3-4 徹夜♥に備えてスタミナ料理
その後もみっちりと対抗型――居飛車対振り飛車の練習を重ね、俺たちは充実した時間を過ごした。
やがて夕食時近くになり、玉輝さんが俄然張り切り出す。
「今日の食事当番は私だ。今から作るよ」
「そういえば前回そんなこと言ってましたよね」
「できたら呼ぶから、それまで自由に過ごしていてくれ」
玉輝さんは和室を出て行った。
ちょうどいい機会だから、香音ちゃんとロクサーヌの話を聞いてみよう。
「香音ちゃんがプロ棋士になろうと思ったきっかけって、何なの?」
「お母さんが趣味にしていて、それで娘のあたしにも教えてたんですよね。そしたらあっという間にお母さんの実力を追い越しちゃって。『もしかしたら香音はプロになれるかもね』なんて褒められて。それが嬉しかったものだから、じゃあ本当になってみたいなって」
「はは、微笑ましいな。それで実現しちゃったんだからすごいよ。まだ十六歳で」
「玉輝お姉様は、あたしより三年も早かったですけどね。あたしだってそりゃ、プロになるまではトントン拍子だったかもしれません。だけどすぐ近くにある高すぎる壁は、意識せざるを得ないですよ」
普段は玉輝さんのことを、敬愛する姉弟子として慕っている様子だけど……同じプロとしては、少なからず重圧を感じているようだ。
「ロキシーは? アメリカに住んでたんじゃ、普通将棋に触れる機会なんてないと思うんだけど」
「ワタシが子供の頃に読んでいた、ニンジャのコミックがありマシタ。その中のキャラクターのひとりが、将棋好きだったのデス。それで興味を持ったワタシも、まずはモバイルアプリで指すようになりマシタ」
リアルで指すのは難しいとしても、インターネットならいくらでも相手はいるよな。駒の文字と働きさえ覚えれば、日本語が上手くなくても大丈夫のはずだ。
「それでどんどんハマッていったんだ?」
「イエス。そしてニッポンには将棋プロのシステムがあると聞いて、ワタシもなってみたいと思ったのデス。ニッポンに行くこと、ママには反対されマシタ。でもワタシは、どうしてもプロ棋士になってみたかったのデス。それで二十歳までになれなかったらおとなしく諦める約束シマシタ」
「で、約束の期間内に見事夢を叶えたんだ」
「エヘヘ……ママ、とても喜んでくれマシタ! 今はもう自由に、好きなことをやりなさいと言ってくれてマス!」
ふたり続けていい話だったなと思っていると、肝心なことに思い至った。
当然、俺にも同じ質問が返ってくるのだ。
「銀河さんは、どうだったんですか?」
「あ、うん……」
俺は子供の頃に、当時最強を誇っていた名人に憧れてプロ棋士を目指した。
もちろんその名人は、男性だ。そしてこの世界に彼は存在しない。
……元の世界のことを話しても、意味不明になってしまう。適当に嘘を織り交ぜないとな。
「実は……玉輝さんに憧れて、さ。十三歳のプロデビュー、すごく話題になったし。それで俺もやってみようかなって」
「へー、そうだったんですね。そういう人は多いみたいで……んんっ? っていうと……将棋を始めてまだ五年くらいですか?」
「アンビリーバブル! たったそれだけで玉輝サンに勝つくらい強くなれるデスカ?」
……うかつ。名人に憧れてという要素を残しただけのつもりが、あり得ないトンデモエピソードに昇華されてしまった。
でも今さら撤回するのは玉輝さんに失礼だし、このまま押し切るしかない。
「あ、あはは……学校の勉強もそっちのけになるくらい、猛烈に修行したからさ」
「それにしたってすごいですよ。もしかして銀河さん、お姉様と同じくらいの天才じゃないですか?」
「そう言われても納得デス! 銀河サン、本当に強いデス」
「べ、別の話にしよう! ふたりの修業時代のエピソードを聞きたいな」
あとはふたりから他愛のない話を聞くのに終始した。
やがて、玉輝さんが呼びに来た。
「お待たせ。夕ごはんができたよ」
ダイニングテーブルに並べられているそれらに、俺は目を見張った。というか目を疑った。
「こ、これは……?」
一目見て、濃厚な色合いのメニューだった。
そして漂う香りも、むわあっと鼻の奥をくすぐって……濃厚としか表現できない。
「ガーリック炒飯に、豚肉とニラの炒めものに、オクラ納豆に、あとこれは缶を開けたのだけど、すっぽんスープだよ」
「わあ、スタミナ料理ですね? お姉様、やるう♪」
「グレイト! 銀河サンの銀河をエクスプロージョンさせちゃおうという作戦デスネ?」
俺は知らず知らずのうちに生唾を飲み込んでいた。何もしていないのに体が熱くなりそうだ。
「聞いてなかったけど、銀河は今日も泊まっていくだろう?」
「は、はい……!」
名人は俺の玉を逃さないための、見事な作戦を構築していた。
「徹夜で研究できる体力、しっかり付けておかないとな♡」




