進捗管理
「ゴスラー、やったようだな」
迷宮からは公爵も出てきた。
カシアも一緒のパーティーにいる。
カシアがいるなら、魔物のいる部屋をつぶした安全な迷宮に入ることは正しい。
公爵だけならどこで野たれ死んでもいいが。
「はっ。ありがとうございます」
「お。ミチオ殿もおられたのか」
「はい」
「出てくるのが早かったのだな。余のパーティーもそれほど奥へは進んでいなかったはずだが」
公爵がカシアを隠すように目の前に立ちはだかった。
邪魔な公爵だ。
そういえば俺はダンジョンウォークを使ってすぐに迷宮から出てきた。
本当なら冒険者の俺はダンジョンウォークを使えない。
探索者がいないパーティーの人たちは、階層の入り口まで歩いて戻ってこなければいけないのか。
「たまたま近くにいましたので」
まあ別にセリーが探索者だということにしてもいい。
問題は他にあった。
迷宮入り口にいる案内の探索者だ。
俺はワープで直接迷宮の中に移動したから、入り口にいる探索者は俺が迷宮に入るところを見ていない。
二十四時間交代なしで見張っているわけではないからなんとかなるだろうが。
少なくとも夜はいない。
心配になって少し探してみるが、どの探索者が案内の探索者なのか分からなかった。
ひょっとしたらもういないのかもしれない。
迷宮が討伐されたのなら、案内の探索者はもはやすることがない。
退治されたという情報を探索者ギルドに持ち帰るのが一番の仕事だろう。
この場で公爵に変な入れ知恵をされる心配はなさそうか。
「今までミチオ殿にも世話になった。礼を言う」
「いえ」
「欲をいえば、今後も是非領内の迷宮に入ってほしいが」
「そのことでしたら私からも話しました。ミチオ殿には自分に見合った迷宮に入ってもらうのがよろしいかと」
公爵が未練を述べようとするのをゴスラーが止めた。
さすがはゴスラーだ。
「そうか。そうであったな」
「その方が結局閣下にとっても都合がよろしいかと」
公爵に都合がいいというのはなんだろう。
俺は放し飼いにされている豚なんだろうか。
ぶくぶく太ったところを美味しくいただかれるのだろうか。
「あー」
「いや、こちらのことだ。ミチオ殿には早く貴族になってもらいたいからな」
公爵が釈明する。
俺が貴族になることを期待しているというのはそのとおりなんだろう。
帝国解放会に推薦したのもそのためみたいなことを言っていたし。
俺が貴族になることで公爵にどんなメリットがあるかは分からない。
実は味方が少ないのだろうか。
それに、俺としては面倒ごとはいやなのだが。
「そこまでいけるかどうか」
「なに、今すぐにとはいわん。では、明後日の夕食を楽しみにしておる」
貴族のことに釘を刺そうとしても、話を聞かない公爵にさえぎられた。
公爵からは帝国解放会の入会祝いに誘われている。
もう後はゴスラーのとりなしに期待するしかないか。
「では、よろしく」
ゴスラーの方を向いて会釈する。
「まああまり無理なことは言わないでしょう」
これはゴスラーにさじを投げられたのではないだろうか。
「よろしく」
念を押すように再度ゴスラーに迫った。
「い、いや」
「エンブレムも返却するので、よろしく」
「ぜ、善処します」
ゴスラーがうなずいたのでよしとしておこう。
入れっぱなしになっているハルツ公騎士団のエンブレムをリュックサックから取り出し、ゴスラーに渡した。
ハルツ公領内の迷宮に入らないのなら必要のないものだ。
エンブレムを返却して、その場を離れる。
いったん家に帰った。
「セリーの言うとおり、迷宮が退治されたみたいだったな」
「そうですね。さすがセリーです」
「いえ」
全員でテーブルを囲む。
イスに座った。
「さて、問題は今後だが」
「はい」
「とりあえず、クーラタルの迷宮に入ることでいいだろうか?」
ハルバーにあった迷宮が退治されてなくなってしまった以上、どこに行くかを考えなければならない。
迷宮に入らないという選択肢は、いまさらない。
安全面、金銭面、その他諸々を考慮しても。
そのくらいには俺もこの世界になじんだ。
ではどこの迷宮に行くかというと、真っ先に候補に上がるのはクーラタルの迷宮だ。
何よりも近く、安全で、すでに入ったことがある。
どころか、二十六階層まで走破してきている。
ハルバーの迷宮は、公爵が入るために魔物のいる部屋を丹念につぶしてあったらしい。
次に行く迷宮も、そういうところが望ましいだろう。
安全が第一だ。
将来的には魔物がいる部屋にも対応を迫られるかもしれないが、それはそのときに考えればいい。
今は安全着実にレベルアップを図って実力をつける時期だろう。
都合がいいのはクーラタルの迷宮だ。
クーラタルの迷宮は人が多いので魔物が溜まったりしないらしい。
逆に人が多すぎて混むことがクーラタルの迷宮をメインの狩場にしなかった理由の一つだが、二十七階層までくれば問題はないだろう。
上の階層になれば人は減る。
「はい。それがいいと思います」
「クーラタルの迷宮に行くのが一番でしょうね」
「はい、です」
「いいと思います」
四人もそれでいいようだ。
セリーにも提案するような迷宮はないらしい。
「クーラタルの迷宮では、一階層あたり二日かけようかと思う」
「二日かける、ですか?」
ただし、クーラタルの迷宮にも問題点はある。
クーラタルの迷宮には攻略地図が用意されている。
その気になれば、いくらでも上の階層に行ける。
調子に乗ってどんどん上っていけば、いつか必ず危険に陥るだろう。
上の階層へ行くのは慎重にしなければならない。
ハルバーの迷宮をメインの狩場にしていたのも、ハルバーの迷宮なら探索を行いながらじっくり上の階層に行けるからだ。
かといって、現状はやや心配しすぎのような気もする。
今現在、戦闘で苦戦することはまずない。
せっかくつけたダメージ逓増のスキルの恩恵がなかったのも、あまりに慎重に進みすぎたせいだろう。
俺たちならもっと上の階層で戦えるはずだ。
その見極めをどうするか。
「二日戦った後で、上の階層へ行くかどうか、話し合って決めたいと思う」
ある程度戦って、その都度慎重に判断していくしかない。
様子を見るのに一日では心配だ。
たまたまその日だけうまくいったということがあるかもしれない。
様子を見るだけで三日は長いだろう。
一日だけでもある程度は分かる。
もう一日余裕を見て、二日あれば十分判断できるのではないだろうか。
「二日も必要はないと思いますが」
どうせロクサーヌの意見はイケイケだから、あてにはしていない。
「毎日上がっていくのは、緊張の連続でよくないだろう」
「そうですか?」
「私も、二日くらいかけるのがいいと思います」
冷静なセリーが頼りだ。
「やはりセリーもそう思うか。頼むな」
「はい」
「少しでも危ないと感じたり不安があったりしたときには必ず申し出てくれ。安全第一で行こう。みんなにストップをかけてしまうと気にする必要はない。むしろ危険に対して予め警告を発することができたと誇ってほしい」
「分かりました」
みなが順調に進んでいるときに自分だけが危ないと申し出るのは、足を引っ張るみたいで言い出しにくいだろう。
そういうことにはならないように念を入れておく。
「クーラタルの迷宮には攻略地図があるから階層突破の記念料理はなくなるが、魚はこれからもちゃんと食べるから安心してくれ」
「はい、です」
クーラタルの迷宮でも階層を上がるたびに尾頭付きを出してもいいが、それだとミリアは上がれないとは絶対に言い出さないだろう。
懸念はすべて排除しておいた方がいい。
「ベスタも、頼むな」
「はい。いいと思います」
ベスタもあまりあてにはできないか。
少なくとも魔物の攻撃が厳しくなったとベスタが最初に言い出すことはないと思う。
今までの感じからいって。
「ロクサーヌもそれでいいか?」
「はい。分かりました」
「じゃ、クーラタルの二十七階層に行こうか」
基本方針を説明して、クーラタルの迷宮に移動した。
「人もあまり多くないようです。これなら奥まで行かなくても十分ですね」
二十七階層の入り口に出るとロクサーヌが教えてくれる。
思ったとおり、二十七階層までくると昼間でもそう人は多くないようだ。
これならクーラタルの迷宮で大丈夫だろう。
その日と翌日、クーラタルの二十七階層で戦った。
元々ハルバーの二十七階層で戦っていたのだ。
クーラタルの二十七階層でも何の問題もない。
「上に行っても大丈夫そうか?」
二日たった日の夕食のときに訊いてみる。
一日めはハルバーの迷宮から移ってきたので丸二日には少し足りないが、十分だろう。
「もちろんご主人様と私たちなら何の問題もありません」
もちろんロクサーヌならそう言うと思っていた。
ちぃ知ってた。
「今の程度なら何の問題もないと思います」
「はい、です」
「大丈夫だと思います」
さすがに慎重論は出ないか。
「では、明日の朝、二十八階層に移動しよう」
迷宮が退治されていなければそろそろハルバーの二十七階層でボス部屋を見つけていておかしくはない時期ではある。
二十八階層に行くのは問題ないだろう。
翌朝、地図を持ってクーラタルの迷宮に入り、二十七階層を突破した。
シザーリザードのボスのマザーリザードとはすでに戦ったことがあるし、楽勝だ。
早朝のおかげか、ボス部屋で待たされることもなかった。
「クーラタル二十八階層の魔物はサイクロプスです」
「風魔法が弱点だったよな」
「そうです」
サイクロプスか。
今までは二つの迷宮に入っていたから、低い階層でより多くの種類の魔物と戦うことができた。
入るのがクーラタルの迷宮のみになると、そういうことはできなくなるな。
三十三階層の魔物とは三十三階層に行くまで戦うことができない。
いや。クーラタル三十三階層の魔物はドライブドラゴンか。
じゃあ四十四階層の魔物とか。
これも違った。
三十四階層から上はボスが繰り返しで出てくるのだから、四十四階層の魔物は十一階層ボスのホワイトキャタピラーだ。
なら問題はないのか。
ボスとは、その階層へ行って初めて戦うことになるが。
そのくらいはしょうがないだろう。
「入る迷宮が一つになったから、ボスとは二度戦っておくのがいいだろうか」
せめてボス戦は二回経験しておくのがいいかと提案してみる。
上の階層に進んで壁にぶち当たり危険な目に遭うとしたら、ボス戦である可能性が大きいだろう。
上の階層のボスと戦っても大丈夫かどうか、慎重に判断しておくことが望ましい。
「はい。それがいいですね」
ロクサーヌならそう言うだろう。
ちぃ知ってる。
「そうか」
「むしろ、二日間様子を見るならボス戦だけを繰り返すのがいいのではないかと」
また無茶を。
と思ったが、言われてみると結構反論しにくいな。
探索して、ボス部屋にたどり着いて、ボスを撃破して、上の階層に行く、というのは、あくまで攻略地図がない場合のやり方だ。
仕方なくそういう方法を取っているにすぎない。
クーラタルの迷宮には攻略地図がある。
ボス部屋の場所が分かっていない場合のやり方を踏襲する理由はない。
上の階層に行けるかどうかを判断するだけなら、ロクサーヌのいうとおりボス戦を繰り返すのがいいのではないだろうか。
もっとも、現実問題としてボス戦ではデュランダルを出しているから、経験値的にその手はない。
どうやって断るか。
「あー。うーん」
「そうですね。それは盲点でした。確かにそうした方がいいかもしれません」
セリーまでが味方に。
客観的に見たらそうなんだろう。
「はい、です」
「それがいいと思います」
この二人は役に立たん。
「ボス戦ばかりというのも大変じゃないか」
「迷宮ではいついかなるときにも気は抜けません。ボス戦だから特別大変だということはありません」
「ボスとの戦いを大変だと思うなら上の階層へ行くのが厳しくなってきているということです。早めに判断できていいのではないでしょうか」
ロクサーヌとセリーに二人して反論された。
なるほど。
ボス戦を繰り返した方がより早く危険信号が点るか。
説得された。
「分かった。ボス戦ではいつもベスタに剣を渡している。それ抜きでちゃんと戦えるようなら、ボスとの戦いを繰り返してみよう」
「はい。もちろん何の問題もないでしょう」
「通常の装備だけで戦うということですか? それもありでしょう」
ロクサーヌは自信たっぷりに、セリーは首をかしげながらもうなずく。
仕方がない。
やってやる。
どうしてこうなった。