苦悩
たこのような巨大なモンスターを『たこ魚』と名付けたエリウスさんは船長さんとその娘さんに状況を説明しに行った。
僕はたこ魚が動くたびに揺れる船に酔い、後ろの方でぐったりしていた。
「…はぁ」
情けない、ぜんぜん役に立てないじゃないか。
むしろ足を引っ張ってる。
兄弟そろって何をしているんだか…といってもこれは体の構造の問題で自分達がどうこうという問題ではない。
僕が船につかまりながら空を見ていると後ろの扉がものすごい勢いで開けられた。
「あ、船酔い2号」
そこには楽しそうに笑ってるラインさんがいた。
僕は彼女に目だけ向けた。
「…変な名前はジェリーだけで十分です」
それを聞いてラインさんはとても嬉しそうな顔をして僕の横に座った。
「ドバルより元気そうじゃん」
「メリッサさんにも同じことを言われました」
ライルさんはずっとドバルを見ていてくれていた。
しかしこの緊急事態なのでエリウスさんが呼びに行ったのだろう。
「あ、悪いけど今回ライルはパスね。今もライルはあたし達の会話聞こえてないから」
「そんなこともできるんですね」
「まぁ、あの子があたしのことを知らない時みたいにしてるだけ。エリーから聞いた話だと相当たこ魚って奴はグロテスクらしいからね。あたしの可愛い妹には見せたくないも~ん」
僕は少し笑ってラインさんを見た後、深呼吸をして立ち上がった。
「さっさと船旅とおさらばしたいです。行きましょう」
ラインさんも立ち上がり頷き、二人で皆がいる甲板へ急いだ。
たこ魚は見た目以上に硬い体を持っていて、しかも海の上にいるため一番力のあるラズさんの攻撃は敵の攻撃時に狙うことしかできない状況だった。
それに大きくて凶暴な魚の顔が付いた足が8本もあるからなかなか隙がない。
船への直接的なダメージを防ぐのにメリッサさんはいっぱいだし、なんとかできないものか。
海のモンスターだから雷が効くのは分かっている。
でもずっと海に半身をつけているから雷魔法を当てたら船まで壊れてしまう。
引きずり出すと言っても船の上にはどう考えても無理だし…。
「いい作戦思いついた?」
エリウスさんが大きな剣でたこ魚の足による攻撃を防ぎ、弾き返すと僕を横目で見て言った。
僕は首を横に振って答えた。
するとそれを見ていたラズさんが突然剣を鞘におさめた。
「ジェリオス、こいつの弱点は雷で合ってるか?」
ラズさんは剣を端におろし、マントを外しながら僕に聴いた。
「え、ええ。合っていると思います」
僕がラズさんの行動を不審に思いながらも答えると彼は装着していた装備をすべておろし、甲板から海を見下ろした。
「メリッサ」
「はぁい、わかってますぅ~」
メリッサさんは名前を呼ばれただけなのにラズさんに向かって手を向けた。
指先から魔力で出来た糸が出て、それは引き寄せられるようにラズさんの手に巻きついた。
「いってらっしゃい」
エリウスさんが武器を杖に持ち替えて羽を出すと空を飛んだ。
そしてそのままたこ魚の後ろへ回る。
それを見てラズさんが海に飛び込んだ。
「え、ちょっと…!」
ラインさんが海を見る。
もうすでにラズさんの姿は見えない。
ただ魔力の糸が海の底に引き込まれていく。
「メリッサさん、これは?」
僕が尋ねると彼女は驚いて僕を見た。
「あら、天才君ならわかってると思ったんだけど」
「…さっぱりですよ」
僕はいつものように言い返そうかと思ったがそんなことをしたらメリッサさんは絶対に教えてくれなくなると思ったから素直にそう言った。
「まぁ、見てればわかるわよ」
でも僕の考えは甘かったようだ。
メリッサさんは難しいなぁ。
僕は苦笑いしてたこ魚の周りを飛んでいるエリウスさんを見た。
何もせず攻撃をかわしている。
きっと彼女も何をするのか分かっている。
「騎士団の連係プレーってやつ?」
ラインさんが楽しそうにたこ魚の足を蹴りながら言った。
「そうですね」
だから僕も船を守りつつその時を待った。
しばらくすると水面からラズさんが顔を出した。
それを見つけたエリウスさんがすぐにラズさんを甲板に降ろした。
そしてすぐにまた空を飛んで行った。
「メリッサ、いいぞ!」
少し息の荒くなったラズさんのその声にメリッサさんがにやりと笑った。
「行っくわよ~」
メリッサさんはたこ魚に近づいて両手を前に出した。
その全ての指から魔力の糸が伸びる。
瞬く間にたこ魚の周りを囲み、結界を作り出す。
その時、海の中が輝いたかと思うと糸が水面から芽のように伸びてきた。
上も下も囲まれ、合体し、そのまま大きな一つの結界となるとたこ魚を囲んだ。
「エリウス~、やっちゃって」
「了解なのですっ!」
ビシッと敬礼をしてみせるとエリウスさんは持っていた杖を結界に突き刺した。
「悪いたこ魚さんにはビリビリの刑です!」
すると突き刺さった杖が光り、その先端に電気が発生する。
電気は結界をなぞるように走り、海面に着いた瞬間物凄い光を放って結界の中が電気で覆われた。
そのまぶしいほどの光が消えたと思うとそこには真っ黒に焦げたたこ魚がいた。
「…やりすぎちゃった」
エリウスさんが甲板に着地して苦笑いした。
彼女の使った雷魔法はもともとあまり強いものじゃない。
ということはメリッサさんの結界が雷を外に出さないようにするだけでなく、それを倍増するようにできていのか?
「今回はメリッサがやりすぎた」
「だってぇ、久々のラズ様との共同作業だったんですもの~」
「割ときつかったぞ」
「ラズがいなかったら倒せなかったかもね」
…会話を聞くとラズさんが今回のキーを握っているのか。
ということはラズさんが電気を増幅させる何かをしたってことか。
結界にそこまでの機能をつけるのは難しそうだし。
「みんなすごい!!」
ラインさんが3人のもとへと走った。
「やっぱりセリアファクト組は息ぴったりだね!流れるような無駄のない動き…あたし達と同じくらい仲いいんだね」
最近ラインさんがますますライルさん好きになっているような…。
ドバル風に言えばシスコン。
まぁ、でも仲がいいのはいいことだ。
「ラズ様と二人だけでも余裕だったのよ?」
「お前は普通の魔法を使えないだろ…」
「何を言うのよ、私とラズ様の間にとっておきの電気があるじゃない♪恋の稲妻が…ってラズ様!?」
ラズさんは自分の服を脱いで絞り始めた。
そしてそれを適当にバンバンと叩いて甲板にかけた。
「メリッサ、大丈夫?」
エリウスさんがメリッサさんの異変に気づいて声をかけた。
メリッサさんは鼻血を出しながらラズさんを見ていた。
「なんでもないわ。大丈夫よ」
そんな彼女に治癒魔法をかけてエリウスさんは置いてあったラズさんの荷物を彼に渡し、マントを背中にかけた。
「風邪ひいちゃったら大変だよ?」
「ああ、ありがとう」
その様子を見ていたメリッサさんがとつぜん後ろに倒れ、海に落ちてしまった。
「あ、あれ…メリッサさん!?あの人泳げないんですよね!?」
僕が急いで海を見るとメリッサさんはいなかった。
これはまずいんじゃないか、そう思って僕が海に飛び込もうとした時、隣から物凄い勢いで海に飛び込む人が視界に入った。
その人は海の中に綺麗に入って行った。
「ダイチ!?」
エリウスさんが走って甲板から海を覗いた。
「今のダイチだよね?」
「僕にもそう見えました」
あの時視界に入ってきたのはダイチさんだった。
ダイチさんはずっと船長の娘に捕まっていたはず。
エリウスさんは羽を出現させると海面まで降りた。
「メリッサ、ダイチ!!」
海は静かに揺れている。
ダイチさんはメリッサさんを助けるために飛び込んだんだろうが、大丈夫だろうか?
エリウスさんが不安そうにうろうろと飛んでいると、下から泡が浮いてきた。
そして影が見えたかと思うと、メリッサさんを抱えたダイチさんが顔を出した。
「はーっ、流石に…肺活量が足りねぇ」
ダイチさんは気絶しているメリッサさんをエリウスさんに渡すと顔の水を手で拭った。
「メリッサさんをこっちに」
僕はエリウスさんからメリッサさんを預かり、生存確認をした。
「よかった、ちゃんと息してる」
その言葉にラインさんとラズさんが安堵のため息をついた。
気付くとダイチさんも甲板へ戻ってきていた。
そしてすぐに僕の方まで来た。
「メリッサは?」
「大丈夫です」
「よかった~。ホント、ビックリしたよ」
「ビックリしたのはこっちのセリフだよ!」
エリウスさんが頬をまるく膨らませてダイチさんを睨んだ。
「悪ぃ。でもメリッサ泳げないって言ってたから放っておけなくて」
「私、ダイチも泳げないんだと思ってたから心配したんだよ~?」
「ごめん、ごめん。水泳は病院に入るまでずっとやってたから得意なんだよ」
ダイチさんはエリウスさんの頭に手を載せて笑った。
「心配してくれてありがとな」
「うむむ、今回は許してやるっ!」
「上から目線かよ…でも、ありがとうございます」
二人は仲良く笑って敬礼した。
するとラズさんが来てメリッサさんを抱えるとダイチさんに向きなおり頭を下げた。
「うちの部下が世話になった。そして仲間を助けてくれて感謝する」
「大丈夫みたいでよかったよ。俺にはこれくらいしかできないからな…」
「そんなことはない。お前がいなかったら船に乗れなかった」
「ありがとう」
ラズさんはメリッサさんを休ませる、と船の中へ入って行った。
僕はドバルと一緒の部屋に戻ってきた。
海にも星水は混ざっているからダイチさんが心配だったけどライルさん達にばかりドバルの世話をさせるわけにはいかなかった。
ダイチさんも大丈夫と言っていたし…。
「ドバル、生きてます?」
ドバルはぐったりしていてゾンビみたいだった。
「…死んでる」
そう答えたドバルの横に座って僕は外であったことを話した。
僕の船酔いは慣れたようでそこまで酷く揺れなければ具合悪くなることはなかった。
「一回外に出たらどうです?少し楽になりますよ」
ドバルはしばらく黙って枕に顔を埋めていたがちょっとだけ僕の方を見て頷いた。
「じゃぁ、連れてって」
「大きい体して子供みたいなこと言わないでくださいよ」
「…ぶー」
僕はため息をついてドバルを起こした。
「ほら、行きますよ」
「…うぇ、気持ち悪っ」
そう言うドバルの手を掴んで僕は外に出た。
風がとても気持ちいい。
船は再出発をした。
それのおかげで風が流れている。
「気持ちいでしょ?」
僕がドバルに言うとドバルもびっくりしたように頷いた。
「本当だ!なんか元気になってきた」
笑ったドバルを見て僕は安心した。
元気になって本当によかった。
「ジェリオスは流石だな!」
すっかりいつもの調子に戻ったドバルは笑ったままどこかに歩いて行ってしまった。
よほど船の上で自由に動けることが嬉しかったのだろう。
僕はそんなドバルに呆れながらも見届けてから船に戻った。
向かうはダイチさんの部屋。
やっぱり彼が気になる。
歩いているとエリウスさんに会った。
エリウスさんは何か袋を大事そうに抱えていた。
「丁度よかった。見せたいものがあるの」
彼女はそう言ってその袋を開いた。
そこには赤い石が入っていた。
大きさはこぶし二個分ほどで綺麗に光り輝いていた。
でもそれがただの石ではないことに僕は気づいた。
「これは…!」
「たこ魚さんの中に入ってたの。あんなモンスター初めて見たから気になって解体したらこれが出てきたの」
その石はアルフが持っていた星水の塊と同じだった。
大きさ、星水の濃さは全然違うが同じもの。
「この石は天然にできるものなの?」
「いえ…ウジ虫が誰でも魔法を使えるようにと魔法で無理やり星水を固めたものです。でも星水の力が強すぎてドールになってしまう人が多かったからあまり使われていなかったんです」
エリウスさんは顔を暗くして石を見た。
「ってことはウジ虫が普通のモンスターをあんな化物にしたってこと?」
僕は頷いた。
「可能性はあります」
袋を閉じてエリウスさんは顔をあげた。
「とりあえずこの石はどうしたらいい?」
「僕が処分しておきましょうか?魔法で元の星水に戻せるはずです」
「わかった。お願いするね」
僕はエリウスさんから袋を受け取った。
ますますウジ虫には注意を払わないと…。
「着くまでエリウスさんもゆっくり休んでくださいね」
「うん。ジェリオスも!」
エリウスさんは僕が来た方へと歩いた。
だが、途中で足をとめた。
「ねぇ、ジェリー」
僕は振り向いた。
「考えてみたら悪い子でも親が捨てたり暴力をふるったりするのは間違ってるって思った。ごめん、あの時は」
「…気にしないでください。わかってもらえたならそれで十分です」
「でもね。生まれてきたことを親に否定された子供はどんなにいい子でも親にとっては悪い子なの」
やっぱりエリウスさんは何か暗いものを持っている。
そしてそれを隠している。
「ごめんね、暗い話は私のイメージじゃないよねっ!それじゃぁ、船酔いにはきをつけて…」
エリウスさんはそう言うと止める間もなく走って行った。
「エリウスさん…」
彼女の笑顔がなんだか引っかかった。
誰にも話せないようなことを親にされたのだろうか。
…またね、エリウス。
あのフードの人たちが言った言葉が頭をよぎった。
やっぱり聞くべきだったのだろうか?
でも彼女もとても動揺していたし、あまり深入りするのはよくない。
隠しておきたいこともあるだろうし…僕みたいに。
僕はダイチさんの部屋に行くことを思い出して歩き始めた。
「わざわざ悪いね。でも手に蕁麻疹出るくらいで大丈夫だよ」
ダイチさんは服を着替えて椅子に座っていた。
「いつも星水に触れたりした時にまず症状が出るのは手なんだよなぁ。口から飲んだら口から発症する、とかそんなことはなくていつも手から全身に広がるんだ」
僕は戴いたゼリーを食べながら考えた。
図書館で読んだ本にはダイチさんの治療法のヒントになるものは何もなかった。
「手は星水を操るのに一番すぐれている器官です。もしかするとそれと関係あるのかもしれません」
ダイチさんは立ち上がり自分のバックから何かを取り出した。
それは綺麗なファイルだった。
そして僕にそれを渡した。
「これ、俺の親父が書いた星水についての記録。有名な科学者のとかに比べればだっせぇもんだけど…」
僕はそのファイルを受け取り、丁寧に開いた。
そしてその中にファイリングされている資料を見た。
ダイチさんの治療記録がそこには書いてあった。
「少しの間お借りしますね。ダイチさんのお父さんは素敵なお父さんですね…」
「あいつは最低な親父だよ」
僕が顔をあげて彼を見るととても暗い顔をして僕を見ていた。
それはさっきのエリウスさんの顔にも似ているようにも思えた。
「ジェリオスには話してなかったよな。…俺の親父はさ、世界一大きいといわれた病院で院長をしてて治せない病、怪我はない神の手、とか言われてたけど実際は最低な奴なんだ」
椅子に座りなおしてダイチさんを見た。
「俺のお母さんは親父に暴力をふるわれて家を出てった。母さんとはそれっきり会ってない」
僕は何も言えずに話を聞いていた。
なんて声をかけたらいいのか全然わからなかった。
「母さんがいなくなっても何もせず、親父は俺を置いて毎日病院に行った。俺がご飯を作っても食べてくれないし、俺が話しかけても返事をしてくれないし、何をしてもあいつは勉強して立派な医者になってお金をたくさん持つことだけを考えろとしか言わねぇんだ!俺の心の支えだったエリウスが学校から転校することになったのもあの親父が学校に手まわししたからで、あいつはあの事件の時にウジ虫と共にどっか行きやがって、しかも俺についてくるか、なんて聞いて…いまさら何だよ」
ダイチさんは手を強く握って床を睨んだ。
「でも、何でか俺はあの人の事を心からは嫌いになれなかった…。優しい母さんがてめーのせいでいなくなって、散々母さんを傷つけて、俺を一人ぼっちにしたってーのにさ」
椅子に座ってダイチさんは笑った。
「きっと家族ってそういうもんなんだよな。切っても切れないって言うのがよくわかったよ」
ダイチさんは静かにため息をついた。
「自分でも何を言ってるのかよくわかんねぇや。ごめん、ジェリオス」
「いえ、ダイチさんの事を知れてよかったです。それと何も知らずすみませんでした」
「気にしなくていいよ。俺も少し熱くなりすぎちゃったし…。でも俺が今ここでいられるのはジェリオスのお兄さんのおかげだから話しておきたかったんだ」
僕は突然出てきた馬鹿の名前に驚いた。
「ドバルが?」
「…私はこの国に必要な命だからな、そう言って逃げた親父にドバルは人の命に大きさとか大切だとかないんじゃねぇの、お医者さん?って。しかもダイチは俺達と旅をするんだよって言いきってさ」
思い出すようにダイチさんは笑った。
「ドバルは馬鹿だけどアニメの主人公みたいでちょっと羨ましい」
ドバルの良さを知っている僕も頷いた。
「そういうところありますよね」
「あの時からドバルは俺のヒーローでさ。知らない人のために一生懸命な顔なあいつが好きなんだよ」
ドバルがこれを聞いていたらどれだけ喜んだだろう。
嬉しそうな顔が思い浮かぶ。
「僕もドバルの明るさには沢山救われました。誰かに頼ることも、強がってばかりじゃいけないことも、笑顔でいることも…全部ドバルが僕に教えてくれました」
「俺たちドバルに助けられてばっかだな」
「ええ。僕なんか頼ってばっかりです」
僕はファイルを持って立ちあがった。
「そろそろ到着です。準備しましょう」
「そうだね。今度ゆっくり時間がある時ジェリオスの話もきかせてよ。話聞くの、得意だからさ」
僕は扉の前で振りかえって頭を下げた。
「では、今度僕の家族についてお教えします…覚えてる範囲ですが」
少し微笑んで僕がそう言うとダイチさんは真面目な顔で頷いた。
僕はそれを見て部屋を後にした。
…結局ダイチさんに何も声をかけれなかった。
エリウスさんもそうだ。
僕はどうして何か声をかけなくちゃいけない時に言葉が出てこないんだ…!
「もっと人の気持ちを考えなきゃ…仲間を救えないのはもうたくさんだ」
僕はサクラの事を思い出しながら部屋に戻った。




