ドワーフ殺し
「これで全員の入会が無事認められた。入会儀礼はここまでとする」
全員の入会儀礼がすみ、エステル男爵が宣言した。
ようやく終わったか。
思ったより長くて疲れたような気がする。
主に精神的に。
「全員の入会を歓迎しよう」
「迷宮と魔物の駆除に力を奮ってほしい」
伯爵と公爵が再び男爵の横に並んで立った。
伯爵もちゃんと歓迎してくれるようだ。
俺も背筋を伸ばす。
皇帝の横に立つ気はないが。
「無事入会をすませた君たちにハンドサインを教える」
「ハンドサイン?」
「帝国解放会の会員であることを示すサインだ。その人が会員であるかどうか確信が持てない場合や、会員である誰かに助けを求めたいときなどに使う。サインはこうだ」
エステルが体の前で手をクロスさせ、左手の手のひらを右二の腕の裏側に当てた。
そんなサインがあるのか。
「これでいいのか?」
皇帝が真似をする。
「右腕は伸ばせ。そうだ」
「こうやるのか」
俺もやってみた。
「まだ君たちには関係ないが、誰かを解放会の会員として推薦しようと考えたときには、相手が会員でないかどうかこのサインを示して反応を見たりする」
ということは俺もやられたはずだ。
驚いて公爵を見ると、公爵がうなずく。
「余もやったぞ」
俺も試されていたらしい。
いつ示されたのかまったく心当たりもない。
そのくらい分かりにくい微妙なサインだ。
会員かどうか分からない人に対してやるのだから、違和感を持たれて会員であることがばればれになってもまずいのだろう。
「誰かがこのサインを示したときには、相手に同じしぐさをやり返す。助けを求められた場合には、積極的に応じ、できる範囲内で支援してほしい。会員同士の友愛のためだ」
「分かった」
一応うなずいておくべきだろう。
俺が助けを求めることもありうる。
あまり使う機会はないと思うが。
「ただし、みだりに使うことは厳禁だ」
「そうだろうなあ」
「また、毎年冬には会員総会が開かれる。第二位階と第一位階の会員に出席の義務はないが、できれば積極的に参加してほしい」
会員総会なんていうめんどくさそうなものまであるのか。
まあそういうのもあるんだろうけど。
出席の義務はなしと。
「朕は諸侯会議の時期と聞いたが」
「そうだ。同じ時期に集まってしまうのが好都合なのでな。貴族関係の会員はどうしても多い。詳しい日取りなどはロッジに来れば書記の方から話があろう」
「となると朕の参加は難しそうか」
皇帝が口を挟んだ。
諸侯会議なんていうのがあるのか。
そして貴族関係者の会員はやはり多いらしい。
カシアや皇帝みたいに義務感から積極的に迷宮に挑む貴族も多いのだろう。
貴族の子どもは赤ちゃんのころからパーティーを組み、他のパーティーメンバーだけが迷宮に入って純粋培養もされる。
魔法使いになれるのも貴族や金持ちの子弟だけだし、強くなる人に貴族やその関係者が多くなるのも道理だ。
諸侯会議というくらいだから貴族が集まるのだろうし、帝国解放会の会員総会も同じ時期にやってしまえということだろう。
フィールドウォークがあるからいつでも集まることができるとはいえ、諸侯会議出席のために帝都にいる時期にやってしまえば都合がいい。
スケジュール調整なども楽だ。
もちろん諸侯会議も帝都で行われるのだろう。
ただし、その時期皇帝は忙しいらしい。
普通に考えれば諸侯会議の主催者でもあるのだろう。
報告とか取りまとめとかいろいろある。
皇帝も大変だ。
「まだしばらく先のことになるだろうが、四十五階層を突破した場合、突破試験が受けられる。ロッジに来て書記に話をすれば話が通るだろう」
「突破試験か」
それもあるんだよな。
十何年も先の話だが。
「後は、ブロッケンから何かあるか」
「五十階層以上に挑めるようになったら、どの迷宮に入るか書記に伝えておくといい」
公爵が付け足した。
これは俺向けなんだろう。
帝国解放会の会員になると迷宮を倒したときに承認を受けられやすいとかいう話だった。
どの迷宮に入るか把握されてなかったとしても、皇帝が迷宮を倒したらそれを疑うやつはいまい。
「ブルーノ、副会長として何かあるか?」
おまわりさんこいつなバーコード伯爵は帝国解放会の副会長だったらしい。
大丈夫なのか、この組織。
「特にはない。帝国解放会は新しい会員の入会を歓迎する。ともに腕を磨き合い、迷宮と魔物を駆逐して、いつの日か解放をなし遂げよう」
「それでは、入会式および入会儀礼は以上で終了だ」
副会長と会長が最後を締めた。
誰かがドアを開け、部屋が明るくなる。
本当にここまでのようだ。
「貸し出した衣装はここにもってこい」
いち早くダルマティカを脱いだ伯爵が呼びかけた。
俺もダルマティカを脱いで伯爵に渡す。
「この後は、部屋を移って乾杯する。全員移動するように」
エステルも一声かけてからダルマティカを脱いだ。
出たよ、飲みニケーション。
やはりまあそんなものか。
二十一世紀の日本にだってあるのに、この世界ではしょうがないだろう。
「朕のため時間がとれずにすまんな」
「大丈夫だ」
皇帝と伯爵がダルマティカを渡しながら会話する。
「いつもはもっと大きな宴会が催されることもあるが、今日は軽く乾杯するだけだ」
皇帝と伯爵の会話の意味を、横に来た公爵がひそかに教えてくれた。
なるほど。
さすがに皇帝は忙しく、宴会などやっている暇はないのだろう。
皇帝様様だ。
「そうか」
「ミチオも無事に入会したので、うちでもささやかながら祝宴を開きたい。十日後辺りでどうか」
「分かった」
「では十日後の夕方にパーティーメンバー全員で来てくれ」
部屋を出て移動するエステルの後ろについていきながら、公爵と話をする。
推薦してくれたのだし、断ることはできないだろう。
いまさら断る手もないが。
「お待ちしておりました。入会式は無事おすみになられましたでしょうか」
廊下を進み階段を下りると、セバスチャンが待っていた。
「終わった」
「お部屋はこちらに用意してございます」
部屋まではセバスチャンが誘導する。
総書記が部屋のドアを開け、全員が中に入った。
最初に来たときと同じような広くて豪華な会議室だ。
皇帝も使うことがあるなら、確かにこの豪華さも納得だ。
エステルがテーブルの向こうに回った。
公爵も俺の横を離れて向かう。
テーブルの向こう側が上座なのだろう。
向こうにいったのは貴族三人。
新会員三人はこっち側か。
皇帝だからという特別扱いは本当にないらしい。
せめて皇帝は真ん中だろうから、俺は端に座った。
「我にはデュンケルを。ブロッケンとブルーノは好きなものを頼め。新会員にはドワーフ殺しとシュタルクセルツァーを一本ずつ」
向こう側の真ん中にはエステル男爵が座る。
まあ会長だしな。
「かしこまりました」
注文を受け、セバスチャンが部屋を後にした。
ドワーフ殺しなんていう飲み物があるのか。
「新会員は、酒が飲めるならドワーフ殺し、飲めない場合にはシュタルクセルツァーだ。飲まない方は持って帰ればいい」
ドワーフは水代わりに酒を飲むとか言っていた。
そのドワーフを殺すのだ。
きっときっついのだろう。
新会員いじめは懺悔で終わりではなかったらしい。
「シュタルクセルツァーか」
ドワーフ殺しのオルタナティブで示されたシュタルクセルツァーも、酒を飲まない人用とはいえ気をつけた方がいい。
きっと新会員いじめの一環だ。
セバスチャンはすぐに戻ってきて、給仕を始める。
ドワーフ殺しもシュタルクセルツァーも準備してあったに違いない。
慣例の新会員いじめなのか。
「こちらがドワーフ殺し、こちらがシュタルクセルツァーになります」
俺たちの前に小さな壷が二本ずつ並べられた。
素焼きではなく釉薬のかけられた壷だ。
なかなかに高級品っぽい。
「朕はこの後まだ執務があるのでな」
皇帝はシュタルクセルツァーを手に取る。
護衛もシュタルクセルツァーを持った。
酔っては仕事にならないのだろう。
「では俺も」
「なんだ。誰もドワーフ殺しにいかないのか。まだ栓は取るなよ」
俺がシュタルクセルツァーに手を伸ばすと、エステルが注意した。
さすがに名前がよくない。
ドワーフ殺しだもんな。
人間族なら瞬殺だろう。
実は名称は引っかけで、たいしたことはなかったりするのだろうか。
シュタルクセルツァーが新会員いじめの本命とか?
ここまであからさまだとそれもありうるか。
「栓を取ったら、一気に飲め」
「飲む前に壷をよくゆすっておくといいぞ」
なんか公爵と伯爵の指示で読めたんですけど。
壷をゆすれとか。
鬼畜な伯爵だ。
「では。入会と新会員の前途を祝して。乾杯」
「乾杯」
会長の音頭で乾杯する。
コルクみたいな感じの栓を取り、小さな壷を傾けて中の液体を口に注いだ。
炭酸だ。
思ったとおり炭酸だった。
口の中でシュワシュワと泡が駆け巡る。
かなり強いな。
アメリカからの輸入物で安く売られているなんとかコーラみたいな感じ。
もっとも、コーラではなく水だ。
砂糖は入っていない。
ただの炭酸水だ。
「ガイウスなら知っておったであろうが、ミチオも知っていたのか?」
俺が驚くことなくシュタルクセルツァーを飲み干すと、エステルが聞いてくる。
「知らなかったが、昔住んでいたところの近くに似たような飲み物があった。ここまで強くなかったが」
「あるところで湧いている水でな。中でも特に強いのがそれだ」
自然に湧き出る炭酸水というのがあるのだろうか。
いずれにしても、知らない人が初めて口にしたら吹き出すかもしれない。
いろいろきつい悪戯だ。
「やはりドワーフ殺しが正解だったのか」
「ドワーフ殺しも強い酒だぞ。壷一本を軽く飲み干せる者を我は知らん。ドワーフでもそうはおるまい」
どっちを飲んでも地雷だったんじゃねえか。
性質悪いな。
「朕は昔ドワーフ殺しを飲み干すというドワーフの噂を聞いたことがある。そのような剛の者がおったら是非会ってみたいものだ」
「余も知らん。エルフではひとたまりもあるまい」
皇帝や公爵の知り合いにもいないみたいだ。
酒が飲めるから偉くなれるわけでもないしな。
ドワーフの知り合いが大量にいなければそんなものなんだろう。
「まさかセリーが頼んだりしてないよな」
セバスチャンに確認した。
資料室にあるならセリーもドワーフ殺しを飲んでいるかもしれない。
そんな強い酒を飲んで暴れられたりしても困る。
「セリー様は、ドワーフ殺しは仕事に影響が出るかもしれないから水でいいとおっしゃられて」
かもしれない、なのか。
休日であって仕事ではないのだが。
というか、その水はエイチツーオーの水じゃないだろう。
いろいろと突っ込みどころの多い返事だ。
「さすがは師兄。そのような剛の者を知っておるとは」
「いや。一気飲みできるかどうかは」
「仕事に影響が出るかもしれないというレベルなのであろう」
やっぱり突っ込まれた。
貧乳好きドMの皇帝にセリーを会わせるのはまずいような気がするが。
「どうなんだろう」
「朕には会わせられないということか」
「セバスチャン、セリーに手が空いているかどうか聞いてきてくれ」
皇帝が不穏なことを言い始めたのですぐにセバスチャンに頼む。
腐っても皇帝だ。
気を悪くされたらとても困る。
ここは態度を変えなければいけない。
君子豹変す、小人は面を革む。
立派な人は本気で態度を修正するが、そうでない人は外面だけを整えるということだ。
来いと命令はしない。
セリーが忙しいからと断れば、角も立たないだろう。
きっと有能な総書記が空気を読んでくれるはずだ。
「お呼びでしょうか」
というのに、セバスチャンはすぐにセリーを連れてきた。
さすがに総書記は皇帝側の味方か。
しかも早い。
かなり急がせたのではないだろうか。
皇帝はと見ると、特段変わった様子はない。
喜べ、セリー。
皇帝の貧乳試験にはパスしなかったらしい。
伯爵な人は、イエスロリータノータッチだろう。
「あー。セリー、ドワーフ殺しという酒を知っているか?」
「はい。ドワーフの間では有名ですから。祖父なども、昔一緒に飲んだときにこれくらいガツンとくる酒でなければと言っていました。のどが焼けるように美味しいお酒です」
セリーの祖父は結構昔に亡くなったんじゃないのか?
それなのに一緒に飲んだのか。
この世界に未成年者飲酒禁止法はないだろうとはいえ。
のどが焼けるように美味しいという形容句は比喩として成り立っているのだろうか。
「ここにドワーフ殺しが一本ある。これを飲み干せそうか?」
「その量なら影響はないと思います」
「で、ではいってみるか」
セリーに渡す。
資料室では影響が出るかもと断ったらしいが、どれだけ飲むつもりだったのだろうか。
「よろしいのですか。高いお酒ですが」
「一気にいけ」
「ではいただきます」
セリーが栓を取り、壷から直接酒をあおぐ。
単に水でのどを潤すかのように、ごくごくと飲み干した。