はじめまして、義家族様 2
この部屋にベッドはひとつきり。そして自分とシオンとは、ただ契約で結ばれただけの関係。ならば、答えはひとつだ。
「わ、私は体が小さいからソファでも大丈夫。シオンはけがだってまだ治りきってないんだし、ベッドをどうぞ!」
あのソファならふかふかだし、ブランケットをかければ今の季節ならそう寒くもないだろう。ベッドからも少し離れているし、多少の寝言ぐらいはごまかせる。
「けがなんてとっくの昔に治っている。それに俺は野営で慣れているから、床の上でいい。ベッドは君が使ってくれ」
「そういうわけにはいかないわ! 申し訳なさ過ぎるもの」
「それを言うなら、もとはと言えば俺が王都に顔を出さないことが原因で王都にくる羽目になったんだ。君を巻き込んだ上にソファなんかで寝かせられるか」
「ぐっ……」
確かにそれはそうだ。けれどそれとベッド問題は別である。
「そうは言っても、シオンの体じゃソファだって小さ過ぎるし……」
長い時間馬車に揺られたせいで、お互い体はガチガチだ。ノーレル家がいつも利用している安馬車と違って広いし座席だってやわらかな感触ではあったけれど、馬車は馬車だ。すぐ隣にシオンがいると思うと緊張だってしたし。
過酷な環境に慣れているとは言え、シオンだって疲れているに違いない。
こうなったら仕方ない、とアグリアは覚悟を決めた。
「わかったわ! じゃあこうしましょっ」
「え? おい、何を……」
おもむろにソファの上に置いてあったボリュームのありそうなクッションをいくつか取り上げ、ベッドの中央にポンポン放り投げた。それをベッドの中央に縦一列に並べ終え、シオンに指し示した。
「ほらっ! こんなふうにベッドをクッションで仕切ればいいのよ」
「……は?」
シオンがあんぐりと口を開く。
「ふたりの体の間にクッションを高く積んでおけば、ベッドの端と端にわかれてふたり一緒に眠れるでしょ」
「俺と君とは形だけの夫婦なんだし、同じベッドで眠れるわけ……」
「大丈夫! 私、シオンを信じてるからっ」
瞬間、シオンの動きがぴたりと止まった。
「……」
黙り込むシオンに、アグリアはもう一度大きくうなずいてみせた。
大丈夫だ。シオンはここぞとばかりにおかしなことをするような人間じゃない。そのくらい、いくらこの間会ったばかりとは言ってもわかる。
しばらく黙り込んだのち、シオンが盛大にため息を吐き出した。
「……?」
「……いいだろう。まずは一晩試してみて、君が安眠できないようなら俺はソファで寝る。それでいいな」
これ以上何を言っても無駄だと思ったのだろう。けれどなぜだろう。シオンの顔になんとも言えない複雑そうな色が浮かんでいる気がするのは。
ともかくも、きっとこれで円満解決だ。お互いに疲れているんだし、きっとぐっすり眠れるだろうし。
アグリアは自信たっぷりに笑みを浮かべ、うなずいた。
「えぇ! じゃあそういうことで」
はじめての義実家での三日間の滞在は、こうして幕を開けたのだった。
「でもまさかシオンが結婚だなんて、びっくりしたわ。そんな話ちっとも聞いたことがなかったから」
夕食の席で、リリアンヌがふっくらとしたお腹をさすりながらふふっと笑った。
リリアンヌは小柄で顔立ちもいかにもかわいらしくて、ルンルミアージュとぱっちりとした目がそっくりだ。ジグルドも美形だけれど、ルンルミアージュは母親似であるらしい。
「この子ったらいつもびっくりするようなことをするのよね。口数も少ないから、何を考えているのかちっともわからなくて……」
親としては心配のし通しなのよ、と義母が嘆息交じりに笑った。
「でもふたりは一体どこで知り合ったの? 王都……じゃなさそうだし」
王都に寄り付きもしないシオンと田舎貴族の令嬢が遭遇する機会なんて、言われてみればなかなかに考えにくい。そこまではシオンと打ち合わせていなかった、と冷や汗をかいていると。
「……以前戦地で世話になった軍医が、数年先にアグリアのいる領地に移り住んだんだ。その男を訪ねて行った先で紹介されて、その縁で」
シオンが涼しげな顔で答えた。
まぁあながち嘘とは言えない。少なくとも半分は事実だし。モンバルトの紹介であるのは確かだ。実際は契約結婚の斡旋だけど。
「まぁ、そうだったの。ふふっ。人の縁ってどこでどうつながるか、わからないものねぇ。それが縁で結婚まで行きつくなんて」
義母とリリアンヌがなるほどとばかりに、満足げにうなずいた。
ほっと胸をなで下ろせば、義母が義父と顔を見合わせしみじみとつぶやいた。
「でも本当によかったわ。表情もすっかりやわらかくなって、雰囲気が変わったもの。まるで昔のシオンに戻ったみたい。アグリアちゃんのおかげだわ」
「まったくだ。ありがとう。息子がこんなに落ち着いたのは、君のおかげだ」
義両親からの心からの言葉に、アグリアは返す言葉もなかった。皆をだまし続けていることが申し訳なくて、胸がちくちくと痛む。それでも事実を打ち明けるわけにはいかないのだ。
(それにしても、どうしてシオンは頑なに王都を避けるのかしら。皆こんなにいい人たちなのに……)
てっきり家族仲が微妙だとか居心地が悪いとか、問題を抱えているのだろうと思っていた。けれど接してみてもそんな空気はどこにもない。むしろ皆シオンを大切に思い心配しながらも、シオンの気持ちを尊重している様子が伝わってきた。
ならなぜシオンは、こんなに素敵な家族にも何年も会わず王都を避け続けているのだろう。
そんな疑問がよぎった。もちろんそこまで踏み込む権利なんて、自分にはないけど。
上質の肉をナイフとフォークで切り分けながらそんなことを考えていると、ふとルンルミアージュが声を上げた。
「あ、そうだ! アグリア、シオン。明日は私と一緒に王都中のお店巡りをしましょ。行く先はもう決めてあるの」
そうだった。はじめての義家族との対面に緊張するあまり、すっかりメリューのことを忘れていた。
「私、果物やお菓子を扱う店には詳しいの。だからどーんと任せてちょうだい。きっといい取引先を見つけてあげるわ」
得意げなルンルミアージュに、ジグルドが困った顔で肩をすくめた。
「実際ルンルミアージュは大人顔負けの情報通でね。おかげで休みの日ごとに甘いもの巡りに付き合わされて、こちらも大変なんだ」
「まぁ! お父様ったら、かわいい娘と一緒にお出かけできて嬉しいって素直に言ったらどう?」
「わかったわかった。そういうことだから、大変だろうが行ってくるといい。この子の推薦なら、どこもいい店だろう」
どうやらルンルミアージュは幼いながら、王都中の甘味を知り尽くしているらしい。
せっかく王都にまできたのだ。そんなにも情報通なら、この際乗ってみるが吉だ。
アグリアはにっこりと微笑み、大きくうなずいた。
「わかったわ。じゃあお言葉に甘えて、お願いね。ルンルミアージュ」
小さな胸をどんと叩いてみせるルンルミアージュのドヤ顔が、なんともかわいい。
「シオンもアグリアのために頑張ってね。いくら私が王都の店に詳しいからって、女子ども相手じゃ相手にしてもらえないかもしれないもの」
「あぁ、わかっている。ついでに君が焼いたメリューのパイも売り込んでおくとしようか」
シオンがふわりとやわらかい顔で微笑んだ。その甘さは、メリューなんてはるかに凌駕するほど。
「あ、ありがとう!」
じわりと熱くなる顔をごまかそうと慌てて肉を口の中に押し込んだ。
シオンは自分の笑顔の破壊力に気が付いていない。義家族のいる前でその笑顔は反則だ。
義家族から注がれる生温い笑みに、アグリアは体を縮こまらせた。
◇ ◇ ◇
その頃、アグリアの領地では娘のいぬ間にログとモンバルトがふたりでおいしそうに酒を飲み交わしていた。
「まさかふたりで王都へ行くとはなぁ。怒涛の展開だ。あのふたり、どう思う? モンバルト」
ログの問いかけに、モンバルトの口元がくっと上がった。
「くくっ。シオンもアグリアも似た者同士だからな。きっかけさえあればうまくいくだろうよ」
グラスに注がれた琥珀色の酒をおいしそうにのみ干し、楽しげに笑う。ログが小さくうなずいた。
「どうにかふたりとも幸せになってほしいんだ……。アグリアはああ見えてなかなかに頑固だからな。よほどのきっかけじゃないと……。シオンだって不器用な質だしな」
娘から領地のために愛のない形ばかりの結婚をすると聞いた時は、言葉を失った。アグリアがこの領地を心から大切に思っているのは知っていた。母親が眠るこの地を守りたい。それだけじゃなく、両親がずっと守ってきた地と領民の未来を守りたい。そんな思いからの行動だということもよくわかっている。だが、親としては複雑だった。
「領地はもちろん大切だし、領民の暮らしを守る責務だってある。だがそのためにあの子が自分自身の幸せを後回しにする必要なんてどこにもないんだ。……もっともあいつがそうなったのは、俺のせいなんだが」
ログの声に、苦々しい後悔の色がにじむ。それをモンバルトは小さく笑い飛ばした。
「きっと大丈夫さ。人生なんて、ひょんなことで動き出すもんだ。今は黙って見守ってやるとしようじゃないか、ログ」
モンバルトにとってシオンは、手のかかる息子も同然の存在だった。情に篤く仲間思いで、口数が少なく不器用。いざとなると自分の身も立場も考えず、大切なものを守ろうとする。そんなシオンを、期待とともにいつもハラハラしつつ見守ってきたのだ。
「ふたりはまだ若い。何もかもこれからだ。な、ログ」
「あぁ。そうだな、モンバルト。お前の言う通りだ」
ふたつのグラスがかちん、と涼しげな音を立てた。
男たちの願いを乗せ、穏やかな夜は静かに更けていった。




