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牛肉

 結局、ダメージ逓増のスキルは、攻撃回数が少なすぎて効果が出ないのだろう、ということにしておくしかないようだ。

 はっきりとは分からないのだからしょうがない。

 分からないまま、数日後にはハルバーの二十六階層のボス部屋にたどり着いた。

 前後に扉が二つだけある待機部屋だ。


「待機部屋か」


 このまま二十七階層に行ったら、もっと分からなくなるな。

 あるいは、二十七階層へ行って攻撃回数が減ったら、ダメージ逓増のスキルが効いていたということだが。

 と思ったが、魔物がLv26からLv27になって削るべきHPが減ることはないのだから、攻撃回数が減ることは絶対にないか。


 もうダメージ逓増のスキルは効いているものとして考えるしかないだろう。

 つまり考えないということだな。

 効果も分からないのでは考慮に入れようがない。


 考えるということは考えるということではない。

 これを、考えるという。

(金剛般若経より)

 悟りの境地に一歩近づいてしまったようだ。


「ケープカープのボスは、カーブカープになります。弱点や耐性のある属性はケープカープと同じです。苦手とするのは火属性ですね。魔法が強力なので、絶対撃たせないようにしなければいけません」


 セリーが自分で自分に言い聞かせるように説明した。

 ボスに詠唱中断させるのはセリーの役目だ。

 デュランダルを渡すベスタはボスと一緒に出てくるお付の魔物の方を狙うことになる。


 考えてみれば、何かダメージ逓増のスキルについて考察する手段を思いついたら二十六階層に戻ってくることもできる。

 二十七階層に入ってしまったからといってダメージ逓増がますます分からなくなるわけではない。

 ボス部屋をクリアしたからといって上の階層に行かなければならないということもないし。

 二十六階層をクリアしても何の問題もないだろう。


 ボス部屋への扉はすぐに開いたので、準備を整えて突入する。

 デュランダルを出してベスタに渡し、セブンスジョブまで取得して博徒をつけた。

 ボス部屋に入ると、部屋の中央に煙が三つ集まる。


 ボス以外の二匹は、グミスライムとケープカープだ。

 ミリアとベスタが場所を移動しながら待ち受けた。

 ケープカープはミリアが対応するらしい。


 ミリアのジョブが海女だったら対水生強化のスキルがあったのだが。

 海女ではないから対水生強化の恩恵はない。

 それなのにミリアが魚の相手をするのは好みの問題か。


 本当ならデュランダルを持っているベスタがケープカープの相手をした方がいい。

 グミスライムよりケープカープの方が魔法を使ってくることは多い。

 セリーもその方がボスに集中できるだろう。

 しかしまあそこまではいいか。


 グミスライムというのは案外物理攻撃型だ。

 体当たりをかましつつ、取りついて消化する隙をうかがっているらしい。

 物理攻撃というのとは少し違うかもしれないが。

 魔法に注意する必要があるのはケープカープの方だ。


 火魔法の三連打を放った後、ケープカープに状態異常耐性ダウンをかける。

 魔法の合間にはボスに増撃の聖槍を叩き込んだ。

 聖槍にスキルをつけたので、理屈の上ではこのまま物理攻撃だけでいけるかもしれないが、もちろんそんなことはしない。


 カーブカープは、大きく体の曲がった鯉だった。

 三日月のようにくるりと丸まり、頭が尻尾の方を向いている。

 カーブといっても、進行方向が変わるとか魔法の弾道が変わるとかではなく、自分自身が曲がっているらしい。


 頭を後ろに向けているのに攻撃できるのだろうか。

 と思っていたら、腹でロクサーヌを圧迫してきた。

 器用なことを。

 ロクサーヌがレイピアと盾で受け流す。


 受け流されたカーブカープの曲がった胴体の下に青い魔法陣が浮かんだ。

 セリーが槍を突き入れてキャンセルする。

 物理攻撃はあまり得意ではなく、だから魔法の方が要注意なのだろうか。

 魔法はセリーにまかせておけば心配ない。


「やった、です」


 さらには、ミリアがケープカープを石化させた。

 これでもはや負ける要素はほとんどないな。

 後は増撃の聖槍だけで攻撃してみるか、とちらっと思ったが、それもやめておく。

 そこまでしても得るものはない。


 通常の迷宮内では、戦闘時間が長引けば新たに他の魔物が来る。

 魔物の団体二つにはさまれたら大ピンチだ。

 迷宮で命を落とすパターンのうちの一つがこれらしい。


 ボス部屋なら、基本的に新しく魔物が湧くことはない。

(魔物を召喚する魔物はいるらしい)

 どれだけ長期戦になっても体力の続く限りは少数の魔物だけを相手に戦える。

 ダメージ逓増のスキルは、ボス戦でこそ輝くだろう。


 しかしこのボスを増撃の聖槍で倒しても対照するデータを持ち合わせていないのだからしょうがない。

 増撃の聖槍だけで攻撃するなどという馬鹿な考えは捨ててカーブカープに状態異常耐性ダウンをかけた。

 ボスは、ミリアがあっさりと石化させる。


 カーブカープの石化とほぼ同時に、グミスライムも煙になった。

 グミスライムは、ベスタのデュランダルではなく俺の魔法によってとどめを刺したようだ。

 ダメージ逓増によっていくらかでも威力が上がっているのだろうか。

 などと考えてしまうのは、未練だな。


 分からないものについては判断を放棄するしかない。

 語りえないものについては沈黙するしかない。


「ハルバー二十七階層の魔物は、モロクタウルスです」


 デュランダルでボスを片づけると、セリーが説明してくる。


「モロクタウルスか」


 強そうな名前だ。

 なんだかよく分からないがかっこいい。


「魔法も使いますが、基本的にはパワーファイターです。体当たり攻撃が得意らしいので注意が必要です。火属性に耐性があり、水魔法が弱点になります」

「ケープカープとちょうど反対か」

「そうなりますね。雷魔法を使うのがいいかもしれません」

「そうだな」


 ケープカープは水属性に耐性があって、火魔法が弱点だ。

 モロクタウルスはその正反対になる。

 ハルバーの二十七階層ではモロクタウルスとケープカープが一番めと二番めに多く出てくる魔物になるだろう。

 耐性のある属性と弱点がそれぞれ逆というのは厄介だ。


 モロクタウルスを早く倒すためにアクアストームを使えばケープカープを倒すのに時間がかかり、ケープカープを倒すためにバーンストームを使えばモロクタウルスを倒すのに時間がかかる。

 セリーの言うとおり、雷魔法を使うのがいいだろう。

 遊び人のスキルには下級雷魔法をセットするか。

 スキルをセットして二十七階層に移動した。


「こっちですね」


 ロクサーヌの案内で進む。

 最初に出てきたのはモロクタウルスが二匹の団体だ。

 アクアストーム、サンダーストーム、ウォーターストームの三連打を浴びせた。

 モロクタウルスが二匹なら水魔法がいいのだが、相手に合わせて遊び人のスキルを付け替えることはできないのでしょうがない。


 モロクタウルスは、牛頭の魔物だった。

 要するに牛人、あるいは二足歩行の牛なのか。

 牛だから頭には角もあるし、体つきはいかつい。

 それでも、あまり恐ろしい感じはしない。


 何故なら白黒のブチだから。

 白黒のブチて。

 モロクタウルスはホルスタイン種なのか。

 牛だからしょうがないというべきか、牛人なのに白黒のブチはおかしいというべきか。


 恐ろしげな顔なのにツートンカラーだと妙に愛嬌がある。

 もちろん、容赦なく魔法は撃ち込んでいく。

 ロクサーヌたちは魔物が麻痺する前にモロクタウルスに接近した。

 雷魔法は一発ずつしか撃ってないから、麻痺にならないのはしょうがない。


 ロクサーヌとベスタが牛人の正面に立ち、ミリアが横から攻撃を加えていく。

 あら。

 ミリアの最初の攻撃で魔物の動きが止まった。


「やった、です」


 しかも石化だったらしい。

 雷魔法よりも役に立つミリアの攻撃。

 ジョブが暗殺者だからしょうがない。


 残った一匹を四人が囲む。

 俺も追いついて、槍を突き込んだ。

 このまま全員で囲めば楽勝か。


 と思ったところで、モロクタウルスが前に出る。

 一、二歩ほどだが、目にも留まらぬ速さで前進してきた。

 いかつい体全部で制圧するようにぶつかってくる。


 瞬間移動かというようなスピードだ。

 あるいは、白黒のブチが目の錯覚を引き起こして速く見えるということがあるのだろうか。

 白黒のブチで催眠術にでもかけるのだろうか。


 催眠術や超スピードがチャチなもんだとか、そんなことは断じてねえ。

 何を言っているのかわからねーと思うがとにかく恐ろしい攻撃だ。


 ロクサーヌが軽いステップで半歩下がった。

 牛人の突撃を薄皮一枚のところでかわす。

 あれをかわすのか。

 モロクタウルスはさらに腕を伸ばすが、ロクサーヌはレイピアで叩き落した。


 ミリアが遅れて攻撃を入れる。

 牛人の動きが止まった。

 麻痺したようだ。


 麻痺が解けない間に、魔法でとどめを刺す。

 石化したモロクタウルスに続いて、麻痺で動きの止まった魔物も煙になった。

 ダメージ逓増の効果が出ているのかどうかは、比較データがないので分からない。


「あれが体当たり攻撃か。すごかったな」


 白黒のブチのくせに。

 体当たりっていうレベルじゃねぇぞ。


「そうですね。少しでも目を離すと危ないかもしれません」


 見ていても危ないわけですが。

 もっと恐ろしいものの片鱗がここに。

 まあ俺とセリーは槍が武器だから距離を取れる。


「……」


 お互いを慰めるように視線をかわした。


「よく見る、です」


 よく見たくらいで対処できるのかどうか。


「ぶつかるだけですからきっとたいしたことはないと思います」


 ベスタまでが恐ろしいことを。

 ベスタは牛人よりもでかい。

 その分衝撃はたいしたことないのかもしれない。


 メスの牛人がいてもベスタの方がでかそうだし。

 何がとは言わないが。

 言っていないので、セリーの方から冷たい視線が来るような気がするのは気のせいだ。


 セリーの方は見ずに、消え行く魔物を見る。

 モロクタウルスが煙となって消えると、赤い肉が残った。

 バラだ。

 鑑定するとバラと出た。


 肉屋で買って手に入れたことはある。

 バラというのは牛の肉ではなく牛人の肉だったのか。

 牛人の肉でも牛肉といえるのだろうか。

 魔物のことだから考えるだけ無駄だが。


 ヤギ肉とか豚バラ肉とか白身とか、魔物が食材を残すのは慣れた。

 人型だと何か違うような気もするが、所詮は魔物だし。

 それにドロップアイテムなら血もしたたってはいない。

 美味しくいただくことにしよう。


「牛は肉を残さないのに、牛人は肉を残すのか」

「はい、です」


 バラを受け取ってアイテムボックスに入れる。


「モロクタウルスは他に食材を残さないのか?」

「三角バラですね。本当にごくまれにしか残らないようです。あまりに残らないので存在しないのではないかという人もいます」


 セリーに訊くと答えてくれた。

 レア食材もあるらしい。

 三角バラか。

 上カルビってやつだな。


 その後、二十七階層で狩を続けたが、三角バラは残らなかった。

 本当にごくまれにしか残らないようだ。

 ただし、モロクタウルスそのものは、ダメージ逓増のおかげかもしれないが十分に戦える。


「本当に三角バラは存在はするのか?」

「そのはずです。ただ、見た目では分かりにくいそうです」

「分からないのか」

「肉屋でもトラブルを避けるために三角バラは買い取ってくれないそうです。そのためにますます存在しないのではないかという人が増えます」


 セリーが教えてくれる。

 悪循環だな。

 人は自分の目で見ないとなかなか信用しない。

 見た目で分かりにくいなら、三角バラも本当にあるのかということなんだろう。


 俺だって、ダメージ逓増の効果が本当にあるか信用できないでいる。

 人のことはいえない。

 現代人は酒やタバコが体に悪いと知っているが、それだって同じことだろう。

 長期にわたって継続的に摂取することで体に害が出る酒やタバコの毒は分かりにくい。


 この世界の人が酒やタバコの害を認識できるかどうか分からない。

 セリーに聞いてみたところ、酒がドワーフの体に悪いとは考えられていないそうだ。

 慢性的な影響では、目に見えず、信じられないだろう。

 ドワーフの健康が酒による悪影響を受けないかどうか、本当のところは分からない。


 調理用のワインを買うとき、セリーに酒がいらないか再度尋ねたが、必要ないと断られた。

 ドワーフにとって酒が体にどういう影響を及ぼすものか分からないので、あまり勧めることもできない。

 本人が飲みたいというのならともかく、命じて飲ませるわけにはいかないだろう。 


 三角バラの場合は、残れば鑑定で見ているから俺が分かるはずだ。

 余裕がないので料理人はつけられないが、そのうち残るだろう。

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