79 最高のペア
私がアルード様の婚約者候補からはずれたことはコランダム公爵家にとってあまりにも衝撃的だった。
内々にそのような話があったわけではなく、突然の公式発表。
それは完全な決定であり、変更はないということでもある。
それでもお父様とお母様はすぐに王宮へ行き、国王陛下に謁見を願い出た。
謁見は受け入れられ、お父様とお母様は私が婚約者候補からはずれた理由を教えられて帰ってきた。
「いくつか理由があるらしいが、王家内の細かい事情もあるために教えられない。だが、最大の理由は病気になったことだと言われた」
私は魔力放出症になった。
治癒したけれど、一度魔力放出症になってしまうと再発の確率が増える。
王家としては病歴がない女性を候補者にしたい。
そこで私を婚約者候補からはずし、新たに才能がありそうな二名の女性を候補にしたということだった。
「お父様、お母様、ごめんなさい」
魔力放出症になったのは私のせい。
きっと日頃から魔法の勉強ばかりをしていたので、体に負担がかかっていた。
その状態でより魔力を長時間使うようなことをした結果、無理がたたって病気になったのだと思った。
「謝ることはない。運が悪かったのだ」
「そうよ。一番つらいのはルクレシアだわ」
いかにも公爵夫妻らしい高圧的な両親だと思っていたけれど、私を責めることはなかった。
「だが、コランダム公爵家にとって大きな試練になる。この状況を乗り越えるための対応をしなくてはいけない」
「私たちに任せなさい。いいわね?」
「はい」
両親の行動は早かった。
王宮、政治や貴族の派閥、社交界、縁故関係や取引関係などありとあらゆるところで私が病気になったことが原因であることを公表した。
そのおかげで病気が理由では仕方がないと理解され、私やコランダム公爵家の評判が著しく下がることはなかった。
そして、両親の対応は他のことでも早かった。
それは新しく婚約者候補になったアヤナのことだった。
「アヤナ、後見人をコランダム公爵家にするのはどうだろうか?」
スピネール男爵家は頼りない。金銭的な援助を見返りに他の貴族の餌食になるのは目に見えている。
私と親しくしていたことで築いた縁を頼り、アヤナの意志でコランダム公爵家を後見人に選んでほしいと申し出た。
アヤナは驚いた。
普通はスピネール男爵夫妻と交渉をする。
アヤナの意志とは関係なくスピネール男爵家に有かどうかで判断され、全てが決められてしまうはずだった。
でも、お父様はアヤナの素性調査をしていた。
スピネール男爵家はアヤナを家族の一員とは思っていない。都合よく利用できる者として置いているだけ。そのような者と交渉する気はない。
アヤナの未来を決めるのはアヤナ自身。アヤナが判断するよう伝えた。
アヤナはすぐに了承しなかったけれど、スピネール男爵家にお金を積んでアヤナを養女にしたいという申し出が殺到しているとわかり、自分の意志を尊重してくれるコランダム公爵家を頼りたいと言ってくれた。
アヤナは未成年だけど、王子の婚約者候補。
その意志を尊重すべきという王家の見解もあり、アヤナ・スピネールの後見人はコランダム公爵家になった。
社交界では、アヤナが最終的に婚約者に選ばれた場合、コランダム公爵家の養女になって王子妃になれるようにするためだろうという噂で持ちきりとのこと。
急展開に驚くしかない私だったけれど、両親から大人の事情に巻き込まれてしまったアヤナを守り、魔法学院の生徒としてしっかりと勉強するよう言われた。
新学期。
二年生になった私とアヤナがコランダム公爵家の馬車で通学すると、到着早々注目された。
「学院中に知れ渡っていそう」
「そうね」
特級クラスでも同じ。教室に入った途端、大注目だった。
「おはよう」
にっこりと微笑む私はこれまでと同じ。
だけど、答えたのは数人のみ。
あとは気まずそうな顔をしたり、視線をはずした。
その理由は明快で、私がアルード様の婚約者候補からはずれたから。
わかってはいたけれど、やっぱりその影響は大きい。
それを一番に感じたのは、レベッカの周りに人だかりができていたことだった。
「おはようございます。ルクレシア様」
レベッカは以前の通り挨拶をしてくれた。
「大事な話があるのですが、よろしいでしょうか?」
「何かしら?」
「大変申し訳ないのですが、グループから抜けます。両親にいろいろと言われてしまって」
レベッカは肩を落とした。
「ご存じだと思うのですが、アルード様の婚約者候補に選ばれました。アヤナの後見人はコランダム公爵家です。ライバルということになってしまうので……」
「そうね。仕方がないわ」
「申し訳ありません」
レベッカは深々と頭を下げた。
「ですが、クラスメイトです。クラスメイトとしてお話できればと思っています」
「わかったわ」
そのあと、私のグループに入っていた人たちが次々と抜けると言い出した。
理由はレベッカと同じ。両親にグループから抜けるよう言われてしまったから。
アルード様の婚約者候補からはずれた私のグループにいてもメリットがない。かえって悪い影響が出てしまうのではないかという不安からだと正直に言ってくれた人もいた。
一方、レベッカやアヤナには自分のグループを作らないのか、友人になりたいという問い合わせが殺到した。
婚約者候補かどうかでここまで変わるのだということを私は実感することになった。
「いいの?」
私とアヤナは食堂でランチを食べていた。
「もちろんよ」
私はこの機会に自分のグループを解散することにした。
貴族のメンバーがたくさん抜けたことで平民のメンバーが不安に思うのは確実。
でも、私は貴族で特級クラス。違う身分やクラスのメンバーの周囲がどんなふうになるのかわからないし、守れる力がないと思った。
二学年の勉強が忙しくなるのは全員同じなので、解散してもう一度グループについてよく考える機会にするということにした。
そして、これまで私のグループが占有していた場所は新しく作るレベッカのグループに譲る代わり、私のグループにいた人でレベッカのグループに入りたい人を入れてあげてほしいと交渉した。
レベッカは私の申し出を受け入れ、私のグループメンバーを自分のグループメンバーとして引き継ぐことにした。
メンバーの全員がレベッカのグループに入りたがるかどうかは任意だけど、サブリーダーだったレベッカはグループメンバーと仲が良く信頼もされている。
私のグループメンバーだった人たちが不安にならないようにすることが、グループリーダーとして最後にできることだと思った。
「アルード様の誘いも断っちゃって」
「それはアヤナも同じでしょう?」
アルード様は一緒にランチを食べようと誘ってくれた。
でも、私は遠慮すると答え、アヤナも私と一緒に食べるのでと言って断った。
「いいの? 婚約者候補になったのに」
「勝手に選ばれただけだから。事前に何の話もなかったわ。私にもスピネール男爵家にもね」
「そうよね」
コランダム公爵家も同じ。突然の発表だった。
「もちろん、王子様から誘われるのは光栄よ。だけど、友人を見捨てるわけにはいかないわ!」
「私が一緒に食べればよかった?」
「注目されるし質問攻めになるだけよ。せっかくルクレシアのおかげで豪勢なランチを食べることができるのにね!」
アヤナには奨学金が出ているけれど、アヤナはその全部を貯金していいことになった。
後見人であるコランダム公爵家が必要になる費用は全て支援することにした。。
「私ではなくコランダム公爵家のおかげでしょう?」
「ルクレシアが私を友人にしようと思わなければ、コランダム公爵家との縁はなかったわ。ルクレシアのおかげよ」
「そうかもね」
「絶対にそうよ。間違いないわ」
食堂の隅にある席から見る景色は新鮮だった。
「こんなに広いのに席が足りないなんて。もうグループではないから、食堂の席取りが大変になりそうね」
「お弁当でもいいわよ? コランダム公爵家のお弁当は豪華だしね」
「食堂のメニューが更新されていなければそれでもいいかもね」
私とアヤナは笑顔を浮かべて頷き合う。
「ルクレシア、私たちって最高のペアじゃない?」
「そうだと思うわ。だって、アレとアレなのよ?」
「アレとアレよね!」
悪役令嬢と主人公。
だからこその自信があった。




