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フヨフヨ  作者: 猫田一誠
02 公爵領
12/236

011 宴の夜

第3層の構造は一言で言えば、巨大な一本道。



第1層の大通路よりも広く、天井も高い。

そんな通路がひたすら真っすぐ続いている。


壁の発光はここでも機能しているようだが、通路が広くなった為、視界が悪い。



「ナナ、照明を出してくれ。」


ナナが収納から取り出した魔道具であたりを照らす。


しばらく進むと、複数の冒険者の遺体が転がっている。

ここの魔物に食われたのか、おなかの辺りがちょっとショッキングなことになっていた。



「ここの魔物は内臓を好んで食べるみたいだね。」

「うっ。」


ロッテは口元を押さえて、死体を見ないようにしている。


「あたしはグロくても頑張る女!」


ナナは死体をつついている。恩恵の回収だ。

人前でやってはいけないという決まり事については、ナナもきちんと憶えていた。


「兄ちゃん、鑑定した。」


どうやら鑑定作業だとごまかしているようだ。

ナナも一応、秘密にしようとはしてくれているみたいだ。



鑑定の結果を聞くと、ロッテは簡単に解説した。


「勇者様の従者達ですね。五人で第3層に到達して、生還したのは勇者様だけでしたから。」

「ふぅん、あのクズ勇者のねぇ。大方、逃亡時の囮にでもされたのかな?」


酷い言われようだったが、実際にそれは的を得ていた。



ナナは付与帳に追加された恩恵を確認している。


身体強化

危機感知

火魔法

錬金


以上の四つだ。危機感知をセロに、火魔法を自身に追加して、残りはストックとした。

オルガンに付与しないのかとこっそり尋ねると、オルガンはすでに付与可能限界に達していて、あとは自ら成長させるしかないようだ。


「武術と体術ならもう少しいけそうだ。」


と、ナナは分析していた。



そして通路をしばらく進む。


「先になにかいるな。でかい。」


セロは魔物の気配を感じ取っていた。

オルガンも臨戦態勢に入っている。


「ロッテ。親分が守ってやる。あたしの後ろに隠れてるんだぞ。」


言い終わった瞬間、通路の奥から風が流れる。



ギィン!!


セロが大剣で何か斬撃のようなものを受ける音が響く。


大型の魔物の姿が照明に照らされて明らかになる。



体長4メートルはあろうかという巨大な猫が通路の横壁に張り付いてこちらをうかがっている。


爪が大きく伸びていて、まるで曲刀を逆に持ったかのようになっている。

その爪を使って壁に張り付いているようだ。



「剣猫、レベル49。ちょっと強くなったな。魔物。ん?魔物?」

「49!?ちょっとどころじゃありません!親分!」


慌てるロッテに、猫から目を離さないままのセロが声をかける。


「大丈夫。このくらいなら俺一人でもやれる。それに今はオルさんもいるし、ナナと一緒に見てて。」

「で、でも…。」


ロッテが言う前に、猫が飛び掛かってくる。そしてセロとオルガンを飛び越えていく。

狙いは背後の二人。ナナとロッテ目掛けて前足を振り下ろす。


「きゃあ!」

「トロいな。」


瞬時に移動したオルガンが拳で前足をはじく。

猫の前足が爆散すると同時に、セロは猫の首を両断していた。


どすっと音を立てて、巨大な猫の頭がロッテの目前に落ちてくる。


「!!!」


腰を抜かしてへたり込むロッテ。


セロとオルガンは、ごつん、と拳を突き合わせている。

ナナは猫の頭をつんつんしていた。


「可愛い悲鳴だったね。」


セロは言いながらロッテに手を差し出す。


「うぅ~。」


赤面したロッテは腰を抜かしていて立てないようだった。

それを見てニヤニヤしたオルガンが近づいて来る。


「セロ、おぶってやれ。」

「!」


ロッテはさらに顔が赤くなる。


「じゃあしばらく頼むよ、オルさん。」

「おう。」

「ロッテ、どうぞ。」


そう言ってロッテに背を向けてかがみこむセロ。



おぶられているロッテは赤面したままだった。


「やっぱりロッテはいい匂いがするなぁ。」


セロの素直な感想がロッテをさらに赤面させる。


「ロッテのことはあたしが鍛えてやるからな。親分にまかせておけ。」


てくてくとやってきたナナは、そんなことを言いながら、猫から奪った立体機動の恩恵をセロにこっそり付与する。



「あ!!」


何かを思い出したかのようにセロが叫ぶ。


「どうした?セロ。」

「いや、この迷宮の魔物って持ち帰ったらお金になるんじゃなかったっけ?」


背中からロッテが返答する。


「はい、各種素材として余すところなく利用されますから。」


「ここまでに倒したやつ、放置してきちゃったよ。オルさん商売するんだから、お金はいくらあってもいいだろうに。」

「そういやそうだ。完全に忘れてたぜ。」


「しょうがない、ナナ、さっきの猫だけでも収納してくれるかい?」

「わかった!」


ナナは猫の死体、胴体と頭を収納する。


「ロッテ、レベル49の魔物の死骸ってどのくらいになる?」


「えっと…、こんな高レベルの魔物は前例がありませんから、きっと騒ぎになると思います。」


「まぁ、換金交渉はオルさんと父さんにまかせるか。」



長かった通路に終わりが見えてきた。


ものすごく大きな広間だ。向こう側が見えない。

そしてそこら中から、カサカサ、ズルズルと奇妙な音がする。


やがて照明の範囲に、音の発生源となっている者達が辿り着く。



それは死体だった。多種多様な動く死体の群れが灯を持ったナナへと歩いて来る。



「ゾンビです!」


ロッテが叫び、ナナはゾンビを見る。


「レベル15くらいのもいれば30超えてるのもいる。いっぱいだ!」



オルガンは思わず溜息をついていた。


「雑魚だが数が多すぎる。金にもならなさそうだし、めんどくせぇな。」

「そうだね、ここに道標を設置して、一度帰ろうか。」


そう言って、セロは接近してきたゾンビの集団の一部を稲妻で一掃。

黒コゲになり動かなくなった死体を放置して、ナナは道標設置後、転移門を開く。


一行は入口近くの玄室に戻り、こちらの道標を回収した後、都市へと戻るのだった。



「ロッテ、まだ時間ある?魔物の換金所って案内してもらったりとか、駄目かな?」

「いえ、大丈夫です。少しわかりにくい所にあるので、是非私に案内させて下さい。」


ロッテの交渉のおかげか、猫の引き取り金額は金貨15枚となった。


レベル30の魔物で状態がよければ金貨1枚くらいらしい。

オルガンもホクホク顔になって、上機嫌だった。



そしてロッテは宣言した通り、報酬を受け取らなかった。


「ロッテ、レベル11になってるぞ。この調子でどんどん成長するんだぞ?」

「はい、頑張ります、親分。ありがとうございました。」



ロッテは最後にセロの顔を見つめて、言葉を考えている様子だった。



「またね、ロッテ。」


「はい、また。」


セロの方から笑顔で言うと、そう言って笑顔を返し、去って行った。



そして三人も、滞在中の宿に戻り約束している公爵家の迎えを待つことにした。




一方、招待した側、公爵家では使用人達が忙しく動き回る中、公爵の執務室に呼び出されたシャルロッテが質問を受けていた。



「さて、シャル。私に何か言うことはないかね?」


そう言うウィランの顔は完全に呆れ顔だ。疲れた顔にも見える。


「その様子だと、もう全てお分かりになっているのではありませんか?」


「いくら私だって全てはわからないさ。知っているのはどこぞのお転婆娘が彼らに同行して迷宮に入ったところまでさ。」

「知っているじゃありませんか。私は、迷宮で遊ぶ。そう言っていた彼らの案内役ができれば、と思っただけです。」


「迷宮のガイドなら君じゃなくてもよかっただろうに。」

「私には交渉の恩恵があります。彼らと友好的な関係を築くのに最適の人材であると自負いたします。」


ここで公爵は一呼吸おいて葉巻に火を点ける。


「友好的な関係、ね。彼らはそれほどかい?」


シャルロッテは父の言葉に込められた真意を誤解しない。


「それ以上です。絶対に敵対してはなりません。」

「具体的に話してくれるかな?シャルは迷宮で何を見たんだい?」


シャルロッテは、三人が格闘家、風魔術を使用する剣士、付与術士で構成されていること。

格闘家のレベルは70以上、剣士のレベルは50以上。そして付与術による強化でさらに強くなること。

3層まで降りて、勇者達一行を壊滅させたと思われるレベル49の魔物を簡単に処理してしまったこと。


そして目的地は王都で、セロとナナが王立学院への入学を希望していることのみを話した。


空間魔術や、魔道具製作が可能であることなど、他の事は漏らさずに。



「他に知りたいことがあるのなら、今晩の宴でお尋ねしてみてはいかがですか?」


「もちろん、そのつもりだよ。強者は味方にしておくに限るからね。そのためなら君とその剣士の少年の婚姻も考えている。」



「え?」



「当然だろう?私は愚かな貴族のドラ息子なんぞに君をくれてやる気はないよ。」



「え?え?」



「私は王国で最大の領地を持つラビュリントス大公だ。今の私に必要なのは馬鹿貴族との繋がりではなく強者との友好。」


そこまで話して、ウィランはシャルロッテが赤面してもじもじしている様子に気付いた。


「なんだ、シャルもまんざらではないみたいだね。よかった。」


「ちっ、違います!私とセロさんはそんなんじゃ…。」

「へぇ、セロ君とい言うのかい。その剣士の子は。」


慌てるシャルロッテの反応を楽しむウィラン。

そんな父に、冷静になったシャルロッテが質問する。


「お父様は何をお考えなのですか?先程言われましたが何故、大公であるお父様がさらなる力をお求めになられるのですか?」


「ん?それは簡単なことだよ?君が迷宮で遭遇したレベル49の魔物。仮にそれが地上に出てきたとしたら?」


「そ…、それは…。」


「どうにもならない。都市は一体の魔物に蹂躙される。だろう?」


「…。」


「変革の世に淘汰されないために、私は英雄の力を欲しているのさ。」



そう言った父に、シャルロッテはうまく説明できない不安な気持ちを抱いていた。


そして意を決してシャルロッテは父に告げる。


「お父様、私は王都の王立学院にて学びたいと考えております。」

「もちろん構わないよ。是非、一緒に学院に通い、セロ君のハートを射止めてくれたまえ。」


「でしたら、彼らが王都に向けて出立する時、私も同行したいと存じます。」

「あぁ、彼らと一緒なら護衛の心配は皆無だろうからね。それがいい。」


あっさりと許可がおりたことに安堵するも、それはセロを手中に納めんとする父の企ての上に降りた許可。

でも今はそれに流されてでも、セロと一緒にいたいとシャルロッテは考えていた。


(きっとこの出会いは私の運命。絶対に掴んでみせます!)



「スタン、今日の宴ではデザートにプリンをお願いします。ナナさんが楽しみにしていらっしゃいますので。」

「かしこまりました。」


シャルロッテは、入口に控えていた執事に伝えると、父に一礼し、退室していった。


ウィランはシャルロッテが退室した後、執事に向けて短く言い放つ。


「あのシャルが恋とはねぇ。だが文句のない相手だ。素晴らしいことだね。」

「はい、おめでたいことです。」





ナナはその豪華な馬車を見て、ただ驚いていた。


派手すぎず、センスのいい装飾。窓に取り付けられているカーテンも高級品であることがうかがえる。


そして内装もまた豪華だった。


座席は柔らかいクッションの上に高級そうな革張りがしてあって、座り心地もよく、馬車の天井には照明の魔道具が吊り下げられていて、室内も明るい。



「すげ~!なんかキラキラしてるぞ!これが馬車か!」


「ナナ、この馬車は公爵さんの馬車だからきらきらしてるんだよ。俺らが買った馬車は木造の質素なやつだからね?」

「そうなのか?兄ちゃん、キラキラしてるほうが強そうだぞ?」


「人数が多いからね、弱くても沢山運べる馬車にしたんだよ。」



ナナとセロとオルガンが馬車に乗り込む。


そんな光景の周囲に複数の人影。諜報組の面々であった。周辺の警戒を担当する。


護衛組は残った家族を護衛。

狩猟組は、有事の際にナナが転移門を開くとそこになだれ込む手筈となっていた。


そして馬車は公爵家への城門をくぐる。



間近で見る石造りの城の大きさにナナは驚かされていた。


「兄ちゃん!でかい家だ!探検しよう!」

「ここは他所様の家だからね、お願いしてみて、いいよって言われたら探検できるんだよ。」



案内役の執事は、いやいや、できませんから。とでも言いたそうに首を振っていた。


三人は馬車を降りて、城を見上げる。


コーンウォールを背に、城塞都市の頂点に築城されたそれは、圧巻の一言だった。

セロは城の中程から突き出たテラスを眺めて、そこにいた女性を思い出す。



「楽しみだな。」




門衛が入口の大扉を開く。

中で待っていたのは執事のスタンだった。


「でたな!じじい!!」


突貫しようとしたナナだったがあっさりとセロに捕獲される。

そのままセロに抱っこされた状態で両手をぶんぶん振り回している。


「先日は失礼いたしました。ナナ様。お詫びとして、ナナ様の為にプリンをご用意しております。食後にお楽しみ下さいませ。」


「!?」


ナナの両手の動きがピタリと止まっていた。



「そのプリンはちゃんとぷりぷりなんだろうな?」


念を押すナナ。


「もちろんでございます。」



セロとオルガンは、ぷりぷりってなんだろうな?と言いたそうに顔を見合わせていた。


「うへへへへ。」


ナナはもはや食べ物のことしか頭にないようだった。



そしてスタンに案内され、城の一階大広間。

そこで階段を降りてくるドレス姿の美しい女性が視界に入る。

金髪碧眼のその女性は、長い髪の一部を後ろで編み上げ、残りを腰まで垂らしている。

見た目から高貴な身分であることがありありとわかる。




「当家のご令嬢…。」


スタンが女性のことを紹介しようとするのを、セロは片手を上げて制する。



「やぁ、ロッテ。また会えたね。」


シャルロッテはびっくりした顔をしている。


「分かってらっしゃったのですか?」

「もちろん。都市に入った時、この城のテラスにいた君が見えた。その時から、綺麗な娘だなって憶えてたから。」


「!?」


シャルロッテは顔を真っ赤にして、反応に困っていた。


「兄ちゃん、ロッテもここに来ているのか?まさかあたしのプリンを狙っているのか!?」


「あ…、あの…。」


シャルロッテはさらに反応に困っている。


「ロッテ!親分が来たぞ!プリンはあたしのだぞ!ロッテ、どこだ?」


セロを見つめて、助けてほしそうにするシャルロッテ。しかしそれは少し遅かった。


「ロッテ!ここだな!?」


シャルロッテのドレスのスカートの中にもぐりこむナナ。


予想外の出来事に身動きができないシャルロッテ。

周囲の時が静止したかのように静まり返る。


「むおっ!真っ暗で何も見えねぇ!ん?」


シャルロッテの後方に飛び出すナナ。


「ロッテいないぞ?兄ちゃん。」

「うぅぅ…。」


涙目でセロをじっと見つめるシャルロッテ。


「あの…、ロッテ。なんか、ごめんな。」


とりあえず謝るセロ。


「もうっ、もうっ。責任とって下さい!」


半泣きでへたり込むシャルロッテ。



「?」


よくわかっていないナナ。


「お~お~。若いねぇ。」


ニヤニヤするオルガン。




しばしの混乱の後。



「ラビュリントス大公の娘、シャルロッテ・カールレオンでございます。」


落ち着きを取り戻したシャルロッテは、自身の正体を明かした。



「あたしは知ってたんだぞ。ロッテが内緒だって言ったから内緒にしたんだ。」


シャルロッテは約束を守ってくれたナナに対して、にっこりと微笑む。


「ありがとうございました。親分。今日は沢山食べていって下さいね。」


ナナは、はっとした表情になり、シャルロッテを凝視している。


「兄ちゃん、こいつロッテみたいな喋り方だ!双子か!?」


知ってたとか言いつつ、未だによくわかっていないナナだった。


シャルロッテは引きつった笑顔を見せ、ヘアバンドに魔力を流す。

すると、髪の色が変化して、緑色に。そして眼鏡をかける。


「親分、子分のことを忘れるなんてひどい親分です。でも私はできた子分なので、ひどい親分でも見捨てませんからね。」


どこかで聞いたような言い回し。


ナナは口をぱくぱくさせている。



「ロッテが変身した!」


「ふふ。すごいでしょう親分。ロッテはできる子分なんですよ?」

「ロッテもあたしと一緒だったのか!あたしも変身できるんだぞ!」


「え?」


「ロッテは頭の輪っかで変身するんだな。あたしはパンツで変身するんだ。勝負パンツだ。」


「パンツ!?」



(パンツをかぶる?それで変身?それって変身というより変態なのではないでしょうか?)


なんかいろいろとバラしそうになっているナナに、セロがフォローする。


「ナナ、ロッテとのお喋りが楽しいのは俺も一緒だからよくわかる。けどそろそろ腹が減ったよ。食事にしよう?」

「はぅ!そうだったな兄ちゃん。プリンはぷりぷりらしいからな!きっとぷりっとしてるに違いない!」


そう言ってセロとシャルロッテの間でナナは二人と手を繋ぎ、スタンの案内で宴の間へと歩いて行った。



道中、ナナはひたすら騒ぎっぱなしだった。


「床が布張り?毛が生えているのか?ロッテ、床が毛深いぞ?剛毛だぞ?大丈夫か!?」


それは絨毯である。


「なんかチクチクする!!」


ナナは絨毯の上を転がって移動している。



「兄ちゃん、石化した女がいるぞ!?ロッテ、助けてやらないのか!?」


光の女神をモチーフにした石像である。


「この女、ケツが石に埋まってる!パンツ見えねぇ!」


ナナは石像の下に潜り込んでいる。



「あの金髪の親父は?顔がでけぇ!巨人か?ロッテ、このキモいおっさん誰だ?」


大広間中央に飾られた、ウィランの大肖像画である。


「キモいって…。親分、私のお父様です。」


シャルロッテはがっくりと項垂れている。



「ナナ、石像のスカートを覗くなんて変態さんみたいだよ?」

「違うんだ、兄ちゃん。あたしは違いを確認しようと思ったんだ。」


「違いって?」

「うん、さっき見たロッテのパンツが…。」



ビクン!と凄まじい反応を見せるシャルロッテ。


「わああああぁぁ!わ~!!わ~!!!」


ナナのコメントを大声でかき消している。



「許してください、親分。」


涙目でナナに縋るシャルロッテ。



(そんなにすごいパンツなのかな?)


セロはそんなことを考えていた。



「まったく、見てられねぇぜ。セロ、ロッテのパンツが見てぇなら堂々と脅せばいいんだ!」


「そうなんだ。堂々と、だね。」

「うむ、それが男だ。」


「違いますから!」


オルガンが参加して話がおかしな方向へ。


「ロッテ、パンツ見せて?」


「見せませんから!」


「あれ?」



セロは首を傾げる。



「オルガンさん!セロさんに変なことを教えないで下さい!変態さんになっちゃったらどうするんですか!」


「ん~?なんでセロが変態になったらロッテが困るんだ~?」


「!?」


「んん~?どうせいつか見せる気なんだろう?ん~?」


「そっ、それは…。」


ただの変態親父だった。シャルロッテは赤くなって返答に困り、なんかもじもじしている。


「どうしたんだ?ロッテ。顔が赤いぞ?怒ったのか?」


「いえ、これは怒ったのではなくて…。」


「あぁ、ロッテ。赤は俺らにとって怒りの色なんだよ。」


セロはシャルロッテに自分とナナの虹眼のことを伝える。

シャルロッテは会話の興味深い内容に喜び、通常会話に戻ったことに安心していた。




「おう、姉ちゃん。パンツ見せろや。」


青い髪のメイドさんを脅すオルガンがそこにいた。


「おう、姉ちゃん。あたしにも見せろや。」


ナナも真似していた。


「きゃああああああ!」


蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うメイドさんたち。


「「「あれ?」」」




騒がしくも城内を進んでいく。


使用人達は、ナナが接近すると高価な壺を自身の体をブラインドにして隠したり、防衛行動をとるようになっていた。

オルガンが通り過ぎる時は、スカートを押さえている者もいる。



「はぁ…。」


シャルロッテは溜息をつきながら頭を抱えていた。


「大丈夫だよ。ロッテ。元気出して。」


セロに声をかけられて、シャルロッテは笑顔を見せる。


「セロさん、何か対策があるんですか?」


シャルロッテはすがるような眼でセロを見る。


「じきに慣れる。」


セロは満面の笑みを見せてそう言った。


「うぅ~。」


シャルロッテはしょぼんとして歩いていく。


(笑顔は素敵なんですけど!このままじゃセロさんとナナさんが悪影響を受けてしまいます!私がしっかりしないと!)


そんなことを考えているうちに、スタンが宴の間の扉を開けた。

そして自らは脇に体を寄せて、頭を下げる。


「どうぞ、こちらでございます。」



その広間も、公爵家の威光を体現するが如く、豪華なつくりになっていた。

しかも宴のためにと装飾も追加されており、天井のシャンデリアから降り注ぐ光がそこら中に反射して、眩しい程だった。


当然、興奮して騒ぐナナに対して、シャルロッテはひとつひとつ丁寧に質問に答えていた。



そして公爵本人が姿を見せる。

大広間で見た、肖像画の姿そのままの人物。


「やぁ、未来の英雄たち。今回は私の招きに応じてくれてありがとう。」


それに対して、セロが答えを返す。


「俺は英雄なんて呼ばれるような器量はないと思うんだけど。そんな大したことはしていないし。」

「そんなことはないさ。君が迷宮でシャルを守り、勇敢な戦いぶりを見せたことは聞いているよ。」


「俺は家族を守れればそれでいいんだ。英雄とか、ガラじゃないよ。」

「ふむ、謙虚なのだね。それでも少なくともシャルにとっては君は英雄だ。どうだね?シャルをもらってあげてくれないかね?」


「え?もらう?」


セロがきょとんとした顔する。


「おおおおおおお父様!いきなり何をおっしゃるのですか!?」


シャルロッテは真っ赤になってパニック状態に陥っていた。


「くれるのか?」

「セロさんまで何を!!?」


公爵は慌てふためく娘を見ながら、


「私は君たちと仲良くなりたい。そして娘には家や立場にとらわれず幸せになってもらいたい。」


「お父様…。」


「そして娘の思いは見ての通りだ。セロ君さえよければ、良縁だと思わないかい?」

「みみみ見ての通りって何ですか!?お父様!!もう知りません!!」


シャルロッテは広間の隅っこでしゃがみ込んでしまった。


ナナがシャルロッテの頭を撫でている。


「よしよし、ロッテ、元気だせ。親分はロッテの味方だぞ?」


お子様に慰められるシャルロッテ。



「これはまぁ…。ちょっと結論を急ぎすぎたかな?まぁセロ君、シャルと仲良くしてやってくれたまえ。」

「あ~、それはいいんだけど…。じゃあちょっと行ってくるよ。」


そう言ってセロはシャルロッテの元へ。

代わりに公爵の前に立ったのはオルガンだった。


「おう、公爵さんよ、俺には何か言うことはねぇか?」


「オルガン殿、私は部下が勝手にやったことだとか、都市の秩序を守る為だとか、言い訳をする気はないよ。」

「ほぅ?」


「不快な思いをさせてすまなかった。この通り、謝罪する。」

「なかなかに潔い態度じゃねぇか。その謝罪、受け取ろう。」




「なぁ、ロッテ。あたしご馳走食べたいんだ。でも台が高くて見えない。親分、抱っこして欲しいんだ。」


そう言ってシャルロッテの前で万歳ポーズをとるナナ。


「ごめんなさい、親分。テーブルの上は高いですからね。気が回らなくてすみません。」


そう言うとシャルロッテは立ち上がり、ナナを抱っこしてテーブルへ。


「うひょぅ!どいつもこいつもうまそうだぜ!」

「はしたないですよ、親分。レディーなんですから。」


セロが二人の元に到着する。思わず赤面するシャルロッテ。


「ロッテ、重くなったら言ってね。代わるから。」

「い、いえ。大丈夫です。…少しなら。」


ナナはひたすらもぐもぐと口を動かしている。


「うめ~。この赤いのうめ~。」

「お、ほんとだ。でも俺にはちょっと甘いかな。」


「ストローの実を甘く煮詰めた物です。お菓子とかにもよく使われますよ。」


とろりとした半熟卵のような状態の赤い果実だった。

ナナはシャルロッテの説明を聞き終わると、


「ロッテはなんでいじけてたんだ?父ちゃんに怒られたのか?」


「いえ、あの、それは…。」

「ナナ、ロッテはたぶん、俺と公爵さんが、やるとかやらないとか。ロッテを物みたいに扱ったのが悲しかったんじゃないかな?」


「いえ、セロさん。私は…。」

「ごめんな、ロッテ。俺はロッテのことを物だなんて思ってないからな。」


そう言ってシャルロッテの頭を撫でるセロ。


「あうぅ。」


赤くなってうつむくシャルロッテ。




「オルガン殿は今後、この国で何を成そうとするのか、聞いてもいいかね?」


「あぁ、セロとナナを王都の学校に通わせる。んで、俺はその間、この国で商売を始めようかと考えてる。」


「ほぅ、それは興味深いね、当家とも是非、懇意にしてもらいたいものだ。」

「そいつは願ったりだな。公爵さんは羽振りもよさそうだしな。いろいろすげーもんを売り出す予定なんだ。」


「そのすごいものを当家に卸してもらうことは可能かい?あと、品目によっては専売契約を結びたいんだが。」

「じゃあ試作品がいくつかできたら、ここに持参するか。それでどうだ?」


「楽しみにしている。オルガン殿。」




「がるるるるる!」


そんな声を出して肉にかぶりつくナナ。


「親分、下品ですよ。」

「肉は豪快にかぶりつけって皆が言ってた!」


シャルロッテは目線でセロに疑問符を飛ばす。


「昔は男所帯だったから、すっかり影響受けちゃったんだよ。」


特隊の特別見習いだった期間は、男が約30人位いる中、唯一の女隊員がナナだった。


「そのあたりも、今度ゆっくり話そう。」


セロの言葉に、嬉しさを隠せないシャルロッテ。

次がある。そう思うと緩む口元を抑えきれなかった。




「そのビフレスト商会は、本店は王都だとしても、こちらに支店を出すことはできないのかね?」


「商会の人間は遠方地には派遣できねぇ。いろいろと問題があってな。でも商品のみを送り届けることは可能だ。」


「じゃあ、商品の製造が軌道に乗ったら、当家がこの都市に小売り専門店を出店するよ。」


「ほぅ、俺らはそこに商品を卸せばいいってことか。」

「あぁ、商品は全て買い取る。試作の出来次第だがね。」


「そのあたりは作ってみねぇとわからねぇ。いけるんじゃねぇかとは思っているが。」




そろそろおなかがぽっこりしてきたナナが、シャルロッテにデザートを要求する。


「ロッテ、親分、そろそろプリン食べたい。一番ぷりっとしてるやつな。」

「はい、わかりました、親分。」


シャルロッテはホールサイズの巨大プリンをナナの元に運ぶ。

プリンの周辺は様々なフルーツやクリーム、ナナのお気に入りだったストローの実を使ったソース等で可愛らしく飾り付けられていた。


「おおおお!ロッテ、これはまさか、ぷるぷるなのか!?」


ナナは初めて目にするプリンのその可愛らしい姿に衝撃を受けている。


「はい、ぷるぷるです。親分。」


ナナはおそるおそるスプーンでプリンをつつく。

プリンはぷるんと身を震わせる。


「はあぁ!なんだこいつは!?震えやがった!」

「おお、ほんとだ。ロッテ、俺も食べてみたい。もう一個あるかな?」



シャルロッテはにっこりと微笑んで見せる。


「もちろんございます。セロさんも是非、ご賞味下さい。」




「オルガン殿、実はシャルが王立学院に通うと言い出してね。」


「はは~ん。目的はやはりアレかねぇ?」

「うん、アレだね。シャルも乙女の端くれだったみたいでほっとしているよ。」


「だったら俺らが連れて行こうかねぇ?護衛戦力については保証するぜ?」

「話が早くて助かるよ。シャルとお付きのメイドを一人、送り出そうかと考えているんだ。」


「そいつはよかった。セロとナナも喜ぶだろう。」




ナナは空になった皿の前で至福の表情を見せている。



「ああ…、んまかった…。」


「たしかにうまかった。甘さも控えめだったし。」

「え?あたしのはすんごい甘かったぞ?」


シャルロッテはくすりと笑って切り出す。


「実はセロさんの方のプリンは甘くなりすぎないように一工夫お願いしたのです。」

「そうなのか。」



そんなことを言ってると、オルガンが戻ってくる。


「愛だねぇ。」


公爵との会話を済ませたオルガンはそんな呟きを洩らしていた。



「おっちゃん、プリンうまかった!」


そう言ってオルガンの腕にぶら下がるナナ。

一緒にやってきたウィランはシャルロッテに声をかける。



「シャル、君も学院に通うんだから、セロ君達の出立に合わせて一緒に出発できるよう準備しておくんだよ。」


セロとナナはびっくりしてシャルロッテを見つめる。


「ふふ、お二人には驚かされてばかりでしたから。やっとお返しができました。」

「ロッテも学校来るのか?あたしの友達になりたいのか?」


ウィランはそんなナナに返答する。


「少し違うよ、お嬢ちゃん。シャルは君のお姉さんになりたいんだよ。」

「お父様!!」


弾かれたようにその言葉に反応したシャルロッテは顔を真っ赤にして父親を会話の場から押し出そうとしている。


「おお、怖い怖い。わかったよ、父さんはここで退散するよ。あぁ、シャル。王都にはハンナも連れていくんだよ?」

「わかりましたから!」


公爵が退室していった。一礼して、スタンもそれに追従する。



「セロさん、出立は何時頃になりそうですか?」


セロは馬を扱える者がいないこと、その為、何人か指導を受けていることを話した。


「それでしたら、私の侍女を務めてくれているハンナという子がいまして、彼女に道すがら指導させましょうか?」

「お、それいいな。頼むぜ、ロッテ。つうわけで明日出発だ。」


「明日!?」


シャルロッテの顔が蒼白になる。


「ん?明日はまずいか?」

「オルさん、ロッテにも準備があるんだから。」


「そうか、なら延期するか?」

「いいいえ!大丈夫です!明日の朝、都市門の前でお待ちしています!」


そう言うと、控えていた使用人の一人に、すみません、明日になったとハンナに伝えて下さい。とボソボソ言っている。

セロはそれに近づいていくと、シャルロッテに耳打ちする。


「明日の朝、ナナを連れて一度ここに迎えに来るよ。荷物は一ヶ所にまとめといてくれれば、ナナに収納してもらうから。」

「あ、ありがとうございます。」


「だから量の心配はしなくていいってハンナさんに伝えておいて。」




しばらくして、宴もお開きになり、ナナはお腹を膨らませてセロに抱っこされている。


「じゃあロッテ。また明日。」


そう言って騒がしい者達は宿に帰っていくのだった。





同時刻、迷宮都市裏通りの酒場にて酒瓶を片手にふらつく男がいた。



自称勇者、ヴィンセント・マクレガーであった。


「くそっ、くそっ、くそおおぉっ!」


叫んで足元の木箱を蹴飛ばす。


「あのガキ、今度会ったら…。」


ヴィンセントはセロに敗北した後、剣を使えなくなったことに気付いて、鑑定を受けた。

そこに表記させるヴィンセントの能力から、剣術の恩恵が失われていた。


子供に敗北し、剣を使えなくなった自称勇者。


沢山いた取り巻き達からも見放され、今も酒場内で失笑を買っているところだった。

ヴィンセントの酒瓶を握る手は小刻みに震えている。


(このクソ共がぁ…。)


乱暴に銀貨と銅貨を数枚、テーブルに叩きつける。ますます失笑を買う。

ヴィンセントは怒りと酔いで真っ赤になった顔で周囲を睨む。


一人の客がニヤニヤと笑いながらヴィンセントに絡んでくる。


「よう、ガキに負けた勇者様じゃねぇか。いや、なんちゃって勇者様だったかぁ?」


酒場のいろんなところから、ゲラゲラと笑い声が聞こえてくる。


「なに木箱にあたってんだ?やり返してこねぇからか?おめぇ恩恵を失ったそうじゃねぇか。俺が箱のかわりに相手してやろうか?」


「おい、あまりいじめてやるなよ。そいつはレベルだけは高いんだ。」

「レベルだけだろ?それに自慢の剣術だってガキに負けてたじゃねぇか。」



「勇者様は本気じゃなかったんだよ。煙だして気絶してたけどな。本気だせば勝てたんだ。」


酒場中が大きな笑い声に包まれる。

ヴィンセントは肩を震わせながら酒場を出て行った。



「くそっ!あいつら…。俺が双鬼党を壊滅させた時なんかはチヤホヤしてやがったくせに…。」


思えばあの頃がヴィンセントの絶頂期、いわゆる黄金時代であった。



考えた作戦が面白いほどにピタリとはまる感じ。

双鬼党は俺達から逃げ惑うことしかできなかった。


最後に捕らえた赤鬼と青鬼も、個の力で俺に及ばず敗北。

永く王国の民を苦しめてきた野盗団をたった五人で潰してやった。


当然、英雄と称えられ、勇者の再来と声高に叫ばれた。


自身でも勇者を自称した。いや、自分こそが勇者であると信じた。


金、女、すべてが思い通りだった。士官を望む声もあったが、勇者である俺が誰かの命令で動く?まっぴらだ。


そう思い、すべて断った。



贅沢を尽くし、自堕落な生活を続けて何年か経った。

そして手持ちの財を使い果たした。



金が必要だ。迷宮都市の迷宮に勇者である自分が挑むのだ。大金は目の前だ。



しかし、現実は残酷だった。

ヴィンセントのレベルは五年前から上昇していない。


それでも第1層、第2層の魔物は簡単に狩ることができた。金を手に入れた。

だが、第2層までの稼ぎだと二~三日の豪遊で消し飛んでしまう。


俺は勇者だ。俺はこんなもんじゃない。第3層で大物を狩って、大金を手にできる男だ。

ヴィンセントはそのように考え、仲間達に提案する。



そして未到達の領域と言われる第3層へやってきた。


だいたい、第2層の下り階段までマッピングされてるのに何が未到達だ。

この街の連中がただ、ビビリの雑魚野郎しかいないってだけの話だ。


勇者である自分は当然違う。ヴィンセントは第3層においても自身の成功を疑っていなかった。



第3層の一本道を仲間と談笑しながら悠然と歩く。

今日は北区の娼館で朝まで豪遊だ。そう決めた。



仲間の一人の頭が突然なくなった。


「何だ!?」


暗がりから何か大きいものが俺たちに覆いかぶさってくる。


もう一人が腹を食いちぎられた。即死だ。



暗がりから現れたのは見たこともないサイズの猫だった。


(なんだこのでかい猫は?)



残った三人で応戦するが動きが早すぎる。目で追えない。


猫が前足で薙ぎ払う。

また一人、こんどは脇の下あたりで体を両断された。


「ヴィンセント!逃げよう!!」


生き残った一人が俺に言う。


(逃げるだと?俺は勇者だぞ?)



次の瞬間、そいつは脇腹を猫に喰らいつかれていた。


(お?この猫、内臓を味わってやがるのか?)


猫は倒れた仲間の一人の腹に口を突っ込んだままでその内臓を咀嚼している。


(今なら斬れるんじゃねぇか?)


そんな考えが頭をよぎる。


「助けてくれ…。」


そんな声が聞こえたような気がする。




(よし、やるぞ。狙いは当然、奴の首だ。)



(ん?この猫だんだん小さくなってねぇか?)



(おお?なんか視界が反転したぞ?なんなんだ?)



(前に階段が見えるな。あれ?猫は何処に行った?)



そんな思考に埋没していたら、体が勝手に階段を登っている。

そして第2層に戻ってきた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。」


(息が切れている?何でだ?)



どうやら俺は走ってここまで後退してきたようだ。



(俺が魔物から逃げた?仲間をおいて?)



(あぁ、いや。それはいい。どうせあいつら最近あまり役に立ってなかったし。)



(とりあえず俺は逃げたんじゃない、一旦距離をおいただけだ。)



(さぁ、仕切り直しだ。見てろよあの猫め。)



(でもなんか階段を降りる気にならないな。気分が乗らないのか?)



(そうだ、俺は勇者だ。そして勇者とは勇気を示す者だ。だがその勇気と蛮勇は違う。)



(これは勇者としての俺の本能が警報を鳴らしているんじゃないのか?)



(うん。俺の直感に間違いはない。よし、退くも勇気だ。地上に戻ろう。)




ヴィンセントはこうして試練場において最初の第3層からの生還者となった。



とりあえず無難な狩りをしていれば、一人でも俺は食うには困らない。

仲間を失ったヴィンセントはそのまま迷宮に潜り、日銭を稼ぐ毎日を送っていた。




(あぁ、最近女抱いてないな。くそっ、もうちょっと強い仲間がいれば稼げるのに。)



(なんだ?赤毛のガキがじっとこっちを見てやがる。)



(偽物だと!?このガキぶっ殺してやる。)



(いや、まて、こんなガキでも一応は女だ。つくもんはついてんだろう?今日はガキで我慢してやる。)



(なんだ?ガキのアニキか?こいつも勇者である俺を偽物呼ばわりか。)



(とりあえず男はいらねぇ、ぶっ殺してからメスガキを攫うか。)




ここまで思い出してから、受けた屈辱に身を震わせる。


「畜生。俺は勇者だぞ。あんなもん偶然に決まってる。」



下を向いて、ぼやきながらフラつく足取りで人気のない路地を歩く。



ドスッ。


前をよく見ていなかったヴィンセントは何かにぶつかった。


人だ。外套を着込んで顔を隠している。



「どこ見てやがんだ!ボケェ!」


「…。」


ヴィンセントは自身の苛立ちをそのままぶつけるかのように怒鳴る。

外套の男は通路を塞ぐように立ったまま動かない。



「おい、どけよ。」


「…。」


「ちっ!」



舌打ちして振り返り引き返そうとするヴィンセント。

しかし背後にもいつの間にか別の外套の男がいて、道を塞いでいる。



「なんだよ?おまえら。俺は勇者だぞ?」


「あぁ、知っている。見る影もないがな。」

「えぇ、絵に描いたようなクズですね。」


「んだとぉ!?」


二人は外套に手をかける。


「「感謝する!ヴォロス殿!」」


二人の姿を視認したヴィンセントは驚愕のあまり壁に背をもたれさせる。



「赤鬼と青鬼…。なんでおまえらが生きてやがるんだ。それにその姿…。」


「てめぇに復讐する為に、俺らは本物の鬼になったんだよ。」

「簡単に死なないで下さいよ?」



ヴィンセントはそのままズルズルと壁を背にしたままへたり込み、尻もちをつく。



「ひいぃっ。」


そして悲鳴をあげる。今生、最後となる悲鳴だった。





路地にはバラバラに切断された手足や胴体、そして大量の血の海の中に臓物が浮いている。

それはかつて勇者と呼ばれたヴィンセント・マクレガーの成れの果て。



「お二人とも、復讐を果たせたようですね。」


「おお、ヴォロス殿。」

「ありがとう。あなたのおかげで我々は目的を果たせました。」


仮面はいつも通りだが、白衣ではなく、王国貴族の着用するような黒を基調とした礼服に身を包んだヴォロスが歩いて来る。



「勇者とやらの死体はそれですね。」


そう言うと、ヴィンセントの生首、その口の中に鑑定板を突っ込む。


「やはり恩恵が失われている。いや、奪われている。」

「そいつは…。」


「ええ、この勇者君は簒奪者と接触したのです。」

「ヴォロス殿、申し訳ありません。吐かせてから殺すべきでした。」


アレクシオンが頭を下げる。


「いえいえ、大丈夫です。情報は十分いただきましたから。この者が接触した対象など簡単に絞り込めます。」

「安心したぜ、下手を打っちまったかと思ったよ。」


「フフ、ええ。大丈夫です。すべて順調ですよ。」


二人の鬼は引き上げるべく歩き出す。

ヴォロスは背後に広がる惨劇の場、勇者の死体を一瞥して、ぼそりと漏らした。



「あぁ、あなたに会えるのが楽しみです。簒奪者さん。」

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