第11話 酒場と男と女と
酒屋は人生の縮図、と言ったのは誰だったろう。
言葉の通り、そこは多様な世代や性別の人々が集い、毎夜ごとに出会いと別れが繰り返される。
失恋にヤケ酒する青年に、なぐさめという名の野次をとばす仕事帰りのおじちゃん。上司の愚痴を言い合う同僚たち。
その様々な人々の想いがぶつかり合いできるストーリは、一本の小説にも引けをとらないと思うのだ。
……と、詩的なことを語って現実逃避をしてみるテスト。でもまあ結局は皆ただの酔っ払いである。
店内に充満している強いアルコールの匂いを吸い込み、独特の喧騒の中で私は声を張り上げた。
「ちょっと! 離してくださいよっ!」
「なんだよ、いいじゃねぇか姉ちゃんよぉ? 俺の酒が飲めないっていうのかぁ?!」
この酔っ払い親父め、息が酒くさいんだわボケ! と喉元まで出かかった言葉をぎりぎりで飲み込む。
あっぶねえ、あと少しで本音が出るところだった。
勢いに任せたってろくな事にならないのは、城からの脱出で実証済みである。
――私は現在、ファンタジーでの第一級フラグ建築場である酒場にいた。
多くのRPGや小説で、有力な情報や仲間を手に入れるのはここだったりする。
なぜなら人が集うところというのは、それと一緒にいろんなものが集まる。
例えばだれかの噂話にお得な仕事情報、けれどそういうところには喧嘩や事件も起こりやすいものだ。
特に酒場は、アルコールの解放感が手伝うのか無礼講ホイホイである。私も例に漏れずぐだぐだに酔ったオッチャンに絡まれていた。
物語なら主人公が、ここらで助けに入るところだろう。
そしてその勇姿に胸をときめかせる助けられた女性、めくるめくロマンスの始まりである。
ただ私に、そんなものは期待できそうにないようだ。助けを求めようにも、みなさんすでに出来上がっていて、絡んでくるのも周りを囲むのも酔っ払いばかりである。
唯一の希望であるマスターは、今しがた酔っ払いたちの乱闘に屈強な肩を鳴らし飛び込んでいった。非常に生き生きとした顔であった。
その背後で崩れ落ちる私。いうならば一晩かかって完成させた課題の上に、甘い炭酸ジュースをこぼされたような気分だ。あれって乾いてもベタベタするよね。
きっと恋愛フラグなんてものは、私に憑りついた疫病神がブルトーザーでなぎ倒してる。
この状況をわたし一人でさっさと解決できればいいのだが、なにせ城から逃亡中という身分のためあまり目立っては不味い。
いつもなら『もうっ、セクハラですよぉ』とOLよろしく避ける絡みも、異世界のためお蔵入りである。そもそもセクシャルハラスメントという単語は存在するのだろうか。
こうなれば困ったときの神頼みしかあるまい、と神さま仏さまに願って見るが、普段ろくに祈りもしていない私の願いを都合よく聞き届けてくれるほど神さまは暇では無いらしい。手詰まりである。お賽銭をケチって百円しか入れてなかったのが悪かったのか。
もうこの際この状況から救い出してくれるのならば、悪魔だろうが貧乏神でもいい。
そう、思った時だった。
「すまんがこいつは俺の連れなんだ」
背後から低い声が聞こえたと思ったら突然肩を引き寄せられた。
久々です。