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デレ期

「おおっ」


 皇帝も驚いてる。

 その皇帝の目の前で、セリーはドワーフ殺しをあっさりと飲み干した。

 豪快だな。


 平気なんだろうか。

 強い酒らしいが。


「大丈夫か?」

「はい。たいした量でもありませんし」


 確かに小さな壷だから、量はたいしたことないだろう。

 それでも、水でも飲むように飲んでいた。

 ひょっとして、本当に水だったのではないだろうか。

 と思ってセリーから受け取って壷の匂いをかいでみるが、完璧にアルコールだ。


「たいしたものだな」

「はい、たいしたお酒ですね。ルッソの三十年物か、同等の品でなければここまでのまろやかさは出ないと思います」

「さすがはセリー様でございます。当ロッジではルッソのブライテスト、三十年物を用意させていただいております」


 セリーのテイスティングをセバスチャンが是認する。

 ただのきつい酒にまろやかさとかあるのか。


「すごいな。朕のも飲んでみるか」


 皇帝が壷を見せた。


「朕?」

「これだ」


 セリーが首をかしげていると、皇帝はセリーに直接壷を差し出す。

 いや、俺が何も言わず、受け取らないでいたせいか。

 いったんは俺が受け取るべきだったのだろうか。

 セリーが皇帝から直接受けていいものなのかどうか。


 まあ俺はこの人が皇帝だと知らないことになってるからいいだろう。

 セリーが皇帝から銘酒を賜る。

 客観的に見るとたいそうな場面だ。

 セリー本人がどこまで気づいているかは不明だが。


「さすがに量を飲むと少し酔うかもしれません」


 だからなのか、簡単に断ろうとしやがる。


「少しくらいなら酔っても大丈夫だろう。いっとけ」


 あわててセリーに押しつけた。

 朕の酒が飲めんのか、とか言い出されたらどうするつもりだ。


「……はい」


 セリーが一度セバスチャンを見てから、栓を抜く。

 俺の意見よりセバスチャンの意見が大切なのか。

 いざというときに助けてくれそうなのは老紳士かもしれないが。

 だが残念、そいつは皇帝側だ。


 セリーは皇帝の酒も簡単に飲み干した。


「おおっ。まだいけるのか。カルロス」

「はい」


 護衛が皇帝に壷を差し出し、それが改めてセリーに下賜される。

 わざわざ大仰にすることもないだろうに。

 そういうものなんだろうか。

 セリーが三本めの壷も飲み干した。


「それだけ飲んでも大丈夫なのか?」

「少し気分がよくなってきました。いささか酔ってきたようです」


 皇帝のご下問に対して、セリーが冷静に答える。

 酔った人は酔ってないとか言うものだが。

 あくまで冷徹だ。

 酔っても頭脳派なのか。


「さすがに三本も飲めば酔うか。見事である。何か困ったことがあったら朕を訪ねて来るがよい」

「はい。ありがとうございます?」


 セリーの返事が疑問形になっていた。

 というか、訪ねていっても多分門前払いだ。

 文字通りの意味で。


「では、名残惜しいが公務に戻るとするか」

「そうですね」


 皇帝と、続いて護衛が席を立った。

 この場にいてもセリーが皇帝を踏むことはないだろうしな。

 向こう側の貴族三人も立ち上がる。


「それでは、ミチオ。我らも行くのでな」

「十日後によろしく」

「含むところはまったくないので、会員としてがんばってほしい」


 三人が俺に声をかけてきた。

 伯爵はいかにも含むところがありそうだ。

 貴族三人も皇帝と一緒に帰るのか。

 一緒に来たのだし、まだ何かあるのだろう。


「では」

「では、師兄ともいずれまた」


 会いたくないです。

 皇帝様ご一行が部屋を出て行った。

 俺とセリーも一応見送りには行くべきか。


「ガイウス様。本日はありがとうございました。またいつでもご行幸を賜りますように」


 扉のところまでついていくと、最後にセバスチャンが挨拶して送り出す。

 やはりロッジの職員は総出だ。


「行幸って何でしょう?」

「また来いってことだな」


 幸い、セリーの知らない用語だったらしい。

 職員全員が頭を下げたことよりも気になったのはそこか。


「さすがご主人様のブラヒム語はすごいです」


 やはり少し酔ったのだろうか。

 セリーがロクサーヌみたいだ。


「そうか」

「でもあの扉は少し変です」


 と思ったら、なにやら細かい指摘を。

 酔っているが故に、だろうか。

 日本式の扉は変なのだろうか。


「まあ珍しいタイプではあるよな」

「扉というのは本来内側に開けるものです。でないと防衛の役に立ちません。内側に開く扉だからこそ、何かで押さえるだけですぐに外からこじ開けられなくなるのです」

「そうなんだ」


 玄関扉が内側に開くようになっていたのは、そんな理由からだったのか。

 日本の扉が外側に開くのは、それだけ平和だからなんだろう。

 寺の門とかは日本でも内側に開くようになっている。

 戦国時代には寺も軍事施設だ。


 ではなんで現代日本の玄関は外側に開くのか。

 というのは簡単だ。

 自分の家の玄関を考えればいい。

 内側に開いたらすぐに靴が邪魔になる。


 いずれ悲しきウサギ小屋。


「考えられるとすれば、内側よりも外の方が重要とかでしょうか」


 セリーの思索が続く。

 なるほど。

 皇帝は外からやってきた。

 このロッジは、皇帝が歩いてこれるようなところにあるのだろう。


 図書館よりも帝宮側にあるのだし。

 つまり外の方が重要だ。

 ロッジのある場所が非公開になるわけだ。


「向こうの方がロッジ側から侵入されることを防いでいるわけか」

「でもそうなっているなら向こうにはどんな重要なものが」


 それ以上いけない。


「呼び出して悪かったな」

「いいえ。ご主人様に呼んでいただけて嬉しかったです」

「そうか」


 呼び出した詫びを入れ、話をそらした。

 断ってくれればよかったのに。


「あ。すみません。ちょっといいですか」

「なんだ?」


 うまく意識がそれたのか、セリーが小走りで移動する。


「仕事ですが、少し酔ってしまったので」


 皇帝のお見送りをして戻ってきた女性にセリーが話しかけた。

 最初に資料室まで連れて行ってくれた人だ。

 仕事というのはさっきから何を言っているのだろう。


「そうですか。仕方がないですね」

「いえいえ、セリー様。恩賜のお酒でございますので」


 セバスチャンが割り込んでくる。


「恩賜?」


 だからそれ以上いけない。


「仕事っていうのは何のことだ?」


 話をそらすために尋ねた。


「はい。資料室には迷宮の討伐を成し遂げた会員から送られてきた報告書が大量にあるのです。ただパピルスで書かれた報告書も多いため、それらは羊皮紙へ筆写する必要があります。どうせ読むのですから、同時に筆写するアルバイトもさせてもらっていました」


 そんな仕事をしていたのか。

 確かにパピルスの報告書だと、古くなったらすぐボロボロになるだろう。

 だから羊皮紙に筆写する仕事があるらしい。

 コピー機とかないしな。


「そんなことをやってたのか」

「勝手なことをしてすみません」

「別にそれはいいが」

「ただ、酔ってしまったので」


 酔ったのでは写し間違える危険があるのだろう。


「セリーに酒を飲ませたのは俺だ。そういうことなので、悪いな」


 職員の女性の前に割り込むようにして立った。

 小柄なセリーだけに十分に遮蔽可能だ。

 セリーが身を寄せてきて、俺の後ろに隠れるように下がる。


 俺の背中に触れるか触れないかくらいの近い距離だ。

 セリーが俺の腕にそっと手をそえてきた。

 なんか可愛いな。


「もちろん何の問題もないことでございます。それでは、セリー様の荷物を持ってこさせましょう」


 セバスチャンがそう言って職員の女性に指示を出す。

 女性が頭を下げて立ち去った。


「セリーもそれでいいな」

「はい」


 セリーにも納得させる。

 職員の女性は、少し時間を置いて戻ってきた。

 女性がセリーにリュックサックを渡す。


「荷物は中に入れてあります。それから、こちらが筆写の報酬です。少し拝見させていただきましたが、丁寧な仕事ぶりです。今日はありがとうございました」

「こちらこそありがとうございます」


 セリーが荷物と、報酬の銀貨を何枚か受け取った。

 時間がかかったのは、ちゃんと書写できているかどうか確認してきたのか。

 読めないような字で書かれても困るだろうしな。

 セリーはリュックサックを背負い、銀貨は俺に渡そうとしてくる。


「それはセリーがした仕事の報酬だから、セリーのものにしておけ」

「よろしいのですか?」

「こっちのほうは休みにしたわけだしな」

「ありがとうございます、ご主人様」


 セリーがにっこりと微笑んだ。

 やべ。

 やっぱり可愛い。

 いつものセリーと少し違う気がする。


 ついにデレ期が来たのだろうか。

 単に酔ってるだけか。


「じゃあいったん家に帰るか」

「はい」


 あまりに可愛いので、家にお持ち帰りしてしまった。

 もちろん家に帰れば二人きり。

 セリーと二人きりになったのは初めてかもしれない。

 しかも酔っているデレ期だ。


 酔っているせいか、セリーはいつもより大胆だった。

 家に帰るなり俺の首に腕を回してくる。

 小柄なセリーが精一杯の背伸びをした。


 すぐにベッドに直行する。

 セリーはためらいがちながら可愛らしい声を。

 色魔をつけずに楽しんだ後、色魔をつけて再度楽しんでしまった。

 ちょっと息がお酒臭かったが、許容の範囲内だ。


 お互いに楽しんだ後、セリーは静かに寝息を立て始める。

 お湯を作って軽く体を拭き、帝都の冒険者ギルドに移動した。

 ロクサーヌとベスタはあっちか。

 二人のいる方へ向かう。


 歩いて進むと、二人は通りの先のどこかの店から飛び出すように出てきた。

 まだ結構距離はあるのに。

 ロクサーヌが先頭に立ち、走ってやってくる。


「ご主人様、今日はありがとうございました」


 ロクサーヌは常にデレ期だな。

 最高に可愛い。


「ありがとうございます」


 ベスタもすぐに追いついた。

 俺よりも背の高いベスタはベスタでこれまた可愛い。

 小柄なセリーと楽しんだ後だけに、余計にそう思える。


「時間的にはもう少しいいが、大丈夫か?」

「大丈夫です。ベスタと二人であちこち回って、たっぷり楽しみました」

「はい。楽しかったです」


 この二人も楽しんでくれたようだ。


「セリーと二人で家にいたようですが」


 ロクサーヌが指摘してきた。

 ばれてーら。


「あー。ちょっと強い酒を飲ませてしまってな。セリーは今寝かせている」

「ご主人様もお楽しみできたようでよかったです」


 完全にばれてーら。

 パーティーを組んでいるとメンバーがどの方角にいるか分かってしまうのが難点だ。


「もう一軒ぐらい、どこか回ってから帰るか?」


 俺の思考が、浮気して女房に貢がされる駄目亭主みたいになっていた。

 洋服だろうがアクセサリーだろうがねだられるままになりそうだ。

 それもまたやむなし。


「大丈夫です」

「じゃあま、早めに帰ってゆっくり風呂でも入れるか」

「はい。迷宮にお供します。ブラックダイヤツナより強い魔物がいいですね」


 貢ぐのは許されたが、迷宮につき合わされた。

 MPの回復にボス戦までは必要ないだろ。


「いつもとメンバー構成が違うので新鮮です」


 何かあるといけないので、ベスタも巻き込んだ。

 二人より三人が安心だ。

 かわいそうなのはとばっちりを受けたベスタだが、新鮮とか言っているくらいだからいいのだろう。


 ボス戦をこなしながら風呂を入れ、湯を沸かせたら三人でミリアを迎えに行く。

 海岸沿いの林の中に移動すると、ミリアは相変わらず人に囲まれていた。

 完全に伝説の釣り師として君臨しているな。


 例によって何匹か分け与え、残りを持って帰る。

 魚三昧の夕食に十分な量だ。


「エビもあるのか」

「魚と交換、です」

「それで魚を渡してきたのか」

「今朝獲れた、です」


 向こうの人も、釣った魚をただもらうだけでなく今朝獲ったエビと交換してくれたらしい。

 籠の中に立派な大きさのエビが入っていた。

 ちょうど五尾あるな。


「このエビは俺がフライにしていいか?」

「まかせる、です」


 タルタルソースはすぐには用意できないが、別にいいだろう。


「他にもなんか揚げた方がいい魚があったら」

「大丈夫、です」

「じゃあ残りの料理はミリアにまかせる」

「はい、です」


 他の魚料理はミリアにまかせ、荷物を置いた後一度買い物に出た。

 パンや卵や野菜を購入する。

 食材を買って家に帰ってくると、ちょうどセリーが起きてきた。


「すみません。寝てしまったみたいで」

「大丈夫だ。そっちこそ問題ないか?」

「はい。少し寝てすっきりしました。ミリアの料理を手伝います」


 セリーはさっきのように寄り添ってきてはくれない。

 そっけなくミリアの方に向かった。

 デレ期は終了してしまったみたいだ。


 俺はベスタに手伝ってもらって料理を作る。

 ベスタにパン粉を作ってもらい、赤身とエビをフライにした。

 マグロカツだ。

 魚なのに肉のような味わいが楽しめる一品である。


 いったん揚げた後、鍋にお湯を沸かし、少しのワインと魚醤、竜皮を入れて煮込む。

 沸騰したところにマグロカツとエビフライを入れ、溶き卵を落とした。

 マグロカツの卵とじだ。

 これならソースがなくても十分だろう。

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― 新着の感想 ―
セリー派の俺にとっては神回
[一言] 酔ったセリーが可愛い
[良い点] デレ期セリー好き
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