よっちゃん
前回のあらすじ:ゴボルトケンプファーは弱かった
朝食の時間までボス戦を繰り返して、クーラタルの迷宮を出る。
三十三階層では竜革もいくつか出た。
竜肉が残ることの方が多かったので、竜革は確かにレアドロップなのだろう。
食材ではないのでドロップ率を上げられないのが残念だが、別に今すぐ必要というわけでもない。
アイテムボックスに放り込んでおけばいい。
勇者がアイテムボックスを使えるため、アイテムボックス容量には余裕がある。
そう、余裕。
余裕は重要だ。
ギルドからいろいろ素材を買ってきてセリーを鍛え、すぐに竜革の防具を作ってもらう手もあるが、そこまですることもないと考えている。
現状まだ魔物の攻撃が痛すぎるということはない。
今のペースで階層を上がっていった場合、いずれどこかで壁に当たるだろう。
そのときに強化できるポイントがあるというのは大きい。
まだまだ強化が可能だという事実は、そのまま余裕になり、心を落ち着かせる。
戦いが厳しくなったとき、まったく強化の余地がない場合と比べ、すぐにでも強化できるという余裕があれば、冷静に厳しいと判断を下せるだろう。
厳しくなったこと認めずに無理をすれば、迷宮では命が危険に晒される。
そんなことにならないためにも余裕を持っておくことは大切なのだ。
心に余裕を持ってパンと食材を買い家に帰ると、朝食はセリーが竜肉を使ったスープを作った。
スープといっても沸騰するまで単に煮ただけだ。
根菜類っぽいものは入れていないので、ひと煮立ちさせれば十分なんだろう。
「ただ煮るだけでいいので手軽で簡単に作れる料理です」
などとセリーは言っているが、こういうのは案外塩加減が難しかったりするのだ。
簡単だと思っていると痛い目を見る。
間違いない。
「まあ確かに見ている分には簡単そうだが」
「竜肉の濃い味が出るので調味料に気を配らなくても失敗することはありません。竜肉はとてもありがたい食材なのです」
ありゃ。
塩加減もいい加減でいいのか。
それは確かにありがたい。
「へえ。だとすると忙しい朝にはいいだろうな」
「そうですね。竜皮もありますし、ご主人様が懸念なされるように、スープを作るために長時間煮込んだりするような必要はなさそうです」
ロクサーヌが釘を刺してきた。
基本的に、出汁は肉や野菜を長時間煮込んでとらなければならない。
美味しいものを食べようと思えば、専用の調理人が鍋の前に長時間いなければならないのがこの世界だ。
パーティーメンバー枠は埋まったので、次に奴隷を増やそうとすれば料理などの家事をさせるのが適当になる。
それをなんとなく匂わせてきたのだが。
しっかりガードされてしまった。
パーティーメンバーをそろえるという大義名分がない以上、ハーレムを拡充するのは難しいか。
いや。俺は別にロクサーヌだけだっていいのだ。
ロクサーヌは美人だし従順だし優しいし。
しかもイヌミミ。
何の不満があろうか。
もちろんセリーはちっちゃくて可愛らしいが。
ミリアのネコミミも捨てがたい。
ベスタには存在感がある。特に胸の辺りに。
エルフで美人のルティナだって手放すつもりはない。
まああれだ。
どうしてもなんとかしたい女性が現われたら、そのときに考えればいい。
素敵な女性が出てきたら、出てきてから考えればいい。
泥棒を捕まえてから縄はなうものだ。
まだそういう人もいないのに、拡充ばかり考えてもしょうがない。
取らぬ狸のなんとやらだ。
現れたら現れたでなんとかなるだろう。
そのときにはあらゆる手練手管を使ってロクサーヌたちを陥落させる所存である。
「まあうまいからいいか」
実際、竜肉のスープは美味しかった。
なんとかなるに違いない。
「はい。とても美味しいです。これなら十分ですね」
一言多かったような気は、しないでもないが。
朝食の後は、商人ギルドに赴き、ルークからハチのモンスターカードを購入する。
ハチのモンスターカードは、今強いて必要なものでもないが、あればあったで強化はできる。
武器はともかく、防具につければ、同じ魔物から攻撃を受けた場合のダメージが徐々に減っていく。
使い勝手はあまりよくないが、強化ではあるだろう。
「ハルツ公爵家の方より、一度顔を見せるようにとの公爵様からの伝言をお預かりしております」
げ。
ハチのモンスターカードは本物だったが、ルークからは嫌な発言ももらってしまった。
どうせろくな用ではあるまい。
早々に商人ギルドから撤収する。
その足でボーデに行く手もあったが、それもやめておいた。
明日にすればいい。
電話などで直接伝えられたわけではないから、既読スルーしても問題はないのだ。
余裕が必要である。
余裕。というか先延ばし。
またの名を焦らしプレイ。
なんと甘美で悦楽的なものか。
今日のうちに公爵がポックリ逝くかもしれない。
公爵も迷宮に入っているのだから常にその可能性はある。
明日できることは今日するな。
素晴らしい格言であるといえよう。
「ハチのモンスターカードは手に入ったが、防具につけるのは後でいいよな?」
「そうですね」
家に帰ってセリーに確認し、こっちも後回しにする。
セリーも賛成してくれた。
時期を遅らせればそれだけいい防具を入手している可能性がある。
喫緊でなければ取っておいた方が将来の選択肢も増える。
もちろん選択肢は多ければ多いほどいい。
先送りが正解だ。
そういえば、ハチのモンスターカードをどうするか考えていて、ハチのモンスターカードに何故人気がないのかも分かった。
同じ相手に対してのみ有効というのは確かに微妙だ。
それでも、つけられるのならつけた方がいい。
などと考えてしまうのは、俺の発想だ。
この世界では、装備品にスキルをたくさんつけることは難しい。
一つの装備品に一つのスキルなら、ほかにつけたいスキルがいくらでもある。
ハチのモンスターカードはやはり微妙だろう。
なるほど。そういうことだったのか。
ひとつすっきりしたところで翌日は公爵のところへ行く、前に三十四階層ボスと戦う。
一日一階層ずつというのは、何か間違っている気がするが、できているのだからしょうがない。
やめるにはロクサーヌに対する言い訳が必要だ。
多分、他の人は迷宮でもっと苦労しているのだろう。
上に行けるということは、今まで楽なところでのうのうと戦ってきた、ということではあるのだから。
「次の分岐を左ですね。右に進むと近くに魔物がいるようですが、今はいいでしょう」
三十四階層はロクサーヌが嬉々として先導した。
「そうだな」
「次の角はまっすぐです。あ。ただ、左に行くとロックバードがいますね。においが濃いので多分複数です。行きがけの駄賃にしましょうか」
「そうだな」
「三十四階層のボスも楽しみなので早く行きたいですが」
「そ、そうだな」
羽毛を集めているからとはいえ魔物は駄賃とされ、ボスが楽しみときたもんだ。
こういうときどんな顔をすればいいか分からない。
笑うしかないな。
「クーラタルの迷宮でなければ、三十四階層より上の階層のボスならボス部屋に行く前に戦ったりするものらしいですが」
セリーが笑わずに教えてくれる。
「そうなのか?」
「小部屋にある、ボスが擬態している宝箱です」
「あれかあ」
そういえばそんな話があった。
宝箱はボスが擬態していることがあるのだ。
考えてみれば、ボス部屋に行く前にボスと戦うというのがそもそも不思議だ。
宝箱なら確かに戦える。
「下の階層でも出てはきますが、三十四階層より上では結構な頻度で見つかるそうです」
「なるほど。ボス部屋の場所が分からず探索していればたいていはぶつかると」
「宝箱を狙うパーティーも多いそうなので、確実ではありませんが」
ボス部屋と違い宝箱が擬態しているボスは一匹で出てくるから戦いやすいのだった。
だからそれを狙うパーティーも多いと。
迷宮に入ってお金を稼ぐとは、結局魔物を倒して稼ぐということだ。
宝箱は、魔物が擬態していようがやっぱり宝箱なんだろう。
「ボス部屋に行く前に、一度ボスと戦っておくべきか?」
みんなに諮る。
いいことを思いついた。
ボス部屋に行く前に階層をうろつくようにすれば。
宝箱が擬態しているボスと遭遇するのに仮に一日かかるとすると、ボスと遭遇するまでに一日、ボス戦で一日と、上に進んでいく速度を二分の一に落とせる。
これは是非採用したい。
ボス部屋で初見のボスと対峙するより、一度見ておいた方が安心だろう。
一日かからずあっさり宝箱に当たる可能性もあるが、そのときはそのときだ。
「問題ありません。この階層のボスくらいなら何匹出てこようがご主人様の相手ではありません」
せっかくのアイデアだったのにロクサーヌに切って捨てられた。
そりゃまあロクサーヌの相手ではないだろう。
是非にも及ばなかった。
「現状そこまですることはないでしょう。ボス部屋に行くことが少しでも不安になるような階層なら、いい作戦かもしれませんが。そういう階層ならしばらくそこで戦うでしょうから、擬態しているボスとも戦うことになります。それに、三十四階層のボスはコボルトイェーガーです」
ロクサーヌに続いてセリーにもダメを出された。
セリーに言われると確かな説得力がある。
ボス部屋に行くことが不安なら宝箱が出てくるくらいにはその階層で戦うはず、か。
うまいことできてやがる。
そして、弱い弱いコボルトは、ボスのコボルトケンプファーのさらにそのボスのコボルトイェーガーまで軽視される存在だと。
戦士の上が狩人というのもよく分からんが。
駆逐戦車の例もあるから、戦士を狩る存在なのかもしれない。
そういうことにしておこう。
「問題ない、です」
「大丈夫だと思います」
「コボルトイェーガーごとき恐れているようでは諸侯会議に臨めません」
こいつら三人は、まあこんなとこだろう。
もともと期待していない。
「ベスタも立派になりました。ご主人様の薫陶の賜物です」
「そ、そうか?」
何故かロクサーヌが感激しているが、ベスタは最初からこんな感じだっただろう。
薫陶というのなら、もっと違う誰かの悪影響に違いない。
どんな魔物の攻撃だろうがひょいひょいよけてしまう感じの誰かの。
「はい。ボスを抑えるのは私とベスタの役目でいいですよね?」
それでも、三十四階層のボスだから用心して二人で当たるということだろうか。
ロクサーヌも少しは成長しているらしい。
「ええっと。三十四階層のボス部屋からは、出てくる魔物はボスが二匹になります」
と思ったら、セリーが説明してくれた。
ボスが二匹出てくるのか。
それで、ロクサーヌとベスタが一匹ずつ抑えると。
「ボス以外の魔物は?」
「ボス二匹だけですね」
雑魚二匹がいなくなる代わりにボスが一匹増えるのは、一応戦力強化なんだろう。
三十四階層から上というのはやはり一筋縄ではいかないようだ。
ロクサーヌならどんな相手でも初見でなんとかしそうな気もするが、ベスタは大丈夫だろうか。
「ミリアは遊撃だからボス二匹ならベスタにあたってもらうのがいいが、見ておかなくて大丈夫か?」
「はい。大丈夫だと思います」
「相手の動きをよく見ていれば、初めての魔物かどうかなど関係ありません。相手がフッと動いたときにスッと避ければいいのです」
まるで成長していない。
ただし、結局のところボス戦で問題になるのはミリアの石化が通用するかどうかだ。
通用するなら初見だろうが関係ないし、通用しないボスだとして何か対策が取れるわけでもない。
それに、戦ってみてボスが石化しなかったとして、一匹だけではたまたまだったのか石化が効かなくなったのか判定しにくい。
ミリアの石化がいずれ通用しなくなるにしても、どこかでばったりと効かなくなるのではなく、徐々に効きにくくなっていくのではないかと想像している。
一回戦ってみただけでそれを判断するのはおそらく無理だろう。
ボスの攻撃パターンを見切るほど対戦するのなら、一匹のボスを相手にするのも意味があるだろうが。
そこまでやるのは難しい。
ならばこのままボス部屋に行ってもいいだろう。
ロクサーヌの案内のままにボス部屋へと向かった。
「ボスは、一匹をロクサーヌが受け持ち、もう一匹をミリアとベスタで囲んでくれ。ベスタが正面で」
「ボスの出現位置が分かりませんが、私が二匹を狙える場所まで引きつけてください」
セリーやみんなでフォーメーションを確認してからボス部屋に入る。
ただし、ほとんど意味はなかった。
ボスは二匹ともミリアがすぐに石化してしまったので。
コボルトイェーガーLv34にはまだまだミリアの石化が通用しそうだ。
ミリアが石化させて終わらせるなら、ボスの数が増えていようが全体の数が三匹から二匹に減ったのは楽になったといえるだろう。
まだまだ余裕のようだ。