表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう恋なんてしない!と思った私は悪役令嬢  作者: 美雪
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/180

61 魔導士の正体



 水曜日。


 アルード様は学祭の実行委員会があるので、一緒に王宮へは行けない。


 私はコランダム公爵家の馬車で王宮に向かった。


 私はいつもの部屋に行こうとしたが、侍従によって別の部屋に案内された。


「来たか」


 部屋には怖い魔導士がいた。


「これからはここに来い。前の部屋には行くな」

「わかりました」

「それで?」

「移動魔法はまだできません。でも、雷魔法はなんとか発動できるようになりました」

「外に行く」


 窓から浮かんで出ていくのはヴァン様と同じ。


「葉を的にする。雷で撃て」


 風が吹き、木の葉が何枚も流れていく。


「レベルが高すぎます!」

「できなのか?」

「ようやく発動できるようになっただけなのですが?」


 狙い撃ちができるとは言っていない。


「では、使って見ろ。ただし、火災には注意しろ。水は使えない」

「もう少し火事になりにくそうな場所がいいのですが……練習場は使えないのでしょうか?」

「バカか? 王宮の魔法使いではない者が練習場を使えるわけがない」

「そうですか」

「ついて来い」


 移動魔法がかかった。


 魔導士についていくと、大きな噴水が見えた。


 私はそれを見た途端、動けなくなった。


 あそこに近づいてはいけない。


 そんな気がした。


「どうした?」


 私が止まったことに気づいた魔導士が声をかけてきた。


 私は答えられない。


 ただ、自分の中に沸き上がってくる恐ろしさを感じながら震えていた。


「体調が悪いのか?」

「ダメです……」


 私の声は自分でも驚くほど震えていた。


「行けません……」

「バカか? 何を言って……そういうことか」


 深いため息。


「悪かった。あの事故のことを忘れていた」


 やっぱり、あそこが……。


 ルクレシア・コランダムは子どもの頃、王宮で開かれたパーティーで大噴水に落ちた。


 私は水を怖いとは思わない。でも、ルクレシア・コランダムは違う。


 この体はルクレシア・コランダムのものだからこそ、あの事故を忘れてはいない。


 大噴水を見て、拒絶反応を起こした。


「申し訳……ありません……」


 急に涙が込み上げてきた。


 自分でもよくわからない。水は大丈夫だし、事故を体験したわけでもない。


 なのに、私は怖くて、そんな自分が情けなくて、どうしようもなく悔しかった。


「泣くな」


 泣きたくない。でも、涙が止まらない。


「世話がかかる」


 魔導士は私を抱き上げた。


「戻る」


 浮遊魔法と移動魔法を駆使してあっという間に元いた部屋に戻った。


「飲み物を用意する。待っていろ」


 魔導士は行ってしまった。


 私は自分の心を落ち着けるように何度も深呼吸をした。


 そして、ポケットからハンカチを取り出して涙を拭いた。


「情けないわ……負けたくないのに」


 私自身、思わぬことだった。


 やがて、魔導士がカップを二つ持って来た。


 ソーサーはない。


 手に持つのではなく、浮遊させて持って来たのがいかにも魔導士らしかった。


「飲め」


 私の前にカップがゆっくりと飛んできた。


 柑橘類の香りがする。


「ベルガモットティーですね」

「苦手か?」

「大好きです」


 さまざまなお茶を味わいながら銘柄を覚えた。


 その中でもベルガモットティーが一番のお気に入りだった。


「この香りには心を落ち着ける効果がある」

「そうでしたか」


 わざわざ私の心が落ち着けるような香りのお茶にしてくれたらしい。


 怖い感じだけど、優しいところもあるのだと思った。


「もう水は平気だと思った」


 水が平気?


「まだ無理です」

「そのようだ」

「なぜ水が平気だと? 誰かに聞いたのですか?」


 魔導士は答えない。


「離宮でのことをご存じなのですか?」


 ヴァン様は知っている。


 私が湖の側に行けることを証明した。


 だから、ヴァン様から聞いた可能性があるけれど、他の人から聞いた可能性もある。


「緘口令が出ました。家族にも話さないようにと言われたので、私の両親は知りません。あの場にいなかった人が知っているのは問題です」


 私は確かめたかった。


「エリザベートから聞いたのですか?」

「違う」


 断固とした口調。


「では、なぜ知っているのですか? 私はこの件をアルード様に報告しなければならないと思うのですが?」

「その必要はない。第二王子はすでに知っている」

「本当に?」

「本当だ」

「信じていいのでしょうか? 自分についての話です。不安になります」

「湖に落ちただろう? 王太子殿下が魔導士を連れていたのを覚えているか? 私だ」


 確かに王太子殿下は護衛らしき魔導士を連れていた。


「私はその言葉を信じてもいいのでしょうか?」

「信じればいい」

「自分の正体を隠している魔導士を?」


 魔導士は私をまっすぐ見据えていた。


「魔導士の正体を知ることは許されない」

「私の弱点を知っている魔導士です。でも、心当たりはあります。実は確信しています」

「誰だと思っている?」

「王太子殿下の友人で王宮の魔導士。雷と風を使いこなすアレクサンダー・ハウゼン様です」


 長い沈黙が続く。


「フードを取ってくださらないのですね」

「何の意味がある?」

「貴方がアレクサンダー・ハウゼン様であることを確認できます。アレクサンダー・ハウゼン様のふりをしている魔導士ではないことも。エリザベートが王子の緘口令を守っていることも信じられます」


 フードがはずされた。


 やはり、アレクサンダー様だった。


「ルクレシアは緘口令を守っているのだろうな?」

「当たり前です。誰かに言うことではありません」

「さっきはどうした? 水は平気なはずだろう? まさか、私の正体を知るための演技だったのか?」

「私が噓泣きするような女性だと? 失礼です!」


 ムカついた。


「私だって驚いたのです! まさか大噴水に行くなんて……ひどいです。トラウマのことはご存じのはずなのに!」

「もう平気だと思った。あそこなら火事になりにくい。噴水の水を使って消火することもできるだろう?」

「それで大噴水に……」

「正直に答えろ。水は平気なのか? ダメなのか? それとも大噴水のせいで取り乱したのか?」

「アレクサンダー様はエリザベートの兄です。エリザベートは私と友人になりたいと言ってくれましたが、アレクサンダー様は違います。ハウゼン侯爵家はアルード様の婚約者候補の実家です。聞かれたからといって何でも話すわけにはいきません!」

「雷魔法を教えただろう?」

「私に雷魔法を教えてくれたのはエリザベートです。アレクサンダー様は課題を出しただけ。勝手に勉強しろと言っただけです!」


 私はツンとした。


「ヴァン様はちゃんと教えてくれました! 全然違います!」

「どんな風に教えた?」

「講義をして、手本を見せて、私に足りない部分を教えてくれました」

「私も同じようにした」

「いいえ! 手本を見せて、イライラしながら見ていただけです。あとは自分でやっておけ、でしたよね? 王宮の魔導士にはなれても、良い教師にはなれません」

「良い教師になれなくてもいい。私は王宮の魔導士だ」

「後輩を育成できない先輩のようです」

「育成などするわけがない。自分を越える者をなぜ育てる必要がある? 邪魔だ。排除すべき存在だ!」


 私はまじまじとアレクサンダー様を見つめた。


「本気でおっしゃっているのですか?」

「ルクレシア、王宮を甘く見るな。王族の側で仕えることができる者は限られている。王宮の魔導士というだけではダメだ。友人であることも微々たる差でしかない。王太子殿下に信頼され、優秀さを証明し、他の者よりも常に上でなくてはならない。それができなければ、その他大勢の魔導士でしかない。ハウゼンを背負う私がそのような立場に甘んじるわけにはいかない!」


 アレクサンダー様が叫んだ。


「だというのに……ルクレシアに魔法を教えなくてはならない。わかるか? この役目が私にとってどのようなものなのかが? 断れない。何の実りもない。だというのに、成果を出さなければ私はどうなる?」

「評価が落ちそうです」

「そうだ。私は成果が出ない役目を任された。奇跡でも起きなければ評価されない。自分のことであれば必死に努力する。なんとしてでも成果を出す。だが、ルクレシアに成果を出せとは言えない。まだ十五歳の女性だ。これから多くのことを学んでいく未熟な学生でもある。私の教えた魔法よりも魔法学院で習う魔法を練習するほうが大事だとわかっている!」


 私はアレクサンダー様の強い言葉に隠されたものが何かを理解した。


 怒りのように思えるけれど、それは嘆き。


 アレクサンダー様は必死に努力してきた。


 王太子殿下に信頼されるように、友人でいられるように、側に仕える魔導士になれるように。


 だというのに、ヴァン様から任されたのは私を指導する役目。


 私はまだ十五歳の女性だし、魔法学院に入学して一年目の学生。ようやく属性の授業を受けるようになった。


 能力を伸ばすとしても火属性が優先。そうでなければ、特級クラスでいられない。


 でも、ヴァン様から講師の役目を引き継いだ以上、教えるだけでは許されない。


 アレクサンダー様が教えたことで私が向上したという成果がないといけない。


 でも、私に無理をさせたくない。


 だから、わざと私ができない雷魔法を教えた。


 風魔法と違って雷魔法は全くできていない状態。習得に時間がかかるのは仕方がない。


 全く使えないままでも平気。最終的には雷属性に対する適性がないという結果を出せる。


「本当に雷魔法を教えるつもりではなかったのですね」

「当たり前だ。中途半端になるだけだ」


 アレクサンダー様は優秀で信頼されているからこそ、つらい立場にいる。


 その大変さを私が心から理解するのは難しいかもしれない。


 でも。


「エリザベートのおかげで、私は雷魔法を発動できるようになりました。わずかですが、可能性がゼロではないことを示しています。全く意味がない適性検査ではなくなりました。もしかすると、ヴァン様はそのことを評価してくれるかもしれません」


 アレクサンダー様は顔をしかめた。


「同情は無用だ」

「同情ではありません。アレクサンダー様のお話を聞いて、王宮で働くことや王族に仕えることがいかに大変であるかを感じ取りました。今日は魔法以外のことを学びました。大噴水を見ると恐怖で動けなくなることもわかりました。なので、今後は近づかないことにします。アレクサンダー様はこのこともヴァン様に報告できます。成果にできます」

「……そうだな」

「お茶をご馳走様でした。時間だと思いますので帰ります」

「わかった」


 アレクサンダー様が立ち上がった。


「当たり前のことだが、誰にも私のことは言うな。王宮で働く魔導士の仕事は秘匿しなければならない。雑務であっても守秘義務がある」

「わかりました」

「私がお前の講師であることも絶対に秘密だ。いいな?」

「わかっています。アレクサンダー様に教えてもらったあと、エリザベートにまた習うなんて皮肉でしかないですよね。優秀な兄の面目が丸つぶれです」

「わかっていないような気がするために教える。王宮の魔導士は顔を隠すことになっている。それは自分が何者かを知られないようにするためだ。出世するほどねたまれる。素性を隠すことで呪術対策をしている」

「呪術!」


 私はまたしても驚かされた。


「王宮では呪術が行われているのですか? 誰かの足を引っ張るために?」

「時間だ。また来週にしろ」

「わかりました」


 アレクサンダー様はフードをかぶった。


「アレクサンダー様、一ついいですか?」

「なんだ?」

「バカか?っていう口癖はやめるべきです。正体がわかってしまいます」


 アレクサンダー様は深いため息をついた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ