プロローグ
その時に植え付けられた感情は、今でもはっきりと心に刻まれている。
先程まで談笑していた戦友が、畑を耕していた農民が、物言わぬ骸に変わってゆく残酷な光景。
そして背中からどっしりと乗せつけられるかの様に襲う後悔と絶望。
自我を忘れ、槍を構え、突撃すること以外何もできなかった。
何が国を守るだ。何が全員無事に帰ってくることを祈るだ。自分が信じてきた全てに裏切られるような感覚が、無慈悲に心を強襲した。
無力さを痛感すると共に、自分の中の何かが悪循環を始める。
英雄のように槍を振るえば敵は倒せると、訓練の時も自分の本能に踏襲していたが、結局その思い込みはその場逃れであった。
戦争への中途半端な同情は、自殺行為とも言えるものだった。
闇夜の戦場に立つのは自分一人だけ。
周りの地には鮮血が飛び散り、中には号泣しながら死んでいる者も見られた。
それを見るたびに余計なことは念頭に入れず、ただ自分、そして戦争をした王政が苦々しい、憎たらしい。
まるで、悪魔に取り憑かれたかのように自分を堕落させ、歯をむき、呪われたかのようにその場に疼くまっている。
そして、激しい憤怒を身に任せ、我を忘れ、勢いよく立ち上がったかと思うと、全ての恨みを込めて一心不乱に槍を振り回した。
「ぐうううっ!!!あああっ!!!あがあああああああああああああああっ!!!!!!!!!」
戦いが終わった後に振り回すなど、周りから見れば意味が分からない。
だが、彼は綺麗な血潮に染まった黒髪を揺らし、涙を滞りなく流しながら力一杯振るった。
そうこうしているうちに夜が促す漆黒の闇に、薄明が空を覆った。
その時。
誰もいない、存在すらも感じられないのに、裏から奇怪な声を掛けられるような感覚に陥る。
それは曖昧であり黒白としていたが、次第に声の原型が保たれるようになると、不思議とその声に享受するようになっていた。
「支配したいですか?このヨーロッパを」
でてきたのは復讐や懺悔ではなく、支配。
唐突の出来事であり、困惑も隠しきれない状況であったが。
「…したい。このヨーロッパを世界を…支配したい!!!」
即答であった。
何を考えていったのかは知らない。目的も皆無。何故、世界まで飛び抜けていってしまったのかも不明。だが、何故か興趣してしまう。
すると突然、声の主が目の前に姿を現す。
瞬間的なことだったので大いに驚愕し恐縮してしまった。
なぜなら、それは司祭のような格好をしており、まるで全ての者を天に導いてくれる存在にも、今の彼には見えた。
「ここにいる全員は何の悪業も犯してはいない。なのに王政は、戦争だからと口実をつけ、非人道的なことを民にやらせる。貴方は何も悪くないのです。扇動され、多くの仲間を失い、それでも守る為に戦った、素晴らしいことです」
ただ戦った、だがその戦いに意味を求めたり、人を殺して守ることに素晴らしいと感じたことはなかった。
だが、何故かその人物が言うと感極まりない言葉と捉えてしまう。そして、激越する自分は何とも情けないと思い、その場に座り込んでしまった。
しかし、先で大暴れした反動か、かなりの体力を消耗してしまったらしい。
意識が朦朧とし、司祭らしき人物を視界に映すことすら不自由になってしまっている。
だが、最後の最後に彼は残る力を振り絞って思いを吐露した。
「俺は…この理不尽で不条理な世を支配したい…そして!コケにされ我らを道具にしかみていない、全て王たちに多大なる不幸と最悪を齎すことができるのなら!!悪魔にだってなってやる…!!!」
彼の恨みと怒りは最高潮に達した。
「ならば…求めなさい!!鬼神の如き力を!求めなさい!!神のような全知にして全能を!!!」
司祭らしき人物は、彼の額に触れた。
すると突然に頭が真っ二つに割れる感覚が彼に襲った。
かなりの激痛だったが、声という声は全く上げられない。
だが、知らず知らずのうちに黒と紫の奔流が沸き起こり、それに飲み込まれる。
その途端、なんとも綺麗で儚い蒼の瞳が段々と紅に変わってゆく。
とても真率で公平だった彼は、まるで誰かに操られるように、取り憑かれるようにして全てが変貌してしまった。
もはや、先の自分には戻れない。
だが、後悔はなかった。何故なら、自分の尊いものを奪ったヨーロッパの全てを支配し変えられるのなら。
そして、この時であった。
異世界へのゲートが南より開いたのは…