20,閑話:パーティタイム
ミニ獣の一件が解決した本社ビルには平和が戻りつつあった。
ミニ獣の襲撃や魔法使いによる不慮の事故で破壊されてしまった備品や設備などの完全回復はまだ先ではあるが、数日も経てばそれも解決するだろう。
待ち合わせ場所である食堂に向かう途中、群青はゴミ袋に包まれた30万円のコーヒーマシンの残骸を泣きそうな顔で抱きしめる職員とすれ違った。
「きたきた! こっちだよアオくんー!」
「よしよし! これで全員揃ったねー!」
食堂の円卓の一つから手を振っていたのは鶯、鹿乃子、柊馬、深白の4人だった。
少々遅れてしまったことを謝罪しつつ、群青はカラフルなストローの刺さった炭酸飲料のグラスを受け取った。
食堂のあちこちから楽しげな笑い声や、互いを労い合う声が聞こえる。食堂の中にいたのは、半ば常連客になりつつある群青達だけではなかった。
色とりどりのガーランドや風船で飾られたパーティムード満載の食堂には、ミニ獣退治に携わった魔法使いや観測室職員ほぼ全員が集まっていた。長方形の部屋の奥、配膳カウンターに近い場所には紫陽の姿もあった。
紫陽はマイクに見立てた左手に向かってコホン、と咳払いをした
「えー、それではこれより、私こと協議会会長辰巳紫陽主催、ミニ獣事件解決記念パーティを開始します。泊まり込みでミニ獣退治をしてくれた魔法使いのみんな、そのサポートと原因究明に尽力してくれた観測室のみんな、本当に、お疲れ様でした!」
乾杯、の掛け声と共に紫陽がグラスを掲げた途端、割れんばかりの歓声が食堂中から上がった。
大量のジュースや菓子、国際色豊かな料理の数々、アイスクリームのゴンドラ。食堂の調理師達、というよりは猫々が腕によりをかけたパーティメニューが会場のあちこちに用意されていた。ちなみに、食材費を含む此度のパーティの費用は全て紫陽のポケットマネーから賄われている。予算度外視で料理を振る舞うことができるまたとない機会に、日々数字との格闘を繰り広げている猫々のテンションはそりゃもうブチ上げMAXであった。
テーブルの上に並んだ飲料を物色しつつ、流石に酒はないかと少々落胆気味に肩を落とした茜。その赤い髪に背後から味のない炭酸水がぶちまけられた。
突然の出来事に悲鳴をあげつつ大量の疑問符と共に振り返った茜。炭酸を拭いつつなんとか開いた茜の目に映っていたのは、してやったり、という顔で空の瓶を振りつつ腹をかかえる魔法使い達。東京に移動になったばかりの、まだ生傷の痛む茜に目をかけ続けていた魔法使い達である。茜の同期に当たる彼らは濡れ鼠の茜の肩に腕を回した。居心地のいい憎まれ口を交えつつ、赤い魔法使いと友人は互いの健闘を称えあった。
「盛り上がってんなあ」
食堂の前方スペースではビンゴ大会が開催されている。初めは射的にしようという案もあったが、一部の魔法使いに有利すぎるという理由で却下となった。
「巳堂室長の隠し部屋から押収された空のレイセンの個数と、医務室のレイセンの不足個数はほとんど一致したらしいな。これで医務室にも平和が戻るぞ」
ミニ獣に関連する諸々の雑事が片付いた今、協議会内の空気はこれ以上ないくらいに緩み切っている。無論ヨルへの警戒は怠っていないが、それでもこのようにヨル対策に携わる人間が一堂に会し、馬鹿騒ぎをやるくらいには余裕があった。
ビンゴ大会で見事優勝の座に輝いた鶯が紫陽から賞金とティラノサウルスの着ぐるみを授与される様子を横目に、柊馬は骨付きの唐揚げを齧っていた。ついでに空になっていた群青の皿にも適当な肉を盛ってやった。
「協議会っていつもこんな感じなのか?」
「いえ、今回は特別ですよ。これだけ大人数が駆り出されることなんて今までありませんでしたから」
群青に答えたのは深白であった。いつも通りの淡々とした口調とは裏腹に、その手に握られたアイスクリームは脅威の5段重ねである。
「そうだぞー! だから目一杯楽しまないと損だぞー!」
『そうだぞー! でもこれで前例が出来たな、次も期待してるぜ紫陽さん!』
「あはは……私のお財布がもつかなあ……」
バシバシと柊馬の背中を叩いたのは鶯と鹿乃子 (ザウルス)、そして紫陽だった。
「紫陽さん」
「お疲れ様です」
姿勢を正した3人に紫陽はひらひらと手を振って答えた。
「うん、みんなもお疲れ様。特に柊馬。今回は君のおかげで解決できたと言っても過言じゃないよ。ありがとうね」
「いえ、役に立てて俺も嬉しいです」
せっかくだから一緒にどうかと、鶯から料理の乗った皿を受け取った紫陽はしばらく5人とともに歓談を楽しむことにした。
身振りの大きい中身に合わせて奇怪に揺れる鹿乃子ザウルスに、よく似合うよ、と笑いかける紫陽。いやそれは褒め言葉なのだろうか。ザウルスも素直に喜んでいるが本当にそれでいいのかお前。ツッコミを噛み殺しつつ、群青はミニ獣事件を反芻していた。
「それにしてもまさか、巳堂室長が犯人だったとはな」
グラスから離した口でポツリと呟いた群青。
紫陽からことの顛末を聞かされた魔法使い、観測室職員達は皆動揺を隠せなかった。観測室長であった巳堂はその役に就くに相応しく、誠実で勤勉な人柄で職員達からの信頼も厚かった。そんな彼が、築き上げた信頼を裏切り、己を慕う部下達を危険に晒したなどとは誰もにわかには信じられなかった。
「それだけ夜行獣になった人が大切だったってことなんだろうね」
『懲戒解雇だっけ、残念だけど仕方ないよね』
鶯と鹿乃子の言葉に紫陽は小さく頷いた。
あの会議室に設置された監視カメラの映像を確認することができたのは、紫陽を含む一部の職員に限定されていた。それ以外の観測室職員や魔法使い達の多くには、余計な混乱を招かないよう巳堂は懲戒解雇の処分を受けたという体で話をしている。柊馬の手で巳堂だったものが葬られたという事実を知る者は少ない。
少しだけしんみりしてしまった6人の間に、サクサクサクサクという軽快な音が響き渡った。5段アイスクリームを踏破し、チョコレートがコーティングされたワッフルコーンを齧り始めた深白である。
「おいしいですよ、みなさんもぜひ」
まったく緊張感のないものである。
深白のアイスに感化された双子は2段重ねのアイスに求肥が被せられたものを選んでいた。チョコレートで顔の描かれた白い求肥は愛嬌のあるお化けのような見た目をしており、群青はふと、双子から聞いた怪談のことを思い出した。
「ああもしかして鶯と鹿乃子が前に言ってた幽霊ってミニ獣だったんじゃないか? 気配がして振り返るけど、奴らはすばしっこいからもうそこにはいないし、暗いところで偶然あの毛むくじゃらを見つけたら、それは間違いなくビビるだろ」
群青の考察に双子は目を丸くした。
「おお! 確かに!」
「てっきりしろちゃんだと思ってたけどそれはありそう!」
なぜそこで深白の名が出てくるのか。群青と柊馬は首を傾げた。
2人からの胡乱げな視線を感じ取った深白は、ワッフルコーンの最後の一口を飲み込むと、いそいそと黒いパーカーを脱いだ。
脱いだパーカーを自身の頭に被せテントを張るように両手で広げると、その中に入るように深白は全員に促した。
ぎゅうぎゅう詰めになった深白テント。全員が中に入ったことを確認すると、深白は眼鏡を外した。
ゆっくりと開かれる瞼。溢れるライトブルー。キラキラと光を反射する白いまつ毛。本日一番の驚愕の色を見せる群青と柊馬。
「「ひ、光ってるーー!?」」
「光ります」
深白の目は、暗いところで光るのである。




