今日も彼女は無自覚だ
「ロゼリア様、こちら本日の試作なんですが!」
「まぁ、美味しそう……!」
王城の厨房は今日も賑やかだった。
焼き立ての香ばしい匂い。
泡立てられるクリームの甘い香り。
忙しなく動く料理人達の間で、ロゼリアは楽しそうに目を輝かせている。
「この焼き色、前より均一ですわね……!」
「ロゼリア様の助言のおかげですよ!」
「そんな、私は少し提案しただけですもの」
そう言いながら笑う彼女に、周囲の料理人達もつられて笑顔になる。
すっかり厨房の人気者だ。
「ロゼリア様の視点は本当に勉強になっているんです!」
「そうそう、果実を使ったクリームも評判でしたし……!」
次々に話し掛けられ、ロゼリアも嬉しそうに応じていく。
自身の婚約者が、どこに出しても受け入れられる。
贔屓目を抜きにしても喜ばしいこと、この上ない。
──が
「随分と楽しそうだな」
「ロヴァルド殿下!?」
自らの出した低く落ちた声に、厨房の空気が一瞬で凍りつく。
我ながら大人気なかっただろうか。
料理人達が慌てて姿勢を正す。
しかしロゼリアだけは、ぱっと顔を輝かせた。
「ロヴァルド様!」
嬉しそうに駆け寄る姿に、口元が緩む。
……こんなことで優越感を感じてしまうのか、俺は。
「見てくださいませ! こちらのクリーム、新しい配合なんです!」
「ほう……」
「皆さんと一緒に試作していたんです」
“皆さん”
その言葉に、視線が無意識にゆっくりと料理人達へ向いた。
厨房全体に緊張が走る。
「最近、熱心に厨房へ通っているようだな」
「はい!」
ロゼリアは満面の笑みで頷いた。
「皆さんと試作をしているのが、とても楽しいんです……!」
「……そうか」
短期間で、随分と馴染んだものだ。
料理人達に囲まれながら笑うロゼリアは、実に楽しそうでなによりだが……。
厨房の喧騒を眺めながら、私は小さく息を吐いた。
王城の厨房は本来、貴族令嬢が頻繁に出入りするような場所ではない。
ましてや王族の婚約者ともなれば尚更だ。
だが彼女は身分を振りかざすこともなく、いつの間にか料理人達とも自然に打ち解けていた。
誇らしい反面──
「先日ロゼリア様が提案して下さった、果実のクリームも大好評でした!」
「私は案をお出ししただけですから……」
……近いな。
料理の話で盛り上がっているだけだと分かっている。
分かってはいるのだが。
何故だか面白くない。
「ロヴァルド様……?」
「ああ、いや……」
黙った私を気遣うように、ロゼリアが顔を覗き込む。
彼女にこんな顔をさせに来た訳ではない。
「……そろそろ昼食だろう」
「はい! では皆様、失礼致しますね」
ロゼリアは料理人達へ丁寧に挨拶をし、傍らに置いてあった籠を手に取る。
そしてそのまま当然のように私の隣へ並ぶ。
気付けば胸につかえていた妙な苛立ちが、少しだけ薄れていくのを感じた。
「今日はお天気も良いですし、ベランダでお食事にしませんか?」
「ああ、そうだな」
彼女に促されるまま、私は厨房の奥へと足を向ける。
ロゼリア専用キッチンに併設されたベランダへ出ると、先程までの喧騒が嘘のように静かだった。
「本日の昼食はハンバーガーです!」
「ほう、初めてみるサンドイッチだな」
「丸いバンズにハンバーグを挟むとハンバーガーになるらしくて……ふふっ、サンドイッチの親戚ですね」
料理の事となると、本当に楽しそうだ。
表情をくるくると変えながら懸命に話し、ふと我に返ったように口を閉ざす。
その一連の仕草が実に愛らしく、つい目で追ってしまう。
「ロヴァルド様は最近またお忙しそうですし、少しでも精のつくものを召し上がって頂きたくて……」
こうして彼女の隣で聞いていられるのは、自分だけの特権なのだろう。
……などと思っていたのだが。
「厨房の皆さんにも好評だったんです!」
「ほう」
「お肉を挟むのが意外だったようで……」
「なるほど」
私以外の誰かが、先にその恩恵を受けているということか。
「あ、でもっ! 作り方をお教えしただけで、もちろん同じものではありませんから!」
……わざとなのか?
「どんなレシピでも私が作るものは……一番最初にロヴァルド様に食べて頂きたいですから……」
……無自覚なのか?
少し照れたように視線を泳がせながら、そう告げる。
こんな事で翻弄されてしまうようでは、私もまだまだといったところなのか。
私がこんなことを思っているなどと、彼女は知らないのだろう。
少しくらいは意識して欲しいものだ。
「では食べさせてくれ」
「……ふぇっ!? ……でも、あのその……」
「では私が食べさせようか」
「……ッ!!?」
先程まで雄弁と語っていたロゼリアの表情が、一気に崩れる。
真っ赤になった彼女を見ていると、先程まで抱いていた些細な嫉妬すら馬鹿らしく思えてくる。
「……ふっ」
「も、もう! 笑わないで下さいっ!」
余裕を装っているものの── 内心は私も大差ない。
こうして振り回されるのも……存外悪くないものだな。
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