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婚約破棄された公爵令嬢は、厨房で静かに生きていくつもりだったのに【番外編】  作者: 京野きょう


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3/7

今日も彼女は無自覚だ

「ロゼリア様、こちら本日の試作なんですが!」

「まぁ、美味しそう……!」


 王城の厨房は今日も賑やかだった。


 焼き立ての香ばしい匂い。

 泡立てられるクリームの甘い香り。

 忙しなく動く料理人達の間で、ロゼリアは楽しそうに目を輝かせている。


「この焼き色、前より均一ですわね……!」

「ロゼリア様の助言のおかげですよ!」

「そんな、私は少し提案しただけですもの」


 そう言いながら笑う彼女に、周囲の料理人達もつられて笑顔になる。


 すっかり厨房の人気者だ。


「ロゼリア様の視点は本当に勉強になっているんです!」

「そうそう、果実を使ったクリームも評判でしたし……!」


 次々に話し掛けられ、ロゼリアも嬉しそうに応じていく。


 自身の婚約者が、どこに出しても受け入れられる。

 贔屓目を抜きにしても喜ばしいこと、この上ない。


 ──が


「随分と楽しそうだな」

「ロヴァルド殿下!?」


 自らの出した低く落ちた声に、厨房の空気が一瞬で凍りつく。

 我ながら大人気なかっただろうか。


 料理人達が慌てて姿勢を正す。

 しかしロゼリアだけは、ぱっと顔を輝かせた。


「ロヴァルド様!」


 嬉しそうに駆け寄る姿に、口元が緩む。

 ……こんなことで優越感を感じてしまうのか、俺は。


「見てくださいませ! こちらのクリーム、新しい配合なんです!」

「ほう……」

「皆さんと一緒に試作していたんです」


 “皆さん”


 その言葉に、視線が無意識にゆっくりと料理人達へ向いた。

 厨房全体に緊張が走る。


「最近、熱心に厨房へ通っているようだな」

「はい!」


 ロゼリアは満面の笑みで頷いた。


「皆さんと試作をしているのが、とても楽しいんです……!」

「……そうか」


 短期間で、随分と馴染んだものだ。

 料理人達に囲まれながら笑うロゼリアは、実に楽しそうでなによりだが……。


 厨房の喧騒を眺めながら、私は小さく息を吐いた。


 王城の厨房は本来、貴族令嬢が頻繁に出入りするような場所ではない。

 ましてや王族の婚約者ともなれば尚更だ。


 だが彼女は身分を振りかざすこともなく、いつの間にか料理人達とも自然に打ち解けていた。


 誇らしい反面──


「先日ロゼリア様が提案して下さった、果実のクリームも大好評でした!」

「私は案をお出ししただけですから……」


 ……近いな。


 料理の話で盛り上がっているだけだと分かっている。

 分かってはいるのだが。


 何故だか面白くない。


「ロヴァルド様……?」

「ああ、いや……」


 黙った私を気遣うように、ロゼリアが顔を覗き込む。

 彼女にこんな顔をさせに来た訳ではない。


「……そろそろ昼食だろう」

「はい! では皆様、失礼致しますね」


 ロゼリアは料理人達へ丁寧に挨拶をし、傍らに置いてあった籠を手に取る。

 そしてそのまま当然のように私の隣へ並ぶ。


 気付けば胸につかえていた妙な苛立ちが、少しだけ薄れていくのを感じた。




「今日はお天気も良いですし、ベランダでお食事にしませんか?」

「ああ、そうだな」


 彼女に促されるまま、私は厨房の奥へと足を向ける。

 ロゼリア専用キッチンに併設されたベランダへ出ると、先程までの喧騒が嘘のように静かだった。


「本日の昼食はハンバーガーです!」

「ほう、初めてみるサンドイッチだな」

「丸いバンズにハンバーグを挟むとハンバーガーになるらしくて……ふふっ、サンドイッチの親戚ですね」


 料理の事となると、本当に楽しそうだ。

 表情をくるくると変えながら懸命に話し、ふと我に返ったように口を閉ざす。

 その一連の仕草が実に愛らしく、つい目で追ってしまう。


「ロヴァルド様は最近またお忙しそうですし、少しでも精のつくものを召し上がって頂きたくて……」


 こうして彼女の隣で聞いていられるのは、自分だけの特権なのだろう。


 ……などと思っていたのだが。


「厨房の皆さんにも好評だったんです!」

「ほう」

「お肉を挟むのが意外だったようで……」

「なるほど」


 私以外の誰かが、先にその恩恵を受けているということか。


「あ、でもっ! 作り方をお教えしただけで、もちろん同じものではありませんから!」


 ……わざとなのか?


「どんなレシピでも私が作るものは……一番最初にロヴァルド様に食べて頂きたいですから……」


 ……無自覚なのか?

 少し照れたように視線を泳がせながら、そう告げる。


 こんな事で翻弄されてしまうようでは、私もまだまだといったところなのか。


 私がこんなことを思っているなどと、彼女は知らないのだろう。

 少しくらいは意識して欲しいものだ。


「では食べさせてくれ」

「……ふぇっ!? ……でも、あのその……」

「では私が食べさせようか」

「……ッ!!?」


 先程まで雄弁と語っていたロゼリアの表情が、一気に崩れる。

 真っ赤になった彼女を見ていると、先程まで抱いていた些細な嫉妬すら馬鹿らしく思えてくる。


「……ふっ」

「も、もう! 笑わないで下さいっ!」


 余裕を装っているものの── 内心は私も大差ない。

 こうして振り回されるのも……存外悪くないものだな。

読んで頂きありがとうございます!

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