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第三話  儚き希望に惨劇の花束を


 学問、それは人間が生きる過程で必要不可欠なもの。

 熱心に励み、熱心に努力し、そこで初めて結果に辿り着ける。

 膨大な知恵を手に入れ、どこにいっても役立つことができる。

 論理的な解釈や相手の視点をある程度予測できたり、場の雰囲気に合わせて自らがどう行動するべきか、臨機応変な対応もとることが可能だ。


 こんなにも幸せなことがあるものか。

 学問はそれほど重要かつ、神から与えられし試練なのだ。


 その試練を克服しようと、とある大講堂に反政府組織Aのお嬢様や坊っちゃまが集約した。


 前の隠れ家のような藁ではなく、しっかりとした鉄骨など頑丈な素材でできている。

 外見も立派だった。


 建物はさておき、来る人間だが何故か全員女らしい。


 そして担当は当たり前のように。


「なぁにが重要な任務だ。教官など聞いてもおらんわ」


 クリミナーレ=ストラス。

 この物語の主人公だった。

 演奏の指揮者がよく使用するような、細長い棒状のものをカンカンと教卓にわざとぶつけ、面倒くさいということを白々しい態度でアピールし続ける。

 見る側もあまりにも不快きわまりないものだが、逆にナーレの方が窮地に立たされていた。


 政府では、ずっと部屋に引きこもりっぱなしであり、女という女は一人しかいなかった。


 そして女という生き物、というより概念がよく理解できておらず、本能ではあれやこれやとどう接するかなど、絶句するほどどうでもいいようなことを思考していた。


「微妙に私一人、五分前行動とか言ってこの講堂に放り込む奴らも鬼といえば鬼だ」


 そんなありきたりなことをぶつぶつと呟いていると、ナーレから見て左側にある扉が開いた。

 入ってきたのは、五人。

 見るからに、忍者、エルフ、猫耳娘、クッソビッチそうなお嬢様、超ロリショタのクソガキと、あまりにも衝撃的かつ、頭が爆発しそうなメンバーの勢揃いに言葉が濁る。

 しかも、自分があの統括元帥、クリミナーレ=ストラスということを忍者ナツキ以外知らないのだ。


「あぁ…クッソ面倒クセェ」


 丁度いい半円に階段状の机がびっしりと詰め込んである。

 反政府組織がここまで金持ちだったとは、いや逆にこれが元政府に所属していた自分に見せびらかせて猶予さをアピールしていると思うと、慢心してるなと直ぐに察して呆れてしまう。


「どいつもこいつも政府なめくさりすぎだろ」


「いえーい!  呼ばれてとーじょー猫耳娘ー!」


「ううっ、し、知らないひ、人がいる…」


 猫耳娘と、エルフ、この二人の喋り方があまりにも耳に残る。

 というより、迫力というか、戦闘能力といえばよいか。

 そんな示威が一切に感じられないのは、遺憾であり最大の弱点かもしれない。

 戦闘の講義じゃなくて学問をしにきたんだが。


「というか、なんで今更になってこんな薄っすいキャラと、微妙に濃いキャラを中途半端に混ぜた感じでメルメッザは私に丸投げしてきたんだ?  第一に覚えられないっつの」


 頭を抱えながら、停止しつつある思考をまた巻き返そうと孤軍奮闘する。

 すると今度は階段状に一段、一段と丁寧に置かれる机の上に、なんともナーレを吟味するかのように肌をわざと露出させて上向きで、こちらを誘惑してくるビッチの黒髪ロング女が一人。


 綺麗に整ったその顔面を、今すぐ殴打(おうだ)したい気分になる。


「あらァ?  先生まさか、この私の美貌という理論を覆すような美しさに見惚れて、嗚咽でもしちゃったのかしらァ?」


「うるさい、貴様のくっそきたねぇ肌なんか誰が見るのか…というより、こんなキャラばっかりでこっちはもう喋り方でさえ、おかしくなっているというのに」


 頬を膨らませて、自らの肌を罵倒されたナーレに激越し、先程の余裕とは大違いのみっともない姿を自ら晒すビッチぽい女。

 それを図るようにして唐突に教卓の前に立つ、忍者ミツキ。


「あぁ、お前か何の用だ。奴の宥和(ゆうわ)はせぬぞ。また面倒くさいこととなる」


「んなことしませんよー。と、いうより逆にあの最悪政治を行ったあんたが担任になるなんて正直虫酸が走るけどー、なんか勉強になりそうだからいいんだわー」


 嫌味をいいにきたのか、違うのか、まるで何を考えているのか分からない。


「ま、これで優秀な戦闘員やらなんやら増大するならー、いいことなんですけどねー」


「ふん、やるからにはきっちりとやらせてもらうからな。そこら辺は覚悟をしておけ」


「おぉーこえぇー」


 するとバーンという凄絶な音を立てて、またもや扉が開いた。

 ひょこっと顔を出したのが、クリラネだった。

 それを俊敏に捉えた全員は、呪詛を掛けられたかのように耳を塞ぎ、(うず)くまった。

 スゥーッ!  とクリラネは、満遍なく肺に空気を蓄積させると、壁が抜け落ちるかのような大音量で何かを言い出した。


「きーん!!!  こーん!!  かーん!  こーん!  きーん!!  こーん!  かーん!!  こーん!!!」


「うるせぇぇぇぇ!!  なんだよあれは!」


「クリラネ様のチャイム音がですよ〜、色々と組織は費用とかを戦闘の武器とかに使いたいんで〜、こういう学校的な所には回してくれないんす〜」


 耳を塞ぎ、あの大音量のチャイムを聞いているので、会話もろくにできない。

 というより凄まじい轟音により、立つことさえも困難になるのは、ちょっと人の領域を超えすぎて図りかねなくなる。


「せんせぇ〜!!  だ、だ、大丈夫、ですかぁ〜!?」


 金髪、言葉混濁、ボッキュボインエルフは、こちらに爬行(はこう)しながら近づいてくる。


「いやいや!!  あれもう人間ではない!  軽くぶっ飛んでるから!  声だけで物理的な被害出てるからああああ!!!」


 すると、近づいてきたエルフと、そこにいた忍者にその声の示威に耐えられなくなった花瓶が、その勢いに便乗して猛烈なスピードで疾駆してくる。

 それに気づいた二人はどうすることもできなく、ただその轟音に耐えることに集中しなければならなかった。



 だが、それは躊躇なく二人に迫る。

 あまりにも不利すぎる状況に焦燥しながら、顔に血管を浮かべてナーレが立ち上がった。


「くっ!!  クソがあああああああ!!」


 その轟音を真に受けながら、耳を塞ぐのを止め、震える本能を無理矢理に抑えて掛かる圧力に耐えながら花瓶を両手で受け止めた。


 鼓膜が凄まじい音の波濤に、悲鳴を上げる。

 だがここで諦めれば二人はただては済まない。

 そう考えると、何故か胸に何かを刻まれるような感覚になった。


 と、いうよりとにかく長い。

 そこまでチャイムの仕事に誇りに保たれると、こちらまで迷惑だというのに。


「ぐぞおおおおおおおおおお!!!」


「…」


「せ、先生」





 講堂を破壊しかねないチャイムがやっと終わり、全員が地べたにへたばっていた。


「はあ、はあ、こ…鼓膜が破れそう」


「いやー格好よかったー!  生徒を命懸けで守る先生!」


「あ、あ、あり、ありがとございます!」


 金髪エルフは何度も何度も首が取れるんではないか、というほどお辞儀をしている。

 ハァ、と溜息を吐いて扉を見るとクリラネの姿は見えなかった。

 逃げ足だけはチーターより速いようだ。


「おい、お前ら席つけ始めるぞ」


 すると全員、淡々と席につき始めた。

 性格などは色々と問題点があるが、聞き分けだけはいいようだ。


「えーと、自己紹介なんて面倒くさいからカットする。と、いうよりお前ら私のこと既に知っていると思うからな」


 すると、全員首を傾げる。

 当たり前だ、担当する教師といえども名前を知らなければ元も子もない。


「ふん、私の別品格別なこの肌を見れば誰でも分かるということか」


「お前に例えていないから大丈夫だぞー。では授業?  を始めるか」


 サラッと流される自慢に、ビッチ娘はまた憤怒する。


「っていうかー、私たちの紹介ぐらいはした方がいいんじゃないですかー?  先生の適当に思考された呼び名だとなんか曖昧だしー気分悪いしー」


 正直なことを包み隠さず言う所は別の意味でこの忍者の良い所だと思うが、時や場合によって無償に胸糞悪くなる。


「そうだな、ミツキ以外は知らんし、それよりパパッとやって終わらせたいから早くしろ。はい、そこの猫耳のお調子娘」


「お、お調子娘とは失礼な!  まあ、良かろう!  この私の寛大さに感謝することだね!」


 椅子から立ち上がり、腰に手をあてなんとも偉そうな態度を周囲に撒き散らす。

 ショートの紺色の髪型と、見るからにお調子者の性格があまりにも目立つ。


「いいから、早く自己紹介して」


「あ!  私はメリッサじゃ!  どこにでもいるメリッサ!  ちなみにこの猫耳はつけてるだけ」


「はい、次」


 今度はエルフ娘に指がいった。

 異世界から来た人外族。

 ロングの金色に光り輝く美しい髪型とおどけた様子が特徴的だ。


「え!  えぇっとマ、マリー、です」


「はい、次」


 先程まで、激しい怒りを見せていた一々何故か美貌を自慢するナーレと黒髪の謎の女。


「私は、カルネ、カルネ=グバロッツァ」


「はい、次…って欠席かよ」


 もう一人はどうやら欠席のようだ。

 何かの任務で今は外に出ているとのこと。


「ま、この世界の基本的なことを教えるのが私の役目だ。唐突だが最初に教えるのは、この世界に存在する法具(ほうぐ)についてだ」


 自己紹介が終わり授業が始まると、波紋のようにスーと沈黙する雰囲気が広まった。


「法具、何か言ってみろエルフマリー」


 突然の使命にマリーは困惑してしまう。

 だが、綺麗な金髪を靡かせながら、その場に立ち上がり深呼吸すると真率(しんそつ)な態度をとる。


「ほ、法具とは異世界で発明された魔法が扱える武器です。あまりにも危険な物のため、実証化はせず機密事項として扱われていましたが、統括元帥クリミナーレ=ストラスの思惑と野望によりこの世界で開発、実現化されました。実際に、魔法という概念を操る人間は存在しませんが、政府は法具を主体とした軍隊が作られていると聞きます」


 さすが、反政府組織の一員。

 政府の秘密事項や裏のことがよく叩き込まれている。

 少々、反政府の独自の勘案(かんあん)鼓吹(こすい)されているが、支障がでるほどのものではない。


「おいおい、私の言いたいこと全部言ってしまったか」


「す、すみません!  つい」


「いい、それなら次にうつる。先程発言したエルフ娘。何故、異世界の人外のものがこの反政府組織に入っているか分かるか?  答えろ猫耳メリッサ」


 次の使命されたのは猫耳娘だ。

 かなり早い趨勢(すうせい)についていけないようだが、つつがない様子だ。


「はい、南より唐突に現れたゲートにより、異世界の軍勢がこの世界に現れて侵略しました。その侵略をよしとしないこの反政府組織、そして異世界のエルフ族です。魔法を唯一使いこなせる彼らは、クリミナーレ=ストラスが、法具を作りあげる為に彼らを酷使していました。そして、耐えきれなくなったエルフたちが立ち上がり、異世界の政府に協力すると口実をつけ、今尚、この世界で法具の為に酷使されるエルフの解放の為に、反政府組織に参加しました」


「そうだ、エルフ族は第一に侵略戦争を良しとしない平和主義者の集まりらしいからな。そこらへんも補足しとけ」


 もう一度いうが彼女たちは自分のことを知らない。

 それだけでも辛いというのに、ましてや自らが犯した罪を言わせるとは。

 しかも皆、とんでもなく憎悪が詰まった様な言い方であり、立場がどんどん蒙昧(もうまい)とする為、今にでもこの場を放り投げて逃げたい。

 だが、この組織に入った以上回避できぬ大壁であった。


 授業は止まぬことを知らず、自らの首を絞めるような思いで続けた。


 それだけで念頭に入るのは、後悔。

 頭が締め付けれる、それでもムチをうった。


 


 昼になった。

 授業はほぼ午前中だけであり、皆その後は任務についたり、最前線へ行ったりと大忙しだ。

 あの地獄の終わりのチャイムはなく、ホッと安堵する。

 すると全員が大講堂から出て行った後、メルメッザがひょっこりと顔を見せる。


「どうだ?  私の部下たちは」


「当たり前の知識という知識はあるが、性格がダメだ。一々うるさい」


「あっはっは、それは嫌味か?  でもな、連中はあれで結構壮絶な過去がある奴らが多いんだ。その影響もある子もいるから、できるだけそこも考慮してほしい」


 笑いだしたかと思えば、突然他人の過去を考えてくれと無茶苦茶いうので目が俯く。


「面倒くさい。私は自らの過去を暴露されて、今にも死にたい気分だ。それに、奴らの前じゃ、韜晦(とうかい)してるから無暗なことは言えないしできない」


「だから自分のことも考慮しろって?  おいおい、勘弁してくれよ」


 良くも悪くも、どっちもどっちという結論だ。

 それをわざとメルメッザは認識せず、またもや毒を食わらば皿までゆくナーレに(たばか)るようにして、重圧をかける。


「勝手にしろ、私はもう疲れた」


 疲労で吹っ切れたか、それとも他人の個人的な考えに横槍を入れるのは嫌なのか、これ以上聞きまいと無言で出て行ってしまった。


「愛想のないやつだ」


 そう溜息を吐くようにして呟くと、ナーレが出て行った扉をジッと凝視していた。





「全く、政府もおかしいやつらばっかりだったが、こちらでも変な奴らばっかりとは」


 貴族の館のように、壁に一つ一つ修飾が施された窓が眩しい光を溢れることなく、頑丈な岩でできた廊下を照らしている。

 その光景はなんとも神々しいものであった。

 だが、神々しいのは光だけではない。


「あら〜?  へ〜んな奴とは失礼ねこの神への反逆者」


 先があまりにも穿鑿することが不可能な廊下に、一筋の声が背後から響き渡る。

 それはあまりにも美しく、薔薇のようにすぐに散ってしまいそうな、悲壮を漂わせる声だった。


「天井は危険だぞ?  降りてこい」


「ありゃ?  バレちゃった〜」


 上から一人の女が降下してきた。

 体の軌道を変え、また虚ろな目で振り返る。


 だが、そこにはあまりにも衝撃的すぎる者がいた。


「ジュ…ジュリー?」


「あらァ?  私のこと知ってるなんて!  反逆者もかなり良い頭をお持ちじゃない?」


 あの全てを見通すような清らかな青の瞳は、自分のように紅に変わり、右目の下には深く刻まれた傷がある。

 短い髪を好んだのに、何故か髪が長い。

 だが、どうみても、目の前にいるのは妹だった。

 正真正銘、血の繋がりのあるただの妹だった。


「な、なぁ?  どうしたんだよ?  その傷?  それに、なんでこんな所に?  さぁ、兄ちゃんと帰ろう?」


 あまりにの唐突さに思考が回らない。

 そのせいか、声も震えており今この場において起こっている出来事が纏められない。

 無意識に、ただ届くようにジュリーと名乗る女に手を伸ばした。

 やっと、やっと会えた。

 感激だけに浸り、涙も何故か流し始めた。


 どんな僥倖でもいい、ただ会えた。

 それだけで胸が、心が躍った ───








 だが、それは勢いよく弾き飛ばされた。


 伸ばした手は視界から消え、腰の位置にある。

 目を皿のようにして弾き飛ばしたジュリーを見る。


「裏切り者なんかに触れられたくないわ。それに?  お兄ちゃん?  バカ言わないで、私にはヴァハルスお兄様しかいないの」


「ヴ、ヴァハルス?」


 すると、今度はそのジュリーの隣に謎の円状型の不自然に出来た穴が現れる。


「ダメだよ、こんな反政府組織の中層にいたら捕まってしまうよ」


 現れたのは、銀髪のなんとも聖職者らしい格好をした実に剣呑そうな、ナーレと同じくらいの歳の青年だ。

 その右手に持つのは法具、そして見るからにワープの能力を持つらしい。


「おや?  貴方は反逆者ではありませんか。ご愁傷様です」


 言葉使いは荒々しくもなく、礼儀がなっている。

 だが、時々に見せる不敵な笑みは世にも恐ろしい光景であった。

 すると、ゆっくりと両手を挙手するかのように腕を伸ばし、神を崇めるような態勢をとるといかにも聖職者が宣教する時に言うような言葉を、流暢な口振りで言い出した。


「私は、神より命令と加護を受けた。このヨーロッパの治安を収めたのは?  争いを無くしたのは?  そう!  政府です!  永遠の安寧を齎した政府に一生感謝し!  崇めなければならないのです!  政府は永劫不滅の神なのです」


「そうよ!  そしてその神を裏切った貴方は反逆者ルシファー。地獄に墜ち、我ら平和に暮らす私たち人間を脅かす行為はまさに悪魔!」


「それに制裁を与える!  我ら偉大なるヘールゼヴァルム神に栄光を!」


 羊頭狗肉(ようとうくにく)のようなその青年は、あまりにも皮肉すぎた。


「貴方が悪いのですよ、あのまま唯一神が隔ててくださる場にいればよいものを」


 歯をくいしばることしかできない状況だ。

 絶望に呑まれるような感覚、ここにきても政府にいても、妹という希望がいた。


 だから、今の自分がここにいる。

 二度と一人にさせない為に、どんなに苦痛でも心が引き裂かれそうな思いでも、その狭間でもがき苦しんでいた。


「あ、あっ、ああ」


「可愛い〜、その絶望の瀬戸際で抗う姿〜ゾクゾクしちゃうわ〜」


 この喋り、態度。

 完全に違う。あの時と、全く。

 記憶が改竄されている。

 洗脳か?  それとも暴虐の限りを尽くされたのか?  思考を煽り、なんとか思いつくだけの推測を出したがなんとも黒白として真相が見えない。


「さて、行こうか。そろそろ見つかってしまうよ」

 

 離れて行く。希望が、信念が、全てが。


「じゃあね〜、またあいましょ、裏切りのお兄ちゃん」


 すると、二人は円状のワープゾーンに吸い込まれるようにしてその姿を消した。


 嘆くべきなのか?  喜ぶべきなのか?  何を、今どうすれば、葛藤した自らを正すことができる?

 思いつけない、思いつかない。











「あっは、あっははははははははははははははははははははははは!!!!」


 鉛のように体の奥底から込み上げたのは、大きな嘲笑いであった。


 また、失った。力があるのに失った。


 それだけで、懺悔の代わりに自らを罵倒するように嘲笑い続けた。

 息苦しい。このまま窒息死して全てが終わればいいのに。




「絶対に帰ってきてね。守るって約束!  ちゃんと果たしてよ!」


 記憶の片鱗が、嘆き苦しむことのできない自らに曇りがかった闇を与えた。







  ──守ると約束した時に、私はもう守れてはいなかったんだ。





 その時、ナーレの紅の瞳が青の瞳に、呪縛が解かれたように変わった。

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