64 もう一つ・・・何の疑いをしてたのさ!
私は夏葉の言葉に黙りました。みんなして酷いやい。そんなに信用できないのかよー!
「信用出来てたら入院してないと思います」
夫がすかさず言ってきた。それに秀勝おじさんと珪は頷いて、それから帰って行った。
私はむくれて座りこんだ。黒服たちが消えたら、他の人が周りの席に座りだした。
・・・うん。ご迷惑をおかけしました。
「それにしても良かったよ。何もなくて」
尚人が息を吐き出しながらしみじみと言った。言葉の意味が知りたくて、視線だけで尚人に問うた。
「いや、だからさ、俺の本当の父親って珪さんかと思ってたの」
「はあ~?」
何を言いだすんだ。このバカ息子は! ・・・って、おい。旦那まで頷くってどういうことよ。
「だってさ、俺。母さんには似ているけど、親父に似たところはないじゃんか」
それだけで疑ったんかい! 力が抜けてテーブルに突っ伏した。その後顔を上げて、行儀が悪いけどテーブルに顎を乗せた状態で話した。
「仕方がないでしょ。尚人はもろ池上家の顔をしているんだから。あんたは亡くなった父にそっくりなの」
「それは聞いてるよ。爺さんにそっくりなんだろ。でもさ、これだけ父親に似たところがなければ、気になるし。そうしたら何となく珪さんに似ている気がしちゃってさ。性格を見たら親父より、珪さんに似ているだろ」
その言葉に私は身体を起こした。
「あー、それねぇ。珪も悪いんだけど、尚人もねえ、悪いんだよ」
忘れているのか、意味がわからないって顔をされた。
「尚人が小学4年くらいの頃に、珪が平日の休みの時に家に来ていてさぁ~。その時に宿題の算数の問題を解いているのを見て、珪が挑発したんだよね」
「えっ? 小学生に何してんの、あの人」
「まあ、聞きなさいよ、尚人。それで、こんな問題に時間を掛けるなんてみたいなことを言われて、尚人もカチンときたのか、それから勉強に身を入れるようになったのよ。そうしたら、珪が来るときにプリントを持ってくるようになっちゃってさ」
「・・・それって、あれだろ。『この問題は解けるかな』ってやつ。最初はその時やっていたものより先のやつで、解き方が分からなくてさ。それが悔しくて、教科書を読みこんだり参考書を読んだりしたんだったよな」
「そう、それ。尚人もむきになってさ、どんどん先の勉強をするようになっちゃってねぇ~。その結果、テストは全部満点とっていたよね」
「それってさ、いま思うと珪さんに鍛えられたの、俺?」
「鍛えたわけじゃないけど、面白がっていたのは確かよ。それに問題がとけてあっていたら、珪に褒められるのを喜んでいたのよね、尚人は。あの頃珪のこと憧れていたでしょう。たまに珪のまねをしていたもの。そんなことしていれば、似るわよね」
私の言葉に尚人は絶句した。私は今度は旦那の目を見て言った。
「それにしてもさ、疑ってたなら訊いてくれれば良かったじゃない。さっきのことがなければ、ずっと疑ったままだったんでしょ」
「すみません、舞子さん。でもね、訊けるわけないないじゃないですか。実は珪一君のことが好きだったなんて言われたら、立ち直れませんから」
「だから、そんな妄想するなら訊いてよ。私さ、最初に言ったよね。あなたのことは好みじゃないけど、安心できるって。あなたとなら穏やかに暮らしていけると思いますって」
「はい。ですから、舞子さんは私のことは好きじゃないのだと思いました」
「どうしてそうなるのよ。私は好きでもない人と暮らしたいとは思わないわよ」
旦那が鳩豆な顔をしている。おかしいな? 私、ちゃんと言っているよね?
「えーと、それは、舞子さんも私のことを・・・その・・・好きだということですか?」
「だから、そう言っているじゃん」
内容が内容だから小声で会話していたけど・・・赤くなるなや、旦那。息子も私を驚いたように見ているけど。・・・じゃあなにかい。私は旦那のことを、親孝行の道具くらいにしか思っていなかったとでも?
「でも、それを言っていましたよね。お義父さんへの一番の親孝行は、私と結婚した事だと」
「言ったわよ。父は息子とお酒を飲んだり、スポーツの話をしたりしたかったから、話の合うあなたと結婚したのは、いい親孝行になったと思ったもの」
「だから私のことは、貢物だと」
「もう、お父さん。お母さんがそんなこと思うわけないじゃない。お母さんはリアリストなところもあるけど、基本ロマンチストなんだから。好きな人に尽くして喜ぶ人なんだよ。もう少し、自信を持ってよ。それに、お母さんはちゃんと言ってたじゃない。珪一おじさんよりお父さんが良いって」
夏葉が見かねた様に口を挟んできた。流石女の子。わかっているじゃないか。
でも、旦那と息子は分からないのか、顔に ? を浮かべていたのさ。
というか、リアリストのロマンチストってなに?
「あのね、お父さんとなら穏やかに暮らせるといったのよ、お母さんは。珪一おじさんとだと、どうなると思うのよ」
夏葉の言葉に想像したのか「「あっ!」」と声をあげた二人でした。




