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靴下

「優しい味わいですね」

「美味しいです。外はしっとりして柔らかく、中はボリュームたっぷりです」

「すごい、です」

「食べごたえがあって美味しいと思います」


 マグロカツの卵とじは四人にも好評だった。


「この、卵の中に入れるという発想が斬新ですね。とても繊細です。食べなれていないとおいしさが分からないかもしれません」

「駄目なのか?」

「いいえ。ただし、私たちにはおいしくいただけますが、これは食べなれているからだと思います。普通、料理というのはもっと大雑把なものです」


 とりわけセリーが詳細に批評する。

 褒めているんだか、褒めていないんだか。

 デレ期は完全に終了してしまったらしい。

 少し寝ただけですっきりしたようだ。


 きっとドワーフの肝臓は強いのだろう。

 いや。ドワーフのことだから、各細胞で直接アルコールを酢酸にまで分解し、ミトコンドリアのクエン酸回路に入れているのかもしれない。


 エタノールは、二日酔いなどの原因となる悪性の強いアセトアルデヒドに分解され、アセトアルデヒドはさらに酢酸に分解される。

 酢酸は活性の強いアセチルCo(コエンザイム)Aとなる。

 アセチルCoAは、通常はブドウ糖を分解してできるピルビン酸から作られて、クエン酸回路に入り大量のエネルギーを発生させる。


 つまり文字通り酒が燃料になる。

 恐ろしい。


 ただ、マグロカツの卵とじが繊細というのは分からなくもない。

 卵とじの卵は、強くは主張しない微妙な味だ。

 竜皮で出汁を取っているわけだし。


 ミリアが作ってくれた魚スープや、ミリアの指示でロクサーヌが焼いた魚のソテーは、卵とじに比べれば非常に分かりやすい。

 素材そのままを組み立てた味ともいえる。

 普通はこういう料理が主流なんだろう。


 四人は俺の作った料理を食べなれているから、卵とじのよさが分かったと。

 そういうこともあるかもしれない。

 難しいものだ。


「そういえば、帝都には何かいい店でもあったか」


 反省はこのくらいにして、夕食を取りながらロクサーヌに話を振ってみた。


「はい。面白い店がありました。ね、ベスタ」

「はい。あの店はよかったと思います」


 ロクサーヌとベスタが二人でうなずきあう。


「へえ。どんな店だ?」

「ふふ。内緒です」


 ロクサーヌが楽しそうに微笑んだ。


「な、内緒なのか?」

「はい。今は知らない方がいいと思います」


 ベスタに聞いても秘密らしい。

 俺には教えられないのか。

 今はと言っているから、いつかは教えてくれるのだろうか。

 よく分からないが休日を楽しんでくれたようでよかった。


「セリーは、資料室でいい情報でも見つけたか」


 セリーにも聞いてみる。

 一休み入れたから酔いの方は大丈夫だろう。


「そうですね。ダメージ逓増のスキルが、かなり使えるようです」

「ダメージ逓増?」

「はい。同一の相手を攻撃したときに、一回めより二回め、二回めより三回めと与えるダメージが増えていくスキルです。杖などにつけた場合、魔法にもちゃんと乗るようです」

「それなら有用だな」


 俺たちのパーティーのダメージソースは、デュランダルか魔法だ。

 他の武器を多少強化したくらいではあまり意味がない。

 デュランダルにも、もう空きのスキルスロットはないので、強化はできない。

 これはセリーの知らないことだが。


 だから魔法のダメージが増えていくならありがたい。

 現状魔物を一撃で倒せてはいない。

 これから上の階層へ行けばもっとそうなるだろう。


「実は、ダメージ増進のスキルの存在は知っていましたが、そんなにたいしたスキルではないと思っていました。強い武器につけるとスキルも強くなるみたいです。銅の剣なんかにつけてもたいしてダメージは期待できません」

「ほうほう」

「その報告を書いた人は、オリハルコンの槍にダメージ逓増のスキルをつけて迷宮の討伐を成し遂げたそうです。魔法に頼らずに迷宮を制覇した偉人です。そんなにすごいスキルだとは知りませんでした」


 いいスキルならなんで今まで教えてくれなかったのかということだよな。

 強い武器につけると効果がアップすると。

 銅の剣につけてもたいした効果は出ないが、オリハルコンクラスの武器につければダメージを出せるらしい。

 迷宮最後のボスを倒せるほどに。


「最後までか」

「最後のボス戦はひやひやものだったそうですが」

「迷宮最後のボスには装備品を破壊する能力があるからな」


 ただし、ダメージ逓増をつけたオリハルコンの槍を破壊されてしまうとお手上げになる。

 誰かに正面を取ってもらって後ろから攻撃をしたのだろうが、綱渡りのような一戦だ。

 まさに薄氷を踏む思いだったのだろう。


「ダマスカス鋼の槍でも効果は十分に実感できたようです。帝国解放会でそれを売却してオリハルコンの槍を手に入れたと書かれていました。解放会の内部では、ダメージ逓増のスキルは使えるという評価になっているらしいです」


 弱い武器につけても効果が出ないので、一般にはスキルの評価が低い。

 だからセリーもそう思っていた。

 帝国解放会会員は強い武器を使える人も多いから、スキルの評価も高いということか。

 おまけに、帝国解放会の情報を持ち出すことになるので高い評価は外に伝わらない。


「ダメージ逓増か。ルークに依頼してみるか」

「ダメージ逓増のスキルにはハチのモンスターカードとコボルトのモンスターカードが必要です。ハチのモンスターカードだけだとダメージ増進のスキルになります。強い武器に融合すれば、ダメージ逓増の方がはっきり違いが分かるほど効果が上のようです」

「分かった」


 ダメージ増進の上位スキルがダメージ逓増と。

 ともにハチのモンスターカードを融合して得られるスキルか。


「お願いします」

「まあハチのモンスターカードなら間違えようはないな。アナフィラキシーショックだ」

「アナ?」


 ハチの毒は、最初に刺されたとき体に抗体ができて、その抗体が次に刺されたとき過剰免疫反応を引き起こすことがある。

 アナフィラキシーショックだ。

 一回めに刺されたときよりも二回めに刺されたときのほうが被害が大きい。

 一回めより二回め、二回めより三回めとダメージを増やしていくハチのモンスターカードのスキルは、敵に毒を埋め込んでいくようなものなのかもしれない。


「ハチの毒というのは、最初に受けたときよりも二回めに受けたときの方がダメージがでかい。最初の攻撃で体の中に毒に対する準備を作らせ、次の攻撃のときにそれを爆発させるんだ」


 デレ期を脱したセリーのために披露した。

 少しは尊敬してくれるだろう。

 抗原抗体反応とか言っても分からないだろうが。


「うーん。そんな話は聞いたことがありませんが。そもそも、そうだとしても何故ハチのモンスターカードがダメージ増進のスキルになるかの説明になってませんし」


 ありゃ。駄目だった。

 まあそうだよな。

 それにこの世界のハチの毒が地球と同じという保証もない。


「そうなのですか。さすがご主人様です」


 ロクサーヌだけが心の友だ。


「貝、です」

「ミリア、そうなのですか?」

「××××××××××」

「貝の毒は、最初に食べたときは症状が大きくないそうです。ただし、一回でも食べると次に食べたときに重篤な症状が出てしまい、死に至ることもあるようです。ミリアはそうなる理由を初めて聞いたと言っています」


 ロクサーヌが翻訳してくれた。

 そういえば、この世界の貝は毒を持っていてドロップアイテム以外は食べられないのだ。

 貝でアナフィラキシーショックになるのか。


 ミリアが尊敬のまなざしを向けてくる。

 セリーには通用しなかったがミリアにヒットした。


「貝でもそうなら、そういうこともあるのかもしれません」


 いや、多少は通用したのか。

 セリーもうなずいている。


「アナ、アナ、です」

「アナフィラキシーだ」

「アナフィラキシー、です」


 別に覚えなくていい。

 というか、ブラヒム語に翻訳されてないし。

 まあミリアのことだから明日には忘れているだろう。



 夕食の後、全員で風呂に入った。

 今日はまだ時間がある。

 それこそ、色魔の限界にチャレンジできるくらいに。

 セリーは休ませてやらないと駄目だろうが。


「ご主人様、先に寝室へ行っていてもらえますか」


 というのに、風呂から上がるときにロクサーヌが告げた。

 何故だ。

 全員で一緒に着替えるのも楽しいものなのに。


 綺麗どころ四人が着替えるのに囲まれて服を着る。

 これがまた心躍るのだ。

 風呂上りだと着ていく一方だとはいえ、すぐに脱がせることができるし。


 ロクサーヌの白く暴れるふくらみが夜着の下に包まれる瞬間を思うがいい。

 ベスタの大きくて豊かな肉塊がそっと覆い隠される瞬間を思うがいい。

 これを見ずして何の一日ぞ。


「……分かった」


 心で血の涙を流しながら、受け入れた。

 仕方がないので、さっさと着替えて寝室に入る。

 不貞寝してやろうか。


 しないけど。

 後でお仕置きだ。


「ご主人様、よろしいですか?」


 しばらくするとロクサーヌから声がかかった。


「お」


 とりあえず適当に返事をする。


「失礼します」


 ドアが開き、四人が入ってきた。

 四人がベッドの脇に並ぶ。


「お?」


 四人が上に着ているのは、いつものキャミソールドレスのネグリジェだ。

 そこに違いはない。

 しかし、足がなにやら黒い。


「いかがでしょうか」

「おお?」

「今日ベスタと行った帝都の店で見つけました」

「おお」


 四人は黒い靴下を履いていた。

 膝の上の方まである。

 ストッキングだ。

 キャミソールの裾から伸びる黒い足が艶かしい。


「無名の小さな店でしたが、こんなものが置いてありました」

「おお。おお」


 近寄って確かめる。

 結構薄い布地だ。

 生足が透けるか透けないかくらいの。

 素晴らしい。


「かなり高いうえに耐久性もないので、広まってはいないらしいです」

「お。お?」

「はい。触ってみてもいいですよ」


 ロクサーヌを下から見上げると、お許しが出た。

 触れてみると、なめらかですべすべしている。

 これはたまらん。


「おお」

「思い切って買ってみてよかったです」

「おお。おお」


 ほお擦りしたくなる気持ちを抑え、ゆっくりなで回した。

 ふくらはぎからひざ、太ももへ。

 キャミソールの裾を乱しながらさらになで上げると。


 ガーターベルト……だと……。


 ストッキングはガーターベルトから吊るされていた。

 確かにゴムもない世界だからガーターで吊るすしかないのだろうが。

 黒いストッキングに黒いガーターベルト。

 両者の間には白い絶対領域が。


 こんなことが許されていいのだろうか。

 こんな素晴らしいものがあっていいのだろうか。


 心ときめく妖艶な園が。

 男を惑わす桃源の森が。

 夜を彩る麗しの宇宙が。

 むせ返るほどの芳醇な香りにあふれる天上の果樹園がそこにある。


 いただく。

 いただく。

 いただく。

 テナーサクソフォンが奏でる甘美なブルースに酔いながら、ただひたすらにむさぼる。


 我を忘れ、亡者のように取りつく。

 時を忘れ、赤子のように食いつく。

 すべてを忘れ、一心不乱に味わった。


 色魔はつけたが、ひょっとしたらいらなかったかもしれない。

 さすがに二周めに行けるのは色魔のアシストがあればこそだが。

 二周めこそはセリーを休ませてあげよう。



 翌日、朝食の後で帝都に赴いた。

 もちろん用があるのはロクサーヌとベスタがストッキングを購入した店だ。

 冒険者ギルドから二人に案内してもらう。


「ここがそのお店です」


 黄色い太陽の光を浴びながら連れて行かれたのはこじんまりとした服屋だった。

 無名の小さな店というのはそのとおりだろう。

 オーダーメイドではなくて、プレタポルテが置いてあるようだ。


「よし。ここでみんな一着ずつ好きな服を買っていいぞ」

「よろしいのですか?」

「大丈夫だ」


 四人に選ばせる。

 本当はストッキングだけを買えば安上がりだが、そういうわけにもいかない。

 ロクサーヌとベスタが少ない小遣いの中から出してあがなったものを、俺が金にあかして買いあさることは慎むべきだろう。


「いらっしゃいませ」


 ほくほく顔の店員が迎えた。

 四着売れることは確実だからな。

 四人が服を選んでいる隙に端に連れて行く。


「この店にストッキングがあるそうだが」

「はい。耐久性に難があり、まだ試作段階に近いものですが。履き心地、肌触りなどは最高のものが作れていると自負しております」


 確かに触り心地はよかった。


「一つもらえるか」

「サイズはどのようなものを」

「あー。普通のでいい」

「かしこまりました。一つ五百ナールになります」


 高いな。

 四人分二千ナールだ。

 三割引がないから、ロクサーヌとベスタは二人のお金を全部使ったことになる。


 それでよかったのだろうか。

 俺はよかったが。


「お金は後でまとめて払う」

「かしこまりました」


 ストッキングを一つ注文した。

 後でロッジに持っていけばいい。

 セバスチャンに渡しておけば、いずれ皇帝の下に届くだろう。

 あの素晴らしい感動は皇帝陛下にも分けてさしあげなければ。

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