3-3 勝っても負けても♥なご褒美
「さーて、やってみますか」
ウキウキで四間飛車を仕掛けてくる香音ちゃん。所詮は練習ということもあって気負いはなさそうだ。
「じゃあ、俺は――こうだ!」
こちらが選んだのは、棒銀戦法。香音ちゃんが首をかしげる。
「四間飛車に棒銀……公式戦ではそうそうお目にかからないですけど」
「そうみたいだな。データベースを見たけど、こういう形はあまりなくて」
「棒銀よりも有力な戦法、ありますもんね」
そう、他に有力とされる戦法はあるのだ。
しかし俺はすでに知っている。この世界では、俺が元いた世界ほどには棒銀定跡が整備されていないことを。
双方とも駒組みがだいたい終わったところで――俺は駒音高く、その一手を放った。
「おおうっ? 何ですかこれ? 端に銀捨て? 棒銀にそんな手筋が?」
俺の仕掛けに驚愕する香音ちゃん。横で見ている玉輝さんが微笑んでいる。
「それ、前に私も見せてもらったよ。意外なことに対処に困るんだ」
「むむ、これは確かに……困りましたねぇ。銀はタダで取れるけど、その代わりに飛車を成られて……?」
小考を重ねながら指し手を進めていく香音ちゃん。
しかし俺が徐々にリードを奪っていき、そのまま押し切ることができた。棒銀戦法での理想的な勝ち方だ。
「うーん、負けました。見事にやられちゃいましたね」
「機会があったら公式戦でパクってもいいよ」
「そうさせてもらいます。っていうか銀河さん、棒銀好きなんですね? あんな独創的な戦法を知ってるくらいに」
「子供の頃は棒銀ばっかり指してたよ。わかりやすいからね」
飛車先にグイグイと銀を繰り出していく棒銀は、初心者にも覚えやすい戦法の筆頭だが、プロ間ではそう採用されない。
とはいえ、たまに出現することがある。
そのたまにしか出現しない戦法にも対応できないと、肝心なところで敗北を喫してしまうのがプロの世界だ。
「んふふっ、それであっちのほうの棒銀もたくましいと。あたしからのご褒美、何にしますか?」
香音ちゃんは俺に負けたことなど何も気にしていない様子で、俺にすがりついてくる。
「それはあとのお楽しみにしておいて……次はロキシー、やろう」
「イエス、ワタシは負けませんヨ!」
ロクサーヌは三間飛車にしてきた。四間飛車とは飛車の位置が一路違うだけで、その風景がずいぶん様変わりしてくる。
しかし俺は、これにもかまわず棒銀を仕掛けていく!
「ムム……ワタシのオッパイより迫力満点デース……!」
それはさすがに大げさだと思うが……ともあれロクサーヌは俺の勢いに終始押されっぱなしだった。
「Oh、No! 負けマシタ」
ロクサーヌは以前のように、俺が詰ますまでにはもう少しかかるという局面でさっさと投了した。しかし無理に続けても結果は変わらなかっただろう。
「私の予想では、他の男流棋士はやはり振り飛車……記念対局の時と同じ戦法で来ると思う。下手に小細工せず、慣れた戦法で全力投球ってことだね。だから銀河も対抗型の練習を重ねて調整するべきだと思う」
「うん、そうします」
「香音とロキシーはどうだった?」
「確かに、隠し球って感じで振り飛車を覚えるのも面白そうですね」
「イエス、上に行くのに必要な気がしてきマシタ」
「相手の虚を突く……それも将棋の立派な作戦であり、醍醐味さ」
第一人者らしいことを言って締める名人だった。
「さて、ここらでおやつタイムにしようか」
俺たちはダイニングキッチンに移動した。
「シャインマスカット! 今朝フルーツ専門店で買ってきたんだ。美味しいぞ」
玉輝さんは冷蔵庫から、大ぶりで黄緑色のツヤツヤしたブドウを取り出した。以前に師匠に食べさせてもらったことがあったっけ。えらい高い品種だけど、さすが名人はおやつも贅沢だ。
俺はふと、いいことを思いついた。
「香音ちゃん、ロキシー。さっきのご褒美のことなんだけど。今いいかな」
「はいはい、何でしょう?」
「どんなことだって従いマス♪」
何を言いつけられるのかと顔を赤らめている。
「……口移しで、食べさせてくれないかな」
「やーん、そんな破廉恥なことを?」
両の頬に手を当ててモジモジする香音ちゃん。もっと破廉恥なこと、たくさんしたと思うのだけど。
「ふふっ、わかりました。あたしの唇と一緒に、味わっちゃってください……」
香音ちゃんはシャインマスカットをひとつ咥えると、そのまま俺に密着して、口付けをしていく。
「んんっ……♡ んっ、ふううっ……♡」
彼女の唇が熱烈に押し付けられる。同時にちゅるんと、シャインマスカットが俺の口に滑り込んでいく。
種がなく、皮ごと食べられる最高級ブドウ。その食べ応えと味は筆舌に尽くしがたかった。それが香音ちゃんの甘美な唇も合わさって、さらに極上になっていた。
「んっ、ちゅうっ……ぷはあっ、どうでしたか?」
「ああ、美味しいよ。これならいくらでも食べられるな。次はロキシーから食べさせてくれる?」
「ンー、口移しもいいデスケド……ほらここに、こうするのはどうデショウ?」
なんとロクサーヌは、自らの深い谷間にシャインマスカットをいくつも並べた。素晴らしい収まりの良さだ。
「さあどうぞ、銀河サン。メロンの上のブドウに思いきりむしゃぶりついてクダサイ♡」
「ぐぬぬ、巨乳ならではの芸当……!」
香音ちゃんが本気で悔しがる傍ら、俺はおそるおそるそこに顔を近づけていく。
とてつもないボリュームの膨らみに顔をうずめ、しばしその感触を堪能した。
「おっ、おおおっ……」
そして谷間に乗っかっているシャインマスカットをどんどん口に吸い込んでいく。
なんという変態なんだ俺は。だけどこんなの抗えるわけがないじゃないか。ああ、素晴らしきかな貞操逆転世界。
「ンンッ……♡ 銀河さん、こんなに夢中になって食べて、可愛いデス……♡」
「それにしても……男性というのはこの手のことにあまり積極的ではないと教わってきたものだけど。銀河はどうやら他の男性とは違うようだね」
しみじみと言う玉輝さん。
そこで俺はここだけの話と前置きして、先日の懇親会でのタケルの話をしてみた。
彼は棋士の研究会に誘われて行ってみたが、女ばかりのシチュエーションにすっかり物怖じしてしまい、途中で抜け出してしまった……。
「なるほど。やはり他の三人は君のようではないんだな」
「そうみたいですね。……俺、おかしいですかね?」
「将棋の実力もそうですけど、銀河さんは何だか突然変異みたいです」
香音ちゃんが笑いながら言う。
突然変異。確かにそうとしか表現できないかもしれない。
いわゆるチート……とは違うと思うのだけど。
「でも、あたしは大歓迎ですよ。もちろん貞淑な男性もいいと思いますけど、あたしは銀河さんのような男性のほうが好きです♪」
「イエス。将棋もアッチもパワフル、とってもよいことデス♪」
シャインマスカットを食べ終えて、コーヒーも頂いた。それでは研究会の再開だ。
「じゃあ銀河、次は私と指そう」
「いいですよ。玉輝さんが勝ったら何が欲しいですか?」
「……そうだな。君のブドウを食べさせてもらおうかな? シャインマスカットと同じくらいの大きさの」
はて、俺のブドウ?
少し考えて、それが何なのか理解する。彼女は妖しく微笑んでいた。
「覚悟してくれ。味わい尽くしてあげるから」
――結果は、俺の負け。味わい尽くされてしまった。
いや、決してわざと負けようなどとは思わなかったのだけど、それほど彼女の気迫がすごかったのだ。




