ユース
前回のあらすじ:三十四階層のボスもミリアの石化のおかげで余裕だった
コボルトイェーガーが倒れると、煙と化した後にはやはり白い牙が残った。
白い牙を残すのはコボルトやコボルトケンプファーと同じだ。
牙を残すのがコボルト一族の共通項らしい。
トラは死して皮を残し、コボルトは死して牙を残す。
コボルト一族の鉄の掟である。
まあコボルトはナイフも残したけど。
残った牙を鑑定してみると、コボルトフラワーと出た。
フラワー、フラワー。
何だっけ。
「フラワー……」
「コボルトフラワーですね。普通の小麦粉に対して少しだけ混ぜます」
聞いたことあるなと思っていたら、セリーが教えてくれた。
ああそうだ。小麦粉だった。
花じゃないわな。
「小麦粉か」
確かに白くはある。
コボルトソルトやコボルトスクロースと同様にゴリゴリと削るのだろう。
めんどくさい。
「あまり大量に混ぜてもおいしくないそうです。普通の小麦粉九に対しコボルトフラワー一の割合までが限界だとか。一般には、もう少しコボルトフラワーの比率を下げて、十五対一くらいの割合で使うことが多いそうです。クーラタルのパン屋さんの高級パンもこうして作っているはずです」
「そうなのか」
あのパン屋には普通のパンと高級パンがあって、確かに高級パンの方がうまくていつも買っているのだが、そういう違いがあったのか。
そしてもう一つ。
パン屋がコボルトフラワーを使っているということは、パン屋にコボルトフラワーを卸せるということだ。
売り先ができた。
あそこのパン屋なら商人が店番をやっているから三割アップも効く。
まあ三割アップに頼らなければいけないほどお金に困ってはいないが。
コボルトフラワーを売却すると俺たちがどの辺りで戦っているかも分かってしまうが、特に問題となることではあるまい。
意外に優秀だったコボルトイェーガーのドロップ。
所詮はコボルトなどと思って悪かった。
今日のところはコボルトイェーガーを一日相手にしてもいいかもしれない。
三十五階層からはいよいよ本格的な相手になるし。
「クーラタル三十五階層の魔物はパームバウムです。耐性のある属性も弱点となる属性もありません。低階層のボスとして出てくるときには、まだ弱いですし一匹なのでそれほどでもありませんが、三十三階層上で普通に出てくるには弱点となる属性がないのはちょっと厄介かもしれません」
セリーの話を聞くに案の定のようだ。
三十五階層からは大変か。
とはいえ、ドライブドラゴンが全属性への耐性持ちだから、どうせ雷魔法に頼る場面は多いだろう。
三十五階層へ行って、実際に戦ってみる。
最初はパームバウム二匹のぬるい群れから。
パームバウムは、コボルトケンプファーよりもだいぶ強化されているようだ。多分。
三十四階層より戦闘時間が一気に長引いた。
ただ戦闘時間が長くなるとどうなるかというと。
「やった、です」
こうなるわけで。
ミリアが全部石化させることで戦闘が終了してしまった。
「うーん。もう一回くらい様子見で戦っておいたほうがいいか?」
「そうですね。向こうだと、比較的近くに魔物がいます。数もそれなりにいそうですし、ちょうどよいでしょう」
「分かった」
ロクサーヌの案内にしたがって進む。
三十五階層でも戦えないことはなさそうだし、数は増えても問題ないだろう。
出てきたのは、パームバウム三匹、コボルトケンプファー一匹、ドライブドラゴン二匹の団体。
つまりフルスペックじゃないですか。やだー。
この階層ではマックスとなる六匹の魔物が相手か。
あ。最初の雷魔法でパームバウム三匹を含む四匹が脱落した。
数が多いと雷で麻痺する敵も増えるのがありがたいといえばありがたい。
「ミリアはパームバウムの相手を。他はこっちで押さえます」
「はい」
「お願い」
前線にやってきたコボルトケンプファーとドライブドラゴンの脇を、ロクサーヌの指示でミリアが抜ける。
麻痺は解けるから、あまり突出すると危険だが。
そこはロクサーヌの判断にまかせてもいいだろう。
いや。一匹パームバウムの麻痺が解けたら、ミリアが少しずつ下がってきた。
ちゃんと分かっているようだ。
一気に下がってこないのは、一匹だから相手をしつつ、ということなのだろう。
と思ったら、またミリアが前進した。
「やった、です」
石化できてたのか。
パームバウムは動かなくなっているようだ。
報告してから進むのではなく進んでから報告するのは心臓に悪い。
敵陣深くにいるのはミリアだけだから別にいいのだろうが。
こっちはこっちで残った魔物を相手にする。
雷魔法を連発し、ミリアが全部石化させる前になんとか倒すことができた。
さすがに六匹全部を石化させるのは無理がある。
それでも、パームバウム三匹とドライブドラゴン一匹を石化させ、こちらに戻ってくる途中の終了だった。
「やはりこの階層ではミリアはパームバウムの相手だけをさせるのがいいみたいですね」
「ちょっと危険じゃないか」
「麻痺していた魔物が同時に動き出すならともかく、ちゃんと見ていればそこまでの危険はないでしょう」
ロクサーヌに意見してみたが、聞き入れられない。
「うーん。ミリアなら大丈夫か。ちゃんと気をつけてくれよ」
「はい、です。やる、です」
一応ミリアには注意を促しておいたが、本人がやるというのだからいいだろう。
「まあ不安はあるが。それと、今日は三十四階層のボス戦を繰り返してみるか、それともこの階層で戦い続けるか?」
三十四階層のボス戦も三十五階層の戦いもミリアが石化させて終了となるなら、俺としては難易度は変わらない。
だからどっちがいいかは丸投げにした。
数が多い三十五階層の戦いの方が魔物が石化せずに残る確率が高そうだが、相手がボスの方が石化しにくいかもしれない。
一匹残られるならボスよりも三十五階層の方がいいか。
一匹残ったくらいならロクサーヌが相手をするから俺としてはあまり関係がないか。
迷宮において最も危険視すべきことは魔物の殲滅が遅れて複数の団体に囲まれてしまうことらしいから、その点では魔物の追加がないボス戦の方が安全ともいえる。
結局のところ大差はないだろう。
「コボルトイェーガーと戦うのがいいですね。ボス戦だと出てきた直後からぶつかるので長く戦えますし」
「どっちもたいして違いがないのなら、ボス戦を繰り返すのが合理的です」
「ミリアはどっちがいい?」
どうせ終わらせるのがミリアならミリアの意見を尊重すべきだろう。
特に、一番やる気に満ちている人の意見は聞かない方がいい。
戦闘時間の長い方がいいとかいう見解はいかがなものかと。
「ボス、です」
ミリアの意見もややそれに流されているような気がしないでもないが、いいだろう。
「ベスタは、どっちがいいと思う? 三十五階層の方がよくないか?」
「はい。ボス戦がいいと思います」
三十四階層からはボスが二匹出てくるのでボス戦で負担がかかるのはベスタだ。
周囲の意見に流される可能性を嫌って逆側から振ってみたが、ボス戦がいいらしい。
二匹しか出てこないからベスタが相手をする方のボスはミリアが早期に石化してしまうということはあるか。
三十五階層の雑魚戦の方がベスタには大変かもしれない。
ついでに、ボス戦の方が戦闘時間が長いという感覚も間違いかもしれない。
「ルティナもボス戦でいいか?」
「もちろんです」
ボス戦ということで全員一致のようだ。
ただし、ルティナに関していえばボス戦にはありがたくないこともある。
戦闘をミリアが石化で終わらせてしまうということは、ルティナは役に立っていないということだからだ。
とりわけ三十四階層のボス戦ではあからさまだ。
魔物を俺の魔法で倒すなら、その回数を減らせるルティナの魔法は役に立っていると胸を張れる。
最後にミリアが石化させて終わるとしても、途中で魔物が倒れ数が減るなら、ルティナの魔法が役に立ったといえる。
しかし三十四階層からのボス戦で出てくるボス二匹をミリアがともに石化させて終わらせてしまえば、そうはいえなくなる。
ミリアの石化にルティナは関与していない。
三十五階層で戦うならば、今回のようにミリアが突出した場合にルティナが前衛に入るという選択肢もある。
コボルトケンプファーやドライブドラゴンなんかは先に倒れるから、敵の数を減らせるという点で、もちろん役に立つ。
とりわけコボルトケンプファーは四属性魔法全部が弱点だから、魔法使いのルティナにとって相性もいいだろう。
三十四階層からのボス戦は出てくるのがボス二匹だから、そういう言い訳ができない。
ルティナは、ぶっちゃけいてもいなくても変わりはないということになる。
厳密には石化させた後で魔法なりデュランダルなりで倒すのだが、動かなくなった相手を倒すのに使ってルティナが役に立ったといえるかどうか。
コボルトイェーガーが石化した後に魔法を使ってもらって少しでも早くボスを倒す、という手もあるが、別に効率はよくないだろう。
まだまだ魔法使いでしかないルティナに俺は役立つことまで求めていない。
しかし本人の気持ち的にどうかという問題だ。
パーティーメンバーの中で唯一役に立っていないというのは。
俺がそんな立場ならちょっと嫌だ。
ルティナの様子をうかがうに、別に深刻な表情は見られない。
あるいは単に気づいてないだけか。
だとしてもボス戦を繰り返せば気づくだろう。
いずれ三十五階層で何回魔法を使うか指示しないといけないのだし。
三十五階層で何回魔法を使ってもらうかは、コボルトケンプファーLv35で確かめてからということになる。
ミリアがパームバウムを石化させて終了する三十五階層の戦闘でコボルトケンプファー対策として魔法を使わせるのだから、それも問題だといえば問題だよな。
「ボス戦ではルティナは魔法を使わなくていい。その分は他に回してくれ。三十五階層では俺がコボルトケンプファーを倒す魔法の回数を減らせる数を割り出して、その数だけ撃ってもらうようにしよう」
「わ、分かりました」
まあそのくらいはしょうがない。
甘受してもらおう。
その後は、ボスを倒して三十五階層に抜けたら三十四階層に戻り、ボス戦を繰り返す。
ミリアは安定してボス二匹を石化させ続けた。
ボスには状態異常耐性ダウンをかけるからそのおかげかもしれない。
むしろ三十五階層で入り口近くにいたのでついでに倒した団体のパームバウムを石化しきれなかったことがあった。
なんだかんだいってボス戦の方が楽だったか。
結果オーライということだろう。
ルティナのことだけが気がかりではあるが、表面的には不満を抱えている様子はない。
ボス戦のときも、所在なさそうにすることもなく、きちんと戦闘を観察しているみたいだし、ちゃんと心得ているのだろう。
元々、ルティナは魔法使いとしては駆け出しだから魔法は撃ったり撃たなかったりだ。
ボス戦で撃たない分、道中の雑魚敵相手に撃っているのだから、それで十分役立っているとはいえる。
俺の考えは杞憂だった。
戦闘がミリアの石化で終わるということは、その石化した魔物をデュランダルで片づけるチャンスも多いということだから、ルティナにデュランダルを貸して雑魚戦で魔法を連発してもらうこともできるが、そこまですることもあるまい。
朝食の時間まで、ボス戦を繰り返した。
今日は一日こんな感じでいいだろう。
朝食の後は、ロクサーヌたちに片づけを頼んでハルツ公爵のところへ飛ぶ。
呼び出しを食らっているので行かないというわけにもいかない。
どうせろくでもないことだろうが。
たいした用件ではないことを願っておこう。
ボーデの城では、いつものように勝手に行けとばかりに中へ通された。
「おお。ミチオ殿、よくいらしてくれた」
「では、私が」
執務室に入ると、中にいたゴスラーがそそくさと立ち去る。
公爵もイスから立ち上がって入り口の方まで来た。
そして、なんでもないことのように腕を伸ばすと、突如として俺の肩を捕まえる。
なんでもないことのようなのに、がっちりと捕まえられた。
「捕まえた」
「え?」
「いやなに。たいしたことじゃない。別に取って食おうというのではない」
公爵の目が死んでいる。
「な、何を」
「なに、カシアの女系一族の長老がな。連れてこいというのでな」
「長老?」
「ミチオ殿はルティナの所有者になったのだ。当然関係者ということになる。大丈夫。心配することはない。なに、余よりもひどいことをされることはないだろう」
公爵の目が死んでいた。