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Floraison Dawn  作者: 苺大福
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7,ヨルノナカ


 耳障りな周波数のサイレンと共に、女性の合成音声が響いた。

『ヨルの発生が確認されました。対象エリアの魔法使いは直ちに対処へ向かってください。繰り返します。ヨルの発生が——』

 ヨルの発生、その言葉を聞いた5人の顔が一瞬で硬化した。

「場所はここから5km程のところです。規模は小さく、私たち以外に招集がかかっている魔法使いはいません」

 警報を聞いた瞬間、即座に端末を操作していた深白が状況を伝えた。

「なるほど私たちが行くしかないみたいだぜシスター」

「盛り上がってきたところだったのに残念だぜシスター」

 やれやれ、とわざとらしく首を振る双子であるが、その瞳には既に闘志が滾っている。

 ヨルの観測を行う観測班の職員は、ヨルの発生が確認された段階で即座に発生現場との距離、ヨルの規模、予測される要救護者の数等の情報から、最も迅速に対応可能な魔法使いを選定し、招集をかける。原則的には選定された魔法使いが対処に当たるが、何らかの事情で該当の魔法使いが招集に応じることが出来ない場合、辰己グループ本社ビルに駐在している魔法使いがヨルの対応へ赴く手筈となっている。

 ヨルという災害は発生に一切の兆候が無い。事前の対策を行うことが不可能である以上、被害を最小限に抑えるために魔法使い達は何時如何なる時もヨルへの警戒を怠ることは許されない。彼らは皆同じ覚悟を背負っている。

「群青、悪いけど留守番を頼む。俺らはヨルの対処に向かう」

 言いながら竹刀袋を背負う柊馬。鶯、鹿乃子、深白も各々が身支度を始めている。

 数秒前までの和やかな空気は消え、冷酷な夜が窓越しに染み込んでくるようであった。


 *


 22時少し前。都内某所、駅前。商業施設を中心に様々なジャンルの店が立ち並ぶ繁華街は、昼夜を問わず学生や社会人を中心とした客層で賑わっている。通常であれば。

 黒い霧がドーム状に立ち込める空間の付近に人の姿は見えず、24時間消えることの無いはずの信号機や電光掲示板はその顔に黒を貼り付けている。そして黒い霧の内側には、夜行獣と呼ばれる顔の無い化け物。凡そ2m程の背丈のトルソーに布を被せたような姿のそれの、腹にあたる部分には大きく開いた口。涎のような液体をぼたりぼたりと垂らしながら、餌を求めて彷徨っている。

 その黒い霧の空間——ヨルに向かって全力疾走する人影が、5つ。

「見えた! やっぱり私達しか来てないみたいだぜ!」

「了解シスター! それじゃあ作戦通りに行こうか!」

 先頭を並んで走る鶯と鹿乃子が叫ぶと、続く3人もそれに応えるように頷いた。

「俺と深白で規制線の展開と逃げ遅れた人間の捜索、夜行獣の討伐には鶯と鹿乃子——それから群青、だな」

 ちらりと傍に差した錆色の視線の先、未だ杖を持たざる魔法使いは真っ直ぐにヨルを見つめていた。


 ——数10分前。ヨルのもとへ向かおうとする4人を群青は引き留め、自分も連れて行って欲しいと頭を下げた。

 当然に4人は反対した。実践経験どころか武器すらも無い、ほぼ一般人の群青を守りながらの戦闘など危険すぎる。

 単純な戦力としては協議会内で上位に入る彼らではあるが、それはあくまで個人の戦力としての話だ。熟達した魔法使いは次世代育成の責を担い、見習いの魔法使いと共に討伐に赴く者も多いが、彼らは誰もその域に達していないのである。一般人を避難させるなら兎も角、戦闘に参加させるのは余りにリスクが大きい。

「危険があるのは分かってる。みんなの足を引っ張るかも知れないことも……だから守ってくれとは言わない。少しでも状況が悪くなったら逃げる。自分の身は自分で守る。約束する」

 だからどうかお願いします。と、頑なに懇願する群青を前に、4人は顔を見合わせた。

「な、何言ってるんだよアオくん。訓練の機会ならこれから嫌というほどあるぜ、そんなに切羽詰まることじゃないよ」

「そうだよアオくん。まだ武器も貰ってないだろ? 無理する必要ないぜ」

 わたわたと駄々っ子を宥めるように説得を試みる双子の手をがっしり掴んでそれでも!! と懇願する群青。もはや怖い。

「いいんじゃないですか、群青さんがそこまで言うなら」

 群青の気迫に押されて半泣きの双子を助けたのは深白であった。

 4人の中で最も反対するだろうと思っていた人間からの肯定に全員が目を丸くした。

「いやいやいや、駄目だろ!? リスクがあるのは群青だけじゃない、俺らや他の人達だって……あ」

 抗議の途中で言葉を切った柊馬は、バツが悪そうに深白から目を逸らした。

「はい。ですからここでうだうだして時間を浪費することが一番のリスクです。群青さん、その様子だと置いて行っても追いかけてくるでしょう。だったらもう、連れてっちゃいましょう」


 *


 ヨルの境界から少し離れた地点。手頃な雑居ビルの屋上に上がった5人はヨルの全貌を確認していた。

 幸いにヨルがこれ以上拡大する気配はなく、辺りに人の姿も見えない。ヨル内部の生体反応の数も両手の指で足りる程度だ。

「思っていたより被害は少なそうだな。これなら俺たちだけで何とかなる」

「応援が来てしまうと群青さんのことがバレますからね」

「すまない……」

「とか言いつつ退く気は全然無いんだろアオくん」

「それとも怖気付いたかい?今ならまだ引き返せるぜアオくん」

 茶化す双子に首を振って応える群青。夜風が濃紺の髪を揺らしていた。

 各々が息を整える。勢いでここまで来てしまったが、やるからには全力だ。最速で夜行獣を殲滅し、自分達を含めた誰一人取りこぼすことなく、ヨルを終わらせる。

 群青は戦闘には参加できないが、その場に立つ以上彼ら魔法使いと同じ覚悟を持つことを出発前に約束させられている。物見遊山のつもりなら即刻叩き出す。4人の魔法使いから告げられた言葉は脅しの色すら無かったが、それだけに冷え切っていた。群青は己の頬を叩き、意識の乱れを殺した。


「じゃあ始めようか!」

 高らかな掛け声とともにチェスの駒の様な物体を取り出した双子。それぞれが駒の上部を捻ると、カチリという音ともにその形状が手のひらサイズの駒から、彼女達の背丈よりも巨大な戦斧へと、からくり箱が組み変わる様に変形した。

 そして得物を握った右手の先から、2人の服装も同様に変化していく。夜の僅かな光をかき集めた様な白い服に、その光を守る様に重ねた黒のジャケット。左腕には辰巳魔法協議会の腕章が嵌められている。

 瞳と同じ色彩の光を淡く放ちながら姿形が変化していく様は、まさしく童心に夢見た物語の中の魔法使いそのものである。

 群青がまじまじと観察していると、両サイドから双子が肩をつついて来た。

「ふふんビックリしたかいアオくん、すごいだろう協議会のICEは」

「おやどうしたアオくん、美少女2人の変身シーンに見惚れちゃったかい?」

「ああ。この斧すごいな、あれだけ小さかったのに、大きさだけじゃなくて重さもちゃんとある。どうなってんだこれ」

「「そっちかーー!!」」

 わざとらしくずっこけて見せる双子を余所に、柊馬と深白もいつの間にか準備を終わらせていた。深白の手には数日前に見た剛槍、そして柊馬は日本刀に似た形状の片刃の剣と鞘を佩いていた。

「俺と深白は持ち場に向かうからな。お前達も遊んでないで早く行けよ」

 小言を置き土産にその場を後にした柊馬と深白を、任せときなさい! となんとも頼もしい返事で見送った双子。準備体操のように身体を伸ばす2人に合わせて群青も息を整えた。

 薄緑とオレンジの光を纏った3人は暗いヨルの中へ飛び込んで行った。


 都内某所、駅前、ヨル内部。

 夜行獣が闊歩する無人の空間に、刃物がぶつかり合う様な音が響いていた。

 トルソーが布を被ったような姿の夜行獣。その布の下から、昆虫の脚に似た長い節のある突起物が2本生えている。その夜行獣の脚が本体を庇うように、振り下ろされた戦斧を受け止め、受け止めきれずに砕けて本体ごと押し切られている。

 断末魔を上げることなく絶命した夜行獣を足元に、鶯はビルの影に振り返りひらひらと手を振った後Vサインを作って見せた。

「順調だねー。やっぱりそんなに強くなさそう。今日は早く終わりそうだね」

「……」

 ビルの影からVサインを返しながら呟いた鹿乃子の隣、群青は息を殺して2人の戦闘を観察していた。

 事前に提供された情報に相違はなく、夜行獣の数は少なく討伐難易度も高くない。ヨル空間の拡張も比較的小規模の範囲で停滞を見せている。柊馬と深白も問題なく任務を完遂していることだろう。

 ヨルの機序は全てが解明されている訳ではない。いかに協議会の観測精度が高まろうと外側からのアプローチには限界があり、実際に内部に入ってみない限りはその実態を正確に知ることは出来ない。小規模であるからと少人数の魔法使いで赴いたヨルが、蓋を開けてみたらすり鉢状の地形に大型の夜行獣が犇く地獄であった、などは笑えない話だが実際に起こった事故である。

 故に鹿乃子と鶯も警戒はしていたが、幸い今回はその例ではないらしい。夜行獣との戦闘にも余裕があるため、一人は夜行獣の捜索と討伐を、一人は群青の護衛と他の人員との連絡役を交代で行っている。

 派手な破砕音と共に夜行獣を2体まとめて粗大ゴミにした鶯が、埃を払いながら2人のもとへ駆け寄った。

「交代だよー! ふう、疲れた疲れた……おやアオくん顔色が悪いねえ」

 先程から一言も話さない群青は鹿乃子の足元でしゃがみ込み、鼻と口を両の手でマスクの様に覆っていた。

「……空気が苦い。それに何か肌に張り付いてるみたいに気持ち悪いし身体が重い」

 真っ青な顔でどんよりと口を開いた群青に鹿乃子と鶯は苦笑した。

「ヨルの中だからねえ。そこら中霧がかかってるのが見えるかい? これのせいだよ」

「アオくんは私たちより適性高いって聞いてたんだけど、まあ経験の差かな。そのうち慣れるよ大丈夫大丈夫!」

 いい笑顔でバシバシと群青の背中を叩く双子。やめろ衝撃を与えるな胃の中のものが上がって来る。

 ヨルの脅威は大きく2つ。夜行獣という化け物と、空間を満たす暗色の霧である。確かに霧の侵食への抵抗性は双子よりも群青の方が上ではあるが、双子は侵食や攻撃を防ぐ特別製の制服を身につけ、体内イルジオルの励起を助けるハウンドを持っている。それに対し何の装備も無い群青は言わば丸裸の状態で、丸腰で死地に立っている状態である。単純に身に受ける不快感が全く違う。だがそれらを加味し一度は断られた同行を押し切ったのは群青である。本当にキツかったら言えよー? と、自身を案じる双子を前に群青は弱音をぐっと飲み込んだ。


 ヨルの中では侵食のリスクを下げるため、水分補食など飲食が禁じられている。帰ったら炭酸が飲みたい、いやアイスかな、しろちゃんにシェイク作ってもらおう! 等々雑談で休憩を取った後、鶯と交代した鹿乃子はビルの影から飛び出して行った。

 鶯によると夜行獣の残数はそう多くなく、内部に取り残された人間もいない。柊馬と深白もこちらに合流すると通信があったそうだ。

 初めて見る魔法使いの働きはどうであったか、鶯が群青に感想を求めようとした時だった。

 数秒前に意気揚々と飛び出していった鹿乃子が、華麗なUターンで鶯の元へ戻ってきた。

「ごめんシスター! ちょっと手伝って欲しいかも!」

 肩で息をする鹿乃子が指を差した先では、先程まで2人が戦っていた夜行獣とは比べ物にならない大きさの化け物が行進を開始していた。


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