対面ということで紹介した。
「アヤナ・スピネールです。ジーヴル公爵夫妻にご挨拶申し上げます」
「婚約者候補になったことは知っている。本人に会えてよかった」
「そうね。ルクレシアのおかげで縁が広がりそうだわ」
「全てはベルサス様のおかげです。お屋敷にご招待いただいたことがきっかけですので」
「ビビが待っている」
「早く連れて来るようにせがまれているのよ」
ジーヴル公爵夫妻は私に狙いを定めたらしく、移動中もずっと話しかけてきた。
アヤナはベルサス様の隣へ移動。でも、何も話さない。
ジーヴル公爵夫妻に話しかけられないようにするための対策なのは明らかだった。
「ルクレシア!」
ビビは満面の笑みで迎えてくれた。
「会いたくて会いたくて、空を飛びたくなりました!」
「私もビビに会いたかったです。でも、魔法学院での勉強があります」
「お兄様からルクレシアのことを聞いていました。頭が良くて美人だって」
「そうですか」
「アルード様が好きなのに、婚約者候補からはずれたことも聞きました」
一瞬でその場にいる全員が緊張するかのような空気になった。
「でも、婚約者候補は何かと大変らしいですね。自由な立場のほうが、アルード様と話しやすいかもしれないと言っていました」
へえ……。
私はベルサス様を見たけれど、ベルサス様は完全に顔を背けていた。
「それからビビはルクレシアの言ったことをちゃんと守りました。水色のバラが白くなりました! どうして色が変わったのですか?」
「ベルサス様に聞かなかったのですか?」
「答えはルクレシアから聞けばいいと言われました」
「では、教えます」
元々は白いバラだったけれど、水色の色水を吸わせることで水色に変えた。
でも、透明な水を吸わせると色水が抜け、また元の白いバラになったことを説明した。
「白いバラは少しずつ元の状態、本当の姿になったのです。だから、ビビも必ず本当の姿になれます。それは健康なビビですよ」
「でも、あのバラは枯れてきてしまいました。回復魔法で少しは治るけれど、ずっとは無理です。いつか枯れてしまいます」
「そうですね。でも、その理由は水に浸かっているからです。本来、バラは水の中で生きる植物ではありません。バラはどこで生きる植物だと思いますか?」
「地面です」
「そうです。本当は茎の先に根っこがあって、そこから栄養を吸っています。太陽に葉が当たることで光合成というものが行われます」
「家庭教師に習いました」
「今日は一緒にバラを見に行きましょう。地面に植えてあるバラです。どうですか?」
「行きたいです!」
「良かったです。でも、その前にお見舞いの品を確認してください」
「ビビ、これを。コランダム公爵家からのお見舞いの品です」
「ピンクのガウン!」
ジーヴル公爵家の色はアイスブルー。
そのせいでビビの部屋も衣装も身の回りの品もアイスブルーか白だった。
そこで、ジーヴル公爵家では選んでいない色にした。
「ピンクは幸せの色という人もいます。ビビが幸せな気分になれるようにピンクのガウンを贈ります」
「可愛いです。刺繍がいっぱいついています!」
薄いピンクのガウンには氷の結晶の刺繍がある。
金と銀の糸を使うことで氷の系譜であることを豪華に表現したことを説明した。
「たまにはこのような明るい色もいいと思いますよ。気分を明るくする効果があります。ベッド回りのものを楽しい気分になるような色合いにするといいかもしれません。ガウンや寝間着でおしゃれを楽しむのもおすすめです」
「お父様、お母様、これはジーヴル公爵家の色ではありません。でも、着てみたいです。いいですか?」
「もちろんだ」
「お見舞いの気持ちが込められた品だもの。きっと元気が出るわ」
早速ビビは薄いピンクのガウンに袖を通す。
それだけで表情が明るく、元気が出たように見えた。
「では、一緒に散歩しましょう。ベルサス様が庭園を案内してくれるそうなので、行ってまいります」
「私たちのことは気にしなくていい」
「ビビのことをお願いね」
私はビビに浮遊魔法をかけた。
ふわりと体が浮き上がる。
それだけでビビは嬉しそうになった。
「とっても不思議! 魔法ってすごい!」
「窓から行くのですか?」
ベルサス様に聞かれた。
「さすがに今日は普通に行きます。でも、ちょっと待ってくださいね」
私はビビの体勢を調整するように整えた。
そして、自分も十センチほど浮かび上がる。
「では、歩く気分で行きましょうか。手をつなぎましょう」
「はい!」
ベルサス様が先導役になり、そのあとを私と手をつないだビビが浮遊状態でゆっくりと前に進んでいく。
そのあとにアヤナ、ジーヴル公爵夫妻が続いた。
「歩いているみたい!」
ビビは低空移動に喜んでくれた。
「ルクレシアは火の系譜だ。だというのに浮遊魔法を使えるのは素晴らしい。修練を重ねた結果だろう」
「そうね。おかげで車椅子は必要ないわ。階段も楽に移動できるわね」
ビビは車椅子に乗れば移動できる。
でも、部屋は三階。外へ行って戻るには一階まで往復しなくてはいけない。
そうなるとかなりの手間や時間がかかり、ビビが疲れてしまうのではないかということで、散歩は難しいと考えてしまう。
氷の系譜だからこそ浮遊魔法が使えないという常識もあり、ビビはベッドで生活するしかない状態になってしまった。
でも、私が浮遊魔法を使ったことで、ベルサス様は浮遊魔法の使い手がいると便利なことに気づき、両親に話したと聞いていた。
「少しずつ歩く練習をしたほうがいいです。本当に歩けなくなってしまいます」
「ビビは生まれた時から病気のせいで歩けないわ」
「足が細い。無理をすると骨が折れてしまうだろう」
「大丈夫です。身体強化の魔法をかければいいだけですから」
ジーヴル公爵夫妻はハッとした。
「そうか! 身体強化の魔法を使えば、ビビの足でも歩けるかもしれない!」
「そうね! 全然思いつかなかったわ!」
「ビビは九歳です。知識はありますし、手本を見せれば真似をできます。工夫をすることで少しずつできることを増やせます。ビビ、私の真似をして足を動かしてください」
「歩く練習?」
「そうです。普通は床や地面の上を歩く練習から始めるのですが、ビビは空中で歩く練習をします。浮遊魔法の初心者と同じですね」
「やってみます!」
ビビは喜び、浮遊しながら歩く練習をした。
「ビビも浮遊魔法が使いたいです。無理だけど」
それが常識。
だけど、私の先生はヴァン様。人間の可能性を信じることを教えてくれた。
「浮遊魔法は難しいので、属性に関係なく使えない人が大勢います。でも、ビビがどんな魔法を使えるようになるかはわかりません。可能性は未知数です」
氷属性の人は浮遊魔法を使えないと言われているけれど、他の属性も最初は同じように言われていて、風属性の人しか使えないと思われていたはず。
でも、だんだんと他の属性の人も使えるようになったのではないかと私は思った。
「魔力がある人は魔法を使える可能性があります。そして、ビビは魔力放出症。つまり、魔力を外へ出す技能に優れていると考えることもできます。それが魔法に結び付けばいいだけなので、相性の良い魔法は簡単に習得できるかもしれません」
「本当に?」
「魔力の扱いの基礎を教わりましたか?」
「教科書は見ました。でも、実践はダメです。魔力を消費するので疲れるからって」
「魔力を抑える練習ならできますよね? それは逆にたくさんしたほうがいいのでは?」
「えっ?」
ビビは驚き、後ろを振り返った。
「お父様、練習していいの?」
「それは……白魔導士や魔法医に相談しなければならない」
「魔力を抑える練習をすれば、放出される魔力が減るかもしれないわね?」
「放出される魔力の量が減れば、回復が早まるかもしれません!」
ベルサス様も気づいていなかった。
魔法の練習は病気が治ってからという常識のせいで。
「本当? 嬉しい!」
ビビは実際に練習できる可能性がわかって喜んだ。
「空中だけど、話しながらでも歩くことができていますね。疲れていませんか?」
「大丈夫。でも、ずっとは大変かも?」
「アヤナ、身体強化の魔法をかけてくれない? そのほうが練習するにも疲れないかも」
「了解」
アヤナが身体強化の魔法をビビにかけた。
「なんだか体がすごく楽になりました! 回復魔法をかけてもらったみたいです!」
「変な感じや疲れた感じがしたら、すぐに教えてください。強化魔法を切ったり、回復魔法をかけたりします」
「はい!」
私たちは庭園に行き、美しい景色やバラの木を観賞した。
太陽の光は多くの生物に生きる力を与えている。
ビビにもそれが伝わって、少しでも元気になってくれたら嬉しい。
「ベンチで休憩しましょうか」
「ルクレシア、自分の足で立ってみたいです」
ビビの希望により、ベンチの上で立てるかどうかを試すことになった。
「準備オッケー!」
アヤナがビビに回復魔法をかけ、そのあとで身体強化の魔法をかけ直してくれた。
「ベルサス様、いいですか?」
「いつでも」
「では、少しずつビビの高度を下げます。一センチぐらいになったら浮遊魔法を切って落としますね」
「わかりました」
全員が見守る中、ビビはベンチの上に着地した。
「ビビ、私に寄りかかってください。無理をしなくていいのです」
「お兄様、大丈夫そうです。足が重くないし、痛くもないです」
「身体強化の魔法の効果です。手を離してみます」
ビビはベンチの上に一人で立つことができた。
「全然大丈夫! 歩けそう!」
ビビがベンチの上を歩くのを見て、ジーヴル公爵夫妻は感動に震えた。
「なんということだ! 奇跡としかいいようがない!」
「ずっと寝たきりだったビビが一人で歩けるなんて! 希望の光がはっきりと見えるわ!」
ビビは必ず元気になる。
全員がそう確信した。




