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後編

  侯爵を殺した日から数日、私はイレーネさんとナターシャと共に魔族の国インスペイルの首都、イムステリウムへとやって来た。

  イレーネさんはいわゆる諜報員というもので、各地で不当な目に遭わされている魔族を救出し、イムステリウムへと送る役割をしているのだとか。

  ナターシャは元々旅暮らしだったんだけど、アンスレア王国に来て早々に魔族だというだけで捕まってしまい、奴隷として売られてしまって侯爵の屋敷に居たそうだ。

  そのナターシャを助けるためにイレーネさんは動いていたそうだ。そしてそのナターシャの頼みで私も助けてもらった……と思っていたのだけど、どうやらそれだけではなく私も最初から救出の対象だったらしい。

  そのあたりを説明したいということと、今まで大変だっただろうからということで、どこに放られるでもなくインスペイルの中枢、魔王の住む城の一室に客品として丁寧に扱われていた。身体に問題がないかしっかりと検査をされ、現状は特に問題がないことを聞かされホッとした。なんだか、この世界に来てから初めて人間らしく扱われているように思う。

  数日時間を空けてから、魔王様があなたに会いたいそうですがお許しいただけますか?  なんてことをイレーネさんに聞かれ、魔王と言う割に随分と腰が低いなとか、魔王ってこの世界を滅ぼそうとしてたんじゃなかったっけとか、いろいろ考えてみたものの結局わからないことだらけだったのでとにかく会うことを決めた。


「失礼します。魔王様をお連れしました」


  ドアをノックされイレーネさんの声が聞こえたので、どうぞと短く返事をする。

  ガチャリとドアが開かれるとまずイレーネさんが入り、その後にナターシャが入って来た。ナターシャとは城に入る時に分かれたきりだったので、どうしてここにという気持ちと、また会えて嬉しいという気持ちが交錯する。ナターシャは入って来るなりこちらに小さく手を振っている。どうやら彼女も私とまた会えたことは嬉しいことだと思ってくれているようだ。

  そして、その後にもう1人大柄な男性が入って来た。頭に随分と立派な角を生やした魔族の男性。……どうやら彼が魔王なのだろう。その立派な体躯と、捕まったら逃げ出せないだろう、またあの王国でのようにされてしまうのではという思いから、無意識に身体を身震いさせてしまう。

  そんな私の姿を見て、魔王は酷く悲しそうな顔をした。……どうして、そんな顔をするのだろう。

  とにかく粗相がないように、私はスカートの裾を摘み後ろ足を下げ、恭しく礼をした。こういう時は、侯爵のところで侍女をしていてよかったと思える。


「アオイ様、どうか頭をお上げください。そんなこと、なさらなくても良いのです」


  相手は魔王なのに頭を下げなくてもいいとはどういうことだろうか。とりあえずこのまま下げ続けることは失礼にあたるのであろうと思い、礼をやめ魔王の方を見る。

  さっきは少しばかり恐怖を感じてしまったのであまり顔を見ることができなかったけれど、礼をして少し落ち着いたのでちゃんと顔を見ることができた。

  ツヤツヤの金髪が風で靡き、全てを見透かしていそうなその赤黒い瞳でこちらの方をじっと見ている。……なぜ、そんなに悲しそうな瞳なのだろう。

  そうしてソファーに座らされ、魔王が正面に、イレーネさんとナターシャがそれぞれ魔王の後ろに立ち、開口一番、というか魔王が目の前で土下座をした。


「この度は、本当に申し訳ないことをした!  本来であれば我が死をもって責任を取りたいところではあるが、生憎と今は死ぬわけにはいかないのだ。なので、まずは謝罪をさせて頂きたい!  本当に、本当に申し訳ない!」


  ……あまりの自体に思考がフリーズを起こしかけていた。魔王が土下座?


「あの、一体何が……あなたに頭を下げられる理由もないですし、魔王というのはこの世界を滅ぼす存在なのでしょう?  それがなんで……」

「そうか……やはり彼の国ではそのように言われているのだな……忌々しい限りだ」


  私の疑問には、イレーネさんが説明をしてくれた。

  事の発端である勇者召喚。そもそも、この世界には勇者召喚などというものは存在しないという。勇者なんてものは存在しないし、魔王はただ単に魔族の国の王という以上の意味合いは持ち合わせていない。

  では私たちをここに呼び寄せたのはなんだったのかというと。


「魔王の花嫁……?」

「はい、あれは勇者を呼ぶなんて御伽噺のようなものではなく、魔王様の花嫁候補を探して召喚する、言うなればお見合いをするための召喚魔術です」


  1年に一度、魔族の国インスペイルでは【魔王の花嫁】と呼ばれる大規模召喚魔術、及びそれを祝した祭りが盛大に執り行われる。魔族はもちろん、近隣の国からもたくさんの人々が訪れイムステリウムは活気に満ち溢れる。全ては魔王の花嫁を迎えるために、国を挙げて盛り上げていくのだ。

  そして魔王城では召喚魔術が執り行われる。その召喚魔術は魔王の花嫁に適した人物を、この世界中、あるいは全く別の異世界から呼び寄せる。「適した」というのは単に魔力の強さや武力だけではなく、政治的手腕を強くもっているとか、国母として国の礎になるなど、様々な見地からその時々にあったものが呼び寄せられる。

  ただし、無理やり魔王の嫁にするというものではなく、相手が拒否をすれば謝罪の後に元の場所へと送り届ける。だいたい1ヶ月ほど魔族の国を見てもらい、当代の魔王の人となりを知ってもらい、それでダメならその年は諦める。それが1年に一度の儀式の習わしだった。

  しかしどうも今年は勝手が違っていた。例年のように花嫁召喚の魔術を執り行ったものの、魔術の発動は確認できているのに、一向に花嫁がその姿を現さない。インスペイルの国民には1ヶ月を過ぎた頃に「今年の儀式は相手の意向によりいい返事をもらえなかった。来年また儀式を行う」と発表した。過去にも魔王城に閉じこもり一向に話を聞いていただけない人も存在しているので、国民は特に不審には思わなかった。

  一方で魔王の関係者は召喚魔術の失敗の原因を調査していた。その中でアンスレア王国が勇者を召喚し、魔王を倒し世界を救うなどとのたまっていることが発覚した。インスペイル側からしてみれば、魔族を廃するという大義名分を謳った侵略行為に他ならない。しかも、その召喚した勇者というのが本来インスペイルで召喚されるべき魔王の花嫁候補であったというのであれば尚更だ。

  アンスレア王国はインスペイルで行われていた魔術を乗っ取り、発動と同時に自分たちの元に魔王の花嫁が召喚されるように仕向けたのだという。それを人質に取りインスペイルを攻めるつもりだったそうだが、ここで召喚されたのが何故か男3人に女が1人。しかもそのうち1人を除いて異常とも言える能力を所持しているのだ。これを利用しない手はないと勇者などという嘘八百で霧峰達を騙し、侵略行為を手伝わせているのだ。

  そしてなんの能力も持っていなかった私なのだが、これは私が本来の魔王の花嫁候補であり、術式を阻害された結果、目覚めるはずの能力が封印されてしまっていることが以前の検査でわかったそうだ。

  何もかもがあの国が悪いことがわかると、私の心の奥底でふつふつと気持ちが湧いてくる。無意識に怒っていたのだろう。前からナターシャがギュッと抱きしめてきて、ようやく気持ちが落ち着いた。


「我らが事前に魔術におかしいところがないか気がつけていればこのような事態は起こり得なかったのだ……だからこそ、私は本当に申し訳なく思う……しかし、私が死んでしまえば【返還の儀】も行うことが出来なくなる。貴女が元の世界へ帰った後に、私は死をもって今回のことを償おうと思っている。それまで、私が生きていることを許していただきたい」


  返還の儀というのは、魔王の花嫁になることを拒否した花嫁候補を元の世界に返すための儀式だ。元はインスペイルで行った召喚魔術であるが故に、こちらで返還の儀を行えば私は元の世界へと帰ることができるのだという。


「……私は元の世界へは帰れません。私は元々は男性です。この姿のまま元の世界へと戻っても誰にも私のことを気がついてもらえず、どうすることも出来ずに1人でひっそりと死ぬしかないでしょうから」

「無論、貴女が男性であったことも我らは知っている。返還の儀で元の世界へとお帰りいただく前に性転換薬は我らが手に入れてみせよう。もっとも、ダンジョンでしか取れない上に貴重なので時間はかかってしまうと思うが……。それまでの間は、変わらずここで過ごしていただきたい。もっとも、我らのことも信用できないとは思うので、ナターシャに身の回りの世話をして貰うように頼んである。それまでのことも聞き及んでいる故、この後宮には男は何人たりとも入れさせはしない」


  ナターシャはえへへと笑って、一層抱きしめる力を強くした。

  とりあえず話を聞く限りでは魔王は悪い人ではないんだと思う。というか、私がいなくなった後に自殺されても困るのだが。

  待遇は悪くないし、元の姿に戻してくれた上で元の世界へと帰れる。こんな最悪な世界から帰ることができるのだ。

  けれど、今の私が元の姿に戻って、心まで元に戻れるだろうか。あの口にするのもおぞましい体験を経て、私は私に、『僕』は私になってしまった。変容してしまった心は、そう簡単に戻すことはできないだろう。そして何より私自身がすでに自分を男性だとは思っていない。女性なのかと言われるとちょっと悩んでしまうところではあるけれど、男性というのが獣のように身体を求めてくる気味が悪いものと思ってしまっているので、今更それに戻りたいとも思わなくなってしまっていた。


「とりあえず、今は考えさせてください。すぐに答えは出せません」

「ああ、いくらでもいてくれて構わない。何かあればナターシャに、それか、我も顔を出すのでその時にでも言って欲しい」

「わかりました」


  そこで話は終わり、魔王とイレーネさんは部屋を出ていった。抱きついたままのナターシャは残ったままだった。


「ところで魔王様のお客人扱いなんだから、貴女のことはアオイ様って呼んだほうがいいかしらね」

「やめて、お願いだから普通にして」


  ナターシャは冗談めかしてそんなことを言い、私たちは互いに笑いあった。


ーーーーーーーー


  魔王城で暮らし始めてから1週間ほどが経った。

  それまでの生活と打って変わって平穏そのものな暮らしが続いている。誰も殴らないし蹴らないし、無茶な訓練を課せられることもないし、鞭で叩かれることもなければ強姦や輪姦もない。それは当たり前だと言われればそうなのかもしれないけれど、少なくとも私にとってはそれだけでとても平和だった。もっとも、外に出たら何があるかわかったものではないと考えているので、部屋からは出ずにナターシャに話し相手になってもらったり、本を持ってきてもらい読んで日々を過ごしていた。


「アオイ様、魔王様がお見えになられました」


  ナターシャが魔王が訪問してきたことを告げる。様付けなんて止めてと言っているが、さすがに魔王が来るときだけは体面上仕方なしに様付けをしている。

  魔王はだいたい昼過ぎのお茶の時間に、毎日欠かさず様子を見に来る。初めて来たときは、ついに来たかと犯される覚悟をしたのだが、その覚悟は実際問題全く必要なかった。魔王は紅茶を一口飲み、「困ったことはないか」「身体の調子はどうだ」などと一言二言話し、私が事務的に「大丈夫です」と返せば「そうか」と言って帰っていく。……何がしたいのかさっぱりわからん。

  それは毎日のように続けられ、今日も同じように一言二言話し、それだけで魔王は帰っていった。


「……段々魔王様が不憫になってきた」

「どういうこと?」


  2人きりになった部屋で、ナターシャがそんなことをポツリと言い出した。言っている意味がわからないので、つい聞き返してしまう。

  するとやれやれこっちもか、なんて大げさなジェスチャーをしながら自分用に淹れた紅茶を手にナターシャはソファーに腰掛ける。


「いい、アオイ。あれはどうみても貴女に惚れてるでしょ」

「……へ?」


  惚れてる?  誰が。魔王が?  私に?


「いやいやいやいやいやいや」

「そんなに否定しなくたっていいじゃない」


  そんなこと言われても否定だってしたくもなる。

  今まで暴行や強姦の対象でしかなかった私に、いったい誰が惚れると言うのだろうか。そんなことは天地がひっくり返ったとしてもあり得るわけないのに。


「うーん、逆に、アオイは魔王様のことどう思ってるの?」

「どうって……」


  そういえばそんなこと考えたこともなかった。

  魔王ってサラサラの金髪に赤黒の目で、うん、顔はかっこいいと思う。それにあの金髪も触ったら気持ち良さそうだし、身体は私よりも大っきいし……。

  って見た目のことしかわからないな。


「考えたこともないからわからないよ」

「それはそれで不憫だわ……」


  ナターシャは片付けがあるからとティーセットを下げて部屋を出ていった。

  1人きりになった部屋で天井を仰ぎ考える。

  魔王のことは嫌いじゃない。……だからって好きとかそう言う話じゃないけれど。

  ただ、魔王に見初められるにしろ、元の世界に帰るにしろ、やり残したことがあるんだ。それが終わるまでは、他のことを考えられそうにない。


  明くる日のお茶の時間。いつものように困ったことはないかという魔王に、今日はちょっとお願いをしようと思う。


「魔法を、教わりたいのです」

「それは、なぜ」

「強くなりたいから」


  少し誤魔化して話してみたが、ナターシャには気付かれているかもしれない。

  私は弱い。男だった時から体力はなかったけど、女になった今はそれに輪をかけて体力がない。だから強くなるためには魔法の道の方を進むしかないと思った。

  この1週間、ただ本を読んでいただけじゃなく、読んでいたのは魔法の教本だ。教本を読み進めるうちに、初歩の魔術はどうにか使えるようになった。けれど、その先がわからない。ナターシャに魔法の本を持って来てもらうように頼んではいたけれど、中級以降の内容は難しくてそれ以上独学では難しかったのだ。


「強くなって、何をしたい」


  魔王の質問に、私はどう答えたものかと悩み、その結果本心をそのまま語ることにした。


「復讐を。私を今の姿に変え、私に危害を加えたもの全てに復讐を。そうしないと、私は前に進めそうにありません」

「そう、か」


  それだけを言い魔王は部屋を出ていった。

  緊張していたのだろうか、どっと気疲れが混みげてテーブルに塞ぎ込む。

  そんな様子にナターシャもはぁとため息をついていた。


「そんなこと考えていたのね」

「教えてくれたのはナターシャだよ」


  そういえばそうだった、なんて言いながらティーセットを片付け始めるナターシャ。

  侯爵のところで奴隷になっている時、ナターシャは侯爵に復讐したいと言った。そして、それは成就した。私も一緒に殺した。短剣で心臓を人刺しだった。

  あの時の感覚は未だに覚えている。肉を抉り、侯爵の血が私の手を伝っていく。あの時の侯爵の苦しそうな顔を思い出すと、その時の快感を思い出すと同時に、まだ足りないということにも気がついてしまう。

  騎士団、宮廷魔術師、王族、そして……勇者。

  奴らに復讐しない限り、私は幸せにはなれないのだと思う。彼らから受けた痛み、屈辱、その何もかもが、私の心を蝕んでいく。こんな状態じゃ前に進めない。何をするにしても、こんな惨めな気持ちが後をついて回ってくるだろう。

  だから、私は復讐したい。全てはそれが終わってからだと思うから。


ーーーーーーーー


  次の日から魔法の訓練が始まった。

  なんと教えてくれるのは魔王様直々にでした。


「……どうして魔王が直々に」

「いきなり知らない男に教わるのも嫌であろうかと思ってな。それに、我が国で1番の使い手が我だからと言うのも理由だ」


  確かに私から頼んだけれど、知らない男にここに来られるのは嫌だったかもしれない。その点魔王だったら安心……ん?  なんで魔王だと安心なんだろう。

  まぁ魔王が教えることに問題はないので、しっかりと魔法を教わることにする。小さいことからコツコツと、だ。


「それじゃあ、まずはなんでもいいから魔法を使って見てほしい」


  魔王がそう言うので、覚えたばかりの魔法を使う。最初に覚えたのは周囲を照らすだけの魔法【ライト】だ。

  集中し、魔法を発現できるだけの魔力を集める。王国の魔術師は私に魔力を感じろ!  としか言わなかったけれど、魔力というのは身体の中にあるエネルギーのようなものだった。だから身体の中から集めるようなイメージができていないと、魔法はできるようにならないのだ。

  【ライト】と短く魔法名を唱えると、弱々しくも辺りを照らす光の球体が私の手のひらに現れた。 私は魔法がちゃんと使えていることにホッとする。


「どうですか?」

「独学でちゃんと発現できるところまでできたのはすごい、が」


  魔王はそう言うと私の後ろに立ち、手をお腹の辺りへと滑らせる。布越しに男性特有のゴツゴツした手が当たり、ちょっとだけ、身体を震わせてしまう。見上げると、顔が随分と近い。少し背伸びでもすれば、唇が当たってしまいそうなそんなーー

  その私の反応に魔王はハッとしたのか、慌てて手を離す。


「す、すまん!  魔力の集まりが弱かった故この辺りに魔力を貯めるといいと言うのを説明したかったのだが、無神経だった。申し訳ない」

「いえ、私こそ、せっかく時間を割いて教わっているのに……」


  なんだか顔が熱い。私、照れている?  男に触られることなんて、気持ち悪いとすら感じていたはずなのに。きっとナターシャが魔王が私に惚れているなんて余計なことを言うから……。

  気取られないように表情を引き締め、魔王の方を向き直ってみてみれば、私よりももっと顔を赤らめている魔王の姿があった。

  嘘、ナターシャの言ってたことって本当なの……?


「きょ、今日はここまでにしようか」

「そ、そうですね……」


  ナターシャのため息が溢れる中で、大して何もしていないうちにその日の魔法練習は終わりを告げたのだった。

  魔王が逃げるように去り、ナターシャがティーセットを片付けに出て行き、1人になったところで魔王に触られたお腹に手を当てる。その部分だけが、なんだかとても熱く熱く感じる。けど、それは不快じゃない熱さだ。

  ーー魔王の手、大きかったな。

  なんてことを頭の中で思い描き、首を振ってそれを消そうとする。

  復讐したいだなんて、あれだけの啖呵を切っておきながらこんなことで簡単に絆されてしまっているだなんてどうかしている。

  これは、一時の気の迷いだ。そうに違いない。

  そんな気の迷いを晴らすべく、私は魔法の自己練習に打ち込んだ。


ーーーーーーーー


  それから、魔法の練習は毎日の日課になった。

  時間になると魔王がやってきて、魔法の使い方を教えてくれる。彼は教え方はうまいのだけれど、教えるときに密着をしたり手を取ったりする必要がどうしても出てきてしまい、その度にお互い赤面して中断した。

  我ながらなんとも単純な性格をしていると思う。

  魔法の練習の時間が増えるとともに、魔王とも次第に会話が弾むようになり、そして、自分の気持ちに気がついてしまった。

  今まで出会ってきた男と違い、彼のその真面目なところは好感が持てるし、照れている顔はなんだかかわいく感じてしまうのだ。自分だって男だったはずなのに、こんなことを考えてしまうのはこの身体になってから結構時間が経っているからなのだろうか。

  けれど、今の私には彼の気持ちに答える資格はないと思う。

  彼のことを考えると、確かに幸せな気持ちがこみ上げてくるけれど、それと同時に王国での嫌な記憶も現れてしまう。実際、魔王に手を取られた時に王国での厭らしい騎士の笑みが脳内に現れ、魔王の手を弾いてしまったことがあった。あの時の魔王の悲しそうな顔は、今でも忘れられない。

  だから、まずは復讐をしよう。

  奴らを殺し、切り裂き、燃やし、呪い、潰し、考えうるすべての方法で殺そう。

  そして、その時に改めて魔王に気持ちを伝えよう。大量に人を殺した私を、魔王は受け入れてくれないかもしれないけれど、そうじゃないと魔王の気持ちを私が受け入れることができないから。本当は綺麗な身体で魔王と出会いたかったけれど、それはもうどうにも叶えようがない。だから、全てを清算して、それから全てを始めよう。


  そう決めていた、はずなのに。


「アオイ、君の考えていることはわかっている。けれど、我はこの気持ちを伝えずにはいられない。我の嫁として、この国に止まってはくれないだろうか」


  ついに、魔王から告白された。

  嫁になって欲しいだなんて言われて、男だった時からしてみれば考えもしなかったことだけど、実際言われてみるとなんとも嬉しいことか。その言葉だけで、胸がキュンとしてしまい、幸せな気持ちが途切れることなく溢れてくる。

  けれども、その一方で奥底でチクリと痛むもののある。だから。


「ごめん……なさい」


  ああ魔王様、そんな悲しそうな顔を見せないで。その顔を見てしまうと私もとても悲しくなってしまう。できることなら私も魔王様と添い遂げたい。あぁ、今ならはっきりとわかる。きっと、魔王に出会って、話を重ねて、手を触れ合って、そんな単純なことで、私は魔王様を好きになってしまったのだ。平穏な日々の中で、歪められた私は、歪なままではあるけれど、それでも女の私になってしまったのだ。

  でもだからこそ、今のままでは魔王様の気持ちには応えられない。胸の奥にあるチクリとした痛みから、溢れんばかりの黒いドロドロとした気持ちがある。それは心の奥底で溜め込んだ恨み。

「なぜ僕がこんな目に」「痛いからやめて」「どうして誰も助けてくれないの」「いっそ死んでしまいたい」「僕だけがどうして」

  そして、侯爵を殺した時から生まれた殺してやるという気持ち。

  これらをどうにかしないと、魔王様の気持ちを心から受け入れることはできない。


「私は、復讐を果たしたいのです。それが叶った時、改めて私から言わせてくれませんか。……『お嫁さんにしてください』と……」


  ……なんか凄い恥ずかしいことを言ってしまった気がする。

  魔王様もポカンとして、理解ができたら今度は顔を真っ赤にして照れてる。かわいい。


「あ、ああ、わかった。今は、ということだな。わかったぞ」


  理解が追いついていないのか、それとも照れ隠しなんだろうか。魔王様はそれだけ言うと今日は一度帰ると部屋を出て言ってしまった。

  私も、自分で言ったお嫁さんなんていうワードに恥ずかしさを覚えてしまい、クッションに顔を埋めることにした。


ーーーーーーーー


  それから結構な日々が過ぎた。

  私の日々は変わってはいなかったけれど周りはそうでもないらしく、ついに勇者がインスペイルの領土に入ってきたとナターシャから聞いた。侯爵のところにいた時にはもう旅に出て行ったはずなので、随分とゆっくりやってきたんだなと思う。世界の危機が聞いて呆れる。インスペイルからも魔族の兵が応戦に出ると聞いている。実力差は魔族兵と騎士団では魔族兵の方が強いが、勇者は魔族兵よりも多少強いというとこだそうだ。

  そして、彼らの能力では魔王には勝てないであろうことを私は悟っていた。

  魔王から魔法を教わっているうちに魔力の感知なんかもできるようになってきたのだけど、魔王の魔力は群を抜いて大きなものだった。あの魔力で全力で魔法を撃たれようものなら、以前に見た足立の魔法なんて比べものにすらならないだろう。

  だから私は安心して日々を暮らしていた。復讐ができそうにないことは気になるけれど、いくら練習をしてもいきなりあいつらより強くなれるわけでもないし、焦って出て行ったところで返り討ちにあうだけだろう。


「はぁ、勇者が近づいて来てからというものの、魔王様はやって来ないわねぇ」

「一国の王が戦いよりも私を優先する方が問題でしょうよ」


  というか王様がそんなことしてる国はいっそ滅んでしまえ。

 

「でも、残念なんじゃないの?」

「むぅ……」


  確かに会えないのはそこはかとなく残念なんだけど、そうだけどそうじゃないというか……。


「そ、それより、今日の服、なかなかかわいいと思わない?」


  今日来ているのはAラインの真っ白なドレス風のワンピースだ。スカートなんて最初は嫌だったけれど、侯爵のところでは常にメイド服だったし、今となっては気にもならない。むしろ、かわいいかどうかを気にしているぐらいなので男だった私が如何に壊れてしまっているのかという話だ。


「まぁ確かにお似合いですよ」

「なんか引っかかる言い方」


  まぁ別にいいけれど。

  そんな話をしていると、外からドタドタと大きな足音が聞こえてくる。後宮には女性しかいないはずだし、来るとしたら魔王だけど彼はそんなに慌てて走るような人じゃないはずだし。

  バンと開いた扉の先には、ゼェゼェと息を切らした魔王の姿があった。


「アオイ!  ちょっと来てくれないか!」

「ま、魔王様!?」


  魔王様はずかずかと近づいて来ると、私の手を取って部屋を出ようとした。

  なんだかいつもと違う雰囲気に内心怯えつつも、力では敵わないのでそのまま魔王様についていくことにする。ナターシャもうしろからついて来ていた。

  連れて来られたのは後宮の地下室。こんなところがあったのかと思ったが、今はそれよりもなんで急にこんなところに連れて来られたのかが気になる。


「ようやくだ。ようやく、貴女の望みを叶えられる」

「私の……望み……?」


  そう言って魔王様はその扉を開ける。

  飛び込んで来たのはランプに照らされた赤い部屋。赤と金の装飾で飾られたその部屋は昔の魔王様が作ったパーティールームであるらしい。もっとも、趣味が悪くその後のどの魔王も使用したことはないのだとか。

  そんなパーティールームに幾人もの人が座らされているのが見える。その人たちを見るたびに、私の口角がどんどん上がっていくのがわかる。

  だって私は彼らを知っているのだから。


「国を滅ぼすだけであれば我らにとっては造作もないことであったが、勝手を起こすのであれば其奴らの言うような世界を滅ぼす魔王になりかねんからな。近隣諸国に説明をして、この件に関して手を出さないようにさせるのはなかなか骨が折れた」


  どうやら、魔王様は私のためにコツコツと準備を進めてくれていたらしい。近隣の国を相手取っての交渉や、戦いの指揮など、本当に大変だったのだろう。でも、それを私のためにやってくれたという事実は、なんだかとても嬉しくて、とても愛おしく感じるのだ。

  拘束され、猿轡をされているのでうーうーと唸るような声がどこからともなく聞こえて来る。

  その中でも一際大きく声を出す彼に近づく。近づいた時は目を丸くして驚いていたが、私の顔を見て急に強気になったのか、さらにその音を大きくした。

  うーうーとあまりにも耳障りな音を出し続けるので、仕方なく猿轡だけは取ってあげよう。


「小鳥遊ぃぃぃ……!  てめぇ、これを解きやがれ!  そこのクソ魔王を殺すんだよ!  手加減されて捕まってるとかありえねぇだろうがよぉぉ!」

「え、嫌よ。どうして私が魔王様に害することをしなくてはいけないのかしら」


  もう貴方の知ってる小鳥遊葵はいないのだと、わざと女らしい言葉遣いを強調して話す。

  目の前の彼、霧峰拓人は大層驚いていたが、すぐに逆上しその声をさらに荒げた。


「てめぇ小鳥遊ぃ!  お前みたいなクソザコカマ野郎がなんで俺に逆らってるんだよ!  いいからこれを解きやがれ!」

「だから嫌だって。それに、カマ野郎は酷いんじゃないかしら。こんな身体、こんな私にしたのは貴方たちでしょう?」


  そう言って私は部屋全体を見渡す。

  捕まっているのは私の知っている人ばかりだ。アンスレア王国の国王に王妃、召喚魔術をした魔術師たち、王国の騎士団、そして、勇者こと霧峰拓人、足立稔、九重真奈の3人。

  なんと復讐をしたかった相手が粗方揃っているではないか。貴族連中なんかも対象だったけれど、全員は無理だとは最初から思っていたし、何より同郷の3人がいるのであれば十分すぎるほどだ。この3人が私にとってもっとも殺したい相手なのだから。

  メインデッシュは後回しにしよう。ぎゃーぎゃーとうるさい霧峰の口に猿轡を巻き、騎士団の方へと近づいた。彼らもまた、私の方を見るとなぜか強気な目を向けて来る。

  その中の1人、よく覚えのある顔の騎士の前に立つ。


「お久しぶりです、クロノさん。とりあえず、死ね」


  クロノは私の処女を貫いた騎士だ。あの当時は痛みからただ逃れたいからとなんとも思わなかったし、薬で頭の中をぐちゃぐちゃにされていたから考えること自体を諦めていたけれど、いざこうして目の前に現れて見ると、とてもムカムカとしてくる。

  どうしてこんなやつに処女を奪われなくてはいけなかったのか。出会いの順番を間違わなければ、魔王に捧げることだってできたはずなのに。

  私はクロノの腰にある剣を引き抜くと、そのまま彼の喉に突き刺した。


「んー!  っ!?  がっ、こひゅ……」


  上手く骨の間にでも当たったのだろうか、力の弱い私でもあっさりと剣を喉に突き刺すことができた。

  死んだ。人が、死んだ。私が殺した。

  あぁ、なんて気持ちがいいのだろう。私を害した人間が、こうもあっさりと死ぬなんて。

  でも、あっさり死んだということは、私の受けた苦しみを理解していないということだ。


「……あぁ、お隣にいるのはロズベルトさんですね。私の、唇の初めてを奪った人」


  ロズベルトがビクリと身体を震わせた。全身拘束されているというのに、身じろぎどこかへ逃げようとする。

  そんなことを私が許すと思っているのだろうか。

  ふと見やるとイレーネさんが台車に色々な道具を乗せてやってきた。私の近くまで台車を持ってくると、どうぞお使いくださいと軽やかに一礼する。

  魔王様の方を見るとただ無言でコクリと頷いた。ここにあるものは使っていいということなんだろう。

  その中から、麻でできたロープを手に取る。そのロープを、鼻歌交じりでロズベルトの首にかけると、天井にかけられたフックにロープの反対側を通す。通すのはイレーネさんがやってくれた。

  それをよいしょ、よいしょと引っ張っていく。グイグイと引っ張りはするが体格のいい騎士であるロズベルトの身体を引っ張ることは難しい。

  うーんと力を入れると、不意にロープが軽くなった。ナターシャが引っ張ってくれていたのだ。


「私も魔族だしアオイよりは力あるしね。というか、貴女の手でこんなロープ引っ張ったら手が擦りむけちゃうでしょ!  侍従としてそれは認められないし!」


  なかなか引っ張られないので、私が弱い女だと知っているロズベルトは一瞬気を緩めてしまったのだろう。逃げるのをやめてその顔の余裕が浮かんだその瞬間に、ナターシャが思いっきりロープを引っ張ったのだ。抵抗する間もないままロズベルトの身体は宙へと浮かんでいく。身をよじり苦しみから抜け出そうとするが、それがより首にロープを食い込ませ、白目を剥き顔を赤黒く変色させるその様を騎士団に見せロズベルトは死んだ。しばらくすると全身から体液を垂れ流し、それが他の騎士団へとかかっていく。けれど、それに逃げるでもなく叫ぶでもなく、ただ恐怖で動けない烏合の衆がそこにいる。

  あれが国を守る騎士団だと、なんともだらしがないことだろうか。それもそうか。あれは騎士団なのではなく集団強姦魔の集まりなのだから。

  ロズベルトが死んだことでまた1つ気持ちが軽くなっていく。軽くなった気持ちで出来た笑顔を騎士団の皆々様に向けてやると、彼らは顔を青ざめて、我先にと逃げるようにその場で暴れ出す。と言っても拘束された手足で何ができるわけでもないのだけど。

  そしてそれは王や王妃、魔術師や勇者たちも同様だった。まだたった2人死んだだけじゃないか。私の受けた苦しみは、こんなものじゃあなかったのに、楽に死ねてよかったじゃないか。


  私は騎士達を次々と殺した。具合が悪いと私を殴った騎士には、金属でできた鈍器で何回も頭を殴りつけ撲殺した。私の口に自身のブツを嬉々として咥えさせた騎士には、絹の布を口の中に詰め込み鼻を押さえ飲み込ますように喉奥に押しやり窒息死させた。ぶっかけて汚すのが好きだった騎士には、強力な毒液をぶっかけ肌が爛れていくの見せながら毒殺した。尻でするのが好きだった騎士には、尻穴から水を流し込み続け口から汚物を撒き散らしながら溺死した。鞭で私を甚振るのが好きだった騎士には、全身に剣で切り傷をつけてやり、甚振りながら出血死させた。


  何人も何人も何人も何人も何人も殺した。

  時にはわざわざ勇者の前へと引っ張って目の前で首をかっ裂いて殺した。霧峰は此の期に及んでこちらを睨み続けていた。足立と九重は人が死ぬ様子を見たくないのか目を背けようとしたけど、イレーネさんやナターシャがそれを許さなかった。彼らの顔を固定し、目を開けさせて騎士が死ぬ様を目に焼き付けさせた。


  騎士を全員殺し終えたら、次は魔術師だ。

  どう殺したらいいものか考えていると、イレーネさんが拷問器具を用意してくれた。曰く、彼らはインスペイルの大切な祝い事である魔王の花嫁の儀式を汚した冒涜者だから拷問にかけるのが望ましいということだ。

  なるほどと私は思い、魔術師達を拷問器具へと放り込んだ。鉄の棺桶の中に大量の棘がありそれらが刺さって死ぬ拷問器具や、同じく鉄の棺桶だが外側から炙ることで中の人間を蒸し焼きにする拷問器具。万力のように頭を締め付け潰すものや棘の生えた椅子など色々な拷問器具に魔術師がかけられる様子は、さながら異端審問にかけられているような光景だ。

  騎士達を手ずから殺したのもあって疲れた私は途中から拷問にかけるのをナターシャやイレーネさんに任せていたけれど、なかなか楽しい催し物だったと思う。


「そう思いません?  アンスレアの国王様」

「狂ってる……貴様は、狂っている……」


  拷問の光景を見ながら座って休む私の横に、勇者3人と王様がいる。初めは全員猿轡をとって拷問を見ながらお話しようと思ったけれど、霧峰はこんなことはやめろなんて勇者みたいなことを言ってうるさいからまた猿轡を付け直した。そんなセリフ、お前には似合わないよ。

  戯言のように呟く王様を尻目に、次の拷問が始まる。なんと次は王妃様だ。

  先ほどまでの光景に耐え切れなかったのか、王妃は何も話さず、ただ悲観して諦めたような顔をしていた。

  そして王様は私に縋るように王妃の命乞いを始める。


「あいつは、オクタビアだけは助けてくれ!  わしらが悪かったのだ!  だが、オクタビアは関係ない!  せめて、オクタビアだけは頼む……」

「わかった」


  王様が藁にも縋る思いで私に頼んでいるのだろう。それだったら、私がすることは1つだ。


「次は2人同時に殺そう。王様と王妃様の2人一緒に仲良く殺してあげる」


  王様の顔が絶望に染まる。ああそうだ。そんな顔が見たかった。

  きっと今の私の顔は醜悪な笑みを浮かべているのだろう。


「なぜだ!  オクタビアは何もしていないだろう!  この悪魔め!」

「なぜ……と言われても、王妃様は悪趣味にも私が騎士団の皆様に侵されているところを嬉々として見に来ていらっしゃったので、復讐には十分だと思いますよ?  見ている時、元男が犯されてるわ、いい見世物ねと笑っていらっしゃいましたし」


  醜悪な王妃には醜悪な死を。見世物には見世物を。

  私が合図をするとイレーネさんはコクリと頷き、王妃に無理やり薬を飲ませる。その一方で、私の横で喚いていた王様を王妃の前へと連れ出し、首の固定具のないギロチンに縄で強引に固定した。その時に、下半身だけはむき出しにして。汚いブツが丸出しだ。


「貴様は!  オクタビアに何を飲ませた!」

「王様は知ってるんじゃないですか?  私も散々飲まされたアレですよ」


  王妃は拘束を解かれていた。これなら、逃げようと思えば逃げられる。もっとも、魔王にイレーネさん、ナターシャもいるこの部屋から逃げられるわけもないけれど。

  しかし、王妃はフラフラと、目の焦点が合っていない顔をしながら王様の元へと歩いていく。そして王様の上にまたがりその身体を王様へと預ける。


「あなた……熱いの……身体の疼きが止まりませんの……皆様が見てますけど、いいですわよね……」


  王妃は服も脱ぎ去りあられもない姿になるとついに事を致し始めた。私には獣の行為にしか見えないので見世物かと思ったけど見るに耐えなかった。

  なので、王妃が王様にキスをし、2人の頭が直線に揃ったところでギロチンを落とした。王様は最後まで抵抗していたせいで、ギロチンが落ちてくる様をよく見れたことだろう。こっちの方が、よっぽどいい見世物だ。

  さて、楽しい見世物も終わったので、そろそろメインディッシュに入ろうか。

  未だ唸る元気のある霧峰に比べて、残りの2人は大人しいものだ。

  特に九重なんかは股の間に水溜りを作ってしまっている。しまった、どのタイミングでやったのか見ておけばよかった。


「やぁ九重、どうだった?  なかなか楽しめたんじゃないかなって思うんだけど」

「い、いやぁ、殺さないでぇ……」


  すっかり怯えた九重に、さすがに私も毒気が抜かれそうになる。


「そうだねぇ……九重にはなんだかんだ回復させてもらってるし、九重がいなかったらきっと薬で廃人になってたかもしれないから、殺すのはやめてあげようかな」


  そういうと、九重はさっきまで顔を青ざめていたのに、少し顔色がよくなった。

  ははっ、バカだなぁ。さっきの王様とのやりとりを見ていなかったのだろうか。

  私はイレーネさんに頼み、ある薬の入った小瓶を九重に渡す。九重の拘束は解いているが、ナターシャがずっと睨みを効かせている。逃げ出すということはないだろう。


「それ飲んだら許してあげるよ。毒でもないし、王妃に飲ませた薬でもないから安心して。それを飲んだら、本当に許してあげるから」

「ほ、本当ぅ……?  私のことは、殺さないでくれるぅ……?」

「うん、本当本当」


  九重は私の言葉を信用しているのか、それとも何か考えがあるのか、その薬を飲み干した。

  そして、九重の地獄はそこからはじまるんだ。


「の、飲んだ、飲んだしぃ!  ……っ!?」


  ガクン、と九重がその場に座り込んでしまう。本人も何が起きているのかわかっていないようだが、私は何が起きたか知っている。

  ちょうどよく、九重はミニスカートにニーハイソックスという格好だったので、そのニーハイソックスを少しめくって見せる。

  そこから出て来たのは、およそ人間の物とは思えない球体の関節だった。


「え、うそ。なに、これ、いや、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


  発狂したように身体を動かそうとするが、それもままならず、身体全体が倒れてしまう。きっと腰のあたりも同じようになったのだろう。


「約束通り、九重は許してあげるよ。そこの騎士団とかみたいにぐちゃぐちゃの死体じゃなくて、身体を綺麗なまま残してあげる。さっき飲ませたのは、人形化の呪い薬っていうダンジョン産のアイテムなんだって。意識はどうなるのかわからないけど、飲んだ人の身体を綺麗な人形に変えてしまう薬なんだ。ちょうど、こんな風にね」


  そう言って九重の腕を持ち上げてあげる。すでに腕も球体関節になり、もう残すは首から上になっていた。結構進行速度が早い薬なんだね。


「いや、たすけ、【ヒール】!  【ヒール】!  なんで発動しないのよぉぉぉ!」

「あははっ、人形に魔力があるわけないじゃない。でも、100年とかしたら呪いの人形みたいに魔力だってあるかも?  ほら、元の世界にもあったでしょ?  髪が伸びる日本人形とか」

「いやぁぁぁぁぁっっ!  ……っ!  !」


  ついに口もお人形になってしまった。まだそこを動かせるのか、口をカパカパと開けて何か話そうとしている。しかし、喉が球体になってたら話せるものも話せないだろう。

  そしてその目に絶望を浮かばせて、九重真奈は球体関節人形に成り下がった。絶望を孕んだ目も、今では綺麗なガラス玉だ。

  顔を少し触って動かすと、ニッコリとした笑みを浮かべる九重人形。うん、女の子にはやっぱり笑顔が一番だよね。ガラス玉から水がこぼれ落ち涙のようになったけれど、そんなのは似合わないから綺麗に拭き取ってあげる。目も擦ってあげれば反射して私が映り込むぐらいに綺麗だ。


「ナターシャ、これ、綺麗に飾っておいて」

「はい、すぐにご用意致します」

「服とかもよろしくね。聖女って呼ばれてたみたいだから、そんなイメージのもので」


  これで九重人形は綺麗に着飾られて飾られて、殺したわけじゃないから約束は守ったよね。

  それじゃあ次。


「足立?  元気だった?」


  足立はなんかもう、今にも死にそうなほどに顔を青ざめてしまっている。譫言のようにごめんなさいごめんなさいと繰り返しているけれど、生憎と許す気も逃す気もない。

  返事もしてくれないしさっさとやってしまおう。九重みたいに反応してくれた方が面白いけど、いつも腰巾着だった彼はこんなものだろうとも思う。

  拘束をしたままに、貼り付けにして立たせる。十字架の形の杭に貼り付けにされた彼は、自分がどうなるのかわかってしまったのか、やめろ離せと騒ぎ出した。


「ねぇ足立、足立は確か魔法がとっても得意だったよね」

「ひゃ、ひゃいぃ!」

「私もね、ここに来てから、いっぱい魔法の練習したからさ、その成果を見て欲しいんだよ。アンスレアで足立が私にしたみたいにさぁ!」


  私は足立の足に、小さい火を魔法で灯す。

  練習してできるようになった魔法は【インディリブルフレイム】。その特性は魔法効果以外で消えないというもので、主に夜の灯りに使われることがある魔法だ。

  その火が足立の足を焦がしていく。大した威力もないその火は、それでも人を火傷させる程度には危険なものではある。


「あづい!  あづいよぉぉ!  たかなじぃぃ!  けせぇ!  けせよぉぉぉぉぉ!!」


  足が焼け爛れていくのが苦しいのか、足立はいつもの笑い方すら忘れて私に火を消すように叫んでいる。


「えー、だって、足立は私が霧峰に殴られたり蹴られたりしてる時も助けてくれなかったじゃない。それなのに、なんで私が足立を助けないといけないの?」


  私は笑顔で足立にそう言った。私が言ったことを、足立は理解ができなかったようで。


「あづいよぉぉ……きりみね……たすけてくれぇ……あしが、おれのあしがもえつきちまうよぉ……」


  しかし、足立の足は燃え尽きるということはない。【インディリブルフレイム】の火は、人を燃やし尽くすほどの火力はない。ただ、ずっとその場に残り続け、火傷を引き起こすだけだ。もっとも、1週間も燃えたままであればさすがに燃え尽きるかもしれないが。

  最初は足しか燃えていなかったが、服に火が移り今は全身を燃やしている。足立は今、自分の肉が焼ける酷い匂いにも襲われているだろう。


「げほっ、あづいぃ、からだが、もえる、げほっ、もえるもえる、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


  それが最後の断末魔となり、足立の命も燃え尽きた。おそらく、全身を燃やされたことによる熱中症かショック死が原因だろう。なんとも呆気なく、面白くもない死に方だった。

  いよいよ最後の1人と対面する。此の期に及んでも私を睨み続けていられる精神力はさすが勇者ということなのだろうか。それとも、最初からこの男は狂っているのか。


「霧峰……やっとお前の番だよ。お前を殺して、私は幸せを掴み取る」

「小鳥遊ぃぃ、俺が、俺様がお前ごとき雑魚野郎に殺されるかよぉぉぉ!」


  拘束され、剣の1本も振れない状況であるというのに、この男はまだ私に殺されないつもりでいるのだろうか。

 いや、もしかしたら、本当に私1人では殺すことができないのかもしれない。それほどまでに、私と彼との上下関係というのは覆すのが難しいものだ。それは、この異様な状況でも変わらない。

  騎士どもを殺し、魔術師どもを殺し、王と王妃を殺し、九重を人形に変え、足立を殺してなお、この男には届かないのか。

  ならば、届かせてやればいい。私1人で足りないのであれば、私の愛する人の力を借りて。


「魔王様」


  今まで静観していた魔王様が、突然に声をかけられたので驚いたようにこちらを見た。彼は私の方に近づき、霧峰を一瞥するとすぐさま私の方へと向き直す。


「魔王様、いつかのお返事を、今返させていただきます」

「……いいのか。まだ、途中であろう?」


  私は彼に、復讐が終わるまで待って欲しいと告げていた。彼の目から見て、これはまだ復讐の途中なのだろう。私としてもそう思うが、けど、少し違う。


「確かに、まだ道半ばです。いえ、もう終わりかけではあるんですけど。だからこそ、今言わせてください。ここからは、私とあなたとで幸せになるために必要な1歩なのです」


  彼は真っ直ぐに私の方を見ている。射抜くようなその赤黒の瞳も、今ではとっても愛おしい。


「私は、魔王様のことが好きです。お慕いしています。愛しているのです。だから、私を貰ってくれませんか?」

「もちろんだ。だが、その前にやることがあるのだろう?」

「ええ、ですので」


  私はそこに落ちていた適当な剣を拾う。そして、それを持ったまま魔王様の手を私の手の上にそっと載せる。


「私の元々いた世界では、結婚式を行う時に初めての共同作業ですって、お祝いのケーキを2人で切るんですよ。私の最後の復讐は、あなたと共に歩むための、最初の儀式にしたいのです」

「わかった。そういうことなら、謹んでお受けしよう」


  私は魔王様と共に霧峰の眼前に剣を掲げる。さすがの霧峰もこの状況は死を悟ったのか、ついにその強気も折れてしまったようだった。


「おい、うそだろ、だって俺は勇者で、お前みたいな雑魚野郎に俺が殺されるわけが」

「ごちゃごちゃうるさいケーキ。大人しくして」


  それが、決別の言葉だった。

  振り下ろされた剣は霧峰の頭を真っ二つにして、中から赤い液体を噴出させる。霧峰だったものは、そのままごとりと倒れて死んだ。

  それを確認すると、なんだか身体の力がどっと抜けてしまう。手を握っていた魔王が、そのまま身体を支えてくれた。


「大丈夫か?」

「は、はい。大丈夫です。大丈夫ですので、その、降ろしてもらえると……」


  大丈夫かと尋ねられた時には、私は抱きかかえられていた。いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。抱っこぐらいなんてことはないと思っていたが、いざ好きな人にされるとなると、顔の位置が近くて照れてしまう。恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になり、それを見られたくなくて、両手で覆って隠してしまう。それがまた、よくなかったらしいが。


「照れるなどと愛いやつよ。どれ、汚れてしまっている故な、風呂場で綺麗にしないといけぬ」

「ま、魔王様!  その、いきなりは恥ずかしいと言いますか……」

「ジークムント」


  いきなり名前を言われ、訳がわからずにポカンとしてしまう。我ながら、アホっぽい顔になってしまっていたのだろう。


「ジークムント。我の名だ。魔王様などと他人行儀な呼び方でなく、ジークと親しみを込めて呼んで欲しい」

「……はい……ジーク、様……」


  彼の腕の中で、彼の名を呼ぶ。

  それだけで、胸の内が熱くなり、ほわほわと幸せな気持ちになれる。なんだかとても、幸せな気持ちだった。


  かくして、僕の、私の復讐はこれで終わった。

  今までの僕にさよなら。()におめでとう。新しい私は、魔王様や親しい友人と共に、幸せな未来を掴むだろう。

  いつまでも、幸せな日々を。

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