65 娘は意外と鋭いの!
「それよりお母さんは大丈夫なの」
「ん? 何が」
「あれだけ執着されて、重くないの?」
執着ときましたか、娘よ。でも、娘のほうが状況は見えているみたいね。
「お母さん、当たり前な事言わないでくれる。お父さんもお兄ちゃんも男だから、どうしても嫉妬しちゃうのよ。それよりも大丈夫なの」
「あ~、大丈夫よ。わかっていて執着するように仕向けたからね」
「なあ~、なんの話なの」
尚人が分からないと言ってきた。
「ダメだな~、お兄ちゃんは。やっぱりマザコンでしょ」
「マザコンじゃないし。話しの流れから珪さんのことかなとは思うけどさ」
「わかっているなら、聞かないでよ」
「だけどさ、なんで母さんに執着させるように仕向けたわけ? そこが分かんねえの」
普通の感覚じゃあ分からないのは当たり前か。
「だってさ、ほっといたら孤独死してそうなんだもん」
そういったら、夫と息子が目を剥いた。
「はあ~? なんで孤独死? だって、離れているとは云え娘がいるんだろう」
「彼女だけじゃ駄目だったのよ。気がつくと時たま死の誘惑に捕らわれることがあったのね。そんなの知ったら放っておけないじゃない。あっでも、さっきも言ったように、尚人に構ってた時なんか楽しそうだったのよ。それならうちの家族扱いにしといちゃえば、珪も死ぬ気はなくなるかな~とね」
そう言ったら、息子が何故か真剣な顔をして訊いてきた。
「なあ、母さん。母さんも死のうとか思うことがあるのか」
「ないよ。というかなんでそんな発想になるのよ」
「だって珪さんと思考が似てんだろ。それなら、母さんもそう思うことがあるかと思ったんだよ」
「あー、それねえー、考え方はほぼ同じだけど、最終的に行きつくところが真逆なのよね」
「真逆?」
「そう。私は、まあ、あなた達がいるからネガティブ思考になっても、死のうなんて考えない。それどころか、どうすれば生き残れるかって考えるわね」
「自殺願望がある珪さんとは真逆ということなんだね」
「いや、珪には自殺願望はないのよ。たまに死にたくなるだけなんだってば」
「どこが違うのさ。死にたくなるなら自殺するんじゃないの」
「う~んとね、積極的に死のうとする気はないのよ、その時は。ただ何もしないで生きるのを放棄しようとするのね」
「あ~、だから孤独死なんだ~。ダメじゃん。そんな珪一おじさんを1人にしちゃあ~」
夏葉が眉間にしわを寄せてそう言ってきた。
「そこは大丈夫だから。珪がそうなるのは決まった時期だけだから」
「それはいつなの」
「珪のお母さんが亡くなった10月末頃と6月なのよ」
「桂さんのお母さん? 珪さんってマザコン」
「おい! 尚人!」
尚人が意外そうに漏らした言葉に、低い声で注意をした。
「うわっと、ごめん」
「分かればよろしい。マザコンじゃなくて、亡くなる前にお母さんに懺悔されてるの」
「お母さん、懺悔って? おばさんに後悔するようなことがあったの」
「えーとさ、お前達には想像しにくいかもしれないけど、お母さんが中学高校の頃って受験戦争っていって、良い大学に入れば良い企業に入れるって信じられてた頃なの。まあ、実際そうだったというけどね。うちはそうでもなかったけど、珪はかなり言われていたみたいなのよ。いまだに自分の父親のことを嫌って家に顔を出そうとしないから、解ると思うんだけどさ」
「受験戦争? 良い大学に入って良い企業に就職して、それで? 今だってそうじゃないの」
「あの頃は一度就職したら、定年までいられると思われてましたからね。今は職業の幅も広がっていますし、自分で起業するのも簡単にできますから」
「う~ん、わからないよ~。良い企業ってどんな企業のことなの」
「そうですねえ~、全国もしくは全世界的に名前が知られている会社、・・・ですかね」
「それが良い企業なのか? でもさ、そこに入れたからって、会社って潰れる時には潰れるだろう」
「そこよ。日本もバブル前は大手ほど絶対潰れないっていう、安全神話があったのよ。それにね、一応親心だったのよ。私達の親の世代って、戦後で苦労の中育ってきているから、子供には苦労させたくないって。だから一流企業に入れば子供の幸せは保障されると思っちゃってたのよ」
そう言ったら尚人と夏葉は顔を見合わせた。やはり想像しにくいのか、微妙な顔をしている。
「なんかさ、社会の授業を受けている気になってきたから、この話はまた母さんが退院してからにしようか。それよりさ、母さんに一つ聞きたいことが出来たんだけど」
「なに」
「珪さんって、親友っているの?」
「いるよ」
「えっ? まじ? どんな人」
尚人がすごく驚いている。・・・というか尚人、お前の中の珪像ってどうなってるのよ!
「というか、いたって言った方が正しいかな」
「なんだよそれ。珪さんってそんなに人つき合いがしたくない人なのかよ」
「だ~か~ら~、話はちゃんと最後まで聞きなさい。その人は今はいないの。5年前に亡くなっているの」
「ええっ!」
「珪さんって、不幸体質?」
尚人の言葉にどうツッコもうかと口を開こうとしたら、旦那が先に訊いてきた。
「舞子さん、その人はもしかして上条君ですか」
「あっ、覚えてたんだ。そうよー。2度会ったよね」
「ええ、覚えています。長野に住んでいて、珪君の所に来た時にうちにも挨拶にきてくれましたから」
そう言いいながら、なんか気まずげに視線を逸らしていたのでした。




