エピローグ【2】
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貧しい家々が並ぶスラム街の一角で。
差し込む朝日を眩しそうに目を細めて見つめながら、ラウルはアジトとする我が家の前で煙草を吹かし、人を待っていた。
家の戸が開き。
中から一人の老人医者がウォッカの入った容器を手に出てくる。
ラウルはその老人へと声をかけた。
「よぉ、闇医者の爺さん。治療にずいぶん時間がかかったじゃねぇか。ほんとにティムは大丈夫なんだろうな?」
ウォッカの容器を口に傾けて老人。
「止血が早かったのが幸いだったな。大事には至っておらんよ。ただ──」
言葉を止めて容器を口から離し、老人は真顔になって口重く言葉を続ける。
「止血に使われていたあの黒のジャケット。あまり関わりたくないな」
鼻で笑ってラウル。
「何十年庶民やってんだ、爺さん。そういうのは口にしないのが長生きの秘訣ってやつだろうが」
「あのデザインのジャケットはクレイシス侯のみに許されたものだ。早めに処分しておけよ」
「言われずともティムの無事が分かればすぐにでも処分するつもりだ」
その言葉に老人が安心するように微笑する。手持ちの容器を再び口へと運び、
「意外なものだな。まさかあの大貴族が庶民を助けるとは。世の中変わってきたと見ていいものか」
ラウルはくわえ煙草を吹かしながらお手上げする。
「期待してっと痛い目見るぜ、爺さん。アイツはただ純粋に人を助けただけだ。所詮は十五のガキ。周囲の貴族どもが鉄を打ち出すのはこれからだ。
その内、腐った大人どもの欲望の渦中で振り回されたりすりゃぁ純粋な心もガラリと変わるだろうよ」
「いつの世も庶民は庶民、貴族は貴族か……」
「それがこの世の道理ってやつだ」
ラウルは煙草を手に取ると、空へ向けて煙を吐く。
吐き出された煙は空へと昇りながら静かに消えていった。




