22 退院
初めて見た時、綺麗な人だな、と思った。
普段は仮面を着けて生活しているから、化粧の意味なんかないはずなのに、その人は丁寧に化粧をしているようだった。服装やアクセサリーにも気を配り、髪も綺麗にしている。おかあさんがそういうところにこだわるので、僕にはよくわかった。
仮面を欲しがりつつも本当は、自分の色を見てもらう機会を、心のどこかですごく夢見ているんだろうと思った。
僕は目の前のこのいじらしい人から、仮面を奪ってみたくてしょうがなくなった。堂々とその綺麗な色を隠すことなく、街を歩いてみてほしい。
おかあさんならいとも容易く、魔法みたいな手腕でそれをやってのけるだろう。僕はおかあさんが仕事をするのを見るのが好きだった。自信なさげに肩をすぼめて来店してくるお客様が、最後には皆笑顔で去っていく。お客様はたいてい、おかあさんが創った仮面を着けずに帰るんだ。預かった仮面は、店の棚に並べられていく。とてもカラフルで綺麗な棚だ。
しかし、今はその魔法使いみたいな一流職人のおかあさんはいない。おかあさんは体が弱くてよく倒れてしまう。疲れているのに長時間作業をしてしまうこともあって、僕はとても心配だった。おかあさんは作業部屋で倒れていた。僕は救急車を呼んだけれど、もしあの日寄り道をせずに帰ってきていたなら、もっと早く気付けたのにと考えるといつも胸が苦しくなった。
とにかく、これ以上おかあさんを悲しませないためには、僕が立派に店主を務めなくてはならない。仮面を創るのは初めてではなかったけれど、お客様に接客するのは初めてで、とても緊張した。書類を作ったり、素材を取り寄せたり、お茶を入れたり。わからないことがあった時はすぐにおかあさんに電話して教えてもらった。
初めてのことは、たくさん失敗することも上手くいかないこともあった。でもあの人は僕の失敗を肯定してくれた。あの人の言葉で、僕はおかあさんのお見舞いにちゃんと行くこともできた。おかあさんは明日、とうとうこの店に帰ってくる。予定よりもずいぶん早くて嬉しいけれど、待ちきれない。
僕が失敗したとき、あの人は自覚がないだろうけど、ちょっと面倒くさそうな顔をして、それからちょっと優しく微笑んで、それから仏頂面みたいな無表情に戻って不器用な態度で僕を助けてくれるんだ。店の庭先に植えられた、静かに優しくそこにあり続ける、キンモクセイみたいだった。あの人が来店するたびに僕はうれしくなってその人を見る。そうするとその人はちょっと気まずそうにいつも目を逸らした。
この人から仮面を奪えたら、きっとおかあさんは僕を褒めてくれるだろうな、と僕は想像する。
あの人の仮面を棚に飾ったとき、僕もきっと少しだけ、魔法使いになれているだろう。人から色を奪うこの仮面屋で、人に色を付けていく魔法使いに。
ドアベルが鳴る。僕は自分に気合を入れる。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」




