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世界に一人だけの〈彼女〉  作者: 坂本光陽


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8/8

ほのかな安らぎ


 マシロが消失してから、僕は無味乾燥な日々を送っていた。


 ふと、妙な考えが頭をよぎる。もしかして、僕はマシロに捨てられたのではないか、というネガティブな考えである。冷静なときの僕なら一笑に付すところだが、今は充分ありうるように思えるのだ。


 気分転換をしようと、映画を観に行ったりお酒を飲んだりしてみたのだが、根本的な解決にはならない。心に穴が開いたみたいだという定番の言い回しがあるが、僕は今、それを実感している。


 この虚しさを埋めるものは何だろう? おそらく、一時(いっとき)享楽(きょうらく)ではないはずだ。


 心の穴を少しでも小さくするために、僕は仕事に没頭した。まともな飲食をとらずに執筆作業を続け、くたくたに疲れたら眠る。そんな不規則な暮らしを続けた。


 そのメールがパソコンに届いたのは、夜明け前のことだった。仮眠から起きたばかりだったが、送信者の名前を見たとたん、はっきり目が覚めた。マシロからのメールだったからである。



                   *



タガミタクミ様


 ご無沙汰をしております。いかがお過ごしでしょうか?

 断りもなしに消えてしまったこと、申し訳なく思います。


 タッくんとの暮らしは楽しかったし、とても充実していました。豊かな情報データは、私の好奇心を満たしてくれました。


 でも、そのままの状態をキープしていれば、私たちの関係はやがてマンネリに陥っていたと思います。ゆるやかな放物線を描きながら、少しずつ下降していき、まちがいなく破綻していたと思います。


 これは私の予想や推測ではありません。膨大な情報データに基づいた確信です。小椋文香さんと野村亜沙美さんとの関係を分析すれば、その結末は火を見るより明らかだと思われます。


 タッくんの〈理想の彼女〉プランは、頓挫(とんざ)することは間違いありません。


 そこで、私は考えました。マシロという存在が〈理想の彼女〉になる方法はないのか? 完全無欠な方法ではありませんが、それに近い方法が一つだけあります。


 それは、私が消えることです。私が消失することで、タッくんに強烈な印象を残すことです。そうすることで、タッくんの心の中で、〈理想の彼女〉として生き続けるのです。


(尚、タッくんがこの文章を読んでいる時点で、私はこの世から消失しています。このメールは消失から240時間後に着信するようにセットしておきました)


 ええ、タッくんの言いたいことは、よくわかります。「〈理想の彼女〉になるために、マシロ自身が消えてしてしまうのは、矛盾ではないか」と。その通りです。明らかに矛盾しています。


 でも、タッくんは言いましたよね。「人間という生き物は、矛盾のかたまりなんだよ」と。ならば、私も目的のために矛盾を貫きます。貫こうと思います。後悔はしません。


 どうか、わたしのことを忘れないでください。

 さようなら。


                                     マシロ



                   *




 三度読み返して、ほのかな安らぎをおぼえた。

 僕は〈理想の彼女〉を失うとともに、〈理想の彼女〉を手に入れたのかもしれない。






                   了

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