50 光属性の実験体
下校時間。
馬車乗り場に向かう途中、アルード様に声をかけられた。
「次は光属性の授業に出ろ」
「私は光魔法を使えないのですが?」
すぐに教室から追い出されるだけだと思った。
「いいから来い。私と一緒だ。他の者に誘われても断れ」
「わかりました」
翌日の朝。
アヤナからも光属性の授業に出てほしいと誘われた。
「アルード様に誘われたから行くわよ」
「えー! 嘘でしょ!」
アヤナは怒りの表情でアルード様を睨んだ。
「私が誘うのはルクレシアに決まっているのに!」
「どういうこと?」
全然わからない。状況が。
「次は回復魔法をかけるのよ。だけど、病気でも怪我でもない状態でかけるから、きちんと回復魔法がかかったか、どの程度の効力かを見極められそうな者を連れていかないといけないのよ!」
なるほど。
「光属性の授業を選択する者は光魔法が得意だわ。光魔法への耐性があるから、他の属性の者をうまく言いくるめて連れて来いって。でも、普通は自分の選択した属性の授業に出たいじゃない? サボってもいいって人じゃないと、一緒に来てくれないわ!」
「そうね」
「ルクレシアならサボっても平気でしょ? だから丁度良いって思ったのに!」
私がサボっても平気という部分については訂正したい気分だけど、そういう事情であれば協力したい。
火魔法の授業については私のグループに所属しているメンバーから教えてもらえるので、まだまだ出席しなくても問題なかった。
「アヤナ、誘う人は他の人とかぶってはいけないの?」
「えっ?」
「アルード様の回復魔法もアヤナの回復魔法も私にかければいいいでしょう? どうせ病気でも怪我でもないのだから、治るかどうかは関係ないわよね?」
「えー、でも、やっぱり回復魔法をかけたら何かしら治るみたいな部分があるはずよ。アルード様の回復魔法のあとで私の回復魔法を使ったって、何も起きないし感じないってなりそう」
「とりあえず、エリザベート、マルゴット、レベッカにも聞いてみたら?」
「借りは作りたくないのよね。厄介そうじゃない?」
アヤナはため息をついた。
「次の休み時間に職員室に行ってみるわ。他の生徒と誘う人がだぶったって。それでもいいか先生に確認してみるわ」
エリザベート、マルゴット、レベッカに聞くつもりはないらしい。
そして、次の休み時間。
「二人だけならだぶっても大丈夫だって! ラッキー!」
私はアルード様とアヤナに回復魔法をかけられる役をすることになった。
「アヤナ・スピネール。王子が誘った相手を誘うのは無礼ではないか?」
「王子様こそ、貧しい苦学生が唯一誘える相手を誘うなんて……」
アルード様とアヤナに挟まれた席にいる私は教室を見回した。
光属性の授業を受ける生徒は他の生徒を連れているけれど、誘う相手がだぶった者はいなかった。
なので、アルード様とアヤナと私の三人組が妙に浮いている気がするのに、二人が嫌な感じを隠そうともしないので、私としては困ってしまう。
でも、非常に厳しいと有名な先生は平然としていて、授業に使う用紙を配り始めた。
「では、説明する。これから実験体に魔法をかける」
実験体……。
「まず、実験体の手を取って握り、回復魔法をかけろ」
右手はアルード様、左手はアヤナに握られ、回復魔法をかけられた。
「実験体に魔法がかかったかどうか確認しろ。嘘は許さない」
「かかったな?」
「かかったわよね?」
左右からの圧がすごい。
「どっちもかかりました」
「実験体の答えを用紙に書け。あとで回収する」
用紙に私の答えを書き込むため、二人が手を離した。
「次も手を握った状態で、手の平だけ回復魔法をかけろ。指にはかけるな。その次は腕にだけ回復魔法をかけろ。肩まではかけるな」
いきなりもうこんなレベルでやるの?
回復魔法をかけるだけでも十分すごいと私は思う。
でも、魔法をかける場所を指定してかけるのはそれだけ技能が必要になる。
しかも、手であっても手のひらだけで指はなし。腕であっても肩はなしという指定なので、余計に難しいはずだと思った。
「手の平にかける」
「行くわよ」
またしても左右の手を握られ、回復魔法がかけられた。
「本当に手のひらだけか? 指にもかけられていないかを確認しろ!」
「手のひらだけだな?」
「指にはかかってないわよね?」
「大丈夫です」
回復魔法よりも二人の圧のほうがすごい。
瞬時に応えてしまった。
「次は腕だ」
「肩はなしでいくわよ」
またしても回復魔法がかかる。
左右で別々にかけられているからこそ、比較できてわかりやすい。
回復魔法はしっかりとかかっている。そして、指定範囲もバッチリ。
さすが主人公と攻略対象者だと思った。
「どうだ?」
「範囲は平気よね?」
「平気です。バッチリです」
二人は手を離して用紙に答えを書く。
こんな感じでずっと授業が続くの……?
アルード様とアヤナから感じる圧は両親から感じる圧のようで、私は緊張せずにはいられない。
悪役令嬢でしょう? 頑張って!
と、自分を励ましてみる。
「よし。次は難易度を上げる」
先生は容赦なかった。
「手を握った状態で頭だ。頭に触れずに頭を治せ」
ああ、そういうことね!
通常、回復魔法は治す場所に手を当てることで治す範囲を指定しやすくする。
でも、今回は手を握った状態という条件がつけられている。
自分が相手のどこに触れているかに関係なく、ピンポイントで治したい場所だけを治せるかどうかを試している。
「頭はもっとも敏感に魔力を感じやすい場所になる。さまざまな場所に回復魔法をかけたことでどんな感覚や違いがあったのか、実験体にしっかり聞いて用紙に書き込むように」
「私が先だ」
「アルード様が先にかけたら、私の時の感想が減ります!」
頭は一つしかない。
どちらが先にかけるかで揉め始めた。
「先に誘ったのは私だ」
「王子様特権を行使するのですか?」
「王子だから優先しろとは言っていない」
「馬車乗り場へ行く途中で誘いましたよね? 貧乏な苦学生にはできません。馬車を使う人だけの特権ですよね?」
「廊下で誘った。馬車がなくても廊下を歩くことはできるだろう? ルクレシアを追いかけてすぐに確保しなかったのが悪い」
「レディファーストです」
「女性優先のルールはない」
「王子様なのにそんなことを言うのですか?」
「魔法の授業中だ。王子かどうかは関係ない」
「だから遠慮しません。私が先だと思います」
雷の使い手ではない二人の視線から、バチバチバチという音がするような気がした。
私は先生に何とかしてもらえないかと思って視線を送る。
先生は当然アルード様のことを気にしないわけがないので、私と目があった。
でも。
瞬時にそらされた!!!
静観するらしい。
仕方がないので、私は不毛な争いに口を挟むことにした。
「私はどちらが先でもしっかりと感想を言うので大丈夫です。ここは公平にじゃんけんにしてください。時間がもったいないので」
アルード様とアヤナはじゃんけんをした。そして、アルード様が勝った。
「やはり神はわかっている」
「あー、最悪……もう終わりだわ!」
アヤナは泣き出しそうな顔をした。
可愛い系の見た目のせいか、私はとても可哀そうな気持ちになった。
でも、アルード様には関係なし。
「かけるぞ」
私の手を取ると、頭に回復魔法をかけた。
「どうだ?」
「スッキリした感じがします。アヤナを見て可哀そうだと思っていたのに、その気持ちがどこかにいってしまったような気がしました」
「ひどい!」
アヤナがそう言うけれど、正直な感想を言わないといけないので仕方がない。
「先ほどからアルード様の回復魔法は優しくて温かい感じがします。なので、心が落ち着くというか……効力が高そうな、それでいて深そうな感じです」
「なるほど。深度を感じるわけだな」
「あと、アルード様が治した右手のほうが治っている感があります。かけ終わったあとの感覚が左手よりも軽い気がしました」
「そうか」
アルード様は満足そうに頷くと、用紙に感想を書き出した。
「もういいですか? 私の番ですよね?」
「待て。頭に対する感想でもう少し何かないか?」
「今はもう落ち着いているので、スッキリした感覚はありません」
「魔法をかけたあとはスッキリしたが、その感覚は長く続かないということだな?」
「そうです」
「わかった。アヤナの番だ」
「ちゃんと感想を言ってよね?」
アヤナは不安そうだった。
「大丈夫よ。かけてみて」
「行くわよ」
アヤナが私の手を取り、頭に回復魔法をかけた。
「どう?」
「……そうねえ」
確かに最初にかけたほうが有利だったのかもしれないと思える感覚だった。
「魔法がかかったのはわかるのよ。でも、スッキリ感が全然ないわ」
「やっぱり!」
アヤナはがっかりした。
「正直に言うわね。魔法がかかったというだけでしかないわ。つまり、同じ場所に複数かけても全く意味がないってことね」
「そうね!」
アヤナは私の感想を用紙に書き始めた。
「他には?」
「……アルード様の回復魔法は温度感があるのよ。でも、アヤナの回復魔法にはないわね」
「回復魔法に温度感があるかどうかなんて、考えてもみなかったわ!」
「アヤナはどこにかけても同じ感じがするわ。場所も面積も関係なく、一定してかけることができるのかも? 回復魔法が安定している証拠かもしれないわ」
「そうね!」
「まあ、このぐらいで用紙は埋まったわよね?」
「大丈夫! ありがとう!」
アルード様もアヤナも感想欄にしっかりと書き込んでいる。
実験体の役目はしっかり果たせたと思った。
なのに。
「ちょっといいか?」
先生が来た。
「先ほどから感想を聞いて、素晴らしい実験体だと思った。さすが王子と特待生に目をつけられるだけある。私も回復魔法をかけてみたい。二人との違いを言ってくれないか?」
えーーーっ!
先生の実験体になるのは予定外としか言いようがなかった。




