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フヨフヨ  作者: 猫田一誠
07 大森林
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042 遊戯

「懐かしいな。この街も。」


久しぶり、という程の時は経過していないのだが、ラビュリントスを訪れたオルガンはそんなことを口にした。



道標を設置してある倉庫を出ると、街の雰囲気が慌ただしいものになっているのがすぐに分かる。


戦場の拡大は、迷宮区画で食い止められているようだ。

迷宮都市の冒険者達が奮闘しているのだろう。


「でもそろそろ限界だろう。ちっと雑魚共を休ませてやるか!」


完全装備の狩猟者達は、一斉に迷宮区画へと移動していく。



オルガンは移動中にちらりと門の方に目線を送る。


こんな状況なのに、住民達はほとんど避難していないようだ。

皆がそれぞれ、自分にできることで街を守ろうと頑張っていた。


「ほぅ。雑魚の割には頑張ってるみてぇだな。」


女子供ですら、後方支援の為に様々な物資を運んで街を走り回っている。

そのおかげだろうか、食糧や装備などの支援物資は異様に充実しているようだ。


ただし、直接戦闘を受け持つ冒険者は、完全に戦力が不足している。

結構な怪我をしている者でも、交代要員の補充が追い付かず流血しながらの戦闘となっていた。



「お、おい。あの人達どっかで見たことが…。」

「なんかみんな強そうだぞ?援軍か!?」


「わりぃが援軍って程の人数じゃねぇぞ?うちはあくまで商会だからな。」


住民の小声の会話に、移動しながら答えるオルガン。



「ビフレスト商会のオルガン会長だ!!」


そしてその正体を知る者が現れた。


迷宮区画前の通りが歓声に包まれる。



そして冒険者と魔物の死闘が繰り広げられている戦場に、狩猟者達が次々と飛び込んでいき、魔物を駆逐する。

凄まじい勢いで魔物達はその数を減らしていき、疲労困憊の冒険者達が手すきになると、その中の一人が呟いた。


「助かったのか…?」



「まだだ。しばらく代わってやるから休んで来い。この街を守るにはおめぇらの力が必要だ。」


明らかに能力以上の戦いを強いられていた冒険者は、ここでようやく休息をとり、治療を受けることができた。



「こんな時に公爵は何やってんだ?」


オルガンは休んでいる冒険者に疑問をぶつける。


「なんか火急の用事だとかでロマリアに出張しているそうです。騎士団や衛兵もそちらで演習を。」



「おいおい、露骨すぎるんじゃねぇか?公爵さんよぅ。」


ぼそりと洩らしたオルガンはそのまま狩猟者の一人に命令する。


「公爵と騎士団のことをセロとマルスに通信しておけ、一応な。」

「はい!」


情報伝達を指示したオルガンは、自らも拳を鳴らして戦場へと足を踏み入れる。


「しばらく俺らがここをもたせるからよ、俺らの分もメシとか頼むぜ?」


最後に戦場を離脱しようとしていた冒険者にそれだけ伝えると、オルガンはそのまま戦闘を開始した。





エッフェ・バルテの伯爵邸。その客室の一つでジェイとメイサの姉弟は互いに寄り添う体勢で震えていた。


街中では、広場の中央に鋼虎が陣取り、その周囲を街の衛兵団や戦士団が取り囲んでいる。


「駄目だ!刃が通らねぇ!」


剣や槍、そして援護の矢も全て鋼のような体毛に阻まれ虎を傷つけることができない。


「魔術も駄目だ!直撃させても効いてるように見えない!」


後方から攻撃魔術を撃ち込んでいた術士からも声があがる。



鋼虎が直近の戦士に喰らいつく。

側面から槍で突いていた別の戦士を前足で薙ぎ払う。


一人、また一人と戦士達が倒れていく。


バルドは後方で波状攻撃の指示をしている。

たとえ効果がないとしても、僅かでも足止めしなければ街の東側へ避難している住民達が喰われてしまう。


ブランギルス伯爵はバルド達防衛戦力が虎を足止めしている間に住民を避難させているようだ。

通りで大声を出して住民を誘導している。



そんな絶望的な光景が広がる中央広場は、伯爵邸のすぐ目の前だ。

ジェイとメイサの姉弟は避難を指示されたのだが、セロへの伝達を進言してここに残っているようだった。


そんな二人の前に転移門が現れ、セロとナナ他、日冒部の一団が姿を見せる。


「セロさん!ナナちゃん!」


姉弟はすぐさまセロに駆け寄ってくる。

その体はいまだ、恐怖の震えが治まらないようだった。


「メイサ、虎は?」


セロはすぐさま脅威の排除に動くようだ。


「街の中央広場です。もう何人も殺されています。」

「ああ、あれか。わかった、任せて。」


部屋の窓から、巨大な虎の姿を視認したセロは、即座にその窓から飛び出して行った。


「兄ちゃん、あたしも行くぞ!!」


続いてナナも、セロの後を追おうとして窓の淵に足を掛ける。


「ナナさん、またいつもみたいに妙なポーズとか妙な叫びはなしですのよ?ささっと退治するんですのよ?」


エトワールの注意に、ナナは振り返って反論した。


「何を言ってるんだ?くるくる。あれが重要なんだ。あれをやらないとあたしは伝承者を名乗れないんだぞ?」


そんなことを言っている間にセロが虎と戦闘を開始した。

振り返っているナナはそれに気付いておらず、そのままエトワールを諭している。


「もうあたしは伝承者を名乗ってしまったんだ。だからあれはあたしの宿命なんだ。」


さらに言っている間に鋼虎の両前足と頭が斬り飛ばされていた。

セロの斬鉄は虎の鋼毛でも防げなかったようだ。

血飛沫を上げて倒れる鋼虎を前に、中央広場から大きな歓声が上がっていた。


「あ…。」


状況に気付いたナナは茫然とその光景を眺めている。

そして振り返るなりエトワールのほっぺたを引っ張りながら言った。


「くるくるのせいであたしの見せ場がなくなっただろ!!どうしてくれるんだ!」

「いひゃいですわ!いひゃいですわ!」


「せっかくかっこいい登場とか華麗な戦闘とかいろいろ考えてたのに!」



中央広場では、セロが皆に感謝されているところだった。


「勇者様!勇者様!」


それを見たナナは、再度窓に足を掛ける。


「あたしも行くぞ。兄ちゃんと一緒に感謝されてくる。なにか美味い物もらえるかもしれない。」


ナナは空中を走り、セロの元へ。


「何もしていないのに、何を要求するつもりなんですの?ナナさんは。」


両頬を赤くしたエトワールのコメントに対して皆は苦笑するばかりだった。



セロの元に辿り着いたナナ。


「兄ちゃん、あたしも来たぞ?辺境プリンを一緒に食べよう。」

「ナナ、さすがにプリンはでないと思うよ?」


「そうね。そもそも辺境プリンなんて売ってるのかしら?」


歓声の中、ぼそりと呟かれたその声をセロは聞き逃さなかった。

すぐに辺りを見回し、広場の外れに立つその人物を発見する。魔女だ。



「ナナ!魔女だ!」


セロは叫んだ。


「マゾ!?マゾがいるのか!?兄ちゃん!!」



二人の様子から、黒いローブの女性が敵側の人間であるとなんとなく理解した大勢の戦士達。

すぐに魔女の方へと向き直り、戦闘陣形を組む。


「皆、あの人は戦ってどうにかできる相手じゃない!逃げるんだ!」


セロは戦士達を一喝する。


「面倒だしね。そうした方がお互いにとっても賢い選択だと思うわよ?」


魔女も今のところ手を出してくる様子はない。



「しかし、勇者様。我々にも何か…。」


戦士達はセロ達を置いていくという選択を選び難いようだ。



伯爵邸でも、仲間達に動きがあった。


「おい!あれ!あの時の魔女だぞ!?」


アランが異常に気付いたようだった。


ジルやエトワールも、アランと共に駆けだそうとする。


「皆、駄目です!行ってはいけません!セロさんの足手まといになってしまいます!私達はここで指示を待つべきです!」


ロッテは皆を止めるべく、部屋の扉の前に身を躍らせる。


「殿下、あの魔女はセロ君をも大きく上回る力の持ち主です。彼女と相対して私達にできることはありません。」


ルーシアもロッテと同意見のようだ。


「シャル、ルーシア。それでも私達も何か…。」

「そうだぜ?ただじっと待つなんてよ…。」


アランとエトワールに、ロッテは頷いた。


「もちろんお手伝いはするつもりです。皆さんも手伝って下さい!」


ロッテは地理枠を展開すると、ジルとエトワールとアランに一つずつ配布する。


「辺りの監視をお願いします。怪しい動きをする者がいないか、どんなことでもいい。何かあればセロさんに通信です!」


三人ははっとした表情になり、すぐに枠の操作を始める。

ロッテはさらに枠を追加して西門の外、大森林入口に映像を固定してそれをメイサに渡す。


「何か出てきたら教えて下さい。」


そのまま窓の近くに移動し、魔女の近くを注視する。

ロッテは目視による監視を行うようだ。


「ルーシアさんは周辺警戒をお願いします。」


無防備になる自分達の護衛をルーシアに頼む。


「わかりました。」


ルーシアは返事をしつつも、ロッテの行動に感心していた。



中央広場では、魔女が上空に巨大な魔法陣を展開していたところだった。

多数の森巨人が魔法陣から降下、というか落ちてくる。


森巨人の体躯はエッフェ・バルテの家よりも大きい。

それが10体以上。

すべてが街で暴れればどれほどの被害が出るか、簡単に想像できる。



「兄ちゃん、変な顔のでかいおっさん達、レベル40くらいだ。」


ナナは鑑定していたらしく、結果を報告する。

勝てないレベルじゃない。セロは素早く判断して、周りの戦士達に指示を飛ばす。



「皆は巨人共を頼む!」


「わ、わかりました!」

「勇者様、御武運を!!」


エッフェ・バルテの防衛戦力はセロの指示に従い、都市の各地へ森巨人の迎撃の為に移動する。




「邪魔者はいなくなったわね。あぁ、そうそう。ボーヤとお嬢ちゃんは行ったら駄目よ?」


「行くかっ!あたしはマゾを倒すんだ!!」


ナナはすっかりやる気になっていた。


「相手してあげてもいいんだけど、ちょっと待ってね?」


魔女の隣に転移門が現れ、そこから出てきたのは白衣の仮面。ヴォロスだった。



「うぅう~。」


セロの影に移動するナナ。


「おやおや、嫌われたものですねぇ。」


予想通りのナナの反応におどけてみせるヴォロス。


「こんなところに現れるなんて、俺達に何か用かい?先生。」



先生と呼ばれたことに気を良くしたのか、ヴォロスは機嫌よく語り始めた。


「これより、王国西方を魔獣の王国としようかと思いまして。セロ君も予想しているかと思いますが、王国の包囲侵略の一環です。」


「包囲侵略の目的については教えてくれたりするのかな?」

「この計画は静寂殿の発案ですからね。その問いは彼にぶつけるのが最適だと思いますよ?」


続けてセロはヴォロスに問う。


「俺達の前に姿を見せた目的は?」


「君と遊びたくなった。では納得していただけませんかね?正直な気持ちなんですが。」


セロは頭を左右に振る。


「それだけじゃないんでしょ?先生。」


「君達をこの辺境に足止めして他の地域の攻勢を優位に進めること。でしょうかね。」

「あら?正直に言っちゃってよかったの?」


「どうせセロ君にはすぐに看破されてしまうでしょうからね。それに、セロ君達がいなくなれば辺境が終わるのですから同じことです。」


少しの間、セロは状況を考える。


「さすがに全てを防ぐことはできないよ。できれば家族や近しい人は守りたいとは思うけど。」



ヴォロスは落胆した様子を見せるセロに提案する。


「そんなセロ君に取引を申し込もうかと思います。まぁ、簡単なゲームですよ。」



ヴォロスの持ち掛けた遊戯の内容は以下のようなものだった。


まず、最初のルールとして、セロとナナがメルク・リアス、ラムドウル、ラビュリントスの三か所に移動しないこと。

これを破れば即座に魔女自身がエッフェ・バルテ及び王国に攻撃を開始する。


次のルールは、可能な限りエッフェ・バルテもしくは大森林に滞在すること。

これを破れば、いなくなっていた期間に応じて、魔女が大森林深淵部の凶悪な魔獣をエッフェ・バルテに転移させる。

深淵部の魔獣は、鋼虎と同等、大型害獣クラスの力があるそうだ。


二つのルールを順守した状態で、勝利条件を満たすことができればセロ達の勝利となる。

その場合、アルカンシエルはこの地方でおこなっていた工作の一切を中止して引き揚げることを約束する。



「先生、勝利条件って?」


「ルールで君達が滞在を許可されている地域、そのどこかにある牙狼族の秘宝を取り戻しそれを相応しい持ち主に返却すること。」


ヴォロスはそう言って、さらにルールを追加する。


魔女とヴォロスはもしもそれを手にする機会があったとしても秘宝を手にすることをしない。

これは、魔女が秘宝を所持すれば強奪が不可能になり、ゲームが成立しなくなる為だ。


ゲームが成立している間は、魔女自身はエッフェ・バルテ及び王国への攻撃を一切行わない。

さらに、王都の本店や、海都の2号店も攻撃の対象としない。帝国や連邦からの侵略者もこれを遵守する。



「それって…。ゲームに参加する以外に選択肢がないような気がするんだけど…。」


「クフフフ。それだけ、君と遊びたいという私の熱意のあらわれだと思って下さい。」



セロはヴォロスの申し出を受諾することにした。

ゲームの間はヴォロスと魔女もこの地方に滞在するそうだ。不正はできないと思っていいだろう。


「それでは、健闘を期待していますよ?」

「またね?ボーヤ。」


去っていく二人を、またしてもセロは見送ることしかできない。

転移門の消失と同時に街を襲っていた森巨人も消えて行った。



「やるしかないか…。」


セロは足元にしがみついているナナの頭を撫でながら呟くのだった。



伯爵邸に戻ったセロは監視体制を維持していた仲間達の姿に感心する。


「すごいな。そんなことやってくれてたんだ。ありがとう。みんな。」


「本当は俺も一緒に戦いたかったんだがな…。」


アランは少し気落ちしているようだった。


「今は仕方ないさ、アラン。あの魔女さんは俺よりも遥かに強い。強くなろう。俺も、アランも。」

「そうだな!強くなろうぜ!」


単純なアランはあっさりと元気を取り戻す。


「うむ、その意気だ、アラン。あたしが鍛えてやるぞ。立派な筋肉に。脳筋を自称する割には少し足りないからな。」

「ナナ。俺は脳筋なんて自称してねぇからな?」


セロは次にロッテに目を向ける。


「ロッテもありがとう。ロッテがいてくれてよかった。俺の眼が届かないところも見てくれてすごく助かるよ。」

「セロさん。でも不審なものは何も発見できませんでした…。」


「いいんだ。まだまだこれからだよ。どうせゲームではロッテの魔術に頼り切っちゃうんだし。」

「ゲーム?ですか?」



セロはヴォロスとの取引について、皆に一通り説明する。


「というわけで俺とナナはしばらく帰れない。皆は王都に送るから向こうでそれを伝えて…。」


「俺も残る。仲間だろう?」

「勿論私も残ります!セロさんの調査をお手伝いしますから!」

「セロさん、私も探知しかできませんがお手伝いします!」

「くるくるも残れ。あたしが退屈するといけないからな。」


「なんで私だけ強制ですの!?あと一呼吸待ってくれたら私も残りますわって言いましたのに!……本当ですのよ?」



なんだかんだと、皆も一緒にゲームに参加してくれるようだった。


「ありがとう、みんな。」


セロは皆に感謝の言葉を伝えると早速行動を開始した。



王都の本店、ラビュリントスのオルガン、レギオン宰相にそれぞれ状況を連絡する。


それと海都のコーランにも侵略の件を伝え、オットーとミューズのことを気に掛けるように頼む。

マリアス侯爵にも、万が一の際にはレインと共に2号店へ避難するように伝える。



「ジェイ、メイサ。二人に頼みたいことがあるんだ。」


セロが二人に依頼したのは、エッフェ・バルテでの情報収集だった。


「牙狼がメインだけどそれ以外の情報でも構わない。どんな些細なことでもいい。何でも俺に報告して欲しい。」


「頑張ります!」

「任せてくれ!セロさん。」


二人共快く引き受けてくれた。


「あとはしばらく滞在するから伯爵を脅して俺らの部屋を用意させて…、あぁ、あと侵入したって賊の話も…。」

「それは私がやりますから、セロ君は大森林の方に集中して下さい。」


脅すとか言い出したセロにルーシアが提案する。


「ありがとう、ルーシアさん。」



ジルとロッテ、アランにはニャンニャン族の集落の捜索を依頼する。


「牙狼族の秘宝とやらが強奪された時、人間だけじゃなく、猫が関わってるってローバルが言ってたからね。」


「任せて下さい!」


ロッテはすぐに地理枠を起動し、操作を始めた。


「俺とナナはもう一度ローバルに会って詳しい話を聞いて来るよ。」



セロとナナは転移門の向こうに消えて行った。





そしてセロ達がそれぞれの場所で情報収集を始めた頃、海都にて次の侵略者の姿が確認された。



「なんだ……?」


海都近海の船上で漁をしていた二人組の漁師が、最初にそれを発見する。


南海の北西方面の海上、その水平線に黒い物体がずらっと並んでいるように見える。


「なぁ、おい。なんか黒いのが遠くに見えるんだが。何だあれ?」

「んん~~?どれどれ…?」


相方の漁師は双眼鏡で北西を睨む。

魔道具などではない。王国に普通に普及している双眼鏡で、あまり倍率は高くない。


それでも、遠方に見える黒い物体が船であることはわかった。



「あれ…、たぶん船だ…。」

「漁船か?数がちょっと多くないか?」


「遠すぎてわからん。あの数、もしかして侯爵様が言ってた連邦の船じゃねえか?」

「てこたぁ、あれ全部軍船か!?」


二人は顔を見合わせると、即、撤退することで合意した。



「急いで皆に知らせねえと!鳩を飛ばそう!」



漁師達が連邦の軍船を視認したということは、逆に軍船の側からも漁船が視認されていた。



連邦の軍船団、その中央。周囲の船より一際大きい軍船。


「コンラッド海将!どうやらただの漁船のようではありますが、伝書鳩を飛ばしているようです!」


見張りからの報告が艦橋へと届けられる。



中央の座席に腰かけているのは海将と呼ばれた白髪の老人。

よく鍛えられた肉体に、北方民族特有の毛皮をふんだんに使用した服を着用している。

連邦海軍の指揮を任された人物だ。


「ふむ。そうか。」


その傍らには高級そうな衣服に身を包んだ、評議員が一人。

サミュール連邦南にある港町レイシャダ一帯を統治する首長国を治めるヨーゼフ首長である。


「どうするね?コンラッド海将?」


ヨーゼフはコンラッドに対応を尋ねる。


「すでに伝達は飛ばした後の様ですので放置で問題ないかと。たかが漁船一隻ですから。」

「そうだね。こちらは主力の陸軍の侵攻を助勢するのが任務だからね。」


「そうなりますね。ただ、可能であれば海都への攻撃も許可されている。そういうことでしたかな?」


コンラッドはヨーゼフに確認を求める。


「ビフレスト商会の店舗のある区画以外であれば許可が下りている。勇者を呼び寄せてしまっては攻撃どころではなくなる。」


コンラッドはヨーゼフの回答にしばし思考を巡らせると言った。


「むしろ逆に、勇者をこちらに呼び寄せることが、最大の助勢となるのではありませんか?」

「そういう見方もあるだろうが、ラスタバン議長からは絶対にそれをしてはならない、と言い渡されているのだ。」


うかない表情を見せるコンラッドは、納得できない様子だ。


「勇者の家族に攻撃を仕掛けた事実は、後の交渉時に大きな負債となるそうだ。軍事においては枷となるのだろうが了承してくれ。」

「そういう事情でしたら了解しました。兵にも徹底させましょう。」


「間違いを起こすようなら敵軍として処理する、とも議長は言っていたよ。くれぐれも頼む。」


敵軍扱い!?コンラッドも流石に驚いたようだ。


「そこまで絶対の指示なのですか?」


「うむ。議長は勇者を連邦に引き入れる可能性を残しておきたいんだ。だからできるだけ戦闘時も殺害ではなく捕縛でお願いしたい。」


「わかりました。全力を尽くしましょう。」


真剣な顔つきになったコンラッドは、すぐに艦橋の隅に控えていた補佐官に命令する。



「ビフレスト商会の店舗区画への攻撃を禁ずる旨、全ての兵に通達せよ。破りし者はいかなる事情があろうと即刻処刑とする!」


「はっ!」


補佐官が甲板にでて、命令の伝達を始めた。

コンラッドも遅れて甲板に出ると、船団を一通り見渡す。


王国との貿易を行ってきた連邦の船は、王国の船と大差ない。キャラック船やガレオン船が主流だ。


その船団に乗船しているのは、兵士ばかりではない。

奪い取った王国の国土に入植させるための一般民も数多くいた。


「民の入植も勇者や後の交渉時の為の布石らしいが、随分と身重な船団だな。」


コンラッドは小さく呟く。



攻撃対象の限定、可能な限り殺さず捕縛、戦えない大勢の民。



枷だらけの侵攻に、コンラッドは若干の不安を覚え、海都の方向を見つめていた。

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