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正義の見方【16】


 壁にその身を叩きつけ、クルドは衝撃に咳き込みながら力なく壁をつたい床に座り込んでいく。

(これでいい……)

 クルドの脳裏に過ぎるマナの最期の瞬間。


『クルドさん……なんで……?』


(二年前のあの時も、俺はこうすべきだったんだ)

 もっと早くこうしていれば、こんなにも長く苦しまずに済んだのに。

 虚空から道化のマスケラがクルドの前に浮かび現れる。

 マスケラは宙に留まり、その姿を変えていく。

 肢体を生やした道化の姿へと。

 そして道化は地に降り立つ。

 体を形成した道化はクルドの前に立ちふさがった。

 手中の短剣を振り上げていく。高揚なる笑みを浮かべて、

「フィナーレだ、裁判者!」

 防ぐ武器は手元にない。

 逃げる足も動きはしない。

 クルドは最期を悟り、静かに目を閉じる。

(マナ。俺も今からそっちに逝く……)


 ──ふいに。

 暗く閉ざした視界の中で、力強い叫びが耳に届いた。

 肺の全てを搾り出すかのような、そんな怒りをぶちまけたような癇癪かんしゃくの叫びが。


 クルドはそっと目を開けていった。

 そこに映る光景があまりにも信じられなくて。

 そのまま目を大きく見開いていく。

 クレイシスがクルドの短剣を手に、叫びながら道化に向かって駆け出していたのだ。

 瞬間、クレイシスの手中にあった短剣は光を帯びて新たな姿に形成する。

 大鎌ではない別の武器。

 その剣先は鋭く、そして細長い。

刺突剣ストリッシャだと!?)

 刺突剣を手にしたクレイシスは真っ直ぐに、道化の体を背後から串刺した。

 勢いは止まることなく道化を串刺したままクルドの頭上の壁へとその剣先を埋める。

(嘘だろ。短剣をここまで──この時点でクレイシスは俺と同格の裁判者だ)

 彼を後継者と認めざるを得ないというのか? この一夜で。

 クルドはクレイシスの顔を見てゾッとする。

 憎悪に満ちた彼の目が、表情が、かつての自分と重なった。

 ロンの言葉が脳裏を過ぎる。


『お前がその手に持つ武器は殺しの為か? それとも誰かを守る為か?』


 クツクツと道化が笑う。

 体を刺突剣に貫かれたまま、平然とした顔で。

「裁判者クルド」

 クルドは道化へと視線を転じた。

「君は最初からこれを狙っていたのかい?」

 道化の顔にぴしりと一つの亀裂が走る。

「だとしたら僕の負けだ。このまま大人しく地獄へ戻るとしよう」

 次々と道化の顔に無数の亀裂が走っていく。

「また遊ぼうよ、裁判者。こんなちっぽけな舞台じゃなく、今度はもっと大きな舞台で。

 でも次に遊ぶその時は──」

 道化の目が猟奇的に鋭く変わる。モーディ・リアンと声を重ねて、


「「クレイシス侯も道連れだ! 僕の舞台に必ずね!」」

 狂ったような嘲笑を残しながら。


 道化の体が黒くすす焦げた死体へと戻り、風化するようにもろく崩れ始めた。

 その脆く崩れた欠片は一つに集い。

 まるで姿を変えるかのように指輪が一つ、音を立てて床に落ちてきた。

 虚しくクレイシスの足元へと転がっていく。


【最愛なるサーシャ】


 指輪にはそう文字が刻まれていた。



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