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ダメージ逓増

 商人ギルドを後にして、家に帰る。

 ハチのモンスターカードは、夕食の準備の合い間にセリーに融合してもらった。


「これはアクセサリーに融合するわけにはいかないのか?」

「ハチのモンスターカードは防具にも融合できます。アクセサリーなどの防具につけた場合、ダメージ逓減のスキルになり、同じ魔物から受けた複数回めの攻撃のダメージを減らすことができます」

「なるほど。じゃあやっぱり槍がいいか」


 ダメージ逓増は攻撃によるダメージを上げるスキルだ。

 防具につけてアップするものでもないのだろう。


 モンスターカードの融合は、セリーの方も慣れたものだった。

 泣き言や不安を口にするでもなく、聖槍と二枚のモンスターカードをちゃっちゃと手にする。

 そしてあっさりとスキル呪文を唱え、モンスターカード融合を苦もなく成功させた。


「できました」

「おお。さすがだ」


 セリーの手に槍が残る。



増撃の聖槍 槍

スキル ダメージ逓増 空き 空き 空き 空き



 増撃の聖槍だ。

 ダメージ逓増のスキルを備えている。

 魔法のダメージも増えるそうだし、役に立ってくれるだろう。



 と思ったのに、増撃の聖槍はたいして役に立たなかった。

 何故だ。

 せっかく作ったのに。

 翌朝になって意気揚々と迷宮に挑んだのに、増撃の聖槍を使っても戦闘時間が短くなることはなかった。


 ダメージ逓増のスキルは表示されているだけで有効になっていないとか。

 それはないだろう。

 今までそんなことはなかったし。


 実はセリーの情報が間違っていて、魔法では有効にならないとか。

 それもどうか。

 増撃のスタッフはセバスチャンのお勧めでもあった。

 少なくとも、そこを疑うのは後回しだ。


 もっとも考えられる理由は、元々魔物を倒すのに攻撃回数があまりかかっていなかったから、ではないだろうか。

 二十六階層の魔物は魔法十数発で倒している。

 その回数で魔法での攻撃数を一発減らすには、三十発めの魔法の威力が倍になるくらいの増加率が必要だろう。

 ダメージ逓増にそこまでの増加率があるのかどうか。


 今、魔物を倒すのに百回攻撃しなければいけない人がいるとする。

 三十回で威力が倍になるとすると、魔物を倒すのに何回攻撃しなければならないか。


 三十回め以降の七十回分は、威力が倍以上になっているのだから、最低でも半分ですむ。

 三十回プラス三十五回なら六十五回。

 後半に行くほど威力は増すのだから、実際にはおそらく六十回以下で倒せるだろう。


 百回の攻撃が必要なところ六十回ですむなら、ダメージ逓増はかなり使えるスキルだと判断されるはずだ。

 使い勝手に問題があるとはいえ、攻撃力二倍や知力二倍のスキルとタメを張る。

 必要な攻撃回数が百五十回、二百回、三百回と増えていけば、ダメージ逓増が攻撃力二倍や知力二倍のスキルを上回るだろう。


 強い武器につけた方が効果が増すとはいえ、ダメージ逓増のスキルは一般にはそれほど評価されていないのだから、さすがに三十回の攻撃で威力が倍になるということはないのではないか。

 デュランダルと銅の剣の威力差、すでにデュランダルでもLv26の魔物を煙にするまでにかなりの回数攻撃しなければならないことを考えると、魔物を倒すのに百回の攻撃を必要とする人は、そう珍しくもないはずだ。

 むしろ恵まれているといってもいいかもしれない。


 ダメージ逓増による威力の増加は、もっとゆっくりとしたものではないだろうか。

 それなら、たかだか魔法十数発の攻撃で一発魔法を減らせるほどの効果はない。

 増撃の聖槍で戦闘時間が短くならなかったのは、元々魔物を倒すのが早かったせいだということになる。

 早すぎたんだ。


 あるいは、帝国解放会会員の間でダメージ逓増のスキルが高く評価されるのも、迷宮のより上の階層で戦うことが多い会員はそれだけ魔物を倒すのに必要な攻撃回数が多いからかもしれない。

 例えば二百回の攻撃が必要な魔物をダメージ逓増のスキルをつけた武器が百回の攻撃で倒せるとき、二百回以下の攻撃で魔物を狩れる人は攻撃力二倍や知力二倍のスキルを評価し、魔物を狩るのに二百回以上の攻撃が必要な人は、攻撃力二倍や知力二倍のスキルよりダメージ逓増の方を評価するだろう。

 一般の人はダメージ逓増が真の効果を発揮する前に倒せる程度の弱い魔物しか相手にしないからダメージ逓増の評価が低く、帝国解放会会員は、ダメージ逓増が真の効果を発揮するまで魔物を攻撃するから、ダメージ逓増の評価が高い、ということは十分ありうることのように思われる。

 帝国解放会会員なら二百回、三百回と攻撃するのも普通のことであるかもしれない。


 上位の階層に挑む帝国解放会会員は魔物を倒すまでにどのくらいの回数攻撃するのか。

 そこから判断してダメージ逓増のスキルが効果を発揮するのはどのくらいからか。

 また、その場合に攻撃を一回分減らせる攻撃回数は何回になるだろうか。

 魔物を魔法何発で仕留めるようになれば、増撃の聖槍の恩恵を受けられるのか。


 こういうのも数学ができる人ならきちんと計算できるのだろうなあ。

 等比級数とか等差数列の和の公式とかあった気がする。

 もっとちゃんと習っておけばよかった。

 最初に与えるダメージを1として、ダメージが順次に増えていくとき、何回かの攻撃で与えたダメージの総計がその公式で計算できるはずだ。


 ダメージ逓増のスキルによるダメージの増え方が等差数列なのか等比数列なのかは分からない。

 攻撃ごとに三パーセントダメージが増加するとして、1、1.03、1.06と増えるなら等差数列。

 三回めの威力が1.0609になるなら等比数列だ。


 もし等比数列なら、攻撃回数が増せば増すほど威力はとんでもないことになる。

 その分、攻撃回数が少ないうちはたいした効果は望めない。

 いずれにしても、十数回程度の攻撃ではっきりと効果が現れることはないのだろう。


 ダメージ逓増のスキルが要求する攻撃回数は我が方の倍もある。

 これが増撃の聖槍が役に立たなかった理由か。


 ただし、魔法に関しては懸念もなくはない。

 一つは、ダメージ逓増は単体攻撃魔法に乗っても全体攻撃魔法には乗らないという可能性だ。

 これはそこまで深刻になることでもないかもしれない。

 単体攻撃魔法に乗るなら全体攻撃魔法に乗らない理由はないように思える。


 もう一つは、魔法が変わっても乗るのかという懸念だ。

 この問題は大きい。

 他の魔法使いは魔法を一発ずつしか撃てない。

 俺だけがうまくいっていない可能性がある。


 俺は、魔法を三発ずつ使っている。

 魔道士の魔法、遊び人のスキルにつけた魔法、魔法使いの魔法だ。

 この三発を撃ったとき、ダメージ逓増のスキルは二発め三発めの魔法を二発め三発めとしてちゃんと認識するのだろうか。


 ひょっとしたら、四発めの魔法が二発めの魔法、五発めの遊び人の魔法も二発めの魔法と換算されているかもしれない。

 これではなかなかダメージは増えない。

 あるいは、そのたびに魔法の回数がリセットされてダメージ逓増のスキルがまったく乗っていない可能性もある。

 こっちだと悲惨なことになるな。


「ええっと。スキルをつけた効果は出ているのでしょうか」


 セリーが突っ込んできた。

 戦闘時間が短くなっていないのは誰の目にも明らかなんだろう。

 突っ込まなくていいのに。


 そこ指摘しちゃう?

 そこ指摘しちゃうんだー。

 まあそうくることは分かっていたけどね。


「あー。多分あれだな。攻撃回数が少なすぎるんだ。もっと魔物が強くないと効果は出ないんじゃないかな」


 事実だからしょうがないよね。


「そうなのですか」

「さすがご主人様です」


 きっとロクサーヌなら、俺がジョニー・デップに激似でなくても態度は変わらないんだろうね。

 ともかく、増撃の聖槍の検証はもっと上の階層へ行かないとできないようだ。

 と思ったが、それも無理か。


 聖槍での攻撃回数に比べて増撃の聖槍を使ったときの攻撃回数が減っていれば、それだけダメージ逓増に効果があったことが分かる。

 そのためには聖槍を使ったときの攻撃回数が分からなければならない。

 聖槍には、ダメージ逓増のスキルをつけてしまった。

 オンオフを切り替えることはできないのだから、もはや対照実験ができない。


 どうするんだろう。

 どうするべきか。

 せめて、できることはやっておくべきか。


「ロクサーヌ、魔物の数の少ないところがあったら、案内してくれ。理想はグミスライムが一匹。もしくは、グミスライムが一匹に他が一匹くらいのところだ」

「グミスライムですか。分かりました」

「今すぐでなくてもいいが、頭に入れといてくれ」


 ロクサーヌに頼む。

 魔物が一匹なんていう団体は、二十六階層にはもういないかもしれないが。

 一階層の魔物は全部一匹だったのに。

 魔物が二匹なら、まだたまには遭遇できるはずだ。


「ちょうど一匹ずつですね」


 ロクサーヌはすぐにグミスライムとケープカープが一匹ずつの団体に案内してくれた。

 グミスライム一匹というのはやはり無理だったか。


「ありがとう。では、こいつらを相手にちょっと実験をする。グミスライムの正面はロクサーヌに頼む。あまり攻撃はしなくていい」

「はい」


 ロクサーヌが駆け出す。

 俺も魔法を撃たずに続いた。


「ミリアとベスタはケープカープを頼む。グミスライムには手を出すな。ケープカープだけを攻撃してくれ。セリーも、魔法を撃ってくるとき以外は待機だ」


 走りながらロクサーヌ以外の面子にも指示を飛ばす。

 三人には主にケープカープを相手にしてもらえばいい。

 残ったグミスライムだけが実験の対象だ。


 ロクサーヌがグミスライムの正面に立ちはだかった後、俺はグミスライムにアクアボールを撃ち込んだ。

 グミスライムだけを、アクアボールだけで攻撃していく。

 遊び人のスキルにセットしてあるのは中級火魔法なので、アクアボールを撃てるのは魔道士だけだ。


 空いている遊び人と魔法使いの魔法でケープカープを攻撃する手もあるが、それはやらないでおく。

 槍を突き入れる物理攻撃も行わない。

 ダメージ逓増のスキルがどういう働き方をするか不明だからだ。

 グミスライムだけを魔道士の単体攻撃魔法だけで攻撃すれば、ダメージ逓増のスキルがおそらくは確実に乗るだろう。


 これで乗らないとすれば情報と違って魔法にはダメージ逓増が乗らないというケースだが、そこまでは考えないことにする。

 魔道士の単体攻撃魔法だけを使って攻撃したときに魔物を倒すのに必要な魔法の数が減らなければ、ダメージ逓増のスキルによって魔法一発分の威力を稼ぎ出すのはまだ先だと判断していいだろう。


 どうせなら魔法使いのウォーターボールを使う、もっといえば水魔法に耐性のあるケープカープをウォーターボールで攻撃すれば、倒すのに必要な魔法の数は増やせるが、そこまではやらない。

 迷宮では何が起こるか分からないから、実験とはいえ戦闘時間を長くしない方がいい。


 それに、ケープカープをウォーターボールで攻撃するなんていうことは普段していない。

 ある程度の数は算出できるが、誤差がある。

 すでにただの聖槍は手元にないのだから、今から対照実験を行うこともできない。

 増撃の聖槍を使ったときの結果だけを手に入れてもしょうがないだろう。


 グミスライムだけをアクアボールだけで攻撃する。

 一匹の魔物に単体攻撃魔法だけをひたすら撃ち込んだ。


「やった、です」


 ミリアがケープカープを石化させてもグミスライムだけを攻撃する。

 ミリアとベスタは石化したケープカープを引き続き叩いた。

 別に攻撃しなくてもいいのに。


 迷宮では何が起こるか分からないから、少しでもダメージを与えておいてもらった方がいいか。

 しかし石化すると防御力が上がるんじゃなかったかな。

 デュランダルを出してベスタに渡してやる手もあるが、それもやめた方がいいか。


 万が一実験結果が変わってしまう可能性も絶対にないとはいえない。

 多分ないけどな。


 結局、グミスライムはアクアボール十一発で倒れた。

 これはほぼ計算どおりだ。

 聖槍を使った場合と変わらない。

 ダメージ逓増による回数減少はなかったと考えていいだろう。


 デュランダルを出して石化したケープカープも始末する。


 全体攻撃魔法とか、遊び人と魔道士と魔法使いの魔法をちゃんぽんで使っているということは関係なかった。

 やはり単純に、十数回の攻撃で一回分のダメージを稼ぎ出すことはできないようだ。

 まあしょうがない。

 そんなものなんだろう。


 ダメージ逓増のスキルだから、威力は攻撃回数が増えれば増えるほど強くなっていく。

 たかだか十数回の攻撃で一回分のダメージを稼げるなら、百一回めの攻撃はどうなってしまうのかということだよな。

 逆に、百一回めの攻撃の威力がそこそこに留まるなら、一回分のダメージを稼ぎ出すのはかなり先になる。


 仲買人のルークに対して、自分で使っていれば増撃のダマスカス鋼剣の有用さが分かっただろうにと思ったが、それは訂正しておこう。

 低階層では増撃のダマスカス鋼剣の有用さはあまり分からないだろう。

 下の階層では出てくる魔物の数も少ないから、パーティー全員でフルボッコにできる。

 そうなれば、一人当たりの攻撃回数も六分の一になってしまう。


 全部で三百回の攻撃が必要でも、一人五十回ならダメージ逓増のスキルで減らせる攻撃回数は多くない。

 攻撃力二倍のスキルの方がよほど有用だと判断されるだろう。

 情報の公開非公開にかかわらず、ダメージ逓増のスキルをありがたがるのは帝国解放会会員が中心のようだ。


「そうだったのか」

「何かお分かりになられたのでしょうか?」


 納得した俺にセリーが聞いてきた。

 分からないことが分かったというのも貴重な実験結果だといつもいっているだろうに。

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