麻痺
新たに麻痺添加のスキルが加わった硬直のエストックを携えて迷宮に入る。
今までどおりミリアに持たせて、ハルバーの二十四階層を探索した。
最初に現れたのは、マーブリームが二匹にサイクロプスとシザーリザードが各一匹という団体だ。
ブリーズストームとサンドストームを連続して放つ。
この魔物の組み合わせなら土魔法を使うのがいいのだが、遊び人のスキルには初級風魔法をセットしてある。
サンドストーム二発は撃てない。
駆け出した四人は、全体攻撃魔法を撃たれる前に魔物に接近した。
魔物三匹が横に並ぶ。
風魔法で行動を妨害しているので、サイクロプスはまだ後ろだ。
ただし、トカゲが真ん中に来てしまった。
真ん中にシザーリザードでその左右にマーブリームが立ちはだかる。
本来ならトカゲを石化したいところだが。
「ミリアが左を、ベスタは右です」
「はい」
「分かりました」
真ん中は複数の魔物から狙われるので、ロクサーヌの担当だ。
魔物が三匹以上いるときは中をロクサーヌにするように言ってある。
ロクサーヌの指示は間違っていない。
今回ミリアは左に回った。
ミリアが真ん中でも大丈夫かもしれないが、無理をすることはない。
左に行ったのは、サイクロプスがやや左側に寄っているからだろう。
サイクロプスとマーブリームなら、サイクロプスを石化するのがいい。
ミリアが硬直のエストックを突き入れる。
ミリアの前のマーブリームは、すぐに動かなくなった。
一撃か。
たまたまなのかスキル増強のおかげなのか。
「白くない、です」
ミリアによれば、石化すると魔物は白くなるのだったか。
つまり、白くないこのマーブリームは、動かなくなったといっても石化ではなく麻痺だ。
俺には色まではよく分からない。
ミリアは、マーブリームが動かなくなった後、隣のシザーリザードにちょっかいをかけた。
横に回ることはしないので、少しやりにくそうだ。
二、三回攻撃したころ、サイクロプスがやってくる。
トカゲの動きを止めることはできなかった。
ミリアは自分の位置に戻ってサイクロプスを相手取る。
何発か魔法を放つ間相手をすると、今度はサイクロプスが動かなくなった。
「ミリア、麻痺か?」
「白くない、です」
ミリアに確認すると、こっちも麻痺らしい。
麻痺の方が出やすいのか。
ミリアは横に動いてシザーリザードを攻撃しようとした。
「動きます」
ロクサーヌの警告が飛ぶ。
ミリアの前でマーブリームが動き始めた。
何ごともなかったかのような攻撃をミリアがかわす。
「白い、です」
動き始めたマーブリームの動きが再び固まった。
白いというから今回は石化らしい。
石化のスキルと麻痺のスキルは一本の剣につけてもちゃんと両方発動するようだ。
一つの団体に対して三回も石化が発動したことは数えるほどしかない。
麻痺のスキルもたいしたものだろう。
麻痺単独のときにどのくらい発動するかは分からないとはいえ。
「ミリア、交代しましょう」
ロクサーヌの指示で、ロクサーヌとミリアがシザーリザードの正面を換わる。
トカゲの左に石化したマーブリーム、さらにその隣も固まったサイクロプスだから、ミリアが挟撃される恐れはない。
ロクサーヌはシザーリザードを攻撃しつつ、サイクロプスが動き始めるとそちらの正面に回った。
ロクサーヌがサイクロプスにレイピアを突きつける。
サイクロプスの攻撃はロクサーヌが問題なく避けた。
ミリアはトカゲのはさみを避けつつ硬直のエストックを突き入れる。
シザーリザードの動きが止まった。
ミリアが何も言わないところを見ると、麻痺だろうか。
ミリアは横に動いてサイクロプスにちょっかいをかけにいく。
と思ったら、シザーリザードはすぐに動き始めた。
めまぐるしいな。
麻痺は確かに発動しやすいみたいだが、自然に解けるのが面倒だ。
石化したマーブリームが魔法で煙になった。
シザーリザードとサイクロプスの間の障害がなくなって、ミリアが真ん中になる。
ただし、ベスタが相手をしていたマーブリームもすぐに後を追った。
これで残る魔物は二匹だ。
「やった、です」
「石化か?」
「はい、です」
シザーリザードが石化したらしい。
残るは一匹。
俺は、ブリーズボールに切り替えてサイクロプスだけを攻撃した。
途中サイクロプスはミリアのおかげで一度止まり、再び動き始めたところで倒れる。
サイクロプスを始末した後、デュランダルを出してトカゲを片づけた。
「麻痺は、発動はしやすいみたいだが、めんどくさいな」
「このくらいはなんでもありません」
「確かに、何度も魔物の動きが止まっては動いていました」
ロクサーヌにはなんでもないのかもしれないし、後ろから見ているセリーにはどうでもいいのかもしれないが。
「だいじょうぶ、です」
「問題ないと思います」
ミリアやベスタもいいというのならいいだろう。
「ミリアは、動きが止まったのが石化か麻痺か分かるんだよな」
「分かる、です」
「麻痺のときは報告はいらない。これからは石化したときだけ報告してくれ」
「そうする、です」
魔物の動きが止まったのが石化なのか麻痺なのか俺には分かりにくいので、伝えてくれるように言っておく。
意外なところに盲点が。
石化だと思っていたのにただの麻痺で動きだされてはたまらないし、麻痺だと勘違いして余計な力を割きたくもない。
次の団体は、サイクロプスが二匹にシザーリザードが二匹だった。
俺が風魔法を念じるのと同時に四人が走り出す。
二匹二匹だから風魔法でいい。
ブリーズストームを放ちながら、俺も追いかけた。
四人が魔物のところにたどり着く途中で火の粉が舞う。
敵の全体攻撃魔法を喰らってしまった。
四匹も全体攻撃魔法を使える魔物がいるのだから、一発くらいはしょうがない。
二発めが来ませんように。
ロクサーヌが立ち止まって全体手当てを使う。
一度では足りないだろうから、俺も使っておいた。
パーティー内では同じスキルを同時に使えないらしいが、その理由は本当に詠唱が共鳴するからのようだ。
詠唱省略のおかげでスキル呪文を詠唱しない俺には関係ないらしい。
前に試してみたところちゃんと使えた。
ミリアとベスタがシザーリザード一匹を囲む。
二発めを撃たれる前にセリーも追いついた。
セリーは少し後ろで槍をかまえている。
全体攻撃魔法を使ったもう一匹のトカゲがやってくるころ、シザーリザードの動きが止まった。
ミリアは何も言わないので麻痺のようだ。
もう一匹のトカゲは追いついたロクサーヌが相手をする。
セリーとベスタは固まったシザーリザードを攻撃した。
もう一匹のトカゲがはさみを振り下ろす。
ロクサーヌがしっかりと見切り、はさみを避けた。
その隙にミリアが硬直のエストックを見舞う。
あ。また止まった。
シザーリザードの動きが二匹ともストップした。
「私は前に進みます。できればセリーも」
動きの止まった二匹の間をロクサーヌが無造作に抜け出る。
麻痺だと回復することもあるのに怖くないのだろうか。
ベスタなども二本の剣で好き放題斬りまくっているが。
「はい」
セリーは、慎重にトカゲが動かないことを確認しながら、間ではなく横を抜けた。
動かない二匹のシザーリザードをミリアとベスタが攻撃する。
俺も追いついて風魔法を放つ合間に聖槍で突いた。
このくらい離れていれば動きだしたらすぐ分かる。
反撃を気にせず攻撃した。
ロクサーヌがサイクロプスのところに到着する。
風魔法に邪魔されているサイクロプスはあまり進んでいないようだ。
少し遅れてセリーもたどり着いた。
二人がサイクロプスの前に並ぶ。
これで全体攻撃魔法の心配はあまりなくなった。
麻痺から回復したシザーリザードが使ってくる可能性はあるが。
セリーはサイクロプスの方に行ってしまったが、ロクサーヌの判断は正しい。
動かない魔物は魔法を使えない。
ベスタが相手をしているトカゲが一度動き始めたが、ミリアが斬り込んで再度動きを止める。
この麻痺も早かった。
麻痺のスキルは、やはり結構発動するようだ。
もちろんミリアが暗殺者だからということもある。
かなり使えるスキルだろう。
自然に回復するので使い勝手がいいとはいえないが。
「やった、です」
ようやく石化が発動した。
硬直のエストックに麻痺のスキルが追加されたが、石化のペース自体は変わっていないと思う。
一つの団体との戦闘で一回から二回というところ。
麻痺の発動回数は最低でもその二倍はある。
麻痺の発動確率は石化の二倍以上と見ていいんじゃないだろうか。
「ベスタも前へ」
「分かりました」
一匹石化したので、ベスタを送り出した。
ミリアは麻痺している方のトカゲに襲いかかる。
サイクロプスのところまでは少し距離があるし、風魔法を使っているからシザーリザードを石化した方がいいだろう。
ベスタが小走りに駆けた。
そのまま突っ込んで、風魔法にひるんでいるサイクロプスに左右から両手剣を叩き込む。
セリーは一歩下がり、槍で二匹のサイクロプスを監視した。
これでさらに安全性アップだ。
俺は、麻痺している方のシザーリザードを聖槍で突きながら、風魔法を重ねる。
麻痺の方は比較的簡単に発動するが、石化はそれなりだ。
結局、もう一匹のトカゲが石化する前にサイクロプス二匹は倒れた。
「やった、です」
サイクロプスが倒れて三人が走って戻ってくるが、こっちへ来る前にシザーリザードが石化する。
石化したトカゲが二匹並んだ。
三人が完全に戻っていたら徒労になるところだったが、まだ途中だったから大丈夫だろう。
ベスタは再びサイクロプスのところへ行き、銅を拾って戻ってきた。
俺はデュランダルを出して石化した魔物を始末する。
トカゲが順に煙になった。
石化すればノーリスクでMPを吸収できるのが楽でいい。
硬直のエストックに麻痺が加わって、戦闘は楽になった。
石化のスキルと麻痺のスキルを一本の武器に両方つけたが、二つともちゃんと発動するようだ。
単純に麻痺の分がプラスされたと考えていいだろう。
石化も大体今までどおりの頻度で発動している。
麻痺のスキルが加わって石化の発動率が下がったとしても、ごくわずかだ。
体感できるほどの差はない。
逆に、麻痺した魔物には石化が発動しやすくなるということもないらしい。
麻痺は自然に解けるし、前衛陣の動きは少し大変になったが。
そのくらいは容赦してもらおう。
最後に倒したシザーリザードの煙が消えると、カードが残った。
モンスターカードだ。
「お。カードだ」
「シザーリザードの仲間が残すのは、トカゲのモンスターカードですね。融合すると装備品に火属性のスキルや耐性をつけられます」
「人魚のモンスターカードみたいにか」
「そうです。あれと同じです」
セリーの言うとおり、鑑定してみても確かにトカゲのモンスターカードだった。
人魚のモンスターカードは装備品に水属性をつける。
蝶のモンスターカードは装備品に風属性をつける。
それらの火属性版がトカゲのモンスターカードということらしい。
コボルトのモンスターカードは一枚ある。
手元には、人魚のモンスターカードとトカゲのモンスターカードがある。
トカゲのモンスターカードを融合すべきだろうか。
サイクロプスやシザーリザードは現在進行形で火属性の全体攻撃魔法を放ってくる。
そのダメージを減らせる。
ただし、火属性の全体攻撃魔法を撃たれてもハルバーの二十四階層ではしっかり戦えている。
それよりも将来の困難に備えるべきだろうか。
クーラタル二十四階層のタルタートルは水属性の全体攻撃魔法を使う。
クーラタルの二十四階層に挑むときには人魚のモンスターカードを融合しようと考えていた。
「ロクサーヌ、どっちがいいと思う」
「そうですね。今使われている火属性に対する耐性をつけるのがいいと思います」
トカゲのモンスターカードにしても人魚のモンスターカードにしても、耐風のダマスカス鋼額金に融合するから、恩恵を受けるのはロクサーヌ一人だ。
考えていることを話してロクサーヌにどちらがいいか尋ねてみると、火属性という答えが返ってきた。
ロクサーヌなら、サイクロプスやシザーリザードの全体攻撃魔法はたいしたことがないので水属性をつけた方がいいと答えると思ったが。
タルタートルもたいしたことはないという判断だろうか。
なるほど、恐ろしい。
「二十四階層を突破する前に、もう一枚コボルトのモンスターカードを入手できるかもしれません」
セリーの言うような可能性もある。
トカゲのモンスターカードを融合するのがいいだろう。