潅木
ハルツ公爵に変な会への入会をゴリ押しされてしまった。
入会試験があるから、まだ決まったわけではないが。
公爵が勧める会だから、悪い組織ではないと思う。
壷を売りつけられたりはしないだろう。
「セリー、帝国解放会というのを知っているか」
食事を終えて家に帰ってから、セリーに訊いてみた。
「名前だけは聞いたことがあります。迷宮で戦う人たちの中でも実力者だけが加入できる団体だそうです。ただし、ある種の秘密結社で、誰が会員なのかも明らかにされません。会員が狙われるのを防ぐためと言われています」
あら。
そういえば公爵はメンバーについて守秘義務があると言っていた。
公爵がメンバーだと洩らしてはいけないということだ。
推薦するというのだから、多分公爵も会員なのだろう。
しかし、公爵は自分がメンバーだと明言はしなかった。
会員でない俺に対して守秘義務を守ったということか。
当然、俺が会員になることも黙っていなければいけないということになる。
ロクサーヌたちに対しても明かしてはいけないのだろうか。
そこまで確認しなかった。
セリーに相談したいのに相談できない。
これは困る。
被害者が他人に助けを求めることを防ぐプロの手口じゃないか。
入会試験があるのに、どうするのだろう。
俺一人で挑むのだろうか。
パーティーで戦うのと比べて難易度が跳ね上がるから、そんなことはないと思うが。
あるいは試験官とパーティーを組んで戦うとか。
いざとなったら、そこでわざとボロボロの戦いをして試験に落ちるという手もあるな。
推薦してくれた公爵の手前、それはまずいだろうか。
「そ、そうなのか。まあ今日はもう遅い。体だけ拭いて、寝よう」
尋ねるのもまずかったかもしれないので、話題を変えた。
ちょっと露骨だったかもしれないが、大丈夫だろう。
セリーには酒も入っている。
風呂は、沸かしていないしこれから入れるのも大変なので、今日はなしにする。
お湯だけを作った。
全員の身体を拭いていく。
もちろん拭くのは俺の役目だ。
風呂に入るときに彼女たちの身体を洗うのも俺の役目である。
何があろうとも不変の職務ということだな。
石鹸を泡立ててロクサーヌから順番に綺麗にしていった。
「今日はお疲れだったな。試合は大丈夫だったか」
「はい。あの程度では手合わせのうちにも入りません。こちらの力を見るだけが目的だったので手加減してくれたのでしょう」
どうだかね。
ロクサーヌの言葉は頼もしい限りだが。
肌のつやも胸の張りもいつもどおりの素晴しさなので、疲れてはいないだろう。
「食事の方はどうだった」
「公爵夫人は同性の私から見ても美しいかたでしたが、ナイフの使い方や食べ方がいちいち洗練されていてため息が出るほどでした」
「そうか」
「それに、臆することなく迷宮に入って戦っておられるようです。憧れてしまいます」
ロクサーヌから見てもやはりカシアは美人なのか。
こいつとはうまい酒が飲めそうだ。
「強くはありませんが、口当たりの柔らかい美味しいお酒でした」
とは、セリーの感想である。
酒のにおいはしないから、セリーも大量に飲んではいないようだ。
それでも、少しは酔っているのかピンクに色づいた肌が色っぽい。
いつもより余計になで回してしまった。
「さすが貴族ともなると上等の酒を飲んでいるのか」
「その分大変なようです。騎士団長様もご苦労がおありのようでした」
そういえばセリーの席はゴスラーの前だった。
いろいろ話が合ったのかもしれない。
別に俺は苦労をかけていないと思うが。
「魚、おいしい、です」
セリーはきっと魚ばかり食べたがるこの人の世話で苦労したのだろう。
魚のようにぴちぴちなミリアの肌を拭く。
俺が身体を洗うとき、ミリアはおとなしくじっとしている。
それがまたいい。
「ベスタはどうだった」
「少し緊張したけどよかったです。今日は白くて美しい町にも行きましたし、ご主人様に購入していただいてから驚くことばかりです」
「楽しめたならよかった」
「はい。綺麗なコハクのネックレスも着けたので、別人のように見えたと思います」
ベスタの胸なら別人と間違いようがない。
手のひらに収まりきらない肉塊をゆっくりゆっくりともみ洗った。
翌朝、地図を持ってクーラタルの迷宮に入る。
無事二十三階層を突破した。
ボス戦では状態異常耐性ダウンを使うのでミリアの石化が冴えまくる。
今回も世話になった。
クーラタル二十四階層の魔物はタルタートルだ。
弱点が土魔法というタイミングの悪いやつである。
二十三階層のグミスライムは、火魔法と水魔法と風魔法が弱点なのに、土魔法だけが弱点ではない。
連携というものを考えてほしい。
迷宮にしてみれば連携を考えて違う弱点属性にしているのかもしれないが。
組み合わせが悪いので、クーラタルの二十四階層は少し戦っただけで引き上げた。
夕方まで、ハルバーの二十四階層で探索を行う。
「ご主人様、ルーク氏からの伝言です。人魚のモンスターカードを落札したようです」
家に帰ると、ロクサーヌが告げてきた。
ルークからの伝言が入っていたようだ。
人魚のモンスターカードは前にも落札したことがあった。
防水の皮ミトンを作ったときだ。
あまり人気がないのだろうか。
多分たまたまだろうが。
「セリー、人魚は水属性だったか」
「そうです」
「取りに行くのは明日でいいか」
昨日入らなかったので、今日は風呂に入りたい。
時間がないわけではないが、商人ギルドへ行くのは明日でいいだろう。
「明日行かれるときに、潅木のモンスターカードの落札も頼んでおくとよいと思います」
「潅木?」
「はい。潅木のモンスターカードは武器に融合すると麻痺の効果を与えることができます。石化のスキルと麻痺のスキルが重なって発動するかどうかは分かりませんが、二刀流で二本持って戦うことは行われているようです。暗殺者のミリアに石化は大きな武器となっています。麻痺のスキルをつければ、さらに役立つに違いありません」
セリーがアドバイスをくれた。
ミリアのエストックに麻痺の効果まで持たせるわけか。
うまくいけば状態異常にする確率が倍くらいになるかもしれない。
「分かった。ありがとう。頼んでおこう」
ついでにいえば、スキルがついている硬直のエストックにさらにモンスターカードを融合させることはもはやなんでもないということだな。
いい傾向だ。
翌朝、朝食の後で商人ギルドへ赴いた。
ルークを呼び出して、人魚のモンスターカードを購入する。
「こちらが人魚のモンスターカードです」
ルークはちゃんと本物を渡してきた。
今のところ詐欺を働く気はないようだ。
「確かに。これはコボルトのモンスターカードと一緒に使いたい。予備がなくなるので、コボルトのモンスターカードの入札を頼めるか」
「分かりました。値段については、以前と変わらないと思います」
「それでは五千までで頼む」
「承りました」
五千ナールまでというとルークは確実に五千ナールで落札してくるが、それはもうしょうがない。
それよりも早めに入手したい。
「それと、潅木のモンスターカードを試してみたい。多少高くなってもかまわない。頼めるか」
「潅木ですか。かしこまりました」
潅木のモンスターカードも頼んでおく。
ボス戦なんかはミリア頼みのところもあるから、強化できるならしておいた方がいい。
これもやはり早い方がいいだろう。
ちょうど帝国解放会の入会試験がボス戦だ。
俺が魔法を使えない可能性もある。
試験官がモニターするなら、魔法は使えない。
それまでにはなんとかしたい。
モニターされる場合、エストックに石化のスキルと麻痺のスキルが両方ついていることがばれてしまうが。
そのくらいはしょうがないだろう。
魔法もなしデュランダルもなしでボス戦を戦うわけにはいかないから、どのみちデュランダルはばれる。
聖剣だけだとかえってデュランダルに目をつけられかねない。
デュランダルに加えて複数のスキルがついた武器があれば、試験官の注意が分散されるだろう。
エストックにモンスターカードを二回融合することは、無茶かもしれないが不可能ではない。
デュランダルがばれることに比べたら、スキルが二つついたエストックがばれることなどたいした問題ではない。
さらには聖槍とセリーが使っている詠唱中断のスキルがついた槍もある。
俺たちのパーティーはいい装備品のおかげで戦えているということにしておけばいいだろう。
ただし、聖槍は僧侶や巫女が使う武器だ。
俺が使うのはおかしいかもしれない。
ロクサーヌに持たせるかセリーに持たせるか。
モニターされるというのは結構厄介だな。
「そういえば前回購入した芋虫のモンスターカードだがな、融合に成功した。今後、芋虫のモンスターカードを落札するのは安く手に入るときだけでいい」
「それはおめでとうございます。融合に成功した装備品を売却なさるおつもりはございませんでしょうか」
「そのうち予備ができたらな」
「分かりました」
一方で芋虫のモンスターカードの落札は止めさせた。
欲をいえばまだまだほしいが、市場を混乱させるのもよくないだろう。
人魚のモンスターカードを手に入れて家に帰る。
まだ融合はさせない。
コボルトのモンスターカードは一枚しかないので、無理をすることはないだろう。
この方針が正しいと分かったのは、二日後の夕方だ。
家に帰るとルークからのメモが入っていた。
「ご主人様、ルーク氏からの伝言です。潅木のモンスターカードを落札したとあります。値段は六千九百ナールですね」
ロクサーヌがメモを読む。
早速潅木のモンスターカードを落札したらしい。
潅木のモンスターカードの融合にはコボルトのモンスターカードを使うつもりだ。
残しておいて正解だ。
「ただちょっと高いか」
早いことは早かったが、その分高い。
多少高くてもいいと言ったらぎりぎりまで上げてきた感じだ。
なんとか六千ナール台に抑えました、というところに作為がうかがえる。
スーパーの値付けにおけるロッキュッパみたいな。
「麻痺のスキルは、石化と違い自然に解けてしまいますが、発動しやすいそうです。武器につけるスキルとしては使い勝手がよく人気があります。その分高いのかもしれません」
セリーが教えてくれた。
「発動しやすいのか」
「ボス戦では確率が下がるみたいですが」
駄目じゃねえか。
ボス戦でこそ役立てたいのに。
「その辺はミリア次第だな。頼むぞ、ミリア」
「はい、です」
ボス戦では状態異常耐性ダウンという強い味方がいる。
なんとかなるだろう。
潅木のモンスターカードは、翌朝受け取りに行った。
ルークを呼び出すと、潅木のモンスターカードの他にコボルトのモンスターカードも出してくる。
あわてて三割引のスキルをセットした。
「昨日は運良くコボルトのモンスターカードも落札できました。五千ナールになります」
やはり五千ナールちょうどか。
「コボルトのモンスターカードは使ってしまうので、次も五千までで頼む」
「かしこまりました」
「潅木のモンスターカードは思ったより高いようだな。次に落札するのはもっと安く手に入るときでいい」
潅木のモンスターカードは高かったので、それを逆手にとって落札にストップをかけた。
セリーが百パーセントモンスターカードの融合に成功できることは言わない方がいいので、ちょうどよかっただろう。
金貨一枚と銀貨二十六枚を払って、商人ギルドを出る。
落札手数料だけは二回分で三割引が効くので、合計してその値段だ。
家に帰り、ミリアとセリーを呼んだ。
モンスターカードを二枚取り出す。
「ミリア、硬直のエストックを貸してくれ」
「はい、です」
「セリーに渡してくれ。セリーはエストックにこのカードを融合な」
「は、はい」
セリーがやや緊張気味に応えた。
自分から言い出したくせに。
ミリアの方は、素直に硬直のエストックをセリーに渡す。
壊れることなど微塵も心配していないみたいだ。
その可能性を知らないだけかもしれないが。
セリーが一つ大きく息をはいた。
エストックとモンスターカードを持って呪文を唱える。
手元が光った。
硬直のエストック 片手剣
スキル 石化添加 麻痺添加 空き 空き
「おお。さすがセリーだ」
「ありがとうございます」
「やった、です」
もちろん失敗などするはずもなく。
きちんと成功した。