第64集 呼延灼vs. 兀朮【ウジュ】
宋国が滅ぶ少し前の事。あれから梁山湖は埋め立てられ、天然の要塞では無くなった。要所でも無くなってしまった為に、いわゆる梁山泊の残党はもうここには集まれなくなってしまった。
それでも高俅の梁山泊への追求は止まらず、関勝は祝いの席の帰り道で酔って落馬し、打ち所が悪くて命を落とした。しかしこれには当然、一服盛られた為で強烈な殺意があった。(事故では無く殺人事件)
次は自分の番だと恐れを為した水軍総帥・李俊は、童威、童猛、費保、倪雲、上青、狄成らを連れて暹羅国を建国して王となった。これは現在のタイ王国の位置では無く、澎湖列島の向かいにある島々の事と水滸後伝に書かれている。
趙構が高宗となり、失脚して流刑となった高俅を、俺は李応ら梁山泊の残党を引き連れて後を追った。志半ばで散った、仲間達の仇討ちの為である。
「止まれ!居たぞ、高俅の護送車だ」
通常の流刑では、受刑者にとって過酷なものとする為に、流刑地までは徒歩で行く。それが馬車など使っているのは、高俅を恨む者からの暗殺対策と、高俅自身が賄賂を使った為であろう。
「高俅…積年の恨み、今日こそ晴らさん!」
高俅の護送には念を入れられて、開封府を出る時に3台の馬車に分かれて流刑地へ向かった。俺達は、その3台の後をつけて、ようやく高俅が乗る馬車を見つけたのである。
高俅が乗る馬車を、特定するには苦労した。執念深く観察し、高俅や護送役人も人間である。食事を高俅に差し入れる瞬間、チラリと簾の隙間から覗く顔が高俅とは異なり、影武者である事が分かったのだ。
「杀!(殺せ!)」
怒号を上げて一斉に踊りかかった。護送役人が激しく抵抗する為、止むを得ず斬った。顔を隠していた布が取れて顔を見られてしまった為に、どのみち生かしておく事は出来なかった。
「出て来い、高俅!」
李応が蹴破って高俅を引き摺り出すと、皆は怒りを堪え切れず、口々に罵倒した。
「安道全!!」
「はいよ」
杭を打ち付けて、それに高俅を縛り付けた。水滸後伝では、鴆毒を無理矢理に飲ませて毒殺するのだが、そんなもので終わらせるつもりは無い。
「高俅よ!お前の罪は、この国への叛逆である。よって、叛逆者として処分する」
叛逆者と聞いて、高俅の顔が青ざめた。何故なら、叛逆罪は凌遅刑と決まっているからだ。安道全はメスに似た手術道具を取り出すと、右足の甲に当てた。
「うぎゃあぁぁぁ!!」
凌遅刑は中国が生んだ、この世で最も惨虐な刑罰と言われる。罪を悔いさせる為に、なるべく長く生かして苦しめるのが目的の死刑である。生きたまま少しずつ、直ぐには死ねない場所の肉から削ぎ取って行くのである。しかも止血をしながら。これで出血多量などで、楽には死なせない。
初日は、両足が太もも近くまで骨になると終了だ。その間も肩や二の腕の肉を削ぎ落として行く。李応らは黄文炳の時の様に、削ぎ取られた肉を、その場で焼いて食べ始めたのである。
中国では憎い相手に報復する最上位は、その肉を喰らう事とされている。この為、復讐を完璧なものとする為に食すのだ。食われた相手は未来永劫苦しみ、輪廻転生の輪から外れると信じられていたからだ。
流石に俺は、それを見て気持ち悪くなって来て吐いた。李応や柴進は、「まだ酔うには早いぞ?」と言って、酒に酔って吐いたと勘違いされた。俺にも高俅の肉が振る舞われたが、肉の切れ端になってしまえば牛肉や豚肉に見えなくも無い。しかし、肉の正体を知ってしまっているから、人を食べるなんてとても無理だ。
「有難う。でも気分が悪くて、食べられないの…」
「そうか?では俺達で頂くとしよう」
高俅は、いつの間にかに絶命していた。
「楊志、宋江様、皆んな…仇を討ったわよ…」
「かぁー、悔しいのぉ。3000刀にも届かなかったわぃ。案外、根性が無いのぉ」
凌遅刑の執刀者は、1刀でも多く長く生かせるかと、競い合う風潮があったのだ。高俅は肉片にされ、それを皆は平らげるまで動こうとはせず、仇を討った喜びで久しぶりに宴会騒ぎとなった。
在りし日の梁山泊では、毎日の様に見られた光景だった。それが今や見る影も無い。これが栄枯盛衰かと実感し、ホロホロと涙が流れた。皆も俺の涙に釣られて泣き出し、泣き上戸となった。
翌日、俺は皆と分かれて、1人で東を目指した。楊志は青州の出身だ。そこで供養しようと考えたのだ。
靖康の変でニ帝らを北に連行されたが、北に帰らずに南下を進めて、宋にトドメを刺そうとした者がいた。兀朮である。高宗は、兀朮の追手から逃れて海塩府に辿り着いた。
この海塩府には、隠居した老将がいた。呼延灼将軍である。兀朮が率いる金軍に、義勇軍を率いて奇襲をかけて潰走させた。恐らく、宋が初めて金軍に勝てた戦いである。
高宗はこれに喜んで呼延灼を讃え、勅旨を出して兀朮の討伐を命じた。激怒した兀朮の猛攻から西門を守る為に、呼延灼は出撃した。
呼延灼は出陣すると、向かって来た長江王・杜充の頭を打ち砕いて殺した。
「おう、御髪に白髪も見える歳であるのに、威風堂々としておるな?何者だ!?」
兀朮は、老将が只者では無いと感じて尋ねた。
「我は梁山泊五虎上将・呼延灼である!」
呼延灼は、 兀朮の猛攻を十合以上も凌いで見せた。
「殺すには惜しい男だ。どうだ?俺の配下とならないか?」
「もう勝った気でおるのか?忠義双全の旗にかけて、二君には仕えんわぃ」
呼延灼は、降伏勧告を断固拒否した。そして更に三十合を超えて打ち合った。
「惜しいな。お主が若い頃であれば、今頃は地面に転がっていたのは、俺だったかも知れぬ」
老将となった呼延灼は長く戦えず、城内に戻ろうとして愛馬が跳ね橋を踏み壊して脚を取られてつまずき、呼延灼は跳ね橋に投げ出された。
後を追って来た 兀朮は、勢い余って呼延灼を殺してしまった。捕らえて配下にしようと思っていた 兀朮は、激しく後悔したと言う。




